第36話 幼馴染と好きな人と馬車の中
10年前、徒歩で一か月かかった道程も、馬車でいけば10日前後でつくらしい。
私と、レナと、レオンの3人は、王都から私の生まれ故郷の村へと馬車での旅を始めていた。
「懐かしいね」
揺られながら、私はぽつりとつぶやいた。
いつも通り隣に座ってくれているレナは、そっと私の手を握ってくれている。ふにふにとしたその柔らかい感触は、暖かさと同時に安心感を私に与えてくれている。
「…何が?」
そう言って、私を見るレナ。金色の髪の毛がふわっと舞って、私の鼻腔をくすぐった。いい匂い。大好き。
「師匠の城に行くとき、4人で馬車に乗っていったよね。あの時の事、思い出してた」
あの時と違って、今はヨシノがいないけど、と付け加える。
レナはその形のいい唇を袖でそっと隠し、「うん、そうだね」と私に同調してくれる。
レオンは、私たちの会話に加わることなく、じっと黙っていた。
私の幼馴染のレオン。
ただ、今の私が14歳のままなのに対して、レオンは24歳。もう立派な大人になっている。
険しい顔をしているレオンを見て、どうしようかな、と一瞬迷ったけど、ぶんぶんと頭をふって、語り掛けてみた。
「レオンは、懐かしくない?」
「…懐かしいさ」
もう、10年以上も前の話になるんだもんな、というレオン。
そうか、私とレナにとってはつい数ヶ月前の話なのだけど、レオンにとってはもう10年以上昔の遠い思い出になっているのか。
同じ馬車の中にいて、同じ思い出を話しているのに、違う立場なんだな、と改めて思い知らされる。
世界にとって、私とレナは、異物なのだ。
「故郷につくまで10日以上かかるから、途中でいろんな町で休むよね」
話題を変えて、レナに語り掛ける。
私と同じ時を過ごしてくれている唯一の存在であるレナは、にっこりと笑ってくれている。
「リゼルと初めて会った街に寄ってみたい」
「…うん、そうだね」
レナと初めて会った街。
あの時、レナは酒場で荒くれ者たちとギャンブルをしていて…そこに私とレオンが興味本位で首を突っ込んだんだった。
懐かしいな、と思う。
あの時、関わってよかったな、と思う。
「レナと会えてよかった」
「私も、リゼルに会えてよかった」
ごとん、と馬車が揺れた。
私とレナの肩と肩がぶつかり、レナの匂いを感じて、私たちは顔を合わせてふふっと笑い合う。
優しい時間が、ここには流れていた。
「…リゼル」
レオンが口を開く。
蒼い目で、金髪で、がっしりした体つきで、今では大陸全土に名を知らしめているという、英雄に片足を突っ込んだ私の幼馴染は、少し難しそうな顔をしていた。
「なに、レオン」
「俺たちが向かっているのは、俺たちの生まれ故郷だ」
「そうだね」
懐かしいね。私は何の気なしに答える。
「ヨシノにも会いたいな…元気にしているかな」
「元気、だとは思う」
今ではレオンの妻となっているというヨシノ。真面目な性格は変わっていないんだろうな、と思うと、早く会いたくて仕方なくなってしまう。
「元気でいてもらわないと…困る」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるレオン。身重な身体だから、父さんと母さんに任せているんだから、と言葉を続ける。
(そうだった)
ヨシノは今、妊娠しているのだ。しかもその相手は、今私の目の前に座っている幼馴染のレオン。
…14歳の私とは違い、24歳のレオンたちにとっては当たり前の話なのかもしれないけど、やはりどうしてもギャップというか、隔絶を感じてしまう。
「村は、変わった」
教団を信じる人も、増えてきた。
昔、あんなにひどい目にあったというのに…教団の差し金で、キングオーガに襲われたというのに…みんな、過去のことは忘れて、未来のことばかり考えている。
「次の人生があると考えると、今どんなに苦しくても、先に救いがあると思えて楽なんだと」
レオンは、吐き捨てるように言う。レオンは、教団の言う転生を全く信じてはいなかった。大事なのは今現在。目の前にある現実とどう戦っていくかを真剣に考えているのが、《剣聖》であるレオンの役目でもあったからだ。
(…でも、転生は、あるんだよ)
誰にも言ったことがないけど、私だけは真実を知っている。
だって私は、65536回の人生を生きてきたから。その経験があるから。
(悔しいけど、永劫輪廻教団の言っていることは…真実なんだよ)
いっそ、バラしちゃおうか。
私たちのが憎んでいる教団が正しい部分もあるんだって、バラしちゃおうか。
(…言えるわけ、無いよね)
私はぎゅっと手を握る。レナがちょっとだけ痛い、とこぼしたのを聞いて、無意識で強く握りしめちゃったと気づいてあやまる。
「リゼル」
「うん、レオン」
「…以前も、聞いた質問なんだが」
私たちにとっては数か月前。
レオンにとっては10年以上の昔。
「お前は…女を…」
好き、なのか?
