第27話 卒業(前編)
蹂躙。
まさに、その蹂躙、という単語に相応しい光景が広がっていた。
私たちが対抗戦の決勝で戦うはずだった4年生の先輩方は…王立魔法学園最強の王下四天王の面々は、文字通り「壊滅」していた。
(…さっき、私の頭の中に、響いた声… 『《不死》ヲ、ミツケタ、ゾ!!!!!』 …って言っていた)
それは、つまり。
(この惨劇の原因は…私…ということ?)
見えない何者かに、心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような感覚がする。背骨が凍りそうに痛くなる。小刻みに身体が震える。私のせい…私のせい…私の…
「リゼル、違うよ」
暖かさが、手に伝わる。凍った私の身体が溶けていくようだった。柔らかいその暖かみの先に、私の大好きな人がいた。
「レナ…」
「リゼルのせいじゃない。だから、リゼルが責任を負おうなんて考えなくていいんだよ」
私を励ますように握ってくれているレナの手も、恐怖で震えているのが分かる。あるいは、私の震えが伝わってしまっているのかもしれない。どちらであろうとも、レナは恐怖の中で、それでも私のことを第一に考えてくれて、私を支えてくれようとしてくれている。
(大好き)
こんな時なのに。
こんな時だから?
私は、そう思ってしまった。
私は強くレナの手を握り締めると、眼前に広がる恐怖の光景にもう一度目を向ける。先ほどまでは暗くよどんでいたように感じられたその光景が、今はもう、はっきりと恐怖というフィルターを除いてみることができた。
数千のスケルトン軍団。
湧き上がる青白い巨大な悪魔たち。
その動きは一見、無秩序に動いているように見えつつ、その実、ある種の統制を受けているのが分かった。
軍団の中心…悪魔の中心…
そこに、何かが、いる。
「ようやく、ちゃんと見たね」
ぽん、と、肩に手を置かれた。
レナの暖かい手ではない。もっと冷たく、そして強い手。
「師匠」
「それが、今回の災渦の中心だ」
黒いゴシックドレスに身を包んだ、500年生きた吸血鬼。ミラルカ・カミラルテは、口元を嬉しそうに歪めながら笑っていた。
「《不死》を見つけた、などと言ってくれていたが…見つけたのは、こっちも同じだよ…」
「師匠?」
「お前の顔、私の脳髄に刻み込まれて、忘れることなんて出来なかった…」
「師匠、あの渦の中心にいる相手を、知っているのですか?」
「ヴァルディア・ネクロス」
ぎりっと、音がした。ミラルカの唇から、血が流れ落ちている。愉悦の浮かんだ紅潮した顔に、その口元に、牙がみえる。吸血鬼の牙。その牙はミラルカ自らの口内に傷をつくり、紅い血を滴らせている。
「永劫輪廻教団の幹部であり…」
ミラルカの身体が震えている。
それは、先ほどまでの私やレナのような、恐怖を原因とした震えではなく、ずっと探し求めていたものを見つけたという、歓喜に溢れた止まらない震えであった。
「500年前、私と妹を…吸血鬼に変えた、張本人だ」
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『生徒たちは学園内に避難するように。繰り返す、生徒たちは学園内に避難するように。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない』
先ほどまでは対抗戦の実況をしていたアナウンスが、今は生徒たちに退避を促すアナウンスへと変わっていた。
我先に、と、生徒たちは学園内へと非難していく。
逃げることは恥ではない。
命を無駄に散らすことが恥なのだ。
王立魔法学園は、将来の国を背負って立つ人材を育成している。
今は命をつなぎとめて、未来への希望を残しておくこと、それが使命なのだった。
だが、その流れに逆らい、前に向かっている学生がいた。
