現状把握
「いってぇ、本当に出て行かせるヤツがあるかね普通」
ぶつくさと文句垂れながら羅師が舌打ちをする。
今の羅師は白戸ユウヤの格好をしている。
怪我自体はそのままなので腕や首にされている包帯であったり湿布であったりが痛々しい。
「酷い怪我だね、白戸さん。事故にでもあったのかい?」
カウンター越しに優しげな声が聞こえてくる。
ここは喫茶英領。
3日前、倒れた当日とは違い営業中。
つまりこの優しげな声は辻である。
辻は見た目こそそのままだが、明らかに纏っている雰囲気が異なる。
営業前は無愛想が擬人化したような存在であるが、営業中はむしろ真逆。
人当たりがよく、常連でない客であっても一度来た客のことは覚えているし、相談事をすると人生の先輩らしくためになる解答をしてくれる、慕われている老人という存在である。
「えぇ、ちょっとトラックに跳ねられまして」
隣に座る樺が答える。
「それはそれは災難でしたね。こちらどうぞ、サービスです」
辻はそういうとプリンを羅師の前へ出す。
「どーも」
羅師は若干不安そうに受け取る。
その様子を見た樺が他の客に聞こえないように小声で羅師に話しかける。
「もらっておいてなんでそんな不満そうなんですか」
羅師はため息を吐き、小声で答える。
「ジジイがこういうことする時は仕事に対して何かしら伝えてなかったことがあった時なんだよ。なんか隠してやがったんだよあのジジイ」
そう言うと黙ってプリンを食べ始めた。
「辻さん、また来るからね」
羅師と樺がコーヒーを飲みながらしばらくのんびりと過ごしていると、客はこの二人のみとなった。
羅師が辻に対し口を開く。
「んで、クソジジイ。なんか言うことあんだろ」
苛立ちを隠そうともせず言う羅師に、辻は諦めた様子で話す。
「すまなかった。報告で聞いたがまさかあそこまでなっているとは思わなくてな」
先程までの猫の被った老人ではなく、いつも通りの辻となっていた。
「謝罪はいい。アレはなんだ」
羅師が問い詰める。
辻は一つのファイルを取り出し羅師に渡す。
「それには例の薬について書かれている。正直、内容は半信半疑な物だったが、お前が見た通りだ。本当なんだろうよ」
辻はそう言うと羅師に見るように促す。
ファイルには一枚の紙のみが挟まれており以下のように書かれていた。
(仮名)
〜人間を超える薬〜
注意:
これより先の内容は他言無用である。違反した場合、それなりの対応が下される。
概要:
この薬を服用した場合、人智を超えた力を手に入れることができる。
力については服用した者によって大きく異なるが、その全てにおいて神からの使命が下される。使命を果たすまで力がなくなることはない。
また、服用によりある程度人格に変化がもたらされるがそれは服用者が持つ「欲」の内、最も強い物が増幅される形で変化するため服用者の人格が消えるわけではない。
備考:
おそらく渡した際に言ってはいるだろうが、服用するもしないも自由である。
だが、服用するのならある程度の覚悟を持って服用するように。
「何これ」
読み切った羅師は樺にファイルを渡し言う。
「書いてある通りだ、お前の相手した奴はその薬を飲んであんなのになったんだろうよ」
苛立つように羅師が返す。
「んなもん最初からわかってたわ。そこじゃねぇんだよ。これに書いてあることが本当なんだとしたら、だ。あのバケモンの存在が世間に知れたらどうなる。おそらくアレの使命は『敵の殲滅』だぞ。このままだと世論はアレの敵になる。そうしたらアレが行うのは虐殺だ。この国はおろか人間全滅だってあり得る」
責め立てるように羅師は続ける。
「組織が何考えてるかはしらねぇけどよ。どう止める気なんだあんな奴。刃が通らねぇ。弾も効かねぇ。もう俺らに出来ることなんて」
「出来る出来ないは関係無い」
辻が割り込む。
カウンターに手をついて辻は羅師の目を正面から見る。
「依頼だ。内容はアレの殺害。行方は組織が追っている。場所が分かり次第に開始。組織はお前に期待しているらしい。と言うよりお前以外でアレを殺せる奴はいないってことだろうな。組織ができる援助を全て無償で受けることが出来る」
淡々と羅師に伝える。
羅師は目を逸らすことなく、寧ろ睨むように辻へ返事をする。
「拒否権は」
「いつも通り」
それを聞くと羅師は席から立ち、出口のドアへ向かう。
辻が口を開く。
「会計ならいいぞ」
羅師は辻の方を見ずに言う。
「払う気なんてさらそらねぇよ、行くぞ、樺」
それを聞いてファイルを興味深そうに見ていた樺はファイルをカウンターに置き、立ち上がる。
「はい、失礼します。辻さん」
二人が居なくなり静かになった店内では一人の男のため息だけが虚しく響いた。




