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第34話 あのとき。あれから。これから。

「師匠…」


 私は止まったまま動かない師匠に近づき、そっとその頬に手を寄せてみた。暖かみも、冷たさもない。触っているのに、触っている感じもしない。

 ただ、そこに、あるだけだった。


「時が…止まっている…って、どういうことですか?」

「言葉の通りの意味だよ」


 学園長は腕を組んだまま、私の質問に答えてくれる。


「ミラルカの中にある《不老》の力と、ネクロスの中にある《不老》の力が共鳴し、お互いの能力が暴走…した、とでもいえばいいのかな。その2人は、いま、そこにあるが、そこにいない状況だ」

「…意味が分かりません」

「意味なんて理解しなくてもいい。それがもたらす結果だけを知っていればいいさ」


 一歩、学園長は前に歩いた。

 私と同じように、師匠の前に立ち、そして手を伸ばす。


「もう200年以上の付き合いなんだがな…」


 その言葉の中に寂しさが紛れ込んでいるように聞こえたのは、私の聞き間違いではなかったと思う。学園長の手つきは優しく、まるで大事な恋人に触れるかのようにそっと師匠の頬を撫でていく。


「とにかく、ミラルカのおかげで、ネクロスを止めることが出来た。それが結果であり、それ以上でも、それ以下でもない」


 学園長は振り返り、私に告げる。


(レオン、あれからどうなったの?)

(あれからどうなったかは…今、学園長が先導してくれている場所にいけば分かるから、まずは見てくれ)


 先ほど交わしたレオンとの会話を思い出す。

 そうか、そういうことか。

 私とレナが空間の裂けめに飛ばされた後、師匠は、永劫輪廻教団幹部のネクロスと相打ちになった、という事か。相打ち、というのは正しくないかもしれない…お互いの時がとまり、この世に存在しながら、存在しないも同然になってしまった、ということか。


「ミラルカがネクロスを止めてくれたおかげで、あの時、悪魔たちはネクロスからの支配を逃れ、そのまま魔界へと帰っていったんだ」


 レオンが悔しそうに声をはさんできた。


「俺が…俺がもっと強ければ…ミラルカを犠牲にすることなんて無かったのに…」


 そう呟いているのが聞こえてくる。レオンの整った顔が悔しさに歪んでいる。24歳。レオンは、私が知っている顔から、10年の歳月が刻み込まれている顔に変わっていた。

 それは10年分の成長が刻まれた顔であり、私とは違う時を過ごした事実が伝わってくる。


「ヨシノのスキルなら…ヨシノの《一太刀入魂》なら、なんとかなるんじゃないの?」


 1日1回だけ、この世のありとあらゆるものを「斬る」ことが出来るスキル。師匠の妹さん、私と同じく《不死》となってしまったその妹さんの、スキルという概念すら斬ることのできたヨシノの《一太刀入魂》なら、この凍った時間の2人を何とかすることができるのでは…


「もちろん、何度も試したさ」


 レオンが、何かを諦めたかのように悲しそうに答えてくれた。


「でも…駄目だった。ヨシノのスキルはこの世の全てを斬ることができるけど、時の流れは例外のようなんだ」


 それに。

 レオンが、私を見つめてくる。悲しみを帯びた蒼い瞳。


「リゼル…お前の《不死》を斬ることができなかったように」


 例外。例外、か…。

 私はこの世界において、例外の存在なんだな、と改めて思ってしまう。


「大事なのは、結果、さ」


 いつの間にかレナの背後に回り込んでいた学園長は、レナを後ろからそっと抱きしめながら言葉を続けていった。

 私のレナなのに。

 そう思い、ちょっとした嫉妬と共に、私は学園長からレナを引き離す。レナは何の抵抗もせず、むしろ嬉しそうに私に身を委ねてきてくれた。可愛い。

 そんな私たちを見て、学園長は少しニヤニヤとしながら、いった。


「ミラルカが、ネクロスを止めてくれた。学園の危機は去った。これが結果だ。そして私たちにはこの2人をどうすることもできない。これも結果だ。だから私たちに出来ることは、原因を考えて動かないことではなく、ちゃんと対処して動くことだ」

「だから」


 レオンが、学園長の隣にくる。二人は私を見る。


「2人を動かすことが出来ないから、塔を建てて、2人を囲んだ」

「ただ、それだけの事さ」


 私は、師匠を見た。

 教団の幹部と相打ちになり、そのまま時間の止まった師匠。


(この塔は)


 墓標だ。

 師匠の、墓標なんだ。


 そう思うと、胸が悲しくなり、引き裂かれそうになり、もう一度、そっと動かない師匠の頬に手を伸ばす。


 何も感触がない。

 暖かくも、冷たくもない。

 ただ、師匠はそこに、物言わず存在しているだけだった。




■■■■■



 外に出て、外の空気を吸う。

 森の空気は清浄で、私の肺が浄化されていく気がする。


「それでお前たち、これからどうするつもりだ?」


 塔から出た学園長が、腕を組んだまま、私を見上げてきた。

 200年という長い時を生きてきているにも関わらず、学園長の見た目は幼女であり、私よりも頭一つ分小さい。

 だがその表情は不遜で傲慢で、少し師匠に似ている気もする。


「そう、ですね」


 正直、何も考えていなかった。

 教団との戦いがどうなっていたかも知らなかったし、まずは学園に戻ることだけを考えていたからだ。


「お前たちの籍は学園に残してある。このまま復学してもいいんだぞ?」

「復学、ですか」


 レオンを見る。

 24歳のレオン。

 当然、もう卒業して、働いている。


(仲間たちと一緒の時間を過ごすために、学園で頑張ろう、って思っていたんだけど)


