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第30話 いいひと。

 レナの頬が上気している。

 吐く息も小刻みになり、うっすらとした汗がにじみ出てきていた。

 私はレナの額に手を当てた。


「…熱い…」


 もう周囲は薄暗くなり、吹き付けてくる潮風も冷たくなってきている。その中で、レナの体温だけが上がり続けていた。


(私なんかを…助けようとしたから)


 私のせいだ。

 レナを抱きかかえると、「ごめんね」と言って、向きを変え、そのまま背負う。意識を失ったレナの身体は思ったよりも重く感じられ、私の足元は少しふらついた。


 後ろは海。波の音は定期的。

 私は前を向くと、一歩一歩、足を踏み出した。

 歩くたびに砂浜は沈み、背中に背負ったレナが揺れる。落とさないように気を付けながら、私は歩いていく。


(それにしても、ここはどこなんだろう)


 空を見ると、星がもう出てきているのがみえる。その星の配置は私の記憶と変わらないので、少なくとも別世界に飛ばされた、という事はないだろう。


(レナ…)


 背中の重みは、命の重みだ。

 私だったら、死ねばすぐに体力も回復するし、死ぬなんてもう慣れたものだから、怪我や病気の回復を待つぐらいなら、すぐに自殺すれば事足りる。


(でも)


 レナは、違う。死ねば終わりだ。私とは違う。


(…転生)


 転生は、どうなんだろう。

 私はレナを背負って歩きながら、今まで思っていなかったことを考えていた。

 65536回。

 これは私が今まで転生してきた回数だ。

 私にとって、死んだら次の世界に転生するなんて、当たり前の事実だった。だからレアスキルの加護を受けることが出来なかった時とかに、気軽に死んでは転生を繰り返していた。


(私は、転生するのが当たり前だと思っていたけど)


 私以外の人は、どうなのだろう。死んだら、転生できるのだろうか。

 でも、幾度も繰り返した私の人生の中で、今まで「実は前世の記憶があるんです…私、転生者なんです」と言う人に出会ったことはない。

 口ではみんな、次の人生にかけるとか、生まれ変わりたい、とは言うけれど、それを実践したという人に出会ったことはないのだ。


 ぞくり。


 背中が寒くなる。

 レナを抱えているから、レナは暖かいというより熱いから、これは肉体的に寒くなったわけじゃない。心が、寒くなったのだ。


(…死んだら、終わり?)


 転生なんて、存在しない?

 一度きりの人生、とはよく聞くけど、それは本当の事で。真実で。


(もしもこのまま…レナが死んだら…レナには…もう、会えなくなる…)


 嫌。

 いや、いや、いや。

 絶対に、嫌。


 怖い怖い怖い怖い怖い。


「レナ、死んじゃ嫌!死なないで…っ」


 私は、走り出していた。

 背中のレナが重い。でも、息はしている。レナはまだ死んでいない。

 私が空間に飲み込まれた時、レナが私のことを心配して飛び込んできたのは…こういう気分だったからなのだろう。


 大事な人が、死ぬのは、怖いから。


「レナ…レナ…レナ…っ」


 一度沈み始めた太陽は、止まることなく、すぐに消えていき、周囲は暗くなっていく。それはまるで、人生のようだ。


「助けて…誰か、レナを…助けて…」


 足が重い。上がらない。座り込みたくなる。

 息が切れそうになる。心臓がバクバクいっている。


 …死ねばすぐに、私ならリセットされる。


 でも、死ぬのが怖くなってきた。

 レナの重みが、私に命の大切さを伝えてくれる。


 目が真っ赤に染まり、意識が朦朧としてきた頃。


 私たちの目の前に、一軒の小屋があるのが、見えた。





■■■■■




「いやぁ、こんな田舎に客人が来ることなんてないから、びっくりしただよ」

「…有難うございます…本当に、有難うございます…」


 レナを布団に横たえると、人の好さそうなおじさんはそう言って笑った。私はぺたりと床に座り込みながら、自然と感謝の言葉を口にしていた。


 もう真夜中。

 お世辞にも綺麗とはいえないほったて小屋ではあるけど、今はどんな宮殿よりも立派な建物であるように感じられる。

 私たちが見つけた小屋には、人が住んでいた。


 扉を叩き、何度もたたき、「助けてください…っ」と懇願すると、中から出てきたおじさんは私たちの様子を見て、とりあえず中に入って休んでいきなさい、と暖かく迎えてくれたのだった。


「こんな田舎じゃ、こんなものしか用意できないけど、身体を暖めるがいいだよ」


 そう言って、皺だらけの手で欠けた茶碗を差し出してくれる。

 中には、肉の入っていない野菜スープが入っていた。


「ありがとう…ございます…」


 ここに来てから、感謝の言葉しか口にしていない気がする。こんな突然の来訪者にも関わらず、疑いもせず家にあげてくれて、看病もしてくれるなんて、本当に、ありがたかった。


「まずいだろ?ごめんなぁ」

「…そんなことないです」


 口内に潮味が広がる。美味しくはなかったけど、疲れた身体に元気がしみ込んでくる気がして、暖かくなる。


「お連れさん、あんな怪我をして…何かあったのかい?」

「ええ…いろいろ…」


 悪魔に襲われました。

 私が自爆して、それに巻き込まれました。


 そんなこと言えないから、はぐらかした回答をする。


「大変だったんだねぇ。お医者さんに診せるのが一番だと思うだにが、でもこのあたりに住んでいるのはおいらだけだから…」


 とりあえず今夜はここに泊まって、朝になったら村へと向かうがいいだ。あ、村には医者なんていないか…もっといけば町があるから、あそこなら…


 ぶつぶつとつぶやいているおじさんを見ていると、ほっとする。

 手もしわくちゃで、土の匂いがする。ランプに照らされた顔には、たぶん年齢以上に深い皺が刻み込まれている。

 楽な生活ではないだろうけど、それでも、ちゃんと「生きている」人の横顔だ。


(お父さんを、思い出すな)


