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6話 四天王登場 ①

 


 魔王軍四天王──────────強大な力を誇る魔族の中で最も魔王に近いとされる者達。



 大国を容易く揺るがす能力を持ち、魔王に次ぐ強者の集まりである。



 ひとたび争えば魔界の半数が焦土となるほどの影響力を持つ彼らが、一つの部屋で円卓を囲んでいた。



 魔王城 空中楼閣。文字通り宙に浮かぶ簡素な楼閣であり、反発し合う鉱石により空中に留まっている。



 魔王城全体は切り出された鉱石で造られているが、この建物は木造建築と対照的だ。



 新しく建てられた居館も木造建築という点では同じだが、この楼閣はアルガナスが外遊時に見た異国の建物を模したものである。



 魔界にはアルガナスの思い付きで建築、発生、そして崩壊した万象で溢れている。





 そのなかでも最も異質なのがこの楼閣だ。




 異国文化の象徴と言えるそれは、積み上げた石垣の上に白く塗装した壁で立っている。階層ごとに外に跳ねるような赤いカワラ屋根があり、支える柱の数も多い。2階から上は突き出したバルコニーのようなものが設けられており、落下防止のために柵が備え付けられている。



 最上部の屋根には装飾用の突起が突き刺さっている。


 屋根には黒竜を模したカワラの装飾が目立つ。誰をモチーフとした作りなのかは言わずもがなである。



 アルガナスの曖昧な記憶から無理やりに具現化したため、本来の構造や色合いとはかけ離れている可能性が高い。



 内部構造に至っては全くの手探りであったため、外面を撫でるだけの建築では耐震、耐久性に難が生じた。 


 主な理由は、『カワラ』という魔界では未知の建築資材の自作による重量の増加だ。




 アルガナスによれば、それは竜の鱗のように重なっており重厚感がある見た目をしていたらしい。



 見た目以外の、材質や形、性質にいたる重要情報の全てが欠落していたため魔界の鉱石で模造したのだが、明らかな過重は見てとれた。




 カワラ屋根は絶対条件だと譲らぬ顧客(アホ)の要望に答えるため職人たちは奔走した。



 外側の支柱を増やすことでなんとか5階層もの高さに組み上げることができたが、やはり少しの衝撃で倒壊してしまった。



 苦肉の策として階層数を1つ減らし、柱の本数を想定よりも多くする。更に反発する鉱石によって上下左右から浮力を得て、傾きを抑えるという荒業が提案された。




 アルガナスはこの提案に異を唱えたが、親方がブチ切れたことにより着工が決まった。



 最上階の屋根に付いていたという用途不明の突起に至っては、怒り冷めやらぬ親方が石材を突き立てたことよって帰結した。






 これにて摩訶不思議、浮かぶ空中楼閣の誕生と相成った。





 四方から伸びる連絡通路を使ってのみ入室することができるこの場所は四天王の会談場所として重宝されている。



 その理由はたったひとつ。

 魔界の中心地にあるからだ。



 四天王はアルガナスから魔界の管理を押し付け──────────もとい、委任されている者たちである。




 魔界を大きく四分割し、それぞれに一区画づつ管理させている状態だ。そしてその中心に魔王城が建っており中央部はアルガナスが支配している。




 魔族はプライドが高い者が多く四天王という強者であれば、それもひとしおである。



 会談場所が数センチでも誰かの支配地域に寄れば戦争を起こす程度には自分勝手な者たちだ。



 そのため、お互いの支配地域から等間隔の立地にあるという理由だけで使用されていた。



 ちなみにアルガナスは完成したことで満足したため、ここに足を踏み入れた事は一度もない。




「さて集まったことですし、始めましょうか」

 口火を切ったのは決まって同じ人物。





 四天王 序列二位 アクスレイ

 支配地域 魔界東部『腐死荒野(ふしこうや)



