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第19話 すとらるどぶらぐ

 胸に空いた穴から噴き出る血が止まらない。

 私を抱きかかえるレナの身体を私の鮮血が紅く染めていく。

 レナは泣きながら必死に回復魔法をかけてくれる。白い光が私を包み込み、神聖なる力が流れ込んでくるものの…


「リゼル!リゼル!しっかりして!死なないで!」


 血が。

 あまりにも血を失いすぎてしまっていた。


 目が濁り、心臓が止まり。

 呼吸がなくなり、瞳孔が開き、私はレナに抱えられたまま、力なく事切れた。


 完全に、完璧に。

 これ以上ないほど、間違いなく。


 私は、好きな人の手の中で。


 死んだ。




 《不死》が発動する。



 レナの目の前で。

 レオンの目の前で。

 ヨシノの目の前で。

 ミラルカの目の前で。


 胸に開いていた穴がふさがり、止まっていた心臓が動き始める。

 失われた血液がまた身体の中をめぐり始め、青ざめていた肌に血色が戻る。開かれた瞳孔も閉じて、目に光が戻る。


「…リゼル?」

「レナ、私の血で汚しちゃって、ごめんね」

「リゼル!リゼル、リゼル、リゼル!」


 《聖女》は一人の女の子になって、泣きながら私にぎゅっと抱き着いてきて、そのあまりの強さと勢いに私たち2人はもんどりうってその場に倒れこんでしまった。


 窓から差し込む月明りが血まみれのレナを照らしていて、私はすごく、綺麗だな、と思った。



「…リゼル…殿…」


 声が聞こえてくる。震える声。

 驚きと、戸惑いと、恐怖と、そして…詮索。


「これは…いったい…なんでござるか」


 ヨシノが、手に刀を持ったまま、私に語り掛けてきた。目をヨシノに向ける。先ほどの声と同じ…驚きと、戸惑いと、恐怖がその表情に向かっている。


「リゼル殿のスキル…《超回復》…常に身体に回復魔法がかけられている状態、とのことでござったが…」


 今のは。

 あれは。


 回復、などというレベルではない。



 この世界には、回復魔法が存在する。傷つき、瀕死の人を回復させる力。《聖女》にでもなれば、欠損した四肢ですら復活させることが出来るほどの回復魔法を唱えることが可能だ。


 しかし。


 死んだ人間は生き返らない。


 蘇生魔法、などと言うものは存在しない。

 死とは絶対的なルールであり、その世の理に反する奇跡など、この世の中にありましないのだ。


(私という、例外を除いて…)





「あは…あは…あははははははははははは!!」


 笑い声が、部屋中にこだました。

 高らかに、楽しそうに、歓喜に満ち溢れた、吸血鬼の哄笑。


 油断していなかったのはレオンだけだった。

 私の《不死》をよく知っているレオンだけは、私の復活に動揺することもなく、冷静に、沈着に、しかし底に流れる憤怒を持って、吸血鬼ミラルカ・カミラルテに相対していた。


「何がおかしい」


 剣を手にしたまま、《剣聖》レオンハルト・ドラグーンが尋ねる。

 その動きに一切の淀みはない。吸血鬼を見据え、隙なく、油断なく、呼吸の乱れも一切なく、ただ淡々と、職務を遂行する。


「あははははははは、はははは、そうか、そうか、《剣聖》、お前は知っていたのだな。お前だけは、知っていたのだな」


 楽しそうに笑う吸血鬼。


「そこの《聖女》と侍は…知らなかったのだな。その女が…そこにいる、私が先ほど、完全に完璧に徹底的に圧倒的に、殺したはずの女が…」


 私以上の、化け物だということを。


「黙れ」


 しゃべるな。口を閉じろ。俺の幼馴染を…俺の…大事な人を。


「愚弄するな」

「愚弄しているのではない、歓喜しているのだ」


 むしろ、ずっと、ずっと待っていたのだ。

 この時を、この女を、この化け物を。


 ミラルカはそう言うと、両手をあげた。

 深紅のロングヘアがふわりと舞い、紅い瞳で私たちを見つめてくる。


「降参だ」


 風の音がする。

 部屋の窓ガラスが揺れている。

 満月の夜。月明りの差し込む部屋の中で。


 私たちは、吸血鬼討伐に、一応、成功したのだった。


 討伐対象の降伏、という形をもって。





■■■■■



「改めて名前を確認しよう」


 降伏したはずの討伐対象が、一番尊大に自由に口を開く。


「《剣聖》レオンハルト・ドラグーン」

「《聖女》レナ・ヴァルシオルテ」

「《一太刀入魂》ヨシノ・サオトメ」

「そして…《超回復》とスキルを偽っていた女、リゼル・アークライト、だな」


 ミラルカはそう言うと、部屋の中に置いてあった豪奢な椅子に腰かけると足を組み、その蒼白い肌を私たちに見せつけるようにしながら、首をくいっと傾けて聞いてきた。


 …だからなんで、降伏したはずの討伐対象が一番態度が尊大なのよ。


「リゼル殿…リゼル殿のスキルは、本当は何なのでござるか?」


 ヨシノがおずおずと聞いてくる。

 私は後ろめたさを持つと同時に、やっと嘘から解放される、という奇妙な安堵感を持ちながら、「ごめんね、ヨシノ。嘘をついていて」と前置きをした後。


「私の本当のスキルは…《不死》」


 真実を告げたのだった。


 ヨシノは、一瞬、言葉を失っていた。目の光が揺れる。

 道中の馬車の中で、ヨシノは死から逃れられない妹がいて、その妹の為に王立魔法学園に入学したと教えてくれた。ヨシノが一番欲しいと思っているスキル。本当はそれを私が持っていたのだと知って…

 彼女はいったい、何を思ったのだろうか。


「でも…」


 レナは私の傍を離れない。

 ずっと腕に抱き着いていて、手を離そうとはしない。

 それはまるで、もう二度と私を失いたくないと言ってくれているかのようだった。


「リゼルが生きてて…よかった」


 血まみれの《聖女》はそう言うと、身体の重みを私に預けてきた。柔らかいレナの体温を感じていると、私は今、生きているのだと実感する。


「《不死》…《不死》か…あは…あはははは」


 再び、吸血鬼が笑う。

 品定めするようにレナに抱き着かれたままの私を見ながら、ふと、思い出したような表情を浮かべた。


「そうか…オズがお前たちを私の元にやってきたのは、お前のそのスキルが原因なのだな」


 オズ?

 一瞬、誰の名前か分からなかったけど、すぐに対象の相手に思い当たった。オズ・ハイドライド。私たちの通う王立魔法学園の学園長であり…


(やっぱり、本当に、学園長、この吸血鬼と)


 裏で繋がっていたんだな、と理解する。


「ヨシノ、と言ったな」


 ミラルカは視線をヨシノへと向ける。ヨシノが少し震えているのは…なぜかは、私には分からない。


「なんでござるか、吸血鬼殿」

「お前、その女の《不死》に興味しんしん、といった感じだが」


 くいっと、首を動かす。

 吸血鬼は、不敵に笑う。


「あれは…呪いだぞ」

「呪い、でござるか?」

「侍、お前、私がいくつだと思う?」


 話題がぽんぽん変わる。今、この場を支配しているのは、まぎれもなく、この降伏し捕虜となったはずの吸血鬼であった。


「…見た目は、15歳ほど、でござるか」

「500歳」


 正解からはだいぶ離れていたな、と、ミラルカは笑った。


 そしておもむろに立ち上がると、言葉を続ける。


「私のスキルを、お前たちに教えてやろう」


 そう言い、指を私に向ける。

 白磁のようなその指先に、薄紅色の爪がついているのがみえる。

 私はミラルカを見る。その吸血鬼の瞳の中には…尊大さと、傲慢さと、そしてひとさじの哀愁が込められていた。


「《不老》」


 それが、私のスキルだ。

 そして吸血鬼は続けて、私たちに見せたいものがある、と言った。




■■■■■



 足音が、石造りの壁に反射している。

 足音は5つ。

 私たちパーティ4人と、捕虜の吸血鬼1人を合わせた数。


 ミラルカが先頭を歩き、その後ろを私たちがついていく、という形だった。

 一番油断していないレオンが吸血鬼のすぐ後ろに位置している。もしもミラルカが何か変な動きを見せたなら、すぐに切りかかる準備を怠ってはいなかった。


「おいおい、そんなに殺気を向けてくれるな、《剣聖》」


 ミラルカは振り向きもせず、楽しそうに笑う。


「そんなに殺気を向けられたら…私、濡れてしまうじゃないか」


 軽口をたたく。

 この吸血鬼、どこまで本気で、どこまで冗談なのかが分からない。


(500歳)


 それが本当なら、私以外の誰よりも長生きしているという事になる。


(まぁ、私は本当は…65536回の人生を経験しているから)


 数字だけでいえば、私の方が長生きしている計算になるのだけど。


「リゼル」


 いきなり話しかけられる。「何よ、吸血鬼」と返答すると、ミラルカは後ろも振り向かず、たんたんと私に質問してきた。


「お前、今、何歳だ?」

「…14歳」

「若いな」

「…それは、誉め言葉として受け取ってもいいの?」

「いや…人生、まだまだ先は長いな、と伝えたかったのさ」


 来年は15歳、再来年は16歳か。

 などとぶつぶつ言いながら、私たちを城の地下深くまで案内していく。


(私たちに見せたいものがある、って言っていたけど)


 いったい、何だろう。

 吸血鬼が見せたがるもの…棺桶とか?

 でもミラルカ自身の棺桶ならさっき見たし…まったく見当もつかない。


「…寒いね」


 レナがぎゅっと組んでいた腕をひっつけてくる。むにゅ、っとした柔らかさが私の心をほっと溶かしてくれる。「うん、寒いね。レナ、私につかまっていていいよ」私の体温で暖めてあげるから、と伝える。


 ヨシノはずっと黙ったままだ。

 どんな理由があるとしても、スキルについてヨシノに黙っていたという負い目がある私は、何も語り掛けることが出来なかった。


「ついたぞ」


 ミラルカはそう言うと、巨大な鉄でできた扉を指さした。

 こんな古城の地下に、こんなものがあるんだ、と、素直に感嘆する。


 ミラルカは何か呪文を口ごもる。鉄の扉が青白く光り、そしてぎぃ、と重い音を立てて奥へと開いていった。


「リゼル」


 また、吸血鬼が私に語り掛ける。だが、今度の言葉は。

 少し…悲しみを背負っているかのように、私は感じられた。


「この中に、お前の未来がある」





■■■■■




 地下室の中は、薄暗かった。

 広さは…それほどでもない。

 壁には松明のような明かりがともされているが、こんな地下深くで、しかも扉で密閉された空間に火をつけるわけもないので、この光はおそらく魔法によるものなのだろう。


 嫌な臭いがした。

 臭い。

 鼻腔をツンと刺激する、よどんだ肉の腐ったような匂い。


 耳を凝らす。


 部屋の奥から、グォゴゴォォ、という、くぐもった音が聞こえてくる。


(気味悪い)


 素直にそう思った。レナも同じことを考えているのだろう。私の手を握り締めるレナの力が強くなっていた。


 暗さにだんだんと目が慣れてくると、部屋の奥に何かがあるのが分かった。

 ぶよぶよとした、緑色のゼリーのような塊。

 淀んでいて、濁っていて、とにかく、臭い。


「なに、あれ」


 思わずそんな感想を抱いてしまう。

 スライム?

 それにしては、大きい。人の大きさぐらいはあるんじゃないかな。動いている。ずずっとそれが動くたび、ぷしゅるっと濁った液体がそれから噴き出してきて、鼻の曲がるような匂いがひどくなる。


 ちょうど一か月放置していた生肉がこんな感じになるかもしれない。

 腐った肉。

 それがどろどろに溶けてゼリーになった、というのが一番正しい表現方法かもしれなかった。


「妹だ」


 ミラルカが、ぼそっと、そう呟いた。


 そうか、妹か…妹?

 え?


「500年前、私には5歳年下の妹がいた。可愛くてな…本当に、大事な大事な、私の宝物だった」


 吸血鬼は愛おしそうにそう言いながら、目の前に転がっている臭い物体を見つめていた。


「私たち姉妹は、生まれた時から吸血鬼だったわけじゃない。ある時、ある儀式を受けて…受けさせられて、私たち姉妹は吸血鬼へになったのだ」


 ちなみに、私たちをそうしたその相手は…喰ってやったが。

 それは比喩なのか事実なのか。

 言葉からは分からなかったが…おそらく、後者なのだとは、思う。


「不老不死の研究だったらしい…もう500年も前の話だから、はっきりしたことは分からないし、知る由もないし、知ろうとも思わないが」


 だが、その研究は…不完全で。


「私は、《不老》のスキルを持つ吸血鬼となり…」


 吸血鬼は目を閉じる。

 沈黙。

 ぷしゅぅるるるるるる、という音がする。

 目の前に転がっている、臭くて汚くておぞましい物体。


「妹は…不完全な《不死》を持つ…すとらるどぶらぐになった」


 すとらるどぶらぐ。

 ストラルドブラグ。


 空に浮かぶ城の中にいるという伝説。

 決して死なない、永遠の命を持つという伝説。


 それが、ストラルドブラグ。


「私は老いない。侍の娘よ、先ほどお前は、私のことを15歳に見える、といったな。それは正しい。私は500年生きているが、ずっと15歳のままなのだ。」


 ただ、《不死》ではない。

 殺されれば…死ぬだろう。

 《不死》は…妹に。


 え。

 なら。

 これは。


 この、みにくい、きたない、くさい、ばけものは。


「妹の、フランチェスカ・カミラルテだ」


 ぼしゅほぉぉぉぉぉ…

 臭い息を吐きだし、緑色のにごった液体がぶしゅると漏れる。


「不完全な《不死》を持ったフランチェスカは、私と一緒の時を過ごし…最初の5年で私と同じ年になり、そして追い越し、成人し、中年になり、老人になり、そしてそれから、ずっと、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて」


 これ、になった。


(来年は15歳、再来年は16歳か)


 さきほど、ミラルカが言った、私にいった、言葉。


 ごぼしょぉぉぉぉおおおおおおお


 臭いにおいと汚い液体が、ぶしゅるぶしゅると飛び散り、それはまるで、笑っているかのようだった。

 耳もとうに腐り落ち、目もどろどろにとけて無くなって、それでもそれは、生きていた。


《不死》だった。


「リゼル・アークライト」


 吸血鬼が、振り返る。

 今度は、はっきりと分かった。

 理解した。


 その、私に向けられている紅い瞳の中に入り込んでいる感情は…





 憐れみ。


「これが、お前の…」


 未来の、姿だ。




 私に告げられたそれは、死刑宣告よりも酷い言葉だった。

 

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