西方の王国から来た「騎士雀士」
観衆の熱気が、一気に膨れ上がっていく。
西と東、王国と王国。
ここに“騎士雀士VS悪魔令嬢”の伝説的対局の幕が上がる――。大広間の卓に向かい合ったクラリッサとローランド。
観衆が固唾をのんで見守る中、牌が静かに配られ、決戦の火蓋が切って落とされた。
ローランドは迷いなく牌を切る。
その所作は凛として無駄がなく、まるで剣の型のように美しい。
「……鳴かぬのですか?」とジェロードが思わず呟く。
「無粋な小細工は、騎士道に反する。」
ローランドの答えは簡潔。
彼は副露を一切拒み、ただ純粋に自力で牌を引き寄せる。
常に形は整い、待ちも見事に揃った美しい形。
「リーチ」
静かに告げられるその一言が、雷鳴のように観衆の心を揺さぶった。
次の瞬間――ツモ。
端正な手牌がさらされ、堂々とした得点表示が卓上に広がる。
「おお……! なんて清廉な打ち回しだ!」
「まるで詩のような麻雀……!」
「美しい……!」
観衆はため息を漏らし、陶酔するかのように見入った。
序盤は完全にローランドの支配。
点棒は彼の前に積み上がり、クラリッサは静かにそれを見つめる。
だが――その唇は、不敵に吊り上がっていた。クラリッサは牌を叩きつけるように切り、時に遠回りな手を組む。
裏スジ、罠待ち、わざと崩した配牌――悪魔的な変則で相手を惑わせるのが彼女の真骨頂。
だが、ローランドは一切揺らがなかった。
「王道こそ、最強。」
その言葉通り、ただ真っ直ぐに手を進め、まるで鉄壁の城壁のように構え続ける。
クラリッサが裏をかけばかくほど、彼は“正義の壁”のように立ちふさがる。
副露を拒み、安手を拒み、ただ堂々とリーチ。
待ちはいつも筋の通った美しい形。
――そしてまた、ツモ。
「な、なんや……!? ウチの変則が、全然効かへん……!」
クラリッサの瞳が一瞬だけ鋭く揺れる。
ジェロードは眉をひそめ、小声で漏らした。
「……型破りな嬢様でも、この“盤石さ”は崩せませんぞ。」
ミーナはオロオロと両手を胸の前で組む。
「お嬢様が……負けちゃうの……?」
観衆は息を呑んだ。
悪魔令嬢クラリッサが、初めて真正面から押し負けている――その事実が、場を静まり返らせていた。クラリッサの口元に、悪魔的な笑みが浮かんだ。
「……せやけどな。王道に道は一つやけど――邪道には無限の抜け道があるんよ。」
観衆がざわめく。
その声を背に、クラリッサはわざと崩れた形を組み、普通ならあり得ない牌をチーし、ポンする。
「な、なんだその無茶な仕掛けは……!?」
観客の誰もが頭を抱える。
だが――。
「ロンや。」
放銃を誘ったかのように、クラリッサが勝ちをさらう。
それも、相手の読みを完全に外した奇妙な待ち。
「ぐっ……!」ローランドの眉がわずかに動く。
彼の“美しい構図”は、クラリッサの奇手奇策によって次々に崩されていく。
「これが……邪道麻雀……」
観客の間から震える声が漏れる。
クラリッサは軽やかに指を鳴らし、またも笑う。
「正義が一本道なら、悪魔は迷路や。ウチは出口を知っとる者だけが勝つんやで」
じわじわと点差を詰めていくクラリッサ。
盤石の壁に、亀裂が走り始めていた――。卓上に緊張が走った。
ローランドの瞳が騎士の誓いのごとく鋭く光り、彼は高らかに宣言する。
「――正義の一撃! この一手で、勝負を決する!」
気高き騎士のリーチが放たれる。
一発で決める気迫。
観客は息を呑み、「来るぞ……!」と身を乗り出す。
だが、その瞬間。
「ロンや」
悪魔令嬢クラリッサの声が卓を支配した。
ローランドが自ら掴んだその牌――まさに彼女が誘い込んだ罠だった。
クラリッサは指先で牌を叩き、にやりと笑う。
「リーチ・ピンフ・ドラ3……倍満や!」
ざわめきが爆発する。
「倍満!?」「嬢様が逆転したぞ!」
広間が揺れるほどの歓声。
ローランドは一瞬言葉を失うが、やがて静かに牌を置き、目を伏せた。
「……完敗だ。お前の邪道、いや――その才覚、騎士道にも劣らぬ輝きがある」
クラリッサは肩をすくめ、涼しげに笑った。
「正義も悪魔も関係あらへん。勝った方が――真の道やろ?」
観客は再び拍手と歓声に包まれる。
こうして、王道と邪道の激突は、悪魔令嬢の勝利で幕を閉じた――。ローランドは深々と息を吐き、静かに立ち上がった。
彼の鎧のきしむ音が、広間に残る熱気を引き締める。
やがて彼は腰の剣を抜き、刃を下にしてクラリッサの前へ差し出した。
その動きには一切の迷いもなく、まさしく騎士の誇りを賭した誓いであった。
「見事……汝こそ、真に王道を歩む者。
我ら麻雀騎士団、この命、この誇り、すべてを“マージャン王国”に捧げよう」
ざわ――!
観客たちは一瞬息を呑み、すぐに爆発的な歓声を上げた。
「麻雀騎士団まで味方になったぞ!」
「嬢様がまた国を大きくした!」
「こりゃ本当に王国になるんじゃ……!」
クラリッサは剣を見下ろし、口元を悪戯っぽくつり上げた。
「せやろ? 麻雀は――人も国も、まとめて手に入れる最強の武器や」
ジェロードは額に手を当て、ため息をつく。
「……嬢様の無茶が、また一つ国を肥大させてしまいましたな」
その横でミーナが、きらきらした瞳で両手を合わせる。
「すごいです! これで麻雀王国は無敵ですよ!」
こうして――悪魔令嬢クラリッサの旗の下、
新たに「麻雀騎士団」が国の一員として加わるのであった。
翌朝、旅の商人が持ち込んだ瓦版は、村の広場を瞬く間に人だかりにした。
一面には大きな見出しが踊る。
『西洋の騎士雀士、悪魔令嬢に屈す!
麻雀同盟は大陸規模へ』
村人たちが目を丸くして読み上げる。
「今度は騎士団まで仲間にしたんか!」
「嬢様、どんだけ強いんや……」
「大陸全土が“麻雀”で動き出すぞ!」
興奮のざわめきが村を包み込む中、ジェロードは瓦版を手に取り、眉をひそめた。
「……嬢様。これだけ派手に名前が広まれば、いずれ中央の貴族どもが黙っておりますまい」
その声にも、クラリッサは不敵な笑みを深める。
「ええやん。次はどんな奴が来るんか……楽しみやなぁ」
彼女の瞳はすでに、次なる強敵を求めて燃えていた。
悪魔令嬢クラリッサの“麻雀建国譚”――その野望は、いよいよ大陸規模へと広がり始めるのであった。




