クラリッサの困惑とツッコミ
王都の目抜き通りは、かつて洒落た服飾店や香ばしい匂いを漂わせる飲食店が立ち並ぶ華やかな通りだった。
だが今――その面影はほとんど残っていない。
両脇にずらりと並ぶ看板の半分以上には、大きく「麻雀」の文字。
「最新ルール大全、本日入荷!」「点棒磨き、一本から承ります!」
「猫耳付き“にゃーじゃん”牌・数量限定!」と、商人たちが競うように声を張り上げる。
通りを一歩歩くごとに、卓を囲む音、牌をかき混ぜる音、そしてどこからともなく響く「ポン!」や「にゃー!」の声。
ここはもはや、商業の中心街というより――麻雀の都だった。
王都の目抜き通りを、クラリッサはゆったりと歩いていた――視察のつもりだった。
しかし、視界に飛び込んでくるのは麻雀、麻雀、また麻雀。
軒先には「最新式自動卓」がカシャカシャと稼働し、店先には光沢のある新作牌が山積み。
広場では子供たちが猫耳をつけ、「にゃー!」と元気に叫びながら“にゃーじゃん”を打っている。
「……これ、絶対おかしいやろ」
クラリッサは額に手を当て、遠くで響く「リーチにゃー!」の声を聞きながらため息をついた。
「このままやと、大陸全部が麻雀に染まるやん……」
その呟きは、牌の音にかき消されていった。ジェロードは、いつも通り無表情でクラリッサの隣を歩いていた。
ふと彼は、目の前の「猫耳付きにゃーじゃん牌・限定版」の看板を一瞥し、淡々と口を開く。
「……それは、お嬢様が“麻雀文化を広めたい”と仰った結果では?」
クラリッサの足が一瞬止まる。
「そ、それは……せやけど……」と口ごもり、視線を逸らす。
頬がわずかに引きつり、彼女は看板の裏側をやたら熱心に眺め始めた。
その間も、通りには「ポン!」「チー!」「にゃー!」と賑やかな声が響き渡っていた。後ろから軽やかな足音が近づき、ミーナが両手をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。
「クラリッサ様っ!」
ぱっと目を輝かせ、勢いよく宣言する。
「次の“にゃーじゃん”大会、私も出たいです!」
そう言うやいなや、ポケットから猫耳カチューシャを取り出し、頭にちょこんと装着。
耳の先がぴょこんと揺れ、本人は完全に戦闘――いや、対局モードだ。
クラリッサは額を押さえ、「……お前はほんまに遠慮ってもんを知らんな」とぼやくが、ミーナは全く聞いていなかった。
クラリッサは胸の奥でそうぼやき、深いため息をつく。
視界の端には、路地裏で老人が孫に点数計算を教えている光景。
道端の大道芸人ですら、ジャグリングの代わりに牌をくるくる回している。
広場からは子供たちの「にゃー!」という歓声が、波のように押し寄せてくる。
――このままじゃ、本当に大陸の隅々まで麻雀に侵食される。
だが足は止まらない。
ジェロードは涼しい顔で歩き、ミーナは猫耳をつけたまま小走りに先導し、三人は結局、麻雀の喧騒に包まれた王都の目抜き通りを進んでいった。
王都の麻雀熱狂が冷めやらぬ頃王都の大通りは今日も麻雀一色だった。
路地裏から広場まで、牌を叩く音と「ロン!」の声が絶え間なく響く中、
突然、人混みをかき分けて一人の男が全力疾走で現れた。
教会系大会の宣伝係、顔の彫りがやたら深くて遠目には異国人に見えるその男が、
息を切らせながらクラリッサの前で膝をつく。
「ク、クラリッサ様! た、大変ですッ!」
「……また寄付金が底をついたとかじゃないやろな」
クラリッサは眉をひそめつつ、面倒くさそうに問い返す。
宣伝係は激しく首を横に振った。
「ち、違います! 異国の……竜族が! 麻雀を! 覚えてしまったんです!」
その瞬間、周囲で足を止めた商人や通行人たちがざわついた。
「竜が……麻雀?」「いや、あの手で牌つかめるんか?」
どこか期待と不安が入り混じった空気が、大通りにじわじわと広がっていった。
「……竜まで? あいつら手がでかすぎて、牌なんか持てんやろ」
脳裏には、場違いなほど巨大な竜が、爪の先でちまちまと牌を摘まみ、
無理やりリーチ棒を置こうとして卓を半壊させる光景が浮かぶ。
(……いや、やりかねん。あいつら、変に器用やからな)
口元を引きつらせるクラリッサの横で、ジェロードが無言で頷き、
周囲の通行人は「竜族相手の大会……見てみたいな」と勝手に盛り上がり始めていた。「いえ、それが……竜族用の“特大麻雀牌”を職人が作りまして」
「しかも、奴ら“ロン”の声が咆哮みたいで迫力満点なんです!」
その様子を記した瓦版の挿絵には、巨大な牌山を前に笑う竜族が描かれている。
「いえ、それが……」
運営者は息を整えながら、興奮を隠せない様子で続けた。
「竜族用の特大麻雀牌を、腕のいい職人が作りまして!」
「しかも奴ら、“ロン”って叫ぶときの声が――もう咆哮みたいで迫力満点なんです!」
差し出された瓦版には、その異様な光景が挿絵で描かれていた。
卓と言うより石舞台のような巨大な牌山を前に、
牙を見せて笑う竜族が、片手で牌を持ち上げている。
背景には、吹き飛ばされた審判役らしき小柄な人族の姿まである。
クラリッサは半眼になり、ぽつりと呟いた。
「……もう麻雀、種族の垣根すら越えてもうたやん」クラリッサは瓦版を見つめながら、じわりと眉間に皺を寄せた。
(……これ、あかんやつや)
脳内に、嫌でも未来の光景が流れ込んでくる。
――満月の下、巨大な石牌を挟んで睨み合う竜族の長たち。
「国境の山脈をかけて勝負だ!」と咆哮し、
負けた方が巨大な領土図をしぶしぶ差し出す姿。
(領地かけ麻雀まで秒読みちゃう?)
クラリッサはこめかみを押さえ、
「精霊様、どうか“国盗り麻雀”だけは勘弁してや」と
心の中でだけ、切実に祈った。ジェロードが低い声で囁く。
「お嬢様、これ以上この麻雀熱が広がると……国が動きます」
クラリッサは視線を瓦版から外し、半眼で返す。
「もう動いてるやろ……竜が動いた時点で」
遠くの空で、竜族のものと思しき影がゆっくり旋回していた。
その爪先には、月明かりを反射する巨大な白牌が握られている――瓦版の一面を飾る見出しが、風にはためく。
「竜族、領地を賭けた麻雀に参戦!? 国境線が牌の形に変わる日も近い――」
その下には、誇らしげに特大牌を掲げる竜族の挿絵。
紙面の隅には、次の予告が踊っていた。
――次章「麻雀で領地ゲット→国作っちゃいました」に続く!