沈黙。
しばらく、私たち3人は言葉を交わさなかった。
ただ、馬車の揺れるきしんだ音と、馬の蹄が地面を蹴る音だけが周期的に響いてきていた。
どくん、と心臓が動いたのが分かった。
私の心臓…と思ったのだけど、手をつないで繋がっているレナの心臓かもしれない。
私は女で。
私が好きな相手はレナで。
レナは女。
そういう意味では、私は女が好き、なのかもしれないけど。
「ううん、違うよ」
びくっとするレナ。少し悲しそうな顔をするレナ。
黙ったまま、じっと私を見つめているレオン。レオンはたぶん、これから先、私が続けようとしている言葉の中身を知っているだろう。
「私が好きなのは、レナ」
そう言いながら、レナを見つめる。
レナの顔が紅潮し、蕩けていくのが分かった。レナの緊張がほぐれ、握られた手が暖かくなる。
「レナが好き。好きになった子が、たまたま女の子だっただけだよ」
「私も好き」
レオンがいるのに、関係なく、レナは私に身体を密着させてきた。レナの匂いが強くなる。甘美で、私の大好きな、いつまでも嗅いでいたいレナの匂いに包まれる。
「リゼル、好き。大好き。昔から、ずっとずっと、好き。だぁいすき」
そのままキスしてきそうな勢いのレナ。
キス、されたいな、と思ったけど、でも今はそういう場所じゃない。
「…というわけで」
少し恥ずかしくなりながら、私はレナの肩をそっと抱き寄せて、レナは何の抵抗もなく私に身体を委ねてきて、照れながら、レオンに向かっていった。
「私たち、いま、正式に恋人になりました」
「…そうか」
そうだよな。
レオンは大きなため息をついた。そのため息は長く深く、レオンの肺の中にある空気を、レオンの秘めた思いごと全部吐き出されていくかのようだった。
「俺は昔、リゼルのことが好きだった」
「そう、だよね」
答えたのはレナ。
私にしがみついたまま、私を絶対に離さない、といった感じで強くひっぱり、そして、「…レオンくんに、リゼル、とられたくなかったの」昔から、といった。
「ありがとうね、レオン。でも今、レオンはヨシノと結婚しているんだよね」
ヨシノのお腹の中には、レオンの子供がいるんだよね。
ヨシノを大事にしてあげてね。
「…それはもちろん、当たり前のことだ」
ヨシノのことは、大事に想っている。強がっているけど、触れると壊れるような脆さを同時に持っているヨシノを、俺はこれから先、ずっと大事にしようと思っている。
「俺が言いたいのは…」
口ごもるレオン。
伝えたいけれど、伝えた方がいいのかどうか分からない、そんな葛藤が伝わってくる。そしてまた、しばらくの沈黙。
その間、ずっと私にしがみついているレナ。
私の、恋人。
「俺は、な」
永遠とも思えた沈黙を破り、レオンが口を開いた。
「一度好きになった相手は、一生変わらない、って思っていたんだ」
俺はリゼルが好きだった。だから、ずっとリゼルの事だけを考えるものだと思っていた。
「けど、違うんだ」
人は、変わるんだ。
生き方も、性格も、好きな人も、時間がたてば変わっていくものなんだ。
永遠なんて、ないんだ。
「俺はリゼルが好きだったが、今はもう…好き、という気持ちではなく、大事な幼馴染、守ってあげたい相手、という気持ちの方が強い」
強いってことは、私のリゼルのこと、まだ諦めていないんですか?と可愛い唇をとがらせて言うレナ。うん、その気持ちは嬉しいけど、今は少し黙っていてね。
「リゼル。お前はまだ若い…幼馴染のお前相手にこういうのも変な気持ちになるが、俺の方が今は10年ほど人生の先輩になったんだから、そう言ってもいいだろう?」
まぁ、そう、ね。
その点について、私から何か口出しをする権利なんてない。
「好きな人は…変わってもいい」
レオンはそう言って、私とレナを見る。
その目は真剣で、からかいの色はまったく入っていない。
「今はいい。今はまだ、リゼルもレナも14歳の子供だからな。でも、将来は…未来は、大人になったら」
責任が、ついてくる。
「いま、ヨシノは頑張っている」
俺との子供を産もうと、必死に、命を賭けて頑張っている。
「俺は転生なんて信じない」
信じるのは、今。
今頑張っている人間だけだ。
今を頑張って、頑張って、頑張った先に、振り返ったら未来が残るんだ。
「俺は、口下手だから、こんなふうにしかいえない」
気を悪くしたら、すまん。
けど、伝えておきたい。
「好き、という気持ちだけで生きていいのは、若いうちだけだ…大人になったら、その先を、考えた方がいい」
女と女は、おかしい。
おかしい、というのは違うかな。
恋は自由だ。
好きになるのも自由だ。
けど。
「故郷では、それを表に出さない方がいい」
世間の目は。
思った以上に。
刺してくる。
それ以上、レオンは何も言わなかった。
私の幼馴染は、私よりずいぶん先に、大人になってしまった。
(生きている時間は、私の方が、ずっとずっと、長いのに)
なのに。
私は反論することが、出来なかったのだ。
恋人の手を握りしめたまま。
私たちは…私たちの生まれ故郷へと、向かっていった。