 金色の長い髪の隙間から糸のような目が見える。色白の肌には血の気は無く体温すら感じさせない。


 人間のような出で立ちだが、種族は『幻鳥(げんちょう)』三対の翼が生えた怪物だ。



 身を包む白い法衣は腹部と肩甲骨から腰まで大きく開いた構造で布地には埋め尽くすような金色の刺繍が施されている。


 背中から腰にかけて別れた翼は丁寧に折りたたみまとめられており、手足は楯鱗鱗で覆われ猛禽類のような鉤爪が覗いている。


 手、足、首、耳。それぞれに身につけている貴金属は人間界で採れる宝石で彩られており、種類も大きさも様々だ。



 アクスレイは美しくないもの──人間、魔族問わずその一切を滅ぼすべきと考えており、その筆頭に立つのはアルガナスである。

 




 円卓にはアクスレイが部下に用意させた紅茶が並べてある。


 白いティーカップからは花のような芳醇な香りが漂っているが、手をつける者は誰もいない。





「ねぇ、なんでいつもアンタが仕切るのかしらぁ?」


「おや?何か不都合でも?」


 アクスレイはわざとらしく口角を釣り上げ、その人物を睨みつける。




 四天王 序列三位 ファナール

 支配地域魔界北部『煉獄浄土(れんごくじょうど)



