ジェロードのため息
――王都最大の賭け麻雀サロン、その開業から数日。
今宵も、金貨と宝石が牌の間を飛び交う。
豪奢なシャンデリアの真下、クラリッサは玉座めいた特等席に腰掛け、勝者の余裕を湛えた微笑みを浮かべながら紅茶を口に運んだ。
視線の先には、机に山と積まれた賭け金――金貨の煌めき、ルビーの赤、サファイアの青。まるで財宝の海だ。
「……ふふ、これぞ勝者の景色や」
低く、満足げに呟くクラリッサ。
その横で、淡々と賭け金の集計をしていた執事ジェロードが、わずかに眉をひそめた。
「お嬢様」
「なんや」
「そのドヤ顔は、悪役令嬢というより……裏社会の親分です」
会場が一瞬、しんと静まり――
そしてなぜか周囲の貴族たちが、そろって「確かに……」とうなずいた。
クラリッサは紅茶を置き、にこりと微笑む。
「せやろ? 裏も表も制するのが、ホンマの令嬢や」
その笑顔は、確かに“悪役令嬢”というより、“王都のドン”だった。
煌びやかな会場の中央、金貨棒と宝石が山と積まれた卓を前に、クラリッサはゆったりと腰を下ろしていた。
その声は、観客席のざわめきを一瞬で凍りつかせる。
「……賭けられるもんがもうない? ほんなら――人生賭けたらええやん」
空気が**ざわっ……**と揺れ、数人の貴族が椅子から腰を浮かせる。
観客の中には「本気か?」と目を丸くする者もいれば、興奮で頬を紅潮させる者もいた。
そんな熱狂の中、ただ一人、執事ジェロードだけが冷ややかな眼差しを向ける。
「お嬢様。賭けに人生を使うのは……美学ではなく、ただの愚行です」
クラリッサは涼しい顔で、唇の端を上げた。
「ふふ……愚行でもな、勝ったら美学や」
その瞬間、観客席の空気は再び沸騰。
――この日を境に、「人生マッチ」の名は、王都の裏社交界に伝説として刻まれることになる。
王都最大の麻雀サロン。観客席からざわめきが起こるたび、その中心には決まって一人の少女がいた。
「――ポン!」
今日もまた、軽やかな声が響く。
ミーナは嬉々として牌を横に倒し、誇らしげに胸を張る。
……が、そのせいで手牌は序盤から形を失い、勝負にならない。
「おい、また鳴いたぞ」「あれじゃあ和了れないだろ」「あれが“ポンの人”か」
観客席からクスクス笑いとあだ名が飛び交う。
クラリッサは紅茶をすすりながら、半眼で呟いた。
「……ミーナ、そろそろ鳴く前に和了形を意識しぃ」
しかしミーナは首をかしげ、次の瞬間――
「ポン!」
観客席:「ほら言った!」「やっぱりポンの人だ!」
こうして、彼女のあだ名は完全に定着したのだった。
王都麻雀サロン、東二局。
場は緊張に包まれていた――対面の公爵が、今にもリーチ棒を叩きつけそうな気配を漂わせている。
しかし、その直前。
「ポン!」
ミーナが元気よく鳴き、手牌から安全牌を抜き去った。
観客席が一瞬、静まり返る。
さらに続けて――
「チー! あ、またポン!」
彼女は流れるように鳴き倒し、他家の安全牌を次々と消滅させていく。
結果、公爵の手は完全に詰み、場の空気は混乱の渦に。
「……お嬢様、あれはもう戦術じゃなくて災害です」
ジェロードが呆れ声を漏らす。
「え? みんなが困ってる顔、なんか楽しいです!」とミーナ。
こうして彼女は、恐れと敬意を込めて――
「天然の場荒らし」 と呼ばれるようになった。
東風戦終了後、場の片付けをしていたミーナが、満面の笑みでクラリッサのもとへ駆け寄った。
「お嬢様! 今日もいっぱい鳴けました!」
その声には達成感と誇らしさが満ちあふれている。
だが、彼女の背後では、対局者たちが魂の抜けた顔で椅子にもたれかかっていた。
ジェロードがため息をつきながらタオルで額の汗を拭う。
「……それ、褒められることじゃありません」
「え? そうなんですか?」
本気で首をかしげるミーナに、周囲の貴族たちは一斉に目をそらした。
――今日もまた、天然の場荒らしは無自覚に暴れていた。




