3話 対話
植物を敷き詰めシーツで包んだだけの寝台にガイアスを横たえる。
当然ながら魔界に人間の医者なんていない。
人間に詳しい有識者もいなければ、人間界の知識を綴った書も存在しない。
適切な治療法が分からないものの『とりあえず栄養を取らせれば良いのでは』という安易な発想の元、植物種である魔族のザックームの居住までやって来た。
ザックームとは捻れた幹に蔦が巻き付いた魔族だ。
木の割れ目から枝葉が伸び、先端には人間の頭部を思わせる種子がはみ出しており、いつ見ても気持ち悪い。
「マオオオウ様、ヨヨヨコソ我ガガ居住住区ヘヘヘ」
ザックームの本体はあの種子だ。それぞれが独立した意志を持っているが、どんな作用か話す言葉は統一されている。
複数ある種子が一斉に話し始めるため反響したような声になるが聞き取れない程ではない。
ただアルガナスは加齢のため耳も遠くなっている。高音や反響音のような聞き取りにくい話し方は正直辛いものがある。
「今日は少し力を借りたくてな。この人間なんだが栄養を与えてほしい」
「人人人間デスカ初メメテ見マシタタ」
種子達が一斉に動き、ガイアスを注視する。身動き一つ取る体力も無いガイアスは絶望的な表情を浮かべザックームを見つめている。
ザックームは居住区に引きこもって光合成ばかり行っている。そのため人間どころか、別種の魔族を見ることもない。そんな生活を送っているためか、珍しい生物を見た喜びで破顔している。
その顔が獲物を弄ぶ化け物のように見えたのか、ガイアスは身体を捻り逃げようとしている。
「可能か?」
植物種にありがちな本能──大きく成長することが彼等にとっての生き甲斐だ。戦闘面では役に立ったことが無いがザックームには日々の光合成で蓄えられた栄養がある。
「オ任セセ下ササイ」
ザックームの幹に巻き付いた蔦が離れガイアスへと向かっていく。
蔦のように見えるアレは擬態した触手で捕まえた獲物を絡め取り栄養を奪うこともできる。
まあ今回はその逆をするわけだが。
「やめろっ!誰かっ……た、助けてくれぇ!!」
「心配するな、直ぐ楽になる」
触手から出た管はガイアスの血管に侵入し生成された栄養素を流し込んでいく。赤い血管が徐々に色を変え緑色へと変貌していく。
「やめろ!俺に触るなっ!………あ、あ~~っ、き、きもぢ……ィ~~」
部屋の中央で触手に巻取られたガイアスが奇声を上げている。身体は拒絶するように幾度も跳ね、口から涎を垂らしている。
「これしかないとはいえ……絵面がヤバいな」
「気持ち悪いですね」
ザックームの栄養素には中枢神経に作用する成分が含まれている。
投与されれば今まで感じたことのない多幸感に包まれるのだが、人間にも有効のようだ。
本来の使い方は簡易的な狂戦士を造るためのものだ。
大量に投与すると感覚器官が壊れるのか、痛みを感じることのない無敵の怪物を生み出すことができる。
再生能力も著しく向上するようで、半身を吹き飛ばされようとも半日は闘い続けた記録もある。
人間の適用量なんて知るわけもないが、ガイアスならどれだけ流し込まれても耐えれるのではないだろうか。
「アヘヘヘ~~」
白目を向き、正気とは思えない発言はともかく、ガイアスの肌艶は見るまに変わっていく。
元々生命力溢れる男だったのだ。人間離れした肉体と精神力が彼の強さの理由なのかもしれない。
あとは精神さえ正常であれば良いが、表情を見るからに戻って来れなさそうな印象を受ける。
「オオオ終リママシタ」
ザックームは寝台へとガイアスを降ろすと光が指す位置へと戻っていく。
種子が幾つか萎んでいるが、数日すれば元に戻るそうだ。
「俺に何をした…」
「あ、良かった正気だ」
目は血走っているものの、危惧していた精神面は問題ないらしい。
やはり人間らしからぬ生命力だ。
与えた栄養は全て最低限の生命維持に使われたらしく、ルフタルから受けた傷を癒すことはできなかったようだ。
とりあえず現在の状況を説明しようとアルガナスが口を開いた瞬間、ガイアスの正拳突きが眼前に迫る。
それは決闘時と比べると、驚くほど緩やかな拳速だった。わざわざ避ける必要も無い、当たる方が難しいほど焦点の定まらない一撃だ。
アルガナスは首を傾け、鱗で守られているものの比較的柔らかい部位である頬を拳へと向ける。
満身創痍で放つ一撃なぞ、竜の────それも魔王の身体に傷一つつけることはできない。
