急成長と経済構造の変化…麻雀の…
クラリッサの賭け麻雀サロン――開業からわずか一か月。
今や王都で「麻雀を知らぬ者は田舎者」と言われるまでに浸透し、その熱はとうとう王宮の白亜の壁をも突き破った。
表向きは「貴族の嗜み」「文化交流の一環」として礼装を纏った上品な遊戯に見える。
だがその実態は、老いも若きも、王侯も庶民も、金貨と運命を卓上に叩きつける――国家規模の麻雀依存症ブームに他ならない。
謁見の間。磨き上げられた大理石の床に、王の金色のマントがさらりと広がる。
王国の重臣たちが整然と並ぶ中、国王は退屈そうにあくびを噛み殺し、隣の宰相へと視線を向けた。
「今夜の余興は何にする?」
わずかに考える素振りを見せた宰相だったが――その答えはあまりにも即答だった。
「では、今夜は東風戦を…」
空気が一瞬止まり、すぐさま近衛兵の口元がピクリと震える。
中には小さく吹き出して槍の石突きを床にぶつけ、「カン!」と不自然な音を響かせてしまう者まで現れた。
国王は一瞬だけ眉をひそめた。
王宮で麻雀――それは本来、国政の場に似つかわしくないはずの娯楽だ。
しかし、宰相の真剣な顔と、近衛兵たちのわずかに輝いた瞳を見て、王はふっと口元を緩めた。
「……まあ、たまにはいいか」
その一言が、すべての引き金だった。
数日後、王宮の大広間には、王家専用に特注された「宮廷麻雀卓」が堂々と設置されていた。
卓面には金糸で織られた王家の紋章が誇らしげに輝き、四方の彫刻は職人が三か月かけて仕上げた逸品。
そして何より異様なのは――牌がすべて純金製であることだった。
重すぎてツモるたびに「ガコン」と手首に負担がかかり、貴族たちは早くも腱鞘炎の危機に怯える。
だが、その重量感がまた「宮廷麻雀の格」を高めると、誰も文句を言わなかった。
宮廷麻雀卓の設置から一週間。
その影響は、想像以上の速度で王宮全体に広がっていた。
まず、官僚たちの退庁時間が不自然に早まった。
午後の会議が終わるや否や、書類を抱えて走る姿が目撃されるが、その行き先はもちろん――卓。
「重要案件の続きは明日」という言葉が、もはや麻雀の開幕合図と化していた。
さらに、宮廷楽団までがこのブームに便乗。
いつもの厳かな演奏ではなく、軽快なワルツ調やジャズ風のBGMを麻雀卓の周りで奏で始める。
音楽に合わせて牌を切る手つきは、なぜか皆いつもより華麗だ。
そして極めつけは衛兵たち。
休憩中、詰所の隅でこっそり卓を囲み、
「ロン!」
という声が廊下まで響き渡る。
そのたびに新人衛兵は「何事か」と飛び出すが、先輩から「麻雀だ、気にするな」と一蹴されるのが日常風景となっていた。
そんな熱狂の渦中、王宮の片隅では重々しい空気が漂っていた。
年季の入った老臣たちが、ひそやかに円卓を囲み、眉間にしわを寄せている。
「このままでは王宮の規律が崩れる」
老宰相経験者が低くつぶやくと、隣の財務卿が深いため息をつく。
「いや、もう崩れてるのでは…」
全員が沈黙したまま、同時に思い浮かべたのは――
謁見の間で国王自ら「ロン!」と宣言する未来図だった。
もはや、その未来は遠くなさそうだった。
夕暮れのクラリッサ邸。
大広間の片隅で勝利の紅茶を楽しむクラリッサのもとへ、執事ジェロードが静かに歩み寄った。
「お嬢様、ついに王宮でも麻雀が始まりました」
クラリッサは一瞬だけ目を細め、すぐに口角をゆるりと持ち上げる。
湯気の立つカップをくるりと回しながら――
「ふふ、これが国策麻雀や」
その声音は、まるで王都全体を手中に収めた女帝のそれだった。




