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第20話 希望の中の絶望。絶望の先の希望。

 目の前に豪華な食事が並んでいる。


 色とりどりの野菜に、肉汁滴るステーキ。料理人が腕を振るって調理したのであろう濃厚な香りの漂ってくるスープ。


 食卓にはワインが添えられており、王侯貴族の食事とはこんなものなのだろうか、と想像させられる。




「さぁ、存分に食べてくれ」




 私たちに敗北した捕虜である…はずの吸血鬼、ミラルカ・カミラルテは、テーブルの上座に座り、両手を高く掲げて誇らしそうにしていた。


 ちなみに彼女の食卓にはワインが一本置いてあるだけであり、おそらく吸血鬼に食事は必要ないのだと察せられる。




 古城の宴会場は広く、天井は高く、周りを彩る調度品も豪華なものだった。


 無造作に置いてある壺ひとつとってみても、おそらく庶民が一年間は遊んで暮らせるほどの価値があるものなのだろう。




「…どうした?食べないのか?」




 不思議そうに尋ねてくるミラルカ。


 しかし、先刻みたあの緑のぶよぶよの塊…吸血鬼の妹のなれの果てを見て匂いを感じた後だと、食欲など湧いてくるはずもない。


 私たちの中でまだ平気そうな顔をしているのはレオンだけで、もともと小食のレナはテーブルに置かれたフォークに手を伸ばそうともしておらず、ヨシノに至っては来るときの馬車に乗っていた時のような表情をしていた。




(まさか、ここでまた吐いたりしないわよね)




 そんな事を考える。


 馬車の中でヨシノが吐いた時は、それはもう片付けが大変だったものだ。つい先日の話だというのに、もうずいぶん昔の話のように感じられる。




「お前たち、遠慮などするようなタイプには見えないのだがな…」




 ミラルカはくい、と一口でワインを飲み干した。


 空になったグラスを、後ろに控えていたメイド姿の召使がまたワインを注ぎ込んでいる。




 見てみると、部屋の中には私たちだけでなく、幾人ものメイドが控えていて、丁寧に給仕をこなしているのがわかる。


 部屋の出入り口には衛兵が立っており、静かに部屋を守っている。




 これだけ見て見ると、普通の貴族の館の景色のようにみえる。


 ただ一つ違っていたのは、このメイドや衛兵たちは、全て死人であることだった。メイドの中には顔が半分ないものもいるし、生前負ったのであろう傷は全員そのまま残っていた。


 衛兵の中には、私たちが来ている王立魔法学園の制服をそのまま来ている者もいた。


 生気もなく、息もしておらず、ただ館の主であるミラルカに従っているその姿は、一種独特な不気味さを感じさせる。




(私たちが襲撃した時は、こいつらいなかったよね)




 そう思い、ミラルカを見る。頬を紅く染めながらワインを飲んでいるその捕虜は、見た目は15歳だが、実際は500歳を超える吸血鬼なのだという。


 私たちが来ると分かっていて、それでなお、この死人たちを迎撃に向かわせなかったという事は。




(…やっぱり、この吸血鬼にとって、全ては学園長と組んでの試験の一環でしかなかったという事、なのでしょうね)




 手の平の上で転がされたい多様な気がして、腹が立ってくる。私たちはその手の平に嚙みついて傷を負わせたはずなのだけど、なんとなく湧き上がってくるもやもやした気持ちを払拭させることは出来なかった。




