第22話 報告。連絡。相談。
三日後。
私たちは王都に戻り、王立魔法学園の門をくぐり、そして今、学園長の部屋の中で立っていた。
相変わらず豪奢な造りの部屋の中央に位置する、これまた一際豪奢な椅子に座っている幼女は、頬に手をつきながら不敵に笑った。
「おかえり、と言いたいところだが、どうやら寄る年波のせいで、私は目が悪くなってしまったようだな」
そう言うと、傍らに控えていたメイドに向かって語り掛ける。
「ホワイト、私の記憶が確かなら、私が吸血鬼討伐に赴かせたわが校の生徒は、4人だったはずだが?」
「さようでございます」
メイドはゆっくりと、まるで諭すように学園長に向かって語り掛ける。
「《剣聖》レオンハルト・ドラグーン、《聖女》レナ・ヴァルシオルテ、それにヨシノ・サオトメ、リゼル、アークライトの4人でございます」
「なら、どうして今、私の目の前に送った覚えのない5人目がいるのかな?」
くっくっく、と楽しそうに笑いながら、学園長は私たちを…正確には、私たちの隣で腰に手を当てて立っている、黒いゴシックドレスに身を包んだ深紅のロングヘアの吸血鬼を見つめていた。
「たかだか200年しか生きていないのに、もう耄碌したのか?オズ・ハイドライド」
「500年生きている吸血鬼を前にすれば、年齢なんて小さな差異にしかならないよ、ミラルカ・カミラルテ」
吸血鬼からのからかいを軽くあしらう学園長。軽口をたたき合った後、2人は同時に、笑い始めた。
「こうして直接会うのは久しぶりだね、ミラルカ。元気だったかい?」
「日光浴を楽しもうと思えるくらいには元気だね。あんたも相変わらず腹黒そうで何よりだ」
「世捨て人…ならぬ世捨て吸血鬼と違って、私にもいろいろと立場があるのさ」
そう言うと学園長は手に顎をのせ、見上げるようにしてミラルカを見据えると、先ほどまでの軽い口調とはうってかわった重苦しい声で尋ねてきた。
「それで、ミラルカ。どうだった?」
「…この子は、《不死》だ」
私を見つめてくる。吸血鬼の紅玉虫色の瞳の中には憐れみの光が混じりこんでいた。
「…それも、私の妹よりもより深い、本物の《不死》だね」
「…そうか」
やはり、と小さな声でつぶやく学園長。
少し目を閉じた後、思い出したように言葉を続ける。
「それで、その妹は相変わらず壮健かい?」
「旅立ったよ」
やっと、楽になれた。私を縛っていた鎖は、断ち切れたよ。
そう言うと、ミラルカは隣で凛とした姿勢で立っているヨシノの方に振り向き、その華奢な肩に手を当てた。
「私の、マスターのおかげでね」
「ま、ますたぁ、でござるか!?」
突然話をふられたヨシノが、慌ててミラルカに振り向く。しどろもどろになりながら手を振っているヨシノが、普段と変わっていてなんか可愛い。
「500年の長きに渡る鎖を断ち切ってくれたんだ。この恩を返すには、500年はかかるよ」
「拙者、そんなに生きれないでござるっ!」
「だから、マスターが死ぬまで、私はマスターに仕えるよ」
そう言い、頭を下げる。
夕焼けを思い起こすような深紅の髪が、むき出しになっている白皙の肩にさらりとかかって落ちていく姿が、すこし煽情的に思えた。
「プライドの高い吸血鬼が頭を下げる姿なんてめったに見れるものじゃないぞ。せっかくの申し出だ、ありがたく受けてやれ、ヨシノ」
楽しそうな学園長。
余裕を見せていたその姿から、余裕が無くなったのは次の吸血鬼の言葉のせいだった。
「それでオズ、私、この学園に入学することにしたから」
「…は?」
「耄碌したばかりじゃなく、耳まで遠くなったのかい?マスターに仕えるんだから、一緒にいるのは当たり前の話でしょう?」
「王立魔法学園の1学年の店員は60人で、今、全員埋まっているんだが?」
「なら、私が1人減らしてあげましょうか?」
「…遠慮しておく」
こいつ、本気でやりかねないからな、と学園長の目が訴えているのが分かる。
「それに、新入生の年齢は14歳だ。500歳のミラルカでは…」
「オズ、年齢なんて小さな差異にしかならないんじゃなかったの?」
楽しそうに笑う吸血鬼。
渋い顔をした学園長は、物言わず静かに傍らに立っているメイドに向かって語り掛けた。
「…ホワイト、書類、なんとかできるか?」
「うまくごまかして見せます」
たんたんと答えるメイド。学園長は、やれやれといったふうにため息をつく。
「認めてやる。特例だぞ」
「感謝してあげるわ」
