クラリッサの悪魔的提案
広間に重苦しい沈黙が落ちる。
机に突っ伏していた領主の呻き声を、クラリッサの軽やかな一言があっさりと断ち切った。
「――なら、賭け麻雀で一発逆転すればええやん」
腕を組み、まるで日常の世間話でもしているかのように告げるクラリッサ。
その声音は不思議と明るく、しかし確かに人の運命を変える響きを孕んでいた。
領主は顔を上げ、血走った目で彼女を見つめる。
「……な、なんと……?」
まるで耳が幻聴を拾ったかのように、理解が追いつかない。
借金取りから逃げ惑う中年男の耳には、今しがた放たれた「賭け麻雀」という言葉が冗談めいて響き、なおさら信じられなかった。
クラリッサは首をかしげ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「聞き間違いやないよ。あんたの窮地を救うのは……卓の上や」
その瞬間、領主の背筋に冷たいものが走った。
だが同時に、胸の奥にくすぶっていた諦めの炎が、かすかに揺らぎを取り戻す――。領主の声は震えていた。
乾いた喉を鳴らしながら、必死に問いかける。
「……な、何を賭けると?」
その言葉は、最後の希望にすがるような響きを持っていた。
もしかすれば、金貨数枚か、せいぜい借用証文の打ち直し程度だろう――そう淡い期待を抱いたのだ。
だが、クラリッサは一切の間を置かず、涼しい顔で答えた。
「領地」
その一言は、雷鳴のように広間に響いた。
静寂が続き、遠くから柱の木がきしむ音さえ聞こえる。
「……っ! そ、それは……」
領主の顔が蒼白になり、目を見開く。
「わしの領地を賭けるということか……!」
己の口で言葉にした瞬間、その重みがのしかかる。
領主館のひび割れた壁さえ、まるで彼を嘲笑うかのように沈黙を保っていた。
クラリッサは変わらず軽やかに微笑み、肘をついて首を傾げる。
「せやで。他に何があるん? 賭けるもんないやろ」
その余裕ぶりが、領主にとっては悪魔の囁きにしか聞こえなかった。領主の絶句がまだ空気に残っている中、ジェロードは静かに目を閉じ、長いため息を吐いた。
「……やはりお嬢様は悪魔ですか」
低く、冷徹な声音。
その視線は鋭く、刃のようにクラリッサを射抜く。
だが、当の本人はまったく意に介さず、椅子に腰を下ろし、脚を組んだまま薄く口角を上げる。
「悪魔? 褒め言葉やな。ウチは結果さえ出せれば満足や」
不敵な笑みが、暗い広間に妖しく浮かぶ。
その姿は、もはや救済の天使ではなく、取引を迫る悪魔そのものだった。
「わー! 領地ごと勝っちゃうんですね!」
空気を読まない明るい声が場を割る。
ミーナがぱあっと笑顔を輝かせ、両手をぶんぶん振りながらはしゃぐ。
ポケットから猫耳カチューシャを取り出し、装着準備を始めている。
領主は愕然とその光景を見つめ、ジェロードは再び深いため息をついた。
そしてクラリッサだけが、口元の笑みをさらに深めるのだった。領主の顔は青ざめ、額には冷や汗が滲んでいた。
クラリッサの突拍子もない提案が頭の中で何度も反響し、そのたびに胸の奥がざわつく。
「りょ、領地を……賭ける、じゃと……」
声は震え、唇も乾いている。
だが、すぐに脳裏をよぎったのは、明日の査察で無慈悲に領地を没収される未来だった。
村人の嘆き、家族の失望、名誉の失墜――。
その未来と比べれば、たとえ博打でも……まだ希望があるのではないか。
(……このまま黙って全てを奪われるくらいなら。
いっそ賭けに出るしかないのかもしれん……!)
俯いていた視線が、徐々にクラリッサへと持ち上がる。
弱々しい瞳の奥に、ほんのわずかだが光が戻っていた。
クラリッサはそれを見て、まるで獲物が罠にかかった瞬間のように、満足げに唇を吊り上げる。