頬で受ければガイアスの拳が傷むこともない。この一発をもって詫びと禊としよう。
そう考えていたアルガナスとガイアスの間に、突然アルエルが割り込んだ。
拳が当たる寸前、アルエルの回し蹴りがガイアスの腹部にめり込み嫌な音を立てた。
「へ?」
アルガナスの口から間抜けな声が漏れた直後───
くの字に折れ曲がったガイアスの身体は後方に吹き飛ばされ、勢いのまま壁に叩きつけられる。
壁は崩れ、開放的になった隙間から冷たい風が入り込んできた。
「ワワワ私ノノ家ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「回復させたのにぃぃぃぃ!!」
見た目に騙されるが、アルエルも立派な魔族。種族能力とは関係の無い純粋な腕力を持っている。アルガナスと四天王ブロスに次ぐ怪力の持ち主だ。
もしガイアスが全快ならアルエルの攻撃では有効打にはならなかっただろう。だが今の弱った状態では避けるどころか致命傷だ。
「とどめを──」
「もうよい」
ガイアスは腹部を抑え悶絶している。口からは胃液が漏れ、血走った目でこちらを睨みつけている。
アルガナスは胸を撫で下ろすと同時に疑問を吐いた。
「何故また攻めてきた?結果はお前もよくわかっているだろう」
「……あれで決着が着いたと思うな!我々は決して魔族に降らんからな!」
ガイアスは口元を拭い、壁に手を着きながらなんとか立ち上がる。
膝は左右に震えており、立つのも辛そうだ。
「そう言われてもなぁ」
あの決闘が人類の総意ではないことはわかっていた。
おそらく手っ取り早く魔王を倒したいという欲が出た結果だ。
王が何かを決定する際、民衆に一々断りを入れることはない。
これは魔族だけではなく、人間も同じようだ。
自分の生命を、そうと知らずに秤に乗せられた民衆がそれを口にするのなら理解もできる。
自分達の命運をかけた決闘に『はいそうですか』と簡単に納得できる者はいないからだ。
だが当事者がそれを口にするのは如何なものか。
アルガナスは正々堂々と闘った。たった一人で、目的のために命を懸けたのだ。
勝つ自信こそあれ、そこに打算や悪計はなく、全てを掛ける覚悟で望んだのだ。
手前勝手に振る舞われるのは気分が悪い。
「そもそも決闘を持ちかけてきたのは貴様らだろうが」
「あんなもの上が勝手に決めただけだっ!!我々には関係ない!」
アルガナスの眉がピクリと跳ねる。
「いや関係はある。特に貴様は代表者だろう?その男が取り決めを反故にする行動をとるのはどういった理由からだ?もしや……魔王を殺せとでも国命を受けたか」
「そ、それは…」
ガイアスは苦悶するような表情を浮かべ、口を開き、閉じるを繰り返している。
何かを言わなければならない、だが言いたくはない。そんな感情だけが伝わってくる。
アルエルは相変わらず冷やかな顔のままだが、アルガナスはガイアスの気持ちがわかる気がした。
「頼む!先程の決闘無かったことにしてくれ!!」
ガイアスはそう言って膝を折り、額を床につけた。
チラリとアルエルの方を見れば、表情こそ変わらないが、小さく「うわぁ…」と呟きゴミを見るような冷たい視線を送っている。
この行為は獣が降参を認める時や害意が無いことを伝える行為に等しいのだとアルガナスは理解していた。
だが腹ではなく背中を見せるのは、多少の反抗心とプライドを感じる。
「世界を賭けた大勝負に敗北したのだ。その気持ちは分からんでもない。だが貴様も戦士であるなら結果を受け止めよ」
「恥を忍んで頼んでいる!このとおりだ!!」
「くどい!どれだけ頭を下げようが結果は変わらん!」
勢いよく上がったガイアスの顔は羞恥と絶望が混ざったような青黒い顔をしていた。
アルガナスの表情から、結果は覆らないことを悟ったガイアスは拳を握りしめ項垂れてしまった。
そして──────────
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
絶叫。
それは、アルエルの張り付いた表情を驚きで染めるほどの大絶叫が周囲を包み込んだ。
先程まで我関せずと、日光浴に勤しむザックームが防御姿勢をとっているのが視界の端に見えた。
「あんなのが…あんなのがっ!俺の望んだ決闘ではなぁい!!」
そう言って持ち上がった顔には大粒の涙が伝っていた。鼻水が大量に流れ、目は血走っている。
一ヶ月もの間、飲まず食わずで閉鎖空間に幽閉され、精神に異常をきたした。そこにザックームの投薬によって感情の振り幅がおかしくなってしまったのだろう。
そうであれば『攻撃』『嘆願』『癇癪』といった支離滅裂な行動にも納得がいく。
「やはり限界状態での投薬は危険のようですね」
どこからか取り出した用紙にアルエルは筆を走らせる。
チラリと横目で見れば人間の全身が描かれた紙に赤いマーク───おそらく点滴を受けた位置──が複数付けられている。
そしておおよその投薬量と『精神異常』と『幼児退行』と書き加えられている。
「いつの間にそんなものを…」
「人間の実験記録はありませんので、調度良いかと」
「うん、今はやめなさい」
二人のやり取りをよそに、ガイアスの拳が床に叩きつけられた。
ヒビの入った床を見て、ザックームが何か言いたげだったが、アルガナスは掌を向け それを制する。
「何がイケメン召喚士だ畜生!戦力にならねぇ癖に来んじゃねぇよ!!そもそも決戦二日前に出来た急ごしらえのパーティで魔王に挑むとか馬鹿げてるだろ!!」
ガイアスの視点は空を彷徨い、何者かを追っているようだった。
何も無いはずだが、本人には具体的な輪郭がはっきりと見えているのだろう。
アルエルの手元が速やかに動き『幻視』と書き加えられた。
「見栄え重視の鎧着てんじゃねぇよ!!胸丸出しとか死にてぇのかクソがぁぁぁ!!」
「……なにがあればここまで壊れるのだ」
アルガナスはアルエルに説明を求めるような視線を送った。
アルエルは私見ですが、と前置く。
「世界中から代表者を集めるのですから、折り合いをつけるのに手間取ったのでしょう。人間の世界では能力の有無ではなく血筋や金銭で地位を決めることがあるらしく利権が絡むことも多いと聞きます」
アルエルは哀れみの視線をガイアスへと向ける。
「察するに彼は、国家間の板挟みにあい、あの場に立つ能力が無い者達と組まされ録に準備もできないまま闘わされたのでしょう」
「あー、なるほど」
言われてみれば、戦闘中ガイアスは周りのフォローに奔走していたように見えた。
代表者ともなると癖の強い奴が多かっただろう。
確かに『イケメン召喚士』と呼ばれた男は他の者に比べると圧倒的に美しく見えたが、戦闘中の記憶はほとんど無い。
そもそもあの場にいたことすら忘れていた。
人間の世界は不思議な法やしきたりがあるものだとしみじみ思う。
仮に魔界で代表者を選ぶ必要があったとして、アルガナスの鶴の一言で終着する。たったそれだけの話なのだから。
記憶に残っているのは剣士オールアイ、魔術師クルス、武闘家ガイアス、聖騎士ジャンニの四人ぐらいだ。
回復術士はこちらへの攻撃手段が無いため放置でよかった。放っておけば勝手に魔力切れで倒れるだろうと予測してのことだ。
狙撃手は単に力量不足。アルガナスの硬い鱗を貫く程の能力を持っておらず、こちらも放置。
人間のパーティでは珍しいエルフ族だったことから記憶には残っている。
そして召喚士は──
アルガナスはこめかみを押さえる。
「いた……なぁ。うん、いたいた。後方でずっと魔法陣開いてた奴」
召喚士は使役した魔物を使って闘う職業だ。大抵は術者よりも弱い魔物しか使役することができない。
特別な絆や契約があれば強い魔物を使役できるが、イケメン召喚士とやらはそうではなかったようだ。
練度の低い召喚士が出す魔物では、強敵を前にしただけで本能的に戦意喪失してしまう。
召喚された魔物がこちらへ向かってこなかったことから召喚後、即逃亡していたのだろう。
後方が魔法陣の光でピカピカと輝いているが何の反応も無かったのはそれが理由だったのか。
「……なんか可哀想になってきた」
「魔王様、ほだされないで下さい」
ガイアスの実力はあのパーティでも随一だ。
環境さえ整っていれば、もう少し善戦出来ただろう。むしろあの状況で角を折ったのを褒めてやりたいくらいだ。
「同情なんていらん…さっさと殺せ」
「殺す気なんてないんだが…。というか本当に大丈夫か貴様」
ガイアスは既に泣き止んでおり、覚悟を決めたのか介錯を待つ罪人のように大人しくなっている。
本当に感情の起伏が激しい。
人間への投薬は今後しないほうが良いだろう。
今は副作用が出ないことをただ祈るのみだ。
「魔王様、一つよろしいでしょうか?」
アルガナスが頷くとアリエルは冷たい視線をガイアスへと向けた。
その視線はどこまでも冷たく、殺意を孕んでいる。
「この男を処刑する許可を頂けませんか」
「しょ、処刑!?こちらは和平を結びたいのだぞ?」
「だからこそです。現在、世界の支配権は魔王様のものです。これは人間側の複数の王族、支配者と協議した上で得た結果です。それを、事もあろうに代表者として闘った男が反故にする背信行為。適切な罰を与えるべきではないでしょうか」
「……うーむ。それはそうなのだが」
確かにアルエルの言う通りだ。
どのような背景があろうと、王を暗殺しようと不法入国した大罪人であることは変わらない。
魔界は人間界に比べれば無法地帯のようなものだが、国としての法や罰則も少なからず存在する。
そのほとんどはアルガナスの独断と偏見で決める流動的な法ではあるが、法は法だ。
内々で処理することは可能だが、まだ互いの情勢が不安定な時期に弱味になり得る前例は作るべきではない。
さらに人間のみならず、魔族からも侮られるようになるだろう。下等種族である人間に舐められる王なぞ相応しくないと謀反が起こるかもしれない。
その全てを叩き潰せる自信はあるが、今現在面倒事は増やしたくはない。
アルガナスが望んでいるのは人間との適切な関係性を構築することだ。
異国で法を犯したならばその国の法で裁かれ処罰を受けるのが筋というものだ。
魔界の法に則った処罰を行うのであれば斬首刑が相応しい。
ガイアスは代表者としての地位はあるが処刑したとしても人類全体から考えれば数十億分の一だ。大したことは無い。
だが────何かが引っかかる。
そもそも何故一人で来た。
パーティメンバーにろくな奴がいない事はよくわかった。それでもガイアス一人というのは無謀極まりない。
あの決闘で実力差がわからない程の凡夫では無い事はわかっている。これほどの男ならば人脈は広いだろう。もっと暗殺に長けた仲間を連れてくることだってできたはずだ。
血が上って正常な判断が下せなかっただけなのか、それともほかの意図があるのか。
肌で感じるこの薄気味の悪さ。
まるで巣穴の前に置かれた、丁寧に盛り付けられた食事を前にしているかのような違和感がある。
「ガイアスよ、信じられんとは思うがワシは人間を殺そうとは思ってはいない。ワシが望むのは世界平和であり人間との共存だ」
何者かが誂えた安飯に飛びつくほど魔王は安くはない。
面倒事に直面した時、アルガナスの思考回路はいつも同じように判断を下す。
「お前ら魔族の甘言を信じると思うか!」
「わかっておらぬな、そもそも貴様に信じて貰う必要などないのだ」
それは『相手の嫌がることをやれ』だ。
「ワシは魔王アルガナス。そうあれ、と望んだものを顕現させる力を持つ者なり」
アルガナスは羽根を大きく広げた。
「ワシがそう望むから世界は平和になるべきで、それ以上の理由など必要ない」
「なんだそれはっ!ふざけるのも大概にしろ!」
情緒不安定な人間に言われるのは癪だったが、同意と言わんばかりに頷いているアルエルを見たアルガナスは、喉元まで上がった言葉を無理やり嚥下させる。
「世界平和を唱えるのは……もっとこう、ちゃんとした────────」
「貴様の言い分もわかる。慈愛に溢れ、高潔な聖人ならば納得もできような」
「魔王様は冷酷、下劣、不潔ですからね」
「ちょっと黙っといてくれる?」
アルガナスは咳払いをし、ガイアスに向き直る。
「クックック……。まあ、ある意味では貴様も納得できるかもしれんな」
邪悪な笑みを浮かべるアルガナスに、ガイアスの表情が曇る。
離れた位置にいるザックームでさえ、種子を傾け一言も漏らさぬよう身動ぎをしている。
「魔王とは、文字通り魔族の王だ。多様な種──獣人種や竜、鳥獣種や不死種がこの地位に就き支配してきた。侵略も、魔界の領土奪還も既に過去の魔王共が成しておる。では、これら歴代の魔王を超えた王として名を残すにはどうすれば良いか、とワシは考え──そして思い付いた」
アルガナスは一呼吸置き、大きな握りこぶしを作る。鱗は立ち上がり小さく震えている。
「魔界史を全て覆すような歴史的大業とは!人間や魔族、他のどの種族も……誰一人として成し遂げたことの無い大業!!それは世界平和に他ならない!!」
「……………………………は?」
ガイアスは困惑した表情のまま瞳を数度瞬かせた。
納得がいってないのか、アルエルとザックームへ視線が移り、そして戻ってきた。
「考えてもみろ、血みどろの戦史を刻む生物同士が手を取り合うなんて