その夜
暗い。
男は一人路地にいた。
全身を包むぼろ布には所々穴が空いており、頭にはバケツを被っている。
その額のあたりには風穴が空けられていた。
起きて早々、きつい戦いを強いられたが男は高揚感で浮かれていた。
これが本能なのか、はたまた元の体の持ち主の性格であったのかはわからない。
「は、ははは。くっ…はぁ」
穴からは血ではなく黒い液体が流れている。
力が抜けたように男はかがみ込む。
本能的に自分が何者で何が出来るのかは分かっている。
だが起き抜けであることと、先の先頭での予想外のダメージによって、本来の能力が出せない状況でいた。
「ただの人間が我をここまで追い詰めるか」
台詞の割に喜びを感じさせる声色で呟く。
路地でバケツを被り下を向いて笑いを堪えている大男に気配が二つ、近づいてきていた。
「こんな所で吐いてんのか?おっさんよー」
「てか、なんでバケツなんて被ってんの?見えてんのかよ?コスプレかなんか?てか、その服も何?ボロすぎてもうただの布じゃん。あ、そういうオシャレだった?ごめんごめん」
色黒で趣味の悪いアクセサリーを腰や腕にこれでもかとぶら下げている高圧的な男性と、金髪に夜なのにも関わらずサングラスを掛けている軽薄な男性の二人組であった。
「何か用か、見た所知り合いではなさそうだが。まぁ我は今非常に気分が良い。何用かぐらいは聞いてやろう」
屈みながら男は彼らの方を向く。
「あ?」
「まぁまぁ」
高圧的な男が苛立ったように前に出るが、それを隣の男が宥めるように止める。
「僕らちょっとお願いがあってさぁ、オカネ、ちょうだい?」
薄っぺらい笑顔を向けて軽薄そうな男が言う。
「オカネ、通貨か。残念ながら手元になくてな。他を当たってくれ」
男がそう返すと、高圧的な男が我慢ならないと近づいて、大男の首元の布を掴み自身の顔に近づけ脅すように言う。
「いいから寄越せって言ってんだよ」
横暴な態度をとるその男に対して大男はバケツ越しでもわかる程強く睨みつけ言う。
「その手を離せ、取り返しがつかなくなる前にな」
その言葉に高圧的な男は吐き捨てるように言う。
「取り返しがつかなくなるのはどっちかな!もういいだろミケ!」
ミケと呼ばれた金髪の男は、やれやれとお手上げのように手を挙げると答える。
「いーよ、ユーヤ」
ユーヤと呼ばれたその男は待ってましたと言わんばかりに首元を掴みながら右腕を大きく振りかぶる。
「死んじまえや!」
前に突き出した右腕は、前腕から先が無くなっていた。
「は?」
誰の声だろうか、気の抜けた声が路地に響く。
「ヒッ」
遅れてきた痛みに悲鳴をあげかけたユーヤの顔面が割れた風船のように弾け飛ぶ。
路地は血と肉で塗れ、真っ赤に染まった右腕が嫌に目立つ大男とミケの二人のみとなっていた。
ぐらりとユーヤの残骸である首から下の部分が壁にもたれるようにして倒れる。
その光景を見て現実に引き戻されたのだろう。
ミケは両目を大きく見開いて大男を見ている。
全身は戦慄き、口は何かを発そうとしているのか、動いてはいるが音は出ず空気のみが浅く出入りを繰り返しているだけであった。
そんな様子のミケに大男はゆっくりと近づく。
目の前まで近づくが、ミケは動くこともできずただ目線のみが大男の方を向いていた。
ミケの方に大男は左手を軽く乗せる。
「気分は良かったんだがな、敵意を向けられてはそうもいかないのだよ」
それを聞くと、ミケはか細い声で言う。
「すい…ま、せんで、した」
今度は鈍い音が路地に響く。
ミケの背中に手が生えた。
大男が手を抜くとそのまま力無く倒れる。
対照的に大男の額の穴は塞がっていた。
「ただの人間を二人分ではこの程度か」
そう言うと、二体の死体をその場に放置し、路地の奥へと姿を消した。




