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準備

モーターの音がコンクリートで固められた部屋に響いている。

それによって動かされているロープには人の形をした紙がぶら下げられている。

紙は不規則に動く。

モーター飲み音を容易に掻き消すほどの轟音が響く。

一枚の紙が頭の部分から吹き飛ぶ。

間髪入れず轟音がなりまた一枚吹き飛ぶ。

それが計六回続く。

またモーターの音のみが響く。

「はぁ」

止めていた息を吐き出す音。

手に持っている大型の拳銃の弾倉を取り出す。

腰につけているホルダーから替えの弾倉を取り出し、すばやく換装する。

残りの紙に向けて銃を向け、照準を合わせる。

不規則な紙の動きに合わせる様に銃を動かす。

しばらくそのまま続けるが引き金を引くことはなく、そのまま目の前のテーブルの上に銃を置く。

後ろの分厚い防音扉が開く音に振り向く。

「ここにいたのか、樺」

男の声が樺に話しかける。

扉の前には普段とは違い薄手のシャツに短パンを着た、黒髪の男がいた。

「先生、おはようございます。もう昼ですが」

羅師は挨拶は返さず、樺の隣まで来ると自分の拳銃をテーブルから取り出し、片手で構える。

「よーい、スタート」

羅師がそう言うと残った紙目掛けて発砲する。

弾は紙に掠れた程度であった。

構わず連射する。

軽快な音を立てて弾倉内のすべての弾を撃ちきる。

結果として半分ほどの弾が紙に命中していた。

「命中率大体50%か、俺にしてはいい方だな」

「そうですか、私はすべて当てましたよ」

樺の台詞に羅師は苦笑いを浮かべる。

「そりゃ銃が違う…とはいえお前なら本当に当てるんだろうな」

羅師が机に銃を置き、樺に手を伸ばす。

樺が手に持っていた銃を羅師に渡す。

渡された物を羅師はまじまじと細部まで見る。

「ちゃんと手入れしてるね。関心関心」

そう言って樺に返す。

「それで今日はどうするんですか。ここに来てもう一週間になりますけど、そろそろアイツも動き出す頃では?」

樺が銃を腰のホルダーに掛けると羅師に問う。

現在、羅師と樺がいるのは普段いる都心部ではなく、そこから車を1時間弱ほど走らせた一つの山。

私有地となっており人の踏み入った形跡はほとんど無い。

そんな状態の山に一軒の外観は古めかしい、人が住めるとは到底思えないような小屋が建っている。

その小屋の中に二人はいた。

「ま、こっち来てみなさい」

羅師がそう言うと手招きしながら扉を開ける。

扉の先は階段となっており、羅師がどこか楽しそうに上っていった。

「何なんですかー?」

樺が嫌々といった様子で羅師の後に続く。

上がった先の部屋は外見とは裏腹にコンクリートがむき出しとなったモダンな内装をしていた。

キッチンに大きめな机一つが置かれたワンルームの部屋。

その机の上に、はみ出るほど大きな物が置かれていた。

「今日起きて携帯見たら届いてたんだ~、何でもしてくれるって言ってたからね。この組織」

羅師は嬉々として梱包を剥がしていく。

180cm程ある羅師と同じぐらいの大きさであるそれは、持ち手のある長い棒のようであった。

「剣、大剣ですか?」

「正解」

羅師が大剣を持つと鞘であろう部分を押さえる。

「さすがにここで抜くには狭いな。外行こうか」

肩に担いで扉を開ける羅師を樺が追う。

外に出ると山らしく森が広がっていた。

玄関の裏に広い空き地があるため二人はそこまで歩く。

「よし、ご開帳といこうか」

羅師が開口一番そう言うと、鞘の部分に手を掛け投げ捨てるように引き抜く。

現れた刀身は樺の身長よりも大きく、また幅も樺が後ろに隠れられる程に太い。

刀身に反射した羅師の表情は少年のように輝いていた。

「すごい、いい…」

「それ、ただの大剣じゃないですよね」

恍惚とした顔で大剣を眺めていた羅師は樺のその言葉に過剰といったまでに反応を示す。

「そう!あのバカ硬い肉体を切るためだけに特注した大剣となっております!」

そう言うと羅師は自身の身長ほどある大剣を軽々と持ち上げ構えて見せる。

刀身から何かが駆動する音が静かに鳴っていることに樺は気付く。

「刀身が振動している?」

「流石、目がいいね。この超微細な振動によってただ鋭いだけじゃ切れなかったあの肌を、肉体を切ってやろうってね」

重さを感じていない様に軽々と大剣を振り回す羅師を見て樺は言う。

「それ、大剣である必要あります?」