 長いソファにうつ伏せ、組んだ両足を遊ばせている。赤く染められた唇から甘ったるい香煙が漏れた。


 少し垂れた瞳には欲情を含んだ色が滲んでいるが、更にその奥に獲物を狙うような鋭さを感じさせる。




 ファナールの身を包むものは何も無い。



 豊満な胸は交差させた腕に圧迫され窮屈そうだ。触り心地の良さそうな太ももを惜しげも無く晒しており、足首まで伸びた紫の巻き髪が自由に靡いている。



 山羊のような巻いた角と尾骨から伸びる艶のある尾が彼女が人外の化け物であることの証拠である。






「ここにいる全員がそう思っているわよぉ?」




 魔族には種族によって差はあれど、特殊な皮膚組織を持っている。そのため人間のように衣服を身に付ける必要が無い。



 それが特殊な効果がある衣服であれば納得もできるが、皮膚よりも軟弱なお飾りを身に付けることがファナールには全く理解できなかった。




 ファナールの種族は『夢魔むま』である。

 『夢魔』とはあらゆる欲望を体現した存在であり、肉体的にはもちろん、魔法的手段を用い対象を誘惑する。


 彼女はその美しさに絶対の自信を持っており、自他ともに認める美貌の持ち主だ。



 そのため最高級の食材に過剰な味付けをするかの如く、装飾品という不純物をわざわざ身に付ける男の気が理解できずにいた。



 その美貌と特殊な能力によりあらゆるものを魅力してきたファナールだが、その美貌もアルガナスには全く効果が無く、半ば逆恨み的に殺意を向けている。



「最も能力のある者が場を仕切るのは当然でしょう?」


「はぁ?誰が?アンタにそんな脳ミソあったっけぇ?」


 四天王の序列は強さによって決められている。


 魔力量や肉体能力などを加味し、アルガナスによって一方的に順位付けされる。




 ただ必ずしも序列が高い方が勝つという訳では無い。


 表向きには配下として頭を垂れていても、次期魔王の座を狙う肉食獣の群れ。本当の実力や奥の手は獲物の喉を食い破る時まで隠している。




「売女の思考回路では理解できないのも無理はありません。まずは己の無能さを知ることから始めるといいでしょう」



「へぇ?鳥頭のくせに誘い文句は上等ね?相手してあげるわぁ」



 瞬間、周囲に魔法陣が展開される。



 アクスレイは足元から妖しく輝く五芒星を幾重にも展開させた。


 対してファナールが展開させたのは、縦に伸びる線の先が二股に別れ、更に巻くように捻れた文字を中心にした魔法陣だ。



 互いの魔法陣が境界を争うように一層強く輝く。開戦の合図を、今か今かと待っている。



 空中楼閣は二人から発せられる莫大な魔力の波動によって激しく震え、カワラ屋根は転げ落ち、塗装は剥がれ始めた。



 空中楼閣は土台である石垣の四隅、四方の連絡通路に鉱石が埋め込まれており、地上に設置された鉱石と反発することにより浮力を得ている。


 それらは気が遠くなるほどのシュミレーションと脳が焼けるような高度な計算を元に、絶妙かつ際どいバランスで成り立っていた。



 世が世なら魔界の傑作建築として名を馳せた逸品だっただろう。


 空中楼閣と鉱石はある程度の耐震性を有している。だが、このような、内部からの干渉は想定されていない。



「今謝れば許してあげるけどぉ?」



「ご冗談を <第四の──」


「なら死になさいよ!召喚サモン────」



 空中楼閣が一層戦慄き、悲鳴を上げる。余波は空中楼閣だけには留まらず、魔王城へと伝播していく。




「コレ以上暴れるナ!!奴が来ルゾ!!」


 円卓を叩き、怒号を飛ばしたのは



 四天王 序列四位 ブロス

 支配地域魔界西部『ユメル大草原』



 赤い毛皮を纏った種族ミノタウロス。



 三メートルを超える巨体に牛の頭部が見える。

 捻れた黒い角が左右に生えており、木彫り細工の飾りが付けられている。


 五指の手を持つが両脚は蹄である。上半身は何も身に付けておらず、赤い体毛の下に発達した筋肉が浮かび上がっている。履いているズボンは年季の入ったお気に入りの1つである。



