敗走、その後
コンクリート丸出しの壁と床に違和感しか感じない病室にベッドが一つ置かれていた。
そのベッドの脇には点滴が置かれており、その点滴を白衣を着て煙草を口に咥えている女性が弄っていた。
「中々死なないねぇ、この馬鹿は」
愚痴を漏らしながら、既に空になったパックを新しいものに入れ替えている。
「医者なら煙草吸わないでもらえます?やっさん」
ベッドの中から男性の掠れた声が病室に響く。
やっさんと呼ばれた女性は少し驚いたように目を丸くすると、落としかけた煙草を支えるように持つ。
「もう起きるとは、流石としか言いようがないね」
男性は上半身のみを起こすと自分の体の様子を見る。
女性は煙草の煙を肺まで吸って携帯を弄りながら男性に言う。
「右肺は完全に潰れてて、全身の骨もバッキバキ。特に胸部は粉々に粉砕されてたよ。逆に言えば内臓で酷いダメージを受けてたのは肺だけだったからどうにかなったけどね。何があったらそんな風体になるのか聞きたいものだね。石邏時くん」
そう言われて苦笑いを浮かべる男性、羅師は苦しそうに咳き込みながら女性に言う。
「やっさん、とりあえず…水くれない?喉乾きすぎて声が」
掠れ切った声で羅師が言うと女性はベッドの脇を指差す。
羅師がそちらを見るとそこには水の入ったペットボトルとコップが二つずつ置かれていた。
「病人に自分でやれと?」
懐疑的な目で羅師は女性を見るが、女性は当たり前だろうと言わんばかりに煙草を口に咥えながら肩をすくめる。
仕方なく羅師はペットボトルを手に取り、キャップを開けようと力を込める。
「ツァ…」
体全体に針を刺すような痛みが走る。
それでも女性は開ける気がないようなので気合いで開けてみせる。
飛びつくように勢いよくペットボトルの水を飲み切る。
「はぁー、生き返るわ。やっさんとりあえずはありがとうね」
「やっさんじゃなくて八千穂先生な」
やっさんもとい八千穂は呆れた様子で羅師に言う。
羅師は気にする様子はなく話し続ける。
「自分が言うことではないけどよくあの状態から回復させられましたね。流石に死を覚悟したんですけど」
八千穂は手元に置かれた灰皿に煙草を押し付け、新しい物を取り出しそれを羅師に向けて言う。
「感謝なら樺ちゃんに言うことだね。あの子がお前の肺に穴開けといてくれなかったらお前窒息で死んでたぞ」
言い終えると煙草に火をつけ吸い始める。
羅師はその話に驚き、捲し立てて言う。
「樺が俺の肺に穴開けたんですか!?」
「うん、普通の人間ならそれで死ぬんだけどさ。流石頑丈。むしろそれで息できるようになって安定するとは。いやー恐れ入ったよ」
副流煙を撒き散らしながら感嘆したように言う。
「というかやっさん、一応俺患者ですよ?そもそも病室で煙草吸うのってどうなんですか」
その言葉を聞いてわざとらしく羅師の顔に煙を吹きかけて八千穂は言う。
「この病室は禁煙じゃねぇんだよ。それにお前はもうここの患者ではない」
そう言うとさらに羅師に詰め寄る。
「はぇ?」
間の抜けた声を出す羅師の足を八千穂は思い切り叩く。
「イッテェ!」
羅師は大きく飛び上がり、ベッドの上に立ち上がる。
「何すんですか!?」
驚愕する羅師を見て、納得するように八千穂は頷く。
「よし大丈夫そうだな、ほらさっさと出てけ。外に迎え呼んでおいてやるから」
「ちょっとどういう…」
動揺する羅師を八千穂は手を叩きながら急かすように続けると。
「はい、取り敢えずベッドから降りる」
「はい」
「そしたらロビーまで降りる」
「なんで?」
「お前みたいな頑丈なやつを置いとく病室はありません」
「つまり?」
「退院おめでとう。手続きは特別に済ましておいてあげようー」
「起きて数分で退院ってマジですか、意味わからんのですが」
八千穂がまぁまぁまぁと宥めるように羅師を扉に向けて押し出している所で扉が勢いよく開かれる。
「先生!」
「樺ちゃん、病院では静かにね」
勢いよく入ってきた樺は入って早々注意されて恥ずかしそうに俯く。
「先生、無事で何よりです」
小声で、しかし嬉しそうに笑顔を羅師に向けながら樺は言う。
「うん、ありがとう。取り敢えずこの人止めて?」
不思議そうに首を傾げ樺は言う。
「どうかしたんですか?八千穂さん」
「コイツもう歩けるから退院させようとしてるだけよ」
当然の事のように八千穂は言う。
同調するように樺は頷く。
「そうですか。先生、八千穂さんを困らせるのは良くないですよ。服は持って来たのでここで着替えさせてもらって帰りましょう」
そう言うと手に持っていた鞄を羅師に押し付けるようにして渡す。
「ちょっと待って、樺もそっち側なの?やめて!二人して俺を退院させようとしないで!」