その質問に羅師が動きを止め、樺の方へゆっくりと向く。

「アイツの攻撃は信じられない程重い。ナイフじゃ一切捌けなかったしな、おそらく片手用の剣じゃ力負けする。そのために大剣にしたんだよ」

「そうですか、それ借りてもいいですか」

樺が片手を出す。

「良いけど重いからね」

羅師が片手で樺に大剣を渡す。

それに対し樺も片手で受け取ろうとするが、羅師が離さない。

「あの、離してもらっても」

困惑した様子で羅師を見上げる。

「いや、流石に片手じゃあ無理だよ」

「わかりました」

不満そうな表情で樺が両手で大剣を握る。

それを確認してから羅師は手を離す。

その瞬間、今までに持ったことのない重さが樺を襲う。

想定外の重量に樺は立つことすらできずその場に倒れる。

「あら、流石に重すぎたかな」

羅師は樺が落としたその剣を片手で拾い上げる。

「せんせい、ちから、つよすぎ、ですよ」

息も絶え絶えに樺が言う。

「当然」

羅師はまた、剣を振り始める。

しばらく振り続け、急に思い出したかの様に動きを止める。

「そうだ、樺。お前にもあったぞ荷物」

座り込んで休んでいた樺が羅師の方を向く。

「これ以外に荷物なんてありましたっけ」

「外の倉庫の方に入れておいたってさ」

「見てきても?」

「行ってきな、俺はここにいるからさ」

樺は立ち上がり、倉庫の方に向かう。

樺が居なくなり一人となった羅師は剣を振るうでもなく考え込み始める。

数日前のあの男との戦い、受けた傷は完治したがあの痛みと衝撃は忘れられない。

「ははは…」

思い出すだけで笑いが漏れる。

ここまで追い込まれたのはこの仕事を始める前、まだ体が出来上がっていない頃のクソ師匠との訓練以来のことであった。

死への恐怖。

そしてそれを上回るほどの興奮が羅師の体を支配する。

「先生!」

急ぐように駆けてきた樺の言葉に羅師は現実に引き戻された。

「どうした」

羅師が声のした方へ向くと樺が怪訝そうな顔で見ていた。

「なんでそんなに笑ってるんですか?そんなにその剣が気に入ったのなら良いんですけど。そんなことより、これ見てください!」

樺は羅師に一枚の紙を見せる。

紙にはこう書かれていた。

『例の男、ナカシマ家周辺に存在を確認』

「よし、行くぞ樺。作戦は車の中で話すからその荷物持って車に乗っとけ」

「これ持って行くんですか!?」

樺は自身の背中に背負う荷物を指差し言う。

「当然、そのために取り寄せたんだから」

「いや、使ったこと無いですよこんなの!」

樺は信じられないといった様子で羅師に言う。

「お前ならできる、俺も用意したら乗るからさっさと乗っておけ」

そう言うと羅師は小屋の中へと入っていった。

「なんなんですか…」

そうぼやきながらも樺は車へと向かっていった。


「数日ぶりに来ましたけどこんな所で凄惨な殺人があったなんて思えませんね」

ナカシマ邸を見て樺が言う。

「なんなら中も綺麗さっぱり清掃されてるから何も無いぞ。見とくか?」

羅師がふざける様に返す。

「遠慮します。それじゃあ配置に着きます。本当にあの男、来るんですよね?」

「ま、おそらくな。3日間は居られるくらいの食料は渡しといたから覚悟しとけよ」

羅師のその言葉に不服そうな樺は大きなボストンバックを二つ抱え庭の奥、林の方に消えていった。

「さて」

羅師は正面玄関から家の中に入る。

中に人の気配は無い。

足音を立てずリビングまで移動し、壁にもたれかかる。

一切動かず、呼吸も最低限に限界まで気配を消す。

あの男の様にリビングの一角に存在するものとして石邏時羅師としての存在感を消す。

定点カメラの様に視点は動かさず、思考も止める。

そうして数分、数時間、もしかしたら丸一日経ったのだろうか。

邸宅内に誰かが入ってきた気配を感じた。

その気配は2階へと上がっていった後、リビングに来ている。

扉を開け入って来たのはあの男であった。

思考を再開する。

直ぐにでも攻撃をしたい気持ちを殺し、ただ待つ。

男はリビングの中央まで来るとしばらく止まり、宙を仰ぐ様な動作を見せた。

ここだ

音を出さず、大剣を手に取り、さもそこにいることが当然であるかの様に背後を取る。

「せめて玲子と優斗に安寧を」

大剣を構え、下から突き上げる。

「は?」

男がこちらを向く。

「サプラーイズ」

羅師は悪戯が成功した子供の無邪気な笑顔を浮かべていた。


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