第38話 10年という年月が変えたもの
赤ちゃんを抱いたヨシノを見る。
思い出の中にある学園で私たちと一緒に過ごしていたヨシノの顔と、今、目の前にいるヨシノの顔はまるで違っていた。
一言でいうなら…そう、ヨシノは、母、になっていた。
「久しぶり…なんだよね、ヨシノ」
どういう言葉をかければいいのか分からなかったので、とりあえず私は、当たり障りのない言葉を発してみた。
いい天気だね、とか、最近どう?みたいな、ありふれた中身のない言葉。
「リゼル…本当にあなた、リゼルなの?」
「足はちゃんと二本ついているよ」
お化けじゃないから安心して、と笑う。
「一応、レオンからは聞いていたけど…やっぱり信じられない。10年もいったい、なにやっていたの?」
「あぁ、まぁ、いろいろと、ね」
飛ばされて、歩いて帰ってきただけだよ、とは言わない。
私とレナの中では、まだ数か月しか経過していないのだ。ヨシノやレオンが過ごした10年とは、重みが違うだろう。
「それにしても」
ふと、心の中に湧いてきた疑問を口にする。
「ヨシノ、口調が変わったね?」
「そうかしら?」
「語尾に、~ござる、をつけなくなった」
「そういえば…」
そうね、とヨシノは笑った。
長い長い説明よりも、たったこれだけのことが、ヨシノの過ごした10年を感じ取ることが出来た。
ふと見ると、レオンも少し驚いた顔をしている。
「そうか…そうだな…」
顎に手を当てて、そう呟いている。10年間、少しずつ少しずつ変化してきたレオンたちにとっては、「変わった」という感覚は無かったのだろう。私とレナという異分子が来たからこそ、外から来たものがいたからこそ、その変化に気づくことが出来たのかもしれない。
「…ヨシノちゃん、おめでとう」
生まれたばかりの赤ちゃんを抱きしめたままのヨシノを見ながら、レナが語り掛けた。同い年だったはずの2人なのに、今は10年の開きがある。
レナはまだ少女で、ヨシノはもう母親になっている。
なんとなく気まずい時間が流れた後、ヨシノは横たわったまま答えた。
「レナは、変わらないね」
相変わらず、綺麗だね。
少しだけ、羨ましいな。
「だって私、もうこんなになっちゃったから」
若さが羨ましいわ、と言って笑う。
私とレナがどう答えればいいか迷っていると、まるで助け舟を出すかのように、ヨシノに抱きしめられていたままの赤ちゃんが大きな声で泣き始めた。
「…ぎゃぁっ…おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁっ」
「泣かないで…いや、あなたは泣くのが仕事なのかな、カエデ」
そう言って、あやすように優しく赤ちゃんを撫でるヨシノ。
(カエデ?)
誰の名前だろう、と一瞬思い、そうか、もう赤ちゃんの名前を決めていたのか、と思い直して、レオンを見る。
「もう名前、決めてたんだね」
「…そう、だな」
暗い表情を浮かべるレオン。
どうして、そんな顔をするんだろう。新しい命を、自分の血のつながった子供を授かって、嬉しくないはずがないのに。
「ヨシノちゃん、もう赤ちゃんに名前をつけていたんだね」
私の気持ちを代弁するかのように、レナが笑ってヨシノに語り掛けた。その言葉はただ思ったことを思ったまま、素直に発しただけの言葉で、優しさを含んだ言葉だった。レナらしい、素直な気持ちだった。
けれど。
帰ってきた言葉は、意外なものだった。
「カエデは、亡くなった私の妹の名前なの」
え…
やっぱり、そうだったのか。
ヨシノの妹さん、亡くなっていたのか。
(妹さんのために頑張るって、ヨシノ、言っていたもんね)
駄目だったんだ。助けることは、出来なかったんだ。
私みたいに、《不死》な人間なんて…いないもんね。
私は胸をぎゅっと掴まれたような気持ちになった。別に私が悪いわけではないはずだけど、でも、なぜか申し訳ない気持ちになる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ヨシノは笑った。
そして、彼女が発した言葉は…
私の心を、凍らせたのだった。
「生まれ変わってきてくれて、ありがとうね、カエデ」
優しく、自愛に満ちた瞳で、ゆっくりと赤ちゃんの頭を撫でるヨシノ。その行動の中に一片の曇りもなく、本当に、心から。
自らの産んだ子供を、自らの妹の生まれ変わりなのだと信じているのが分かった。
「生まれ…変わり?」
「そうよ」
抱きしめて、笑う。
母になった、ヨシノの顔。
それは10年前の私が知っている顔ではなかった。
「人は…生まれ変わるの。輪廻は、永遠に続いていくのよ」
永遠。
輪廻。
思わず私は、レオンを見つめた。
レオンは苦しそうな顔で、視線を逸らす。
この10年間、何があったのかは分からない。
分からないけど…人は変わる、ということは分かった。
見せつけられた。
ヨシノは。
私たちの親友だったヨシノは。
「カエデ、またお姉ちゃんのところに戻ってきてくれて、有難うね」
永劫輪廻教団の、信徒となっていたのだった。