 壁には2mほどの石斧が立てかけられている。石を蔓で巻き付けただけの簡単な造りだがブロス愛用の一品だ。



 お世辞にも頭の回転が早いとは言えないが、それを補い余るほどの剛腕の持ち主である。


 背もたれのない丸太にどっしりと腰を据え、両手を膝の上に戻した。



 舌足らずな話し方は言語を持っていなかった魔物時代の名残であり、そのことを茶化してきたアルガナスを殺したいほど憎んでいる。



 それほどの殺意を秘めながらも、アルガナスとの実力差に手が出せずにいる。


 一度、転んだフリをして殴りかかったこともあるが自分の頭蓋骨が割れる音と徐々に赤く染まる視界以外に記憶が無い。




 2人の魔法陣は既に消えていたが円卓は拳の形に凹み亀裂が走っている。


 衝撃で床に散らばったティーカップは絨毯を濃く染め上げ、チリチリと焼けるような音が聞こえてきた。



「たまにハ、まともナ話し合いをシテくれないか」


「アタシのせいじゃないわよぉ」


「己の非を認められないとは嘆かわしいですね」


「はぁ!?誰が悪いってぇ!?」


「おやおやおやおやぁ!?それすらもわからないのですかぁ!?」



「ルフタルも2人ヲ止めてクレ!」


 このままではまた喧嘩に発展してしまう。そう考えたブロスは最強の男へと助けを求めた。




 四天王 序列一位ルフタル

 支配地域魔界南部 『ヴァルメル岩石群』


 ルフタルは足を組み、つまらなさそうに事を眺めている。


 手を出す素振りは全く無いが、アクスレイとファナールは警戒心を高めている。


 それもそのはず。


 ルフタルについてわかっているのはスライム種であることだけだ。それも情報源が、あのアルガナスであるため信憑性が薄い。


 自分に関する一切の情報を統制しており、魔族の中で最も秘密主義な男である。



 四天王の中でも最古参かつアルガナスからの信頼も厚い人物だ。


 だが、人間へ働き掛け、決闘を仕組ませたのもルフタルでありアルガナスの死を誰よりも望んでいる。




「緊急招集だと聞いていたが随分と余裕があるようだな」


「あぁ、これは失礼。……ファナール、今日はこのくらいにしませんか?」


「ええ、構わないわぁ、命拾いして良かったわねぇ」


「何故一々喧嘩スルんダ」


「今日話し合いたいのは──────────」


 アクスレイは咳払いを打ち、いやらしい笑みを浮かべる。真っ直ぐにルフタルを見つめる。


「貴方が捕獲したという人間についてです」


 先日、アルエルを通して魔王軍に伝えられた情報にはガイアスという人間に魔界での居住権を与えたということだ。



 それもアルガナスの配下についたらしい。



 魔王軍に族する魔族や魔物は、基本的にその生息域を支配している四天王の傘下に入る。どの生息域にも適さない魔族はアルエルの指揮下で、魔王城内に配置される。



 人間はどの支配地域に族するか不明なため、魔王城で生活が基本となるらしい。


 自分の支配地域が汚されずに済んだことに喜んだのも束の間、アルガナスはあの人間に特別顧問という役職を与えたのだ。



 立場で言えば四天王よりは遥かに下なのだが、魔界に住むどの魔族よりも高い役職で在籍するということになる。


 アルガナスが人間に命令されようが、意見されようが心底どうでもいい。


 ただ『魔王』という魔界の最高位に意見する人間がいることに腸が煮えくり返るような思いがする。


 魔王とは唯一絶対の力の象徴。たかが人間ごときが意見していい存在ではない。




 誰が見ても相応しい采配とは言えないだろう。



「それがどうした」


「問題大ありですよ。我々の目的はあのアホの失脚と人間界の侵略です。あのアホの真意は測りかねますが、人間界きっての実力者があちら側に付くのはよろしくない」



「実力者?あれが?」



「そもそも何故その場で殺さず捕らえるようなマネをしたのですか?まさか忠誠心からとでも言うんじゃないでしょうね?」



 その場で殺さなかったのは人間達の目的がはっきりしなかったからだ。

 

 アルガナスの『人間を殺すな』という命令に従う理由は無いが、人間達の動向には『最善』の注意を払わなければならない。


 ここでいう最善とは和平を求めるアルガナスにとっては最悪のケースであり、対立を煽るためのあらゆる行動を指している。



「人間の一匹や二匹増えタところデ問題無いダロウ。邪魔になれば殺せば良いだケダ」



 役職には異論があるが、それ以外で議題に挙がるほどの重要度はないだろう。


 そう考えているのはブロスだけではなく、ファナールも頷き返している。



 だがアクスレイは相手の非を突くことに関しては手が早い。それがどんな些細な出来事だろうが、重箱の隅をネチネチとつついてくるような奴だ。




「皆さんよく考えてください。あのアホだけでも持て余しているのに更に戦力を増強させてどうするのです」



「大丈夫よぉ。その時はアタシがなんとかするから」



 ファナールはそういって舌を唇に這わせる。色付いた舌が口元にある黒子を撫で口内へと消える。


 官能的な仕草ではあるが、彼女の内面を知っている者から見れば肉食獣のソレにしか見えない。



「お前には期待していない」


「そうですね。大見得切って撃沈した前科がありますから」



「そ、そそそそれはっ!あのアホが既に枯れきってたからって言ったじゃない!アタシのせいじゃない!!」



 夢魔のファナールは任意の相手を魅了する能力を持っている。



 いや魅了なんて生易しいものではない。



 魔物であるサキュバスやインキュバスなどは対象の好みに自らを変化させ生気を奪うが、ファナールは対象の心理、行動、癖や傾向、性格それら一切を強制的にねじ曲げて作り変えてしまう。



