第33話 変わる人。変わらない人。
抱きしめられる力が、強い。
それは男の力で、そして過ぎ去った10年分の想いの強さでもあった。
「レオン…ちょっと痛い…」
「あ、ごめん」
手が離される。
レオンの手が触れていた箇所が、熱く感じられる。少しだけ、胸がドキドキと動いているのが分かる。
レオンは…立派な青年になっていた。
相変わらず、綺麗な蒼い目をしている。髪の色も輝くような金髪で、そこに赤いメッシュを入れているのも変わっていない。
変わったのは身長だった。
以前も私よりも頭一つ分高かったのだが、今はもう頭二つ分…いや、それ以上に大きくなっているようにみえる。
「背、高くなったね」
「リゼルは…変わらないな」
本当に。
そういうレオンの蒼い瞳が、少し潤んでいるのが見えた。
(同じように泣けない私は、薄情なのかな)
ちょっとだけそう思ったけど、懐かしさや嬉しさよりも、戸惑いの方が大きいのだから、これは仕方がないことだと思う。
「レオン…くん」
私の隣に立って事の成り行きを眺めていたレナが、レオンを見ながら、おずおずと声をかけてきた。
「お久しぶり…だよね。もうレオンくん、なんて言えないね」
レオンさん、って言った方がいいのかな?
真剣な顔で悩んでいるレナを見て、レオンは大きく口を開けて笑った。
「いいよ。今までどおり、レオンくんで。その方が俺も、懐かしくて…嬉しいから」
「うん。わかった。じゃぁ、レオンくん」
元気だった?
そう尋ねるレナに、レオンは少しだけ悲しそうな顔をして、
「いろいろ、あったよ」
と、尋ねられた質問とは違う答えを返す。
「はいはい、そこまでそこまでー」
ぱんぱん、と手を叩きながら、学園長が私たちの間に入ってきた。相変わらずの幼女姿で、相変わらず、フリフリとした服を着ている。
「リゼル、レナ、お前たち2人に見せたいもの…見てもらわないといけないものがあある。10年分の積もる話もあるだろうが、それは道中にしてもらってもいいかな」
「見せたいものって、学園長、それはいったい何なのですか?」
「…見れば分かる」
というより、見ないと分からん。
そういうと学園長は、「なに、遠い場所じゃない。ここから歩いていける場所だから、ついてこい」と言って、振り返りもせずすたすたと歩き始めた。
私はレナを見て、レオンを見て、2人がこくんとうなづくのを見て、そのまま学園長の後ろをついていくことにした。
歩きながら、もう一度、レオンを見る。
大人になったレオン。
私の頭の中に記憶としてある幼馴染のレオンと違っていて、頭がバクってしまいそうになる。
(10年、か)
私とレナが空間の裂けめに飛び込んでから、数か月しか経っていないはずだ。それなのに、私たちとレオン…というか、世界の間には10年物時間のずれが生じていた。
(あの裂け目は、空間だけでなく、時間も断絶していたのかもしれない)
とするなら、その裂け目からやってくる悪魔たちは、いったいどこから来ているということになるのだろう?
考えるべきことはたくさんあるけれど、まずは二つ、頭に思い浮かんだことをレオンに尋ねてみた。
「レオン、あれからどうなったの?教団は?それに…」
ヨシノの姿が見えないけど、ヨシノはどうなったの?
私の質問に、レオンは腕組みをして、目を閉じてこたえる。
「あれからどうなったかは…今、学園長が先導してくれている場所にいけば分かるから、まずは見てくれ。教団は…教団がどうなったかは、お前たちがここに来るまでの道中で見てきたとおりだ」
教団は、浸透している。
侵略ではなく、浸透だ。
この10年間で、ゆっくりと、しかし確実に、教団を信じる者は増えていった。
「この学園の生徒の中にも、教団の教えを信じている生徒はたくさんいる」
もしも死んでも、人は生まれ変わって、魂だけは永遠に輪廻し続ける。だから安心して、今を生きよう。次があるんだから。
「くだらないだろう?」
次の人生なんて、あるものか。
俺たちは、今の人生を、今、自分たちができる最大限の努力をもって生きるだけだ。
そういい、まっすぐ前を見るレオンの表情を見て、それが真剣で真面目で昔から私が知っている幼馴染のレオンの顔と同じだと分かって、私は懐かしさと同時に、申し訳なさも感じていた。
(…生まれ変わりは、あるんだよ)
私は、私だけは、それを知っている。
生まれ変わりはあるし、私がその証拠だ。私は今まで、65536回も人生を繰り返してきている。
そう考えると、私の存在そのものが、教団の定義そのものなのかもしれない。
「あの…それで、ヨシノちゃんは…」
レナが声をかけてくる。
先ほどからずっと、レナは私の手を握ったままだ。レナが私の手を握るのはいつもの事なんだけど、今日は…なんとなく、私を手放したくない、という気持ちが透けてきていた。
手放したくないというよりも、怖がっているというほうが正確なのかもしれない。
私とレナ。
時間に取り残されてしまった、2人だけの絆。
「ヨシノは…」
レオンは少し考えたようだった。
悩んでいるのがみえる。どう伝えればいいのか思案しているようだった。空を飛んでいる鳥が、ぐるっと一周して飛び去って行くだけの時間の後、レオンは口を開いた。
「ヨシノ・サオトメは…もういない」
「え」
