第10話:竹炭を作ってみた
◇永正13年2月(西暦1,516年)
モデル水田作りは順調だ。
最初の指揮は大変だったが、今では奉公人の中に技術を覚え切ったものが出たので、そちらに一任している。
分からないことがあれば、すぐ聞きにくるようにと言ってあるから、まぁ問題は起きないだろう。多分。
………こういう時に、言いに来ないのが部下だったするんだが、そこは気にしても仕方ない。仕方ないんだ……。
…それはともかく。
今の僕は、モデル水田作りには直接携わってないってことだ。
今やっているのは、竹炭造りの改良。
去年の11月ごろから天日干しで乾燥させていた真竹が、それなりの量になってきている。
簡易的な方法で作り、酒造に使っていた炭もあるし、その過程でできた竹酢液も、当主邸宅の近くに作った小屋で今も保存してタールと分離させているところだ。
最近では、工事要員として専門の浮浪者20人を雇い入れている。
それに5、6人の孤児達も付けて、様々な工事作業に駆り出しているわけだ。
工事専門で使うということで、一人頭で月に20文。それに食事付きだ。
浮浪者達からすれば、相当な高待遇に見えることだろう。
こちらに雇われた浮浪者や孤児達も既にいるし、実績としては問題なしの待遇だろうと思ってる。
………ただ、そろそろ、これに対してイチャモンを付けるような者も出始めたのが、問題っちゃ問題だが。
勝龍寺や他の国人衆、それに僕に従わない家臣団や陣代の叔父上から、「これ以上、浮浪者達に松永家の金を使うのを止めろ!」と、的外れな文句が飛んできていた。
本当に、的外れもいいところだ。
松永家の資産なんて、一銭たりとも使っちゃいないというのに。
強いて言えば、僕自身が松永だから、松永家の金だと言えるのかもしれないけど、そもそも自分で稼いだ金をどう使おうが僕の勝手だろう。
あの連中の考えている"灰持酒の利益"なんて、たったの2貫文程度である。
こんな金で、いったい何ができるっていうんだろう?理解のない連中には、ほとほと愛想が尽きる。
「あれが身内だ」と言われても、僕からすれば他人だ。
叔父だの親類だの言われても、僕の知識の一割だって理解できないんだから、放っておけばいいだろう。
今は戦力がなくて無理だけど、いずれは排除してやる……。
とまぁ、そんなことを夢想しつつ、叔父達からの言い掛かりに耐えた。
あの連中には、「あの…」も「それは…」も通用しないのだ。
事実をいくら突き付けたところで無意味である。
もう一度言う。
事実をいくら伝えた所で、彼らの中には彼らが納得できる真実しかないのだ。
だから、いくら説明した所で、そしてそれが如何に明瞭で説得力があって真実味があって、真実だったのだとしても!
無意味である。
僕だって、一応伝えようとはしたよ?
でも、一度たりとも聞きゃしなかった。
この手の人間は、前世でも大量に居たから、よーーく理解している。
どんなに高性能で低単価の良品であっても、彼らが納得しない限りは使っちゃくれないのだ。
そういった人物に、言葉をいくら聞かせた所で時間の無駄である。
いや、本当に。
まぁ、それは一度置いておく。
愚痴だけで一日が終わるしね。
そんなこんなで、孤児達を中心に、既に100名近い人手を雇い入れている僕は、周辺から既に目をつけられている状況なのだ。
今はまだ、向日神社や勝龍寺の目があるから、実害は、精々があぁしてグダグダと言われる程度だが、これからする事業が芽を出し始めると、事態は一変するだろう。
それだけ、目をつけられている状況というのは、不味い。
なんとかして、後ろ盾と戦力が必要である。
そこで、閃いたのが、"竹炭の改良と竹炭による水の浄化"だ。
より正確には、『水を長持ちさせる方法』かな?
