領地を賭けた大勝負
――領主館の広間は、急ごしらえとは思えぬ異様な熱気に包まれていた。
床板をギシギシと悲鳴をあげさせながら運び込まれたのは、竜族用の巨大麻雀卓。人間の背丈ほどもある牌山が積まれ、その存在感はまるで小さな城塞のようだ。
その隣には、人間用の通常サイズの卓が並べられている。
竜族は巨腕で大牌を掴み、人間は軽やかに小牌を操る。ルールは特別制――両卓の進行は完全に同期し、同じ手番で打ち合うという前代未聞の形式。
「……これが勝負の舞台、か」
ジェロードが低く呟き、眉をひそめる。
広間の隅には、領地の村人たちが詰めかけていた。痩せ細った顔に不安が浮かび、ざわめきが止まらない。
「勝てるのか……?」
「いや、竜族相手に……」
その中でただ一人、領主だけが顔を青ざめさせ、冷や汗を滴らせている。
(……頼む、どうか……!)
クラリッサは椅子に腰を下ろし、足を組みながら卓を見据えた。
不敵な笑みを浮かべるその姿は、悪魔か救世主か――誰にもまだ分からない。
――いよいよ、領地を賭けた大勝負が幕を開けようとしていた。
対戦開始
ヴァルガンの「ロンッ!」は地鳴りのような咆哮で、窓ガラスがビリビリ震える。
ミーナは両耳を塞ぎながら「すごい迫力ですぅ!」と感動。
――開始の合図とともに、広間が一瞬の静寂に包まれた。
その沈黙を破ったのは、ヴァルガンの咆哮だった。
「――ロンッ!!」
竜族の声量は桁違いだ。
その一声が雷鳴のように広間を揺らし、窓ガラスがビリビリと震え、壁の埃が舞い落ちる。
「ひゃあああっ!?」
村人たちが一斉に肩をすくめるなか、ミーナは耳を押さえながらも瞳を輝かせた。
「す、すごい迫力ですぅ! 本当に地鳴りみたいですっ!」
対してクラリッサは――まるで何事もなかったかのように涼しい顔で牌を指先で弾く。
視線は卓に注がれ、表情は変わらない。
(……なるほど。やっぱり“竜族麻雀”は力押しが基本やな)
序盤からヴァルガンは大声と大振りな手つきで牌を叩きつけ、リーチをかけてくる。
観客を圧倒するその勢いに、村人たちは早くも顔を青くしていた。
だがクラリッサは動じない。
「ふふん……竜の打ち筋、丸裸にしたるわ」
序盤はひたすら冷静に、竜族特有の癖――無駄に強打する捨て牌や、焦ると尻尾が小刻みに動く習性――を観察していた。
まるで狩人が獲物を見定めるような眼差しで。――中盤、竜族の打ち筋が本性を現した。
ヴァルガンの巨大な手が、ズシン、と大地を叩くように牌を置く。
そのたびに卓全体が揺れ、観客席の村人がビクッと肩をすくめる。
「リーチだァ!」
牙を剥き出しにし、獰猛な笑みを浮かべるヴァルガン。
立直棒の代わりに、腕輪のような金貨をドンと卓に置く姿は、まるで戦場に槍を突き立てる将軍のごとし。
しかも、その手は容赦なくドラを抱え込み、リーチドラドラを連発。
「竜族に細けえ計算はいらねえ! 一撃で勝つ! それが麻雀だァッ!」
吠えるたびに、窓枠がガタつき、天井の埃がはらはら落ちる。
村人たちは青ざめ、「ひ、ひとたまりもねえ……!」とざわつくばかり。
だが――。
クラリッサは口元を引き結び、淡々とツモ牌を見つめ続けていた。
(……力押しか。せやけど、そんな単純な博打、長くは続かん)
竜の豪胆さと人間の狡猾さが、今、広間で真正面からぶつかり合おうとしていた。卓上に響くのは、竜の豪腕が叩きつける轟音――ではなく、クラリッサが軽やかに牌を滑らせる「コトリ」という音だった。
ヴァルガンは牙を剥いて吠える。
「おらァ! 振り込め人間! 竜の一撃に沈めッ!」
そのたびに巨大な鱗がギラリと光る。――だが、クラリッサの視線は別のところにあった。
(……なるほどな。勝負どころになると、あの分厚い鱗が微妙に光る。要は、手牌に“決めの牌”が混じっとる合図やな)
指先で牌を回しつつ、にやりと笑うクラリッサ。
「ほな、そっちは好きに吠えとき。ウチはウチの麻雀するだけや」
彼女はあえて安い手で和了を重ね、点差を大きく崩させないように巧みに調整する。
ヴァルガンが大振りの一撃を狙うほどに、空振りを繰り返す展開。
「なっ……なぜだッ!」
ヴァルガンの怒声が広間を震わせる。
一方、観客の村人たちは息を呑んで見守っていた。最初は竜の迫力に怯えていた彼らの声色が、徐々に熱を帯びる。
「嬢ちゃん……いけるんじゃねえか?」
「竜族相手に互角やぞ……!」
領主もまた、信じられないといった面持ちで震える手を握りしめた。
卓の空気は、確実にクラリッサの側へと傾き始めていた――。
卓上に置かれた最後の牌が「中」であることを確認した瞬間、クラリッサの唇が弧を描いた。
「――ロン。大三元」
軽やかに放たれたその一言は、しかし広間全体を切り裂く雷鳴のような衝撃となった。
ヴァルガンの巨大な瞳が見開かれる。
「な、なにィ……大三元だとッ!?」
従者たちも慌てて牌山をのぞき込み、ざわめきが広がる。
「馬鹿な……役満だぞ……!」「竜族の卓で人間が!?」
クラリッサは涼しい顔で牌を並べ、指先でトントンと軽く叩く。
「竜やろーと人間やろーと、三元牌は三元牌や。条件そろえば鳴くだけのことやろ?」
観客の村人たちが一斉に総立ちになり、歓声が天井を揺らした。
「すげえええっ!」「嬢ちゃんが竜を押してるぞ!」
「人間が竜に勝てるかもしれん!」
領主はその場で膝から崩れ落ち、涙を滲ませながら天を仰ぐ。
「か、神よ……! これは奇跡……!」
だが、当のクラリッサは肩をすくめるだけ。
「奇跡やなくて、必然やな」
涼やかにそう言い放つその姿は、まさに悪魔的な笑みを浮かべる“麻雀姫”そのものだった――。