「どうした?《不死》?私の従者たちをそんなにじろじろと眺めて?気に入ったやつでもいたのか?あまり見ていると、隣の《聖女》にやきもちをやかれるぞ?」


「馬鹿言わないで」




 いいながら、隣を見る。突然話題に自分を挙げられたレナが、ぽっと顔を紅く染めている。本当に嫉妬してくれるのなら嬉しいのだけど、ね。




「こいつら…あなたが殺した相手なの?」


「私を殺しに来たやつらだからな。敗者には敗者に相応しい役割というものがあるだろう」




 本来なら、お前たちの死体もこの従者の仲間入りさせるつもりだったのだがな、と言った後、ミラルカは少し考えこみ、そして意地の悪そうな表情を浮かべた。




「しかし《不死》よ。お前は死ぬことが無いから、どちらにせよこの列に加わることは出来なかったな」


「貴女の悪趣味なコレクションに加わることがなくってせいせいするわね」


「違いない」




 くっくっく、と笑いながら、またワインを飲み干す吸血鬼。そのワインの色は真っ赤であり、まるで血を呑んでいるかのように見えた。




「それにしても」




 空になったグラスを横に置く。そのグラスにまた血のようなワインを死人のメイドに注いでもらいながら、吸血鬼は私に向かって話を続けてきた。




「あなた、自分の未来の姿を見たというのに、動揺していないんだな」


「…少なくとも、食事をとれなくなるくらいは動揺しているんだけどね」




 すとらるどぶらぐ。


 あの緑色の腐った生きてる肉塊を見て食欲を失ってしまったのだから、動揺しているのには違いはない。


 違いは無いのだけど。




「慌てて、動揺して、泣き叫んだら事態が好転するのなら、いくらでも泣いてあげるのだけど」




 でも、そうじゃないから。


 私は、今まで65536回転生している。何度も死を経験してきたからこそ…私の精神は、少し壊れているのかもしれない。


 自分を、客観的に見ることが出来るのだ。


 まるで、ゲームの盤面に置かれた一つのコマのように、俯瞰して自分を見つめることが出来る。




「私は《不死》であって、不老不死じゃない」




 時を重ねると、年を取る。周りと同じように成長していって、老いていって、そして置いていかれる。




「リゼル…」




 心配そうに、隣のレナが私の手をそっと握ってくれた。暖かい。レナの血液がとくんとくんと流れているのが伝わってくる。


 何度も転生してきた私だけど、私をこんなに暖かい気持ちにさせてくれる子に出会えたのは初めてかもしれない。




「それで、どうするんだ、リゼル」




 レオンはそう言うと、フォークで突き刺した肉汁滴るステーキを一気に頬張った。私たちの中で唯一食欲を失っていないこの幼馴染の《剣聖》は、あくまでずっと私の味方で…そして私を信じてくれているのが伝わってきた。




「ミラルカ。貴女の身内を悪く言うのは申し訳ないんだけど、それでも私は、あなたの妹のようにはなりたくない。あんな…緑の肉塊になんて…なりたくない」




 そのために、私がとるべき道はふたつある。




「《不死》を無くすか、《不老》を得るか」




 でも。


 私は、レナを見る。可愛くて、綺麗な《聖女》。優しくて、でも芯はしっかりしていて、気が付いたら目で追うようになってしまった。愛おしい、と思う。


 レオンを見る。私の幼馴染。ずっと私と一緒で…私を信じてくれて、そして私も信じている。


 ヨシノを見る。私の憧れ、私の目標。そして私が騙してしまった子。憧憬と申し訳なさと、いろいろな感情が渦を巻いていて、それでもなお、手をとりあっていきたいと思う子。




「…私は、みんなと一緒に生きたい。みんなと一緒に生きて、みんなと一緒に成長して、みんなと一緒に老いていって、そして」




 みんなと一緒に、死にたい。




「だから私は、《不老》はいらない。私が欲しいのは」




 そう言って、テーブルの上に置いてあったナイフを手に取ると、みんなが見ている前で、私はそれをくるりと回し、自らの心臓に突き立てた。




 痛み…はない。


 痛みを感じる前に私は死に…そして《不死》のスキルが発動する。




 私は生き返り、何事もなかったかのように、ナイフをテーブルに戻す。




 レナだけは、私を見て、泣きそうな顔をしている。たとえ生き返るのだと分かっているとしても、それでも、私が死ぬのを見るのは嫌なのだろう。


 暖かいな、嬉しいな。


 だから、この子と、一緒に。




「私が欲しいのは…《不死》を無くした、私の未来」




 みんなと一緒に、同じ時間を過ごすことのできる未来。






「くっくっく…」




 吸血鬼から漏れる、小さな嗚咽。そして。




「あは…あはは…あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!」




 あふれ出る哄笑。


 吸血鬼は笑い、立ち上がり、泣き、そして私を見つめてくる。


 その瞳は、ルビーを砕いたかのような、壊れた宝石になお残った情熱的な色あせない赤。深紅。絶望。




「そんなこと、私がこの500年、試していないと思うのか?」




 私が無策だったと思うのか?


 私が何もしなかったと思うのか?


 私が…朽ちていく妹を見ながら…何も思わなかったと思うのか?




「何だって試した。何もかも試した。出来うることは全てやった。それで残ったのは、失敗、失敗、失敗、数限りない失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗」




 失敗することは恐れない。


 けど、希望を失うことだけは恐ろしい。




 お前に、この私の、500年にわたる絶望が、分かるのか?




「分からないわよ」




 私は答える。吸血鬼を睨みつける。




「あなたは失敗した…でも、それがどうしたっていうの?私はまだ…失敗していない」




 挑戦すらしていない。


 だからまだ、希望している。未来を諦めていない。


 そしてそれは…




「あなたも、同じでしょう?ミラルカ・カミラルテ」




 吸血鬼の瞳の中に宿っていた憤怒の色が消えていくのが分かった。落ち着いた血のような色。希望は絶望を彩るスパイスだけど、それでも希望を諦めることだけは出来ない。




「…あなたも、今夜、希望を見出したのでしょう?」




 だから、今、宴会を開いたのでしょう?


 だから、私たちをもてなしているのでしょう?




 絶望の中に、それでも消えない希望を、見出してしまったのでしょう?




 沈黙。


 長い長い、沈黙。


 吸血鬼は目を閉じ、開き。




 立ち上がった。




 歩く。


 ゆっくりと、一歩ずつ。




 吸血鬼が向かっている先は…私…ではない。




 食事を手に付けず。


 青白い顔をした。


 遥か東方にある皇国から来た一人の少女の前に立つ。




「ヨシノ・サオトメ」




 先刻、自分の霊体を斬った侍。


 次元を、概念を、切り裂く唯一無二のスキルを持つ少女。




 そして。


 吸血鬼は。




 深々と、頭を下げた。






 誰よりもプライドが高く、誰よりも傲慢で、誰よりも気高い、吸血鬼が。


 その全てを捨てて、自らが下等生物だと軽んじていたはずの人間に。


 全身全霊の敬意をもって。




「あなたに…私の妹を…」




 スキル《一太刀入魂》で。







「どうか、殺してほしい」

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