聖水横流し
大会第七回。
相変わらずの満員御礼、寄付金は山のように積まれ、優勝賞品の「魔除け効果つき聖水」が祭壇の上で眩しく輝く。
だが――その聖水は、毎回決まって同じ人物の手に渡っていた。
「……ロン、倍満です」
淡々と手を開くのは、若き神父セドリック。
白い法衣の袖から覗く指は、恐ろしいほどの速度で牌をさばき、対戦相手をなぎ倒していく。
そして優勝セレモニーで恭しく聖水を掲げる姿は、もはや定番の光景になっていた。
しかし数日後、裏路地の酒場にて――
「おう、今日の分の聖水だ」
セドリックが木箱を置き、店主が金貨を数える。
客のひとりがこっそり耳打ちする。
「あれって“魔除け効果”より“二日酔いに効く”って評判で、飲み屋がこぞって買い占めてるらしいぞ」
祭壇の上で輝いていた聖水は、夜には酒場の棚で鎮座し、翌朝には酔っ払いの胃袋へと消えていく――。
クラリッサはその噂を聞き、眉をひそめた。
「……いや、これ完全に転売ビジネスやん。精霊もドン引きやわ」
第25回「信仰試練麻雀大会」――その幕が、荘厳な鐘の音とともに切って落とされた。
大聖堂の広間には、信者たちと見物客でぎゅうぎゅう詰めの熱気。
ステンドグラス越しの光が卓上に差し込み、牌面を神々しく照らす。
そして、壇上に立った銀髪の男――中央司祭オルフェンが、静かに宣言した。
「今回も、この身をもって信仰を試させてもらおう」
その一言に、ざわりと空気が揺れる。
観客席の端では、瓦版記者たちが慌ただしく羽ペンを走らせながらひそひそ声を交わす。
「……また神父が全勝するんじゃねえのか?」
「いや、今度こそ誰かが倒すかもしれん」
だが、記者たちの目は既に“優勝者を撮るレンズ”として、オルフェンただ一人に向けられていた。開幕早々、オルフェンは一切の迷いなくツモ切り。
捨て牌は綺麗に並び、まるで教本のような整然さ。
リーチ後の一発ツモ率が異様に高く、観客席から「またか…」というため息。
山の残り枚数を的確に把握しているかのような山読みの描写(例:残り2枚の牌をぴたりと引き当てる)。ラノベ化
ChatGPT:
開幕の合図とともに、オルフェンは迷いなく最初の牌を摘み、音もなく卓上に置いた。
――スッ。
その所作は静かで、しかし妙に洗練されている。
次巡も、また次巡も、一切の逡巡がない。
まるで最初から最後まで全ての手順を決めてきたかのように、捨て牌は右から左へ均等な間隔で並び、教本に載せられそうなほど整っていく。
やがて、淡々とした手つきで立てられた一本のリーチ棒。
その直後――
「……ツモ」
掠れるような声と共に、オルフェンは残り山のわずか二枚しかない牌を、まるで“そこにあると知っていた”かのように引き当てた。
観客席から、感嘆とも諦めともつかぬ吐息が漏れる。
「……またか」
「いや、おかしいだろあの引き」
瓦版記者のペン先が止まり、一人がぽつりと呟いた。
「……あれはもう、信仰じゃなくて読み切りだ」オルフェンの捨て牌が並ぶたび、対面に座る男の額に汗が滲む。
その配牌からは一切の無駄がなく、まるで牌山そのものを操っているかのようだった。
「……あの手筋、もはや人間じゃねぇ」
「いや、あれ絶対“精霊の加護”とかじゃなくて……ゴースト配牌だろ…」
小声で囁かれる疑念は、卓上の緊張とともに広がっていく。
そんな中、初参加の若い信者は、打つべき牌を一度手にしては、そっと戻した。
代わりに安全牌を切りながら、ぎこちなく笑う。
(……聖職者相手に振り込んだら、何か悪いことが起きそうだ)
会場の空気はすでに試合ではなく、神父の勝利を“前提”とした儀式へと変わりつつあった。決勝卓、最後のツモ牌を引き寄せたオルフェンは、静かに口を開いた。
「――ツモ。満貫です」
その声は大聖堂の高い天井に反響し、瞬間、会場の鐘が鳴るかのような錯覚を覚えさせた。
牌を伏せ、ゆったりと立ち上がると、彼は聖水の瓶を高く掲げる。
「これぞ、精霊の御業――」
拍手は湧き上がった。だがその中には、控えめな、どこか義務的な音も混ざっていた。
最前列の観客の一人が、隣に小声で漏らす。
「……今月も、結局神父か」
瓦版記者は素早く筆を走らせる。翌朝の見出しはこうだ。
『今月も神父優勝! 精霊の加護か、それとも雀力か』ある日、市場の片隅で、異様な値札がついた瓶が並んでいた。
――《エルミナ聖水・魔除け効果保証》 一瓶 50,000ゴルド。
通りすがりの信者が目を丸くする。
「た、高すぎる……! これ、教会で優勝した人しかもらえないはずだよな」
店主は肩をすくめ、声をひそめた。
「仕入れ元? まあ……毎回同じ御方さ」
その言葉に、買い物客たちの脳裏でひとつの名前がよぎる。
――オルフェン神父。
「……待てよ、優勝者って、毎回あの神父だよな?」
「ってことは……自分で勝って、自分で売ってるってことか!?」
その噂は瞬く間に信者の間で広まり、大聖堂の長い回廊まで囁きが飛び交った。
ステンドグラスの下、オルフェンは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていたが、
その手には次回大会の参加届けがしっかりと握られていた――。大聖堂の二階回廊から、クラリッサは大会会場を見下ろしていた。
下ではオルフェンがまたもや満貫ツモを決め、観客席から半分感嘆、半分諦めの拍手が上がる。
横にいた案内役の修道女が、誇らしげに囁く。
「神父様はこれで十三連勝目でして……あ、ちなみに聖水は市場でも大人気なんですよ」
その言葉にクラリッサの眉がぴくりと動いた。
続けざまに耳打ちされた転売の噂を聞き、彼女はこめかみを押さえる。
「……これ、信仰の皮を被った副業やろ。精霊も苦笑いしてるわ」
ぼやきながら階段を降り、会場を背に立ち去るクラリッサ。
背後からは「ロン!」「にゃー!」と混ざった、もはや宗教行事なのか娯楽なのかわからない歓声が響き続けていた――。




