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第29話 見知らぬ海

 波の音が聞こえる。

 私は頬にあたる砂の感触で目を覚ました。

 ぼんやりとした目を開けると、眼前に広がるのは、限りなく透明に近い青色をした、一面の海の景色だった。


(ここ…は…)


 まだ頭がうまく働かない。薄い皮を脳みそにかぶされているかのように、意識がうまくまとまらない。波の音を聞く。定期的に繰り返されるその音は、胎内で聞く心音のように感じられて、心が落ち着いてくる。


(そうだ…私…)


 だんだんと、記憶が鮮明になっていく。

 私は。

 グレーターデーモンが顕現してくるのを抑えるために、奴らが通ってくる空間の裂けめの中に自ら入り込んで…


(自爆、したんだった)


 自爆魔法。命を糧にして、その生命力全てを破壊力にかえる魔法。本来なら人生で一回しか使えないその魔法を、《不死》である私なら何度でも行うことができる。


(私にしかできない、私だけのとっておき)

(私にとって死ぬことなんて、なんでもない)

(なのに…)


「死んじゃ、いや!」


 レナの言葉が、レナの表情が、私の脳にこびりついて離れない。軽いはずの私の命の価値が、レナの想いのおかげで重力を持ち、ゆっくりと沈んでいく。


(レナ…レナ)


 そうだ。

 あの時、裂けめの中に、レナも飛び込んできた。私なんかを救うために、どうせ死んでもすぐ生き返る私なんかの為に。


「レナ…レナっ」


 私は砂浜に飛び上がり、周囲を見回した。

 風が頬に当たる。潮を含んだ暖かい風。

 砂浜の先に、金色の、光が見えた。

 ボロボロになった神官服に身を包んだまま、横たわっている女性の姿。私の大好きな、レナの姿。


「レナ!」


 私は砂浜の上を急いで駆けた。レナに近寄り、抱きかかえる。暖かい。レナは、死んでいない。まとう服はボロボロで、あちこちに怪我をしているようだけど、それでも胸が上下して、息をしていて、心臓の音が聞こえてくるのが分かった。


「レナ…大丈夫、レナ?」


 こんな時、すぐに起こすのはよくないのかもしれない。けれど私は、待つなんて出来なかった。ただ、レナに目を開けて欲しかった。

 抱きかかえたまま必死にレナに呼びかける。

 唇が、少し動いた。

 そしてレナはうっすらと目を開けて、そして、私の顔を見て少しほっとしたように見えた。


「リゼル…よかった…リゼル…生きてる…」

「ばか…レナの、ばかっ」


 どうせ私はすぐに生き返るのに、私の事なんて心配する暇があるなら、少しは自分の心配をしてよ…

 想いはそのまま口に出してしまっていた。私のそんな声を聞いて、それでもレナは、力なく微笑んだ。


「私だって…同じだよ…自分よりも、あなたの方が、大切な人の方が、大事…」


 そういうと、「ちょっと疲れてるから、少し、眠るね」と言って、再び目を閉じる。このまま目を覚まさないなんてことないよね、と心配になったけど、とくん、とくんと打ち寄せる波のように定期的に脈打つレナの心臓の音を聞いて、少しだけ、ほっとする。


(それにしても…)


 ここは、どこなのだろう?

 ひとまず、レナの命に別状はないと安心したので、次は自分たちが置かれている状況へと思考をめぐらせることにした。


(本当は…)


 私は、あの時、空間のはざまの中で、悪魔たちを道ずれにするつもりだった。どうせ私は生き返る。だから、やつらを焼き尽くすまで、何度だってあの狭間の中で自爆魔法を繰り返すつもりだった。


(けど)


 レナが、助けに来てくれたから。私のことを心配して、来てくれたから。

 だから。


(出来なかった)


 やつらを駆逐するのではなく、飛び込んできたレナを守ろうとしてしまった。

 だから、レナには、本当に悪いのだけど…


(あの時、レナが私を見捨ててさえいれば…悪魔たちを全滅…できたと思う)


 でも、そうはならなかった。

 そうは出来なかった。


 レナを見捨てて世界をすくうのと、世界を見捨ててレナをすくうのだったら、私は何度だって、レナを選ぶ。


(あれから、どうなったんだろう)


 私は、悪魔たちを食い止めることは出来なかった。

 狭間の中での自爆魔法は中途半端になり、おそらくその影響で、私とレナはどこか別の空間へと飛ばされてしまったのだろう。

 ここが、この砂浜が、どこなのかは分からない。


(レオン…ヨシノ…師匠…学園長…)

(学園の、みんな)


 いったい、どうなったのだろう。

 私が悪魔を食い止められなかったとすると、あの悪魔たちはやはりあのまま、顕現してしまったのだろうか。


(ううん、でも)


 あいらの目的は…私のはずだ。

 正確には、私の中にある《不死》のはずだ。


 永劫輪廻教団が求めているのは、私の《不死》だ。私がいなくなったということは、あの場で戦闘を続ける意味が無くなってしまった、ということではないだろうか?


(結局、どうなったのかは分からないけど)


 今は私が出来ることをしよう。

 手の中で寝ているレナを見つめる。私を救おうとして、ボロボロになった姿。翻って見て、私は結局…自爆魔法を発動させたから、一度死んでる。死んで蘇っているから、私には傷一つついていない。


(皮肉、だよね)


 私を救おうとしたレナが傷ついていて、救われようとしたはずの私は結局、私自身のスキルによって傷つかず、悪魔たちを駆逐するという目的すら果たせず、戦闘の結果すら分からずにどこか別の場所にとばされてしまっている。


(じゃぁ、レナがしてくれたことは…無駄なこと?)


 そんなはずはない。だって、今、私の心の中、暖かいもの。

 ほわほわとしていて、幸せな気持ちになっているもの。


 学園がどうなっているかも分からない、これから先、どうなるかも分からない。

 2人だけの、見知らぬ海辺で、それでも私は…



 幸せを、感じていた。

 

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