「…相変わらず尊大だ。変わらないな、お前は」
…いや、変わったのか?少し表情が柔らかくなった気がするな…枷が外れた、からか。
そんな風に呟き、しばらく思考した後、学園長は私をみる。
「一番問題なのは、リゼル、君だ」
口調は丁寧だが、部屋の空気が下がった気がする。学園長は私のことを、まるで物であるかのように冷静に見ていた。
「《不死》か…これはまた、思った以上にとんでもないな」
そう言い、また、つぶやく。
「上に報告すれば、君はいろいろ…調べられる」
そして私も出世する。
ことり、と音がした。
何も言わず、レオンが私の前に立っていた。
もしも学園長が私に害をなそうとするなら、すぐに動けるように、ということだろう。
手が、握られる。
レナが、私の手を握り締めていた。少し震えているのが分かる。私を絶対に離さないと、言葉ではなく心で伝わってくる。
「そもそも、お前は出世に興味なんてないでしょう?」
割り込んできたのはミラルカ。気配が全く分からないのは、彼女が吸血鬼だからなのだろう。
「それに《不死》についてなら…この王国で、私以上に詳しいものなんて、他にいないわよ」
「…それはまぁ…そうだな」
学園長の声が落ち着く。少し部屋の空気が弛緩するが、レオンはまったく油断していないのが分かった。私の幼馴染、本当に、私のことを大切に想ってくれているんだな、と分かって嬉しくなる。
「当面の間は、学園生活を楽しみなさい。あなたは王立魔法学園の生徒なんだから、その権利がある」
…そのわりには、デスヒュドラ退治や吸血鬼討伐とか、学生らしいこと何もさせれもらっていませんでしたけど!
文句を言いたくなったが、場の雰囲気を壊してしまいそうなのでぐっとこらえる。
「これからの事はまたあとで決めるから、今日のところは戻りなさい。私も少々疲れた。ホワイト、温泉に浸かりにいくから、準備してくれるか?」
「かしこまりました」
こうして、学園長への報告が終わった。
私たちは、寮の部屋へと戻る。
…当然のように、ミラルカがついてきていた。
「私はマスターの元にいる。当たり前だろう?」
悪びれずにそういう。
3人部屋が4人部屋になっちゃうのか…狭くなるな。
「…リゼル、くっついて寝ようね」
隣でそう言ってくれるレナが、ぷにぷにしていて柔らかく、私は嬉しくなってしまった。
「《不死》よ」
「…私にはリゼルっていう名前があるんだから、ちゃんと名前で呼んでくれるかしら?」
「では、リゼル」
ミラルカが、私を見る。
その深紅の瞳を見ていると、時々心が吸い込まれそうになってしまう。
「お前は、弱い」
「…知ってるわよ」
「だが、それはお前が、《不死》の使い方をまだよく理解していないからだ」
「…?」
「先ほど言っただろう?私ほど《不死》のことを知っているものはいないと。私ならお前を…最弱だが、最強にしてやることができる」
「…本当?」
「吸血鬼は嘘をつけないよ」
私を見つめる吸血鬼の瞳が、真実を告げているのだと分かる。
胸が、高鳴る。
私が…強くなれる?
「なら…」
「これから先のこと、真面目に考えないといけないな」
男の声。
レオンの声。
「…って、ここ、女子寮なんだけど!?」
「気にするな」
「さすがに気にする」
いつの間にか、レオンが話に加わってきていた。
それでなくとも3人部屋に女4人でいて狭かったのに、それに男のレオンが加わると本当に狭くて仕方なくなってしまう。
「いろいろと決めなければならないことは多いが…」
私の忠告をさらりと受け流した後、レオンは座り込み、真面目に考えている。幼馴染の私だから分かる。これはもう、譲る気がないな。
私はレナと、ヨシノと、ミラルカに無言で語り掛ける。
(こうなったレオンはもうテコでも動かないから、我慢して)
(うん、分かった)
(了解でござる)
(マスターがいいなら、私は別に)
しばらくうんうんと考え事をしているレオンが、ようやく、ゆっくりと頭をあげた。
そして、口を開く。
私たち4人の視線が集中する。
「まずは一番最初に、一番大事なことを確認しておこう」
なになに。
やはりまずは、私の《不死》に対する確認かな。
「リゼル」
「なに、レオン」
「お前」
レオンは一呼吸置いた後、彼の言う、「一番大事なこと」を私に尋ねてきたのだった。
「…お前、女が、好きなのか?」
と。
絶句する私の隣で、レナが頬を真っ赤に染めたのが、分かった。