水に入れても粉々にならず、水を汚さない高品質な硬い竹炭を、複数個水の中に投入し、水を長期間保たせるというのが、この計画の趣旨である。
「しかし、主人さま。本当にそのようなもの、誰かが高値で買うのですか?水なら川に行けば汲めますし、高値で買うような技ではないと思いますが……?」
「買うよ。間違いなく買う。特に、大内家なら唐国などとの交易もあるし、買わないということはない。いくらでも金を出す技だろうよ。」
そもそも、今の時代、水というのは簡単に腐ってしまう。
木樽の中に菌が入り込み、あっという間に中で繁殖するからだ。
だからこそ人は、毎日のように川から水を掬いに行くし、水分を摂る為に、酒やお茶を求めたりもする。
英国で『お茶』が流行った理由に、「そのままでは水が飲めなかったから」という話は、結構な有名話だ。
「武士なら、籠城ということもある。水の供給量を高め、戦に備えるのは武士の勤めだよ。」
「……それは分かりました。しかし、どのようにして大内家に?伝手はおありなのですか?……言ってはなんですが、私もここで働くようになって分かりましたが、大内のような大家に、一介の国人がお会いになることなどできませんよ?多聞様。」
九郎は、僕に付いてからも、色々と勉強したのか、そのように僕に忠言をくれた。
「(いいな。育ってきているようだ。)」
これに僕は、ことのほか嬉しくなったが、それは置いておこう。
「確かに、今、伝手はない。というか、モノも出来上がっておらぬのに、売り込みもできん。だが、来年までには売り込みを考えておるのだ。伝手くらい、勝龍寺や向日神社に協力してもらって作れんのか?いけると思うのだが……」
「多聞様。貴方様が、勝龍寺や向日神社と様々な関わりを持ち始めているのは、近くで見ておりましたから、私も存じております。しかし、勝龍寺はともかく、向日神社については、25貫文の寄進をしたのみ。紹介して貰うには一向に足りませぬ。何よりも、"信用が"です。」
九郎の言葉には、一理も二理もあった。
それに、勝龍寺だとて、自分たちを差し置いて、大内家に売り込みをかけようなどという愚挙を許すかどうか、定かではなかったのだ。
売り込むのなら、勝龍寺が単独で行うことだろう。
そこに、僕を挟む理由はない。
「まぁ、それはそうだがな……。しかし、案そのものは悪くはないはずだ。………いや、待てよ?三好に売り込むというのは……」「多聞様!……それはおやめ下さい。誰が聞いておるかも分からんのです。不用意に、そのようなことは言わないでいただきたい…。」
大内が無理なら、同じく水軍を持つ、三好に売り込んでもいいのでは?とも考えたのだが、九郎が、僕の発言そのものを止めにきた。
今の京は、細川高国と大内義興によって支配されており、細川澄元と三好之長の陣営とは敵対関係にあったのだ。
如何に自室といえど、周囲に漏らして良いことではなく、その危険性について九郎はコンコンと僕に語り聞かてきたのだ。
「……分かった、もう、分かったから…。」
成長するのはいいが、もうこれだけの知識を付けて応用を効かせ始めているとは意外だ。
誰か、教育役のような者でもいるのだろうか?
青木か光念か。
はたまた宣賢様が気を利かせたのか。
それは分からない。
だが、僕に注意できるほど、九郎が成長したというのは、僕にとっては朗報だった。
………いささか、疲れるが…。
「何よりまずは、当家の収益を上げることだ。この作業にも、幾分かの投資がいる。切り蕎麦が売れているとはいえ、これがいつまで続くのかは不明だ。早いうちに、次の収入源を見繕わなくてはならん。それに、孤児達の訓練や教育もいる。人手はいくらあっても足りんぞ?九郎、お主も孤児達の教育には参加せよ。お主には、僕が多くの知識を与えただろう?それを孤児達にも教えていくのだ。良いな?」
「……はっ!」
松永の家を残す為、松永の家を興す為、松永久秀として爆死しない為にも、戦力の拡充と権力の掌握は絶対だ。
別に、このまま畿内で戦力を持ち続ける必要はないのだが、それでも、勝龍寺や向日神社との関わりができ始めている以上、ここの方がやりやすいのは確か。
細川高国程度の脅威で参っているようでは、この戦国時代で生き抜けないだろう。
「分かっているさ……九郎。だが、時にはやらねばならんこともあるんだぞ?」
無理はしない。
大内が、今のまま京を支配し続けてくれるならいい。
だが、2年後の永正15年(1,518年)には、大内は自領へと帰るんだ。
このままじゃ、ウチは生き残れないんだよ、九郎……。
僕は、大内のいる今の内に、大内から金を引き出す必要があるのだ。
その為には、誰とだって手を組み、力を蓄えなきゃならない。
「だから……!」
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