 例え死体愛好者だろうが幼児性愛者だろうが一度呑まれれば、ファナールこそが理想だと思い込み、愛を捧げ、神格化するようになる。



 それは強迫観念のように対象を蝕み続け、ファナールの許可なくして解かれることはない。



 能力の対象範囲には年齢、性別や生殖能力の有無は問わない。にも関わらずアルガナスを堕とせていないのは単純に魔力量が足りないからだ。



 基本的に、魔法は使用した魔力量に応じて威力や効力、効果時間が変化する。そして魔力量に比例する魔法抵抗値というものがあり、精神魔法はそれを突破しない限り効果を発揮しない。


 水は火を消すことができるが、燃え盛る火炎にコップ一杯の水を掛けても消えることはないように、相性以前に魔力量による勝敗が定まっている。



 同様にファナールが躍起になって魔法を使用しても絶大な魔力量を誇るアルガナスの魔法抵抗を突破することは叶わない。



「アイツがあと数百年若ければアタシの魅力に気付いたでしょうねぇ!!」


 アルガナスが若かろうが年老いていようが差は明白。全く関係は無いのだ。



 ファナールがアルガナスを堕とすためには


 魔力を消耗させ、抵抗値を下げる

 魔法での精神干渉を諦め、直接的な接触により肉欲を刺激する

 ─────────ほかない。


 現時点ではどちらを選んだとしても可能性は低いだろう。



「そもそもあのバカなんて眼中にないんですけどぉぉ!」


 高笑いを上げるファナールに同情の視線が刺さる。

 彼女のプライドが現実を直視できず、虚しい負け惜しみを吐き出させていた。



「というか!アンタらはどうなのよ!大の男が指くわえて見てるだけなんて人の事言えないでしょうが!」


「確かに……今やつハ弱っていル……ここらで攻勢に出るのはドウダ」


「それも一つの手ですが…」



 予定通りに進んでいれば今頃、弱ったアルガナスに攻撃を仕掛け王座を奪っていたはずだった。



「人間が弱いのは知っていたがこれほどまでとは思いませんでしたよ」


「ダナ」


「逆にびっくりよねぇ」


 誰ともなく深い溜め息が漏れた。


 七対一という状況までお膳立てしたというのに、数的有利を生かさず、仲間割れをし、挙句の果てには手加減までされる始末。


 擁護のしようがない程の圧倒的な大敗に、見てるこちらの顎が外れるかと思ったほどだ。




「あれが人間の最大戦力なんですかね?」


 アクスレイはルフタルへと返答を求めるような視線を送る。


 現状、人間たちについて最も知識を持っているのはルフタルだ。しかしルフタルは肩をすくめるだけで何も言わない。


 人間とアルガナスの決闘を仕組んだのは二つの理由がある。


 一つ目はアルガナスの体力を削ること。

 アルガナスが敗れれば万々歳。例え生き残っても、弱っていれば四天王総出で叩き潰せば良い。



 二つ目は人間界への威力偵察だ。

 発言力、軍事力、そして各国の関係性。それらを調べるに至って都合がよかった。


 そして後々邪魔になるであろう戦力を削ることもできる──────────はずだったのだが。



 魔王という魔族の最大戦力を相手に選出された七名。単純に考えれば人類最高戦力のはずなのだが、あまりの弱さに疑いが生まれる。



「……バレた可能性も考えたほうがいいかもねぇ?」


「あり得ル。さすがにアレは酷すぎル」


「もしそうなら……人間界にはかなりの切れ者がいるということになりますね」


 もし人間がこちらを策略を見抜き、あえてあのメンバーを選出したというなら。


 恐るるに足りず、と攻め入った魔族を一掃する手筈だったとしたら、あの人選も納得がいく。




「ではあの人間の対応は、ファナール、貴方にお任せすることにしますか」


「はぁい」


「皆さん、気を落とさないでください。喜ばしい点として、あのアホの回復力が下がっています」



 完全無欠と思われていたアルガナスの老いによる弱体化。それは闇を照らす一筋の光に思えた。


 一ヶ月経とうが折られた角は伸びる気配は無く、痛々しげに巻かれた包帯からは薄らと血の臭いが漂っている。


 これはアルガナスの命を狙う者にとって最も価値のある情報だ。


「ならば……ヤハリ今が好機なのではないカ?」


 ブロスは鼻息を粗げ立ち上がる。拳は血管が浮き出るほど強く握りしめられており、目は血走っている。


 その考えも一理あるが、誰も実行する勇気は無かった。



 同じ四天王という立場ではあるが、決して仲間という訳ではない。


 アルガナスを殺すためだけの共同戦線であり、隙を見せれば背中から刺される──薄氷の信頼関係だ。



 例えアルガナスを殺せたとしても、玉座に座る前に殺されてしまえば意味は無い。



 魔王との戦闘時には必ず漁夫の利を得ようとする輩が出現するのだが、それらも蹴散らさねば王座に就くことは叶わない。



 アルガナスを殺害後発生する四天王同士の戦闘、そしてこれ幸いと襲いかかってくる有象無象の対処まで想定するとなると──────────周りの体力を削りつつ、自分の体力と魔力を残す立ち回りを常に心がけ、アルガナス殺害後、弱った全員を始末する。



 それが唯一の勝ち筋であり、実現不可能と思える難題であった。





「言い出しっぺのアンタから行くのよねぇ?」


「いや、あのアホも女には手を出しにくいんじゃないですか?ということで貴女が行けばいいと思いますが」


「鳥頭のくせにふざけないでくれるぅ?」


「……………ジャンケンで決めないカ??」


 実力が拮抗した者同士、考えることは皆同じである。



 このように信頼を築こうともせず、互いを監視し足を引っ張り続けた、その結果───長い、長い膠着状態が生まれていた。



「確実な時期が来るまで待てば良い。人間もあのアホを殺したいやつは多いはずだ」



 四天王はデカデカと掲げられた巨大な絵画へと視線を移す。



 玉座に座る魔王(アルガナス)の肖像画である。


 油絵で描かれたそれは顔面に向かって4つの拳の跡が目立っており、ひどくシワが寄っている。


 これが四天王による『打倒アルガナス同盟のサイン』である。


「それしかありませんね」


 今取れる手段が無いなら静観するしかない。


 時間はアルガナスの身体を蝕み続けるが、まだ若い四天王にとっては味方となる。


 また人間をぶつけアルガナスの体力を削る機会もあるはずだ。確実に殺せる瞬間まで待つ、今はそれが最善だろう。



「では次、支配地域の────」


 突如、魔王城北西に莫大な魔力が出現する。四天王は瞬時に臨戦態勢に入る。


「敵襲カ!?」


「いや…これは違うでしょう」


「バカねぇ、こんなの一人しかいないでしょぉ」


 波のように打ち出された魔力は身体を貫き、すり抜けていく。それは身体の内部が振動する不快感を残したまま、魔王城を越え、魔界全体へと広がっていく。



「アホが来ます!各自備えてください!」


「……ゆ、床は任せロ!!」


「アタシは絵を!」


 ブロスは床に散らばったティーカップを寄せ集め窓から投げ捨て、ファナールは肖像画を引っくり返し別の絵画を表向きにする。アクスレイは拳の痕を魔法によって修復し、何事も無かったように椅子へと戻った。



 事前連絡無しの訪問は、自室だろうが、風呂の中だろが関係無い。


 あのアホは、いつも自分勝手で相手の迷惑などお構い無しにやって来ては、嵐のように場を荒らして帰っていく。





 空中に亀裂が入った。


 門が開き姿を現すまで、まだ数瞬の時間がある。

 だがこれから発生するであろう、山のような面倒事から逃れる術は誰も持ち合わせていない。


 ただ死刑執行を待つ罪人のように、ただその場に留まる。

 願わくば、王の機嫌が少しでも良いことを祈るのみだ。




 四天王は、虚しくも中指を立て、小さな反抗心を満たすしかなかった。


 

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