第37話 故郷と覚悟と命と
故郷の村は、思い出と同じ風景のまま、眼前に広がっていた。
田舎道に風が吹き、土の匂いが鼻腔をくすぐる。
「変わらないなぁ」
馬車から降りた私は大きく背伸びをすると、懐かしさと共にそう漏らした。変わらない、そう、見た目はまったく変わっていないのだ。
変わったのは…私の心中だけなのかもしれない。
「ここが…リゼルの生まれ故郷なのね」
そう言って、レナがそっと私の隣に立ってくる。いつもなら自然に手を握ってくるレナが、今日は触れそうでふれないように気を使っているのが分かる。
ここまでの道中、レオンに忠告されたことを守ろうと気遣ってくれているのだろう。
(…レナ)
よし。
うん。
「…っ」
私から、手を握る。
レナは驚いた顔をして、私を見つめてきた。
「レナ、嫌だった?嫌ならやめる」
「…嫌なわけない」
でも、リゼルが、変な目で見られちゃう。
「いいよ、どうせ私、変な女の子だもん。こんな私でごめんね」
「ううん…そんなことない」
「レナ」
「なに?」
「好きだよ」
「…」
私の生まれ故郷で真っ赤になるレナ。可愛い。レナはその澄んだ若草色の瞳を潤ませながら、小さな声で、でも私にはっきりと聞こえるように、
「私も、大好き…リゼルのこと、好き…」
と言って、ぎゅっと手を握り締めてくる。少し震えている。その震えが私に伝わり、私の心臓がとくんと動くのを感じた。私はレナの手を握ったまま、レナを感じたまま、やれやれ、といった風に私たちを見つめているレオンを見つめ返した。
「レオンが私のことを想って忠告してくれたのは分かってるけど…ごめんね、私はやっぱり、こんな風にしか出来ないの」
恋人を幸せにできるかどうかは分からないけど、でも、私はこれで、幸せなの。
こんな私を好きって言ってくれる子が、私の握った手を振りほどこうとしない限り…私は、握りしめたい。離したくない。
「…若いな」
24歳のレオンが、14歳の私に向かって言う。
その口調は呆れたようでもあり、諦めたようでもあり…少しだけ、羨望が混じっているようにも感じられた。
「いつか絶対に、後悔するぞ」
「この手を離したら、私は今、絶対に後悔する」
レオンを見る。風が吹く。田舎の風。私とレオンが生まれ育った故郷の村の土の匂いを含む風。
「…お前は昔から、そうだったよな」
だから、俺は、お前に惚れていたんだ。
レオンは私とレナの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。
「俺の実家と、リゼルの実家、どちらから先に行こうか?」
「ヨシノに会いたい!」
「俺の実家だな」
じゃぁ、一緒に俺の嫁さんの様子を見るとするか。
こうして、私たち3人は、故郷の道を歩き始めたのだった。
■■■■■
ついた先は、戦場だった。
ある意味、戦場というのもおこがましいほど、鬼気迫る状況だった。
「レオン!いいところに帰ってきた…本当に、いい時に帰ってきた!」
田舎の中でも一際大きな家が、レオンの実家だった。大きい、といっても王都の建物と比べれば鼻で笑われるようなものではあるのだけど、それでもこの辺りでは一番立派な家なのだ。
私たちの姿を見て、まっさきに声をかけてきたのは、レオンのお父さんだった。
私の思い出にある姿より、一回り年を取っているのが分かる。
(10年…)
長い時間、私はこの世界から断絶されていたんだな、と思った。
「父さん、どうしたの!?」
「どうしたのって、お前、知ってて急いで来たんじゃなかったのか!?」
ヨシノちゃん、破水したんだよ。
おじさんはそういい、レオンが青ざめるのが分かった。
「そんな、予定じゃもう少し先だったじゃないか…」
「なったんだから仕方ない、早く中に入れ、奥さん見守ってやれ!」
そう言って、レオンの手をとるおじさん。
ちらりと私を見る。
レナと手を握ったままの私。でもこんな状況かだからか、それとも私の姿が10年前の姿だからなのか、特に私に注意を払うことは無かった。
「早く、早く!」
うながされ、少し戸惑った後、家の中に走っていくレオン。
私とレナはお互いを見て、こくんとうなづいて、その後ろについていった。
「ああぁあぁあぁあああああ、殺して!もう殺して!」
物騒な声が聞こえてくる。
私の思い出の中にある声。思い出…というには、少し短すぎるかもしれない。私とレナにとっては数か月ぶり、そのほかの人たちにとっては10年ぶり。
部屋の中央で、ヨシノが横たわり、その周りにレオンのお父さんとお母さん、そして産婆さんが陣取っていた。
ヨシノは顔を真っ赤にして、汗を拭きだしながら、頑張っている。
辛そうな声をあげながら、視線があちらこちらに向かう。
「ヨシノ!」
レオンの声。今までに聞いたことが無い声。レオン、こんなに慌てることがあるんだ。私の知ってるレオンとは違う…
「俺だ。俺がいる。安心しろ」
そう言って、ヨシノの手を握るレオン。先ほどまで気が狂ったように顔を振り回していたヨシノが、止まる。
レオンの目を見る。
レオンも、ヨシノを見返す。
私は無力で、私は何もできなくて。
ここにいていいのかも分からない。けど、目を逸らすことは出来なかった。
(昔、レオンは、私のことを好きだった、っていった)
でも、今レオンの目に私は映っていない。
苦しむ妻だけを見つめている。
苦しみを分かち合っている。
ぎゅっ…
手が握られた。
レナが、私の手を、しっかりと。
うん。
見ていようね。
私たちの親友を。
親友、だった子を。
今から、母になる、その人を。
「…ぎゃぁっ」
おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃぁ。
一つの命が、私たちの目の前で生まれた。
どれだけ時間がたったのだろう。
周囲はもう、完全に暗くなり、太陽は姿を消していた。
部屋は蝋燭で照らされ、薄暗い。
なのに、輝いて見えた。
命が、光って見えた。
すごくぶさいく。
レオンはかっこいいし、ヨシノは綺麗。
なのに、2人の赤ちゃんは、すっごくぶさいく。顔はしわくちゃで、ちっちゃくて、くしゃくしゃしていて、ぶさいくで、ぶさいくで。
「…綺麗」
レナが、つぶやいた。
私も、レナの手を握り締めながら、こたえた。
「…うん、すごく、綺麗」
レオンは泣きながらヨシノに抱き着いていた。
ヨシノはぐったりとして、それでも、嬉しそうに、うまれたばかりの赤ちゃんを抱きかかえていた。
それは、一枚の絵画のような光景で。
私はたぶん、一生、忘れることができない。
(…私は、レナが好き)
ふと、思った。
私はレナが好き。
レナも、私が好き。
でも、私もレナも、女の子同士。
こんな風に…好きな人の子供、産むことは、できないんだろうな。
(好き)
好き。好き。大好き。
でも。
「…ぎゃぁ、おぎゃぁ…おぎゃぁ…」
赤ちゃんの泣き声。
ちっちゃな命。
ただ生きてるだけで、周りを幸せにする存在。
レオンが笑って、ヨシノが笑って。
レオンのお父さんも、お母さんも、産婆さんも。
みんな、ちっちゃな命を中心にして、ほわっと輝いて見える。
光。
「命って…」
こんなに、大事で、素敵なんだ。
《不死》の私は、少しだけ、取り残されたような気が、した。




