麻雀で領地ゲット→国作っちゃいました 借金まみれの領主との出会い
馬車の車輪だけがコトコトと音を立てる。
クラリッサたちが進むのは、ひび割れだらけの辺境街道。
ところどころアスファルト……ではなく石畳の隙間から雑草が力強く伸び、道端の農地は手入れされぬまま枯れ草色に染まっていた。
「……なんだか元気ないですね、この辺の人たち」
ミーナが窓から顔を出し、通りすがる村人を見て眉をひそめる。
その村人は俯いたまま、重い足取りで背負い籠を引きずっていく。
ジェロードは腕を組み、淡々と告げた。
「税を払う余裕すらないのでしょう。……村の空気が沈むのも無理はありません」
クラリッサは窓の外を一瞥し、唇を噛んだ。
王都のあの麻雀熱狂から、たった数日の距離でこれほどまで空気が違う――その落差が、妙に胸に引っかかった。やがて街道の果てに見えてきたのは、領地の象徴であるはずの領主館。
しかしそこにあったのは、威厳とは程遠い建物だった。
壁はあちこちで漆喰が剥がれ落ち、屋根は苔に覆われて緑色に染まり、かつて手入れされたであろう庭は雑草に飲み込まれている。
「……門番すらおらんやん」
クラリッサが眉をひそめる。
本来なら門前で身分を確認されるはずだが、馬車は止められることなく玄関前まで乗り入れてしまった。
馬車を降りて館内へ足を踏み入れると、薄暗い空気が彼女たちを包み込む。
広間に並ぶはずの家具はほこりを被り、天窓から差し込む光の筋に舞い上がる塵が揺らめく。
給仕や召使いの気配は一切なく、代わりにかすかに湿った匂いが鼻をついた。
「……ここ、本当に領主の住まいなんですか?」
ミーナが小声で問い、ジェロードは無言で剣の柄に手を置く。
クラリッサはため息をつき、呟いた。
「うわぁ……信仰試練大会の雀荘のほうがよっぽど清潔やん」
広間の奥――かつて威厳を示す玉座だったはずの椅子に、ひとりの中年男性が腰かけていた。
髪には白いものが目立ち、かつて高価だったろう服はほつれ、ところどころシミで汚れている。
立ち上がろうとしたその動作さえ、重りを背負っているかのように鈍く、顔色も土気色にくすんでいた。
「……遠路はるばる、ようこそお越しくださった」
声にはかすかな気品が残っているが、疲労と諦めが滲み出ている。
クラリッサはじっと男を見つめ、すぐに切り込んだ。
「……何があったん? この有様」
問いかけに、領主は一瞬口を噤み、目を伏せる。
しばしの沈黙の後、重いため息を吐き出した。
「……お恥ずかしい限り。わしは、借金に首が回らんのじゃ」
広間の淀んだ空気に、その告白はずしりと落ちた。領主は椅子の肘掛けに力なく手を置き、俯いた。
「……借金が、雪だるま式に膨れ上がってのう。明日には中央から査察が来て、領地を没収されるじゃろう」
その言葉に、ミーナが思わず小さく息を呑む。
「も、没収って……!」
重い空気を破るように、領主は苦い笑みを浮かべて続けた。
「元はといえば、領地を豊かにするためじゃった。農地を広げ、交易路を整備するために借財したのじゃが……」
視線は遠く、虚空を彷徨う。
「不作が続き、山賊どもに馬車隊を襲われ……収入は底を尽いた。返済のためにまた借金を重ね、気がつけば高利貸しの帳簿に名を刻む始末よ」
クラリッサは黙って聞いていたが、周囲を見回せば答えは明らかだった。
荒れ果てた庭、疲れ切った村人たち、そしてこの館の惨状――。
「……最近では人手すら足りん。農を捨て、村を出る者も増えた。残った者も半ば諦めの空気じゃ……」
領主の声には力がなく、その背中は大地に押し潰されるように重く垂れていた。領主は両手で頭を抱え、そのまま机へと突っ伏した。
「……もう終わりじゃ。領地も、名誉も、すべて失う……わしには、もう何も残らん……」
その声は嗚咽に近く、広間の冷たい空気に虚しく響いた。
ミーナは慌てて駆け寄り、領主の肩をそっと叩く。
「そ、そんなこと言わないでください……! きっと、まだ方法はありますよ!」
しかし領主は顔を上げず、ただ肩を震わせるばかり。
クラリッサは黙ってその様子を見ていた。
沈黙の中で、視線だけが鋭く領主を射抜く。
やがて、口元に小さな笑みが浮かぶ。
(……さて。ここからが本番や)
その笑みは慰めではなく、冷ややかな光を帯びていた。
広間に漂う絶望の中で、ただ一人、彼女の心には奇妙な熱が芽生えていた――。