レナの顔が蒼白になるのが見えた。たぶん、私も同じ顔をしているだろう。ヨシノが…いない。やっぱり、あの戦いで、ヨシノは…
「今は、ヨシノ・ドラグーンと名乗っている」
「…え」
変な声を出したのは、私。
今日一番の驚きだったと思う。
「それは、ヨシノとレオンが、その、あの、その」
「結婚したんだ」
数年前。
レオンは少し遠くを見つめていた。
私をまっすぐ見てくれない。それはいつもまっすぐなレオンとは、少し違っているような気がする。
「…ずっと待つだけの10年は…長すぎたから、な」
レオンがぽつりとつぶやく。
私は、聞こえていたけど、聞こえないふりをした。
(俺は、お前が好きだ)
そうレオンから告白されたのは、対抗戦の前日だったかな…
私にとっては数か月前のことで、レオンにとっては10年前の話。
永遠の愛なんてあるかは分からないけど、レオンにとっての私への愛は、永遠ではなかったということなのだろうか。
(ううん、そんなものじゃない)
あれは、あの気持ちは、純粋だったけど、愛じゃなかったのかもしれない。14歳の心と24歳の心は違うのかもしれない。
(…私の中にある、レナへの想いも)
変わるのかな。
変わっていくのかな。
隣を歩くレナを見つめる。可愛くて、綺麗な、私の宝物。私の大好きな女の子。私のことを、大好きと思ってくれている女の子。
私の視線に気づいたレナは、握った手をぎゅっと強く握り返してくれた。その強さが、私に安心感を与えてくれる。いま、レナと繋がっている。それだけで、私にはもう十分だった。
「おめでとう、レオンくん」
「あぁ、ありがとう、レナ」
「じゃぁ、ヨシノは今、レオンの家にいるんだね」
「…そうでもあり、そうじゃないともいえる、かな」
どういうことだろう?
首をかしげる私を見て、レオンは答えてくれた。
「…今度、子供が生まれるんだ。だから今、親父とお袋にてもらっている」
生まれ故郷。
私とレオンの生まれ故郷である田舎に、いま、ヨシノはいる。
「そうなんだ、2倍、おめでとうだね」
「…ありがとう、な」
嬉しくないのだろうか。
レオンの口調が、少しだけ寂しそうになった。私が気づいたことに、レオンも気づいたようで、ぽんと私の頭に手をかけると、小さく答えてくれる。
「…生まれる命もあれば、無くなる命もある、ってことだよ」
どういうことなんだろう、と思い。
そしてすぐに、答えが分かった。
(妹のために、拙者、頑張るでござる)
ヨシノは、いつもそう言っていた。
大事な妹が、死の運命から逃れられない妹がいる。その妹のために、頑張っている、と。
あれから10年。
新しい命と、無くなる命。
「…なにが、死んでも転生できる、だよ」
醸し出すように零れてくる、レオンの言葉。私とは違った意味の込められた、教団に向ける想い。
10年という歳月は、私の知っていた幼馴染を、やはり私の知らない男へと変えていったのかもしれない。
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「さぁ、ついたぞ」
学園長はそう言うと、小さな塔の前で足を止めた。
学園から少しだけ離れた場所、今は再生しつつある森の中に、その小さな塔は立っていた。
「こんなところに塔なんてなかったよね」
「うん。私の記憶がたしかなら、リゼルのいうとおりだと思うよ」
レナに尋ね、レナが応えてくれる。
どうしたの、この塔?
そうレオンに聞いても、「…まぁ、見れば分かるよ」とだけしか答えてくれない。
(見ても分からないから、聞いているんだけどな)
少しだけ頬を膨らませて、不満の表情を浮かべてみる。
そんな私をていよく無視すると、学園長とレオンは先に塔の中へと入っていく。
「待ってよー」
私たちに見せたいんじゃなかったの?
私はレナの手を引きながら、2人の後ろをついていった。
塔は狭く、ぐるりとした螺旋状の階段が上へと続いていた。
こんな小さな塔、なんの目的で作ったんだろう。
まるで森の中に小さな灯台でも作っているかのようだった。
のぼって、のぼって、のぼって。
一番上の扉の前で、学園長とレオンは立っていた。
息を切らせている私を見て、そして、2人は扉を開けた。
(見れば分かるさ)
来た。
見た。
分かった。
「…師匠」
「ミラルカちゃん…」
私とレナは、違う言葉で同じ人をよんだ。
そこには、黒いゴシックドレスを身にまとい、燃えるように真っ赤な髪の毛と妖艶な笑みを浮かべたままの私の師匠、ミラルカ・カミラルテと…
「…永劫輪廻教団…」
忘れもしない、あの日。
私たちの学園を襲った張本人。
永劫輪廻教団の幹部、ネクロス。
その2人が、もつれるようにお互いの首に牙を突き立てたまま、止まっていた。
息をしていない。
瞬きもしていない。
心臓も動いていない。
あの時のまま。
まったく変わらない容姿のまま。
ただ2人、そこにいた。
「《不老》のスキルを持つ者同士の、力の暴走」
学園長はそういうと、床に落ちていた鉄の棒を手に取り、思いっきりその2人に殴り掛かった。
鉄の棒は2人にあたり、音もたてず、はじき返される。
床に落ちて、からんという音がした。
学園長は私を見て、そして、ゆっくりと口を開いた。
「…2人の時間は、あの時、止まったんだ」
時間が、凍っているんだ。
と。