 永劫輪廻教団の襲撃のせいで住めなくなった私の田舎。そこで暮らしている私のお父さんも、土だらけの手をしていた。頑張って働いていた。もう会えないのかな。寂しいな…


(永劫輪廻教団)


 私の人生を、めちゃくちゃにしてくれた、教団。

 あいつらのせいで、私は村を追放され、行きついた先の王立魔法学園も襲われた。

 そして…私の大事なレナも…こんな目にあっている。


(復讐、してやりたい)


 私の心の中に、黒い炎が湧き上がるのが分かった。

 復讐は何も生まない、とはよく聞くけど…それは何も奪われたことがないものが言う言葉だ。奪われたものが欲しいのは、奪われてしまったものがもたらしてくれたかもしれない明るい可能性ではなく、奪っていったものが手に入れるべき未来なんだ。


「この子、少し落ち着いてきたみたいだよ」


 暗い考えに染まりそうになっていた私を現実に引き戻してくれたのは、気のいいおじさんの言葉だった。


「まだ熱があるから油断はできないけど、朝まで布団で寝かせておくがいいだよ」


 私はレナが横たわっている布団の隣に座った。

 ボロボロの布団だ。長い年月、使い込んでいるのが分かる。


「汚くてごめんな」

「…そんなこと、ないです」


 レナを守ってくれるこの布団は、どんな凄腕職人のつくる一品ものよりも、今は価値がある宝物だ。


「おいらはむこうの部屋にいるから、何かあったら声をかけてくれな」

「本当に、有難うございます」

「気にすることはないだぁよ。困ったときは、お互い様さぁ」


 そう言って、笑うおじさん。

 おじさんの話によると、ここは大陸のはしっこの方で、王立魔法学園のある王都まではかなりの距離があるところだった。


(思ったよりだいぶ遠くに飛ばされていたんだな)


 でも、飛ばされたのが異世界とか別の大陸とかじゃなくって、よかった。

 ほっと胸を撫でおろす。

 同じ大陸なら、時間はかかっても、歩けば帰れる。道はちゃんと、繋がっている。


(…学園がどうなっているか…心配だけど)


 レオンは、ヨシノは、師匠は、学園長は…どうなったのだろう。

 おじさんの口ぶりからも、王都の情報とかはこちらに全く伝わってはいないようだった。

 そもそも田舎の生活と王都の生活は違いすぎて、気にも止めていないのかもしれない。


「それじゃぁ、おやすみ、だよ。その子が心配なのは分かるけど、あんまり根を詰めないことだぁよ」

「ありがとうございます」


 でも、根詰めちゃいます。

 レナが大事で、大事で、仕方ないんです。


 おじさんが建付けの悪い扉を閉めた後、レナと2人っきりになってすき間風の入る部屋の中で、私はレナの寝息を聞いていた。

 綺麗な顔。可愛い顔。

 さすがに弱っているレナに何かをしようとは思わないけど、それでも私は、ずっと、一晩中。


 大好きな人の寝顔を、ずっと見つめていたのだった。





■■■■■



 翌朝。


 レナも目を覚まし、十全ではないけど、それでも立ち上がることが出来た。


「よかったらもう一晩泊っていってもいいだによ」


 そう言ってくれる人のいいおじさんに、ぺこりと頭を下げる。あんまり迷惑をかけるわけにもいかない。もう十分以上にお世話になってしまっている。


「本当に…有難うございました」


 もう何度目か分からない感謝の言葉をのべる。

 私の隣で、レナも深々と頭を下げている。「有難うございました」まだ弱弱しい声だけど、でも、レナが声を出せるというだけで、私は心から安心してしまう。


 もう一度、2人で頭を下げる。

 レナの手がこつんとあたる。無意識にあたるその手が、レナが生きているんだ、と実感させてくれて、嬉しくなる。


「そんなに頭をさげないでほしいだ。なんか背中がうずうずしてくるだ」


 照れながら手をふるおじさん。その姿は本当に純朴なものだった。


「もしもおじさんに助けてもらわなければ、私、死んでいたかもしれませんから…」


 そうしたら、大好きなリゼルと離れ離れになっちゃうから。と、レナは言った。言いながら、レナは今度は自分の意志でしっかりと、私の手を握ってくれた。

 暖かい。心がつながった気がする。


「あらら、それにしてもあんたたち、ずいぶん仲がいいね」


 おじさんは笑う。

 私たちは少し、照れる。


「でもまぁ、あんたたちぐらい仲がよかったら、もし死んでしまったとしても、次の転生先でまた出会えると思うだによ」


 おじさんはそう言って、もう一度楽しそうに笑った。


(転生…)


 ふと。

 私の背中に、冷たいものが流れた。


「うん?何か変な顔してるだにな」

「いえ…あの…おじさん…さっき、転生って…」

「ああ、そうか、あんたらは知らないか」


 人間は、死んだら転生するんだよ。


 おじさんは、笑った。

 また、笑った。

 同じ楽しそうな笑顔なのに…受け取る私の気持ちが変わると、笑顔が違ってみえた。


「人間はね、永劫に、輪廻でまわっていくんだべ」


 永劫。

 輪廻。

 転生。


 永劫輪廻教団。



 この人のいいおじさんは。

 私たちを救ってくれたこのおじさんは。

 何も知らない、末端の。


 永劫輪廻教団の一員、だった。


 

 

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