東のイカサマ雀士を返り討ち
その日、瓦版は朝から街をざわつかせていた。
「東の海を越えた国から、“手癖の化け物”が来たらしいぞ!」
「イカサマの達人だってよ!」
村の広場は半ばお祭り騒ぎ。人々が口々に噂を飛ばし、期待と不安が入り混じる。
やがて、群衆を割って現れたのは――仮面を被った長身の男。
その名は カゲロウ。
袖口からわずかに覗く、妙に器用そうな指先。歩くだけで「何かを盗んでいく」ような、胡散臭さを漂わせていた。
カゲロウは壇上に上がると、仮面の奥から低く笑う。
「フフフ……正々堂々なんて退屈だろう? 麻雀とは――“如何に騙すか”の芸術さ」
その挑発に、観客がどよめいた。
「な、なんだこいつ……!」「そんな奴に嬢様が勝てるのか?」
だが当のクラリッサは、涼しい顔でドレスの裾を翻す。
肩を揺らし、口元を歪めて笑った。
「へぇ、オモロいやん。なら……ウチが正々堂々、イカサマ返しでひっくり返したるわ」
観客:「イカサマ返し!? そんなのあるのか!?」
場の空気が一気に熱を帯びる――次なる“麻雀死闘”の幕が、いま切って落とされた。卓に座るや否や、カゲロウの指先が舞うように動いた。
ぱっと見は普通のツモ……だが、よく目を凝らせば、指の一瞬の返しで牌がすり替わっている。
「……今、牌の色が変わらなかったか!?」
「袖の中から何か抜いたぞ!」
観客がざわめく。
さらに彼は視線すらも利用した。
わざと別の山へ目をやり、相手がそちらに気を取られた隙に、手牌を組み替えていく。
ジェロードは冷や汗を流し、低く唸った。
「……信じられん。ここまで露骨とは」
しかし審判役のミーナは必死に目を凝らすも、まるで幻のように流れる指技を捕らえられない。
「は、速すぎて……! ぜ、全然見えませんっ!」
そして――カゲロウは不敵に牌を叩きつける。
「リーチだ……」
次の瞬間、あまりにもあっさりとツモ牌を引き入れた。
「……ツモ。リーチ・一発・裏三!」
観客:「なっ……ありえん! あんなの八百長や!」
観客②:「いや、でも証拠がねぇ……!」
カゲロウは仮面の奥で笑い声を漏らす。
「フフフ……これぞ“ジャパン・イカサマ・スタイル”。騙し、惑わせ、掴み取る。それこそ真の麻雀よ!」
広間に漂うのは、理不尽な強者への畏怖と怒り――
だがクラリッサの瞳だけは、ますます妖しく輝いていた。卓上の空気は、完全にカゲロウの支配下にあった。
彼の指先はまるで舞う幻影。次の瞬間には手牌が変化しており、誰にもその過程を追えない。
クラリッサは冷静に相手の打牌を読む――だが。
「……おかしいな」
予測した形と、実際に出てきた牌が食い違う。まるで牌そのものが入れ替わっているような錯覚。
ジェロードは拳を握りしめ、悔しげに言った。
「嬢様、この男……正道では勝ち目がありません。そもそも“盤面の理”が成立していない……!」
観客からも絶望の声が上がる。
「嬢様でも無理なんじゃ……」
「だって相手は反則やんけ!」
しかし――クラリッサは唇の端を上げ、妖しく笑った。
「せやろな。せやけど――イカサマの上前をはねんのは、ウチのほうが得意やねん」
その声音に、ジェロードが思わず息を呑む。
彼女の目には、恐怖も焦りもなかった。ただ、狩人が獲物を見据える輝きがあった。
カゲロウは仮面越しに嗤う。
「ほう……“悪魔令嬢”の異名は伊達ではないか。ならば――次の一局で、その自信を粉砕してやろう」
卓を叩く音が、嵐の前触れのように鳴り響いた。
カゲロウの指先は、またしても牌の山に忍び込む。
袖が揺れ、視線がわずかに逸れる――その刹那、彼は手札をすり替えていた。
観客の誰もが気づかない。
ジェロードでさえ見抜けず、ただ唸るしかなかった。
だが、クラリッサの目だけは違った。
じっと卓を見据え、冷笑を浮かべる。
「……せやせや。イカサマってのはな――読まれた瞬間、ただの雑魚戦法になるんよ」
カゲロウの動作は鮮やかすぎて、逆に“癖”が浮かび上がっていた。
・牌を抜く瞬間、指がわずかに止まる。
・袖が揺れるのは、隠し牌を扱う時だけ。
・視線を逸らす角度は、狙いを誤魔化す時に限られる。
クラリッサは口元を吊り上げ、逆に囮牌を仕込む。
まるで「ここがスキですよ」と言わんばかりに。
カゲロウはその罠にまんまと飛び込んだ。
「フフ……勝った!」
次の瞬間――
バシィン!
クラリッサが卓を叩きつけ、勝利宣言。
「リーチ、一発、ドラ4! ――ハネ満や!」
観客のどよめきが爆発する。
「嬢様がイカサマ返しをやった!?」
「いや、正々堂々……いや、でもあれは……!?」
カゲロウは仮面の下で凍りつく。
己のイカサマを見破られ、逆に利用されたなど、生涯初めてだった。
卓上に散らばる牌を見下ろし、カゲロウは一瞬だけ呆然とした。
己の技巧、己の“芸術”を逆手に取られ、無様に放銃した事実。
だが次の瞬間――彼は肩を震わせ、低い笑いを漏らした。
「……ククク……アーハッハッハ! なるほど、なるほど! まさかイカサマをイカサマで返すとはな!」
悔しさよりも、その鮮やかさに陶酔したように。
仮面の奥で煌めく瞳を観客に見せつけるように、ゆっくりと面を外す。
そして、そのまま卓に額がつくほど深々と頭を下げた。
「完敗だ。……このカゲロウ、生涯で初めて心から敗北を認める。
東方イカサマ流――今日よりマージャン王国に従う!」
場内が爆発したように沸いた。
「嬢様がイカサマ使いまで従わせたぞ!」
「これでもう、敵なしなんじゃないか!?」
観客の歓声を浴びながら、クラリッサは腕を組み、勝者の笑みを浮かべる。
「ふふ、せやろ。王国っちゅうんはな、正義も邪道も、みんな飲み込んで強うなるんや」
その言葉に、誰もが「麻雀王国」の未来を確信するのだった。
翌日、街角の瓦版が人々の目を釘付けにした。
『悪魔令嬢、東のイカサマ雀士を返り討ち! 麻雀は正義か、狡知か!?』
広場に集まった民衆はその見出しを読み上げ、口々にざわめく。
「正義の騎士に、砂漠の巨漢、そして今度はイカサマ師まで……」
「麻雀王国は一体どこまで強者を集めるつもりだ?」
その様子を見やりながら、ジェロードは渋い顔をして呟いた。
「……嬢様。正義の騎士に続き、今度はイカサマ師。麻雀国はますます混沌としてきましたな」
対して、クラリッサは瓦版を指先で軽く弾き、楽しげに笑みを深める。
「混沌上等や。せやけど――この世界、まだまだウチを飽きさせてくれへんな」
その悪魔的な笑顔は、混沌すら呑み込み、未来を切り拓く女王のものだった。




