悪役令嬢の国
――領主館の広間から溢れ出した歓声は、やがて外の村人たちをも巻き込み、大きな波となって広がっていった。
勝負が決したその瞬間、誰もが信じられぬ思いで固まっていたが、次第に口々に声が上がり始める。
「嬢様がいれば、もう竜族も怖くねぇ!」
「これからは麻雀で盛り上がろうじゃないか!」
「観戦するだけでも面白かったしな!」
不安と借金に押し潰され、死んだように沈んでいた村人たちの瞳に――ようやく光が戻っていた。
笑顔が広がり、肩を叩き合い、未来を語り始める。
絶望の淵に立たされていた村が、ようやく息を吹き返した瞬間だった。
翌朝――。
村にふらりと現れた旅商人が、腰の袋からくしゃりと折れた瓦版を取り出した。
見出しは大きく踊っている。
『謎の令嬢、竜族から領地を奪取! 麻雀で国を興す新星か!?』
村人たちは目を丸くし、あっという間にそれを奪い合うように回し読みする。
「お、おい見ろ! うちの嬢様の記事やぞ!」
「ほんまに“国を興す”とか書いてあるで!」
「うわー、めっちゃかっこええ!」
瓦版を読むたびに、村人たちの熱気はさらに高まっていく。
まるで昨夜の熱狂がそのまま紙面に刻まれ、再び蘇ったかのようだった。
だがその記事は、村人たちだけの話題で終わらない。
瓦版は旅商人の足とともに遠方へと運ばれ、やがて中央の役人の机の上に、あるいは隣接する領主たちの屋敷へと届くことになる。
それが新たな波乱の火種となることを、このときの村人たちはまだ知らなかった――。
クラリッサは館の玄関先に立ち、昨夜から集まったままの村人たちを見渡した。
口元には、いつもの悪戯っぽい笑み。
「――まずは麻雀大会や!」
高らかに告げられた言葉に、村人たちは「えっ」と一斉にざわめく。
だがクラリッサは続けた。
「村人でも旅人でも、誰でも参加できる大勝負にする。優勝者には賞金を出す代わりに、参加費と観戦料をしっかりもらう……これで税収を稼ぐんや!」
目を白黒させていた村人たちも、やがて「なるほど!」と声を上げ、次々に顔を輝かせていく。
「観戦料? そりゃ昨日の勝負みたいなのが見られるなら安いもんだ!」
「おらも参加してみてぇ!」
「麻雀で食っていけるなんて、夢みたいじゃねぇか!」
借金に押し潰されていた領地は、いまや熱気と笑顔に満ちていた。
こうして――クラリッサの“麻雀経営”による建国計画は、第一歩を踏み出すのであった。館の片隅で人々の熱狂を見守っていたジェロードは、眼鏡を押し上げながら小さく嘆息した。
「……お嬢様。確かに村は活気を取り戻しましたが、この噂が広がれば、他領主や中央も必ず動きます。麻雀で国を支えるなど――前代未聞です」
冷静にして鋭い警告。だが、クラリッサはまったく動じない。むしろ視線をジェロードに流し、唇をつり上げる。
「せやからこそ――おもろいやろ?」
その挑発的な笑みに、ジェロードは肩をすくめるしかなかった。
常識を無視し、無茶を正面から楽しむ。――それこそが、この令嬢の真骨頂なのだから。広間の空気が少し落ち着いた頃、ミーナが勢いよくクラリッサの前に駆け寄ってきた。
金色の瞳をきらきらさせ、スカートの裾をひらひら揺らしながら。
「麻雀大会ですか! すっごく楽しそうです!」
「わ、私もぜひ参加したいです!」
その無邪気な言葉に、クラリッサは思わず苦笑し、片手でミーナの額を軽く押す。
「お前は参加するんちゃう。ディーラー専門や」
「えぇ~っ!」と頬をふくらませるミーナ。
しかしすぐに、「じゃあ私、カード配り……じゃなくて牌配り頑張ります!」と笑顔に戻る。
その微笑ましいやり取りに、村人たちからも柔らかな笑いがこぼれ、緊張していた空気が少しずつ和らいでいった。――こうして、一つの領地から始まる“麻雀国家”の物語が動き出す。
竜族をも退けた賭卓の勝負は、やがて中央の役人を揺さぶり、隣国の耳にまで届くだろう。
小さな村の片隅から広がる波紋は、やがて大陸全土をも巻き込み――。
悪魔令嬢クラリッサの建国譚、いよいよ開幕である!