 もう、その一緒に過ごすべき仲間はいなくなってしまった。

 くい。

 手を引っ張られた。

 振り返ると、可愛い少女の顔。レナの顔。


(2人だけ、残されちゃったね)


 でも、レナがいてくれるから、私は一人ぼっちにならなくてすんだんだ。


「教団は…」

「あぁ、まだお前を狙っているだろう」


 理由は分からないがな、と学園長は答える。


「だが」


 教団で一番の戦闘力を誇っていた幹部のネクロスは、ミラルカが無力化した。だから直接、武力をもってお前を獲得しようと動いてくるかどうかは分からん。


「それに、教団のやり口も変わってきている」


 レオンが口をはさんでくる。レオンの口ぶりからは、教団に対する苛立ちを感じ取ることが出来る。無理もない。生まれ故郷の村を追われるきっかけになったのが教団なのだから。


(…でも、レオンのこの苛立ちは…それ以外にもなんか理由がある気がする)


 と、私は感じた。幼馴染としての勘、というものかもしれない。…幼馴染といっても、10年と言う時の断絶があるから、この勘が当たっているかは分からないのだけど。


「やり口が変わったって?」


 だから、私の想いとは別に、浮かんだ疑問をそのまま尋ねてみる。


「ここにくる道中でも話したけど、教団は侵略するのではなく、浸透する方向へと舵を切っているんだ」


 もともと、教団の信徒自体は多かった。この大陸の隅々に、昔から信仰している人たちが沢山いた。

 そして。


「リゼル、お前の《不死》の存在を知ってから、教団はさらに信者を増やしている」


 命は、転生する。

 魂は、永劫だ。

 人は輪廻して、永劫に繋がっていく。


「…くだらない」


 吐き捨てるように言いながら、でも、そんな次の人生に期待をかけることで、今の辛い人生を少し楽に生きている人が増えているというのも、変わらない事実なんだ、と、レオンはまた吐き捨てるように言う。


「もはや教団は敵ではない」


 学園長が、いった。

 人々の考え方に、心の中に、村中に、街中に、国中に、浸透し、食い込んできてしまった。もはや一体化してしまった。


「それを無理に引きはがしたとしたら、一緒に母体も壊れていってしまうだろうな」


 大事なのは、結果だ。

 学園長は先ほどと同じ言葉を言う。結果が、大事。教団がもはや我々の生活に溶け込んでいってしまったというのなら、それを認めて、対処していくしか方法がない。


「それで、もう一度聞くが」


 学園長は、もう一度、私を見つめてきた。

 今度は先ほどのようなにやけた顔つきではなく、学園長としては珍しく…というか、初めて、真剣な瞳で私を見つめてくる。


「お前たち、これから、どうするつもりだ?」


 …

 少し、考える。

 考えて、レナの手を握って。

 ぎゅっとして、暖かみを感じて、決心する。


「復学は、しません」

「そうか」


 分かった。

 なら、手配をしてやろう。


「手配、ですか?」

「卒業だ」


 学園長は、ニヤっと笑う。まるでいたずらっ子のようなその笑顔は、見た目相応のものに感じられる。


「え…、卒業って」

「お前たちはあの戦いを生き残り、そして戻ってきた。十分、卒業の実績に値する」


 それに、以前も言ったが、10年前にも言ったが、うちの学園を卒業するというのは、この国で過ごすことにかなり有利になるぞ。


「もらえるものは、病気と《不死》以外なら何でももらっておけ」


 こう余計な一言を付けくわえるのは、変わらない学園長の性なのかもしれなかった。


「…では、ありがたく」

「もっと大層に感謝してくれてもいいんだぞ?」

「なんかむかつくから、いいです」


 私はそう言い、レナは恐縮して何度もお辞儀をしている。


「なぁ、リゼル」


 レオンが、話しかけてくる。

 私はレオンを見て、その表情の中に、昔からの幼馴染の片鱗をちゃんと見つけることが出来た。


「卒業旅行、しないか?」

「卒業旅行!?」


 いきなり、何を言い出すんだ、この幼馴染は。

 10歳年をとって、変になったんじゃないか?


「ヨシノのお腹の中に、俺の子がいるって話、しただろ?」

「…それは、うん」


 すっごくびっくりしたから。

 あ。

 もしかして。


 レオンが、ニヤっと笑った。

 私の隣のレナが、嬉しそうに私の手を握ってくる。


「俺たちの村に、戻らないか?」


 故郷に。

 追われた故郷に。

 いま、ヨシノが出産準備で過ごしている、私の生まれた村に。


 レオンが、笑う。


「卒業旅行、しようぜ」


 

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