第32話 違和感。予感。王都帰還。
違和感。
それは些細な、けど、拭いきれない違和感だった。
私とレナは王都を目指して旅をしていた。
旅、というほど大層なものではないかもしれない。ただ2人で歩き、町を訪れ、食べて、飲んで、寝て、また翌日から足を進める。
その一歩一歩の積み重ねが、いつしか旅になるのかもしれない。
「…リゼル、大丈夫?」
怪訝そうな顔をしているだろう私を見て、レナは心配そうに声をかけてくれた。街道を照らす陽の光がレナに降りそそいでいて、煌めく金色の髪が舞っているようにみえる。
「うん、大丈夫だよ、レナ」
「…それなら、いいんだけど」
何度も繰り返された言葉。
最初は喉のおくにちりちりとくるだけだった違和感が、今はもう、全身を回って指先にまで浸透していた。
(教団が…多すぎる)
永劫輪廻教団。
私の、敵。
私から全てを奪い、そして私を、私の中の《不死》を求めている敵。
本来なら息をひそめて地下にもぐっているであろうその教団が、どの町を訪れても、どこの村をみても、はびこり、蔓延しているのだ。
しかも…大胆に、堂々と。
最初は、私たちが飛ばされてしまった海辺の傍だけの現象かと思っていた。辺境だから、王都から離れているから、教団も大手をふるって跳梁跋扈しているのだと思っていた。
(けど、違う)
王都に近づいてきて、教団は隠れるどころか、むしろその存在感を大きくさせてきていた。
人々は、笑顔で、疑うことなく、素直に教団を受け入れていた。
(それに…)
誰も、王立魔法学園が教団に襲われたという話をしない。
あれほどの戦い。数千のスケルトン軍団と、伝説的なグレーターデーモンに襲撃されたという、まさに王国の歴史に残るほどの戦いだったはずなのに…どの町にいっても、どこの酒場で話を聞いても、王都での戦闘の話はまったく出てこないのだった。
違和感。
拭いようのない、違和感。
気が付かないうちに浸透していて、気が付いた時にはもう遅い、身体中に潜伏している埋伏の毒。
ひとつだけ、思い当たる理由があった。
ひとつだけ、もしかしたら、と思える原因があった。
(けど)
あえて、考えない。
あえて、目を逸らす。
(そんなはずがない)
そんなことが、あるわけない。
私は隣のレナを見る。
綺麗で、可愛くて、美しくて、輝いていて。
私の中の、「好き」を凝縮させたような、私と同じ、14歳の少女。
「…なに、リゼル。そんなに私の顔、じっと見つめて」
照れて、顔をそむけるレナ。
私を助けるために、私の為に、あの日、空間の裂けめに飛び込んできてくれた女の子。
「…好きだな、って思って」
「…っ」
まるで、今日の天気を語るかのように、ごく自然に、気持ちがこぼれ出てきた。
普通、告白なんて、もっと劇的で、大胆で、計画的なものなのだと思う。
少なくとも、今、私がしたような告白なんて、もってのほかだろう。
「…あ、あ、ありがとう…」
レナはもじもじしながら、耳まで真っ赤にして顔を背けて、それでも私の手をぎゅっと握りしめてくる。
「…私も、好き」
「うん、知ってる」
大好きだから。
14歳の女の子と、14歳の女の子。
《聖女》と、《不死》
どこにでもいる、普通の女の子。
世界で…たった2人だけの、14歳。
私と、レナは。
手をつないで、前を見て、そして。
ようやく、王都についたのだった。
■■■■■
違和感。
違和感は、ほぼ確信に変わっていた。
目の前にある真実からいくら目を背けていたとしても、漂ってくる香りから逃れることは出来ないし、逃げた先にもいつか真実は追いついてくるものだ。
歩く。
歩いて、向かう。
森を見る。
レオンの流星によって、焼き払われたはずの森。
そこには背の低い木が人の手によって整然と管理され、大きな森は小さな森となってまた上へと向かっている。
違和感は、確信。
見慣れていたはずの、王立魔法学園の入口に向かう。
巨大な門は、少し錆びついていて。
鼻を近づけると、鉄の匂いがした。
「ついたね、リゼル」
「うん、レナ」
握りしめた手は離さない。
レナの不安が伝わってくる。私の不安は伝わっているだろうか。
門の入口に立っている衛兵に声をかける。
知らない顔だった。
職務を忠実に実行するという、硬い意志をその表情からうかがい知ることが出来る。
「《聖女》レナ・ヴァルシオルテ」
「リゼル・アークライト」
名前を名乗り、所属クラスを名乗る。
「無事に学園に帰還したと…学園長に、お伝え願えますでしょうか」
■■■■■
ぎぃいいいぃぃぃ
という、軋む音と共に、門は開いた。
私のレナは、学園に入る。
空気を吸った。
学園の空気…久しぶりの、空気。
肺いっぱいに空気を吸い込むと、今度はそれをすべて吐き出していく。
私の中の空気と、学園の空気を循環させる。
レナを見る。
レナもやっぱり、私と同じ考えを持っているみたいだった。
私たち2人は口には出さなかったけど、でも同じことを考えていた。同じことを考えながら2人で旅をして、同じものを2人とも見ようとはしていなかった。
目を逸らして、耳をふさいで、口に出さないで。
そして今、違和感の先にたどり着いてしまった。
「おかえり、2人とも」
声がした。
幼女の声。
ひと月ぐらいしか離れていなかったはずなのに、ずいぶん長く、この声を聞いていなかったような気がした。
「学園長も、お変わりないようで」
「そういうお前たちも、変わっていないな」
王立魔法学園学園長、オズ・ハイドライド。
200年以上、幼女のままで生きてきたこの学園長は、幼女のままの姿で私たちに笑いかけた。
「…あの後、どうなりましたか?」
「それは…」
私の口から語るより、自らの目で見た方がいいかな、と学園長は笑った。
あの後。
数千のスケルトン軍団と、伝説のグレーターデーモンの集団と、そして永劫輪廻教団幹部との闘いの後。
私とレナが、空間の裂け目に入って姿を消した後。
「リゼル!!!!!!!」
声がした。
男の声。
太く、落ち着いていて、強い意志を感じられて、それでいて、中に憂いを帯びた大人の声。
ああ。
違和感が。
現実に変わる。
「レオン」
私は振り向いて、同い年の幼馴染を見た。
生まれた時から一緒の村にいて、一緒に戦って、一緒に旅をして、一緒に学園に入った、私のかけがえのない、幼馴染。
「心配した…心配したんだぞっ」
抱きしめられる。
強く、大きい手。
がっしりとした、大人の腕。
「…ごめん、ね」
ごめん。
本当に、ごめん。
こうなっちゃって、ごめん。
「10年も…いったい…どこに…行っていたんだ…」
レオンは…
私の幼馴染は…
24歳の立派な青年となって、14歳の少女である私を、抱きしめてくれていたのだった。