《剣聖》レオンハルト・ドラグーン
《聖女》レナ・ヴァルシオルテ
《一太刀入魂》ヨシノ・サオトメ
《不死》リゼル・アークライト
《不老》ミラルカ・カミラルテ
この5人の学生だけは、恐怖の軍団へと相対し、前を向いていた。
「別に、お前たちも避難してよかったのだぞ?」
笑いながらそう言う幼女は、王立魔法学園学園長、オズ・ハイドライドだった。ひらひらの可愛らしい服を着たその幼女は不敵に笑っている。オズの後ろには、二つの人影があった。
一つは、彼女に仕えるメイド、ホワイト。
目を閉じ、煌びやかなメイド服を着て、しずしずと学園長の後ろに立っている。
もう一つは…学園長と全く同じ顔をした、ホムンクルス…人造人間だった。
(本来なら、私たちが倒すべき、目標)
決勝で勝ち、エキビションマッチで戦うはずだった、学園長のコピー。
「…4回生の先輩方は全滅されましたので…一応、対抗戦は私たちの勝ちだった、ってことでいいんですかね」
私はぼそりとつぶやいた。
こんな状況で、そんなこと、何の意味もないのかもしれないけど。
意味のない先に、少しでも意味のある何かを掴んでおきたい、と思うのだ。
「はは、おもしろいな。やはりお前は、面白いな」
特別枠で合格にしておいてよかったよ。
学園長は笑いながらそう言うと、私の背中を叩いてきた。
「よし、優勝だ。だからこれから、エキビションマッチを行う」
対戦相手は変更だ。
いま、まさに学園を襲おうとしているあの軍団、あいつらを倒すことが出来たなら、
「卒業させてやる」
その前に、人生を卒業しないように気をつけろよ、とまた軽口を叩く学園長。
「ひどい卒業試験でござるな」
「まったくだ。リゼルに付き合っていたら、いつもこうなる」
ヨシノとレオンが、お互い示し合わせたかのようにそう言った。
別に私が悪いわけじゃない…と言いたいけど、口には出さなかった。
「さて、ではでは、卒業試験の始まりを…《聖女》レナ、お前にやってもらおうか」
学園長はそう言い、レナがこくん、とうなづいた。
学園の城壁の上にたち、眼下を見つめる。
数千のスケルトン軍団が、がしゃがしゃと音を立てながら向かってくるのがみえる。
森の奥から音がする。
あまりの数に、森全体が揺れているかのように見える。
「…リゼル」
レナがそっと、私の名前を呼んできた。
私はレナの隣に立つ。
さっき、私の震えを止めてくれたレナ。
今度は、私がレナの背中を押してあげる番だった。
「レナ」
「私ね、やっぱり、ちょっと、怖い」
「…うん」
「でもね、リゼルが隣にいてくれたら、頑張れるの」
音が近づいてくる。
骨同士がぶつかり、骨が砕け、倒れ、それを踏みつぶしては前進してくる、死の概念の詰まった音。数千を超える死の輪舞
「リゼル」
「なに、レナ」
「ちょっとだけ、目を閉じてもらってもいい?」
私がレナの頼みを断るわけがない。
私は目を閉じる。
死が迫る音の中。
そっと。
唇が、暖かくなった。
「…っ」
思わず、目を開ける。
もう唇と唇は離れていて、顔を耳まで真っ赤にしたレナが、嬉しそうに、恥ずかしそうに、自分の唇を手で隠していた。
「私のはじめて、リゼルにあげちゃった」
そう言うと、レナは振り返り、スケルトン軍団に相対する。
美しい金髪が舞い、掲げた手が暖かく光っているのがみえる。
奇跡、という言葉があるのは知っているけど、私は今まで、奇跡なんて信じていなかった。奇跡なんてあるわけがない。あるのはただ、自分の力だけだ。
そう思っていたのは、昨日まで。
今日からは、私も、奇跡を信じてみることにしよう。
レナ。
《聖女》
私は、見てしまったから。
数千のスケルトン軍団が、物言わず、断末魔も上げず、ただ、静かに、浄化されていく様を。
こうして、私たちの卒業試験は。
レナの静かな祈りから始まったのだった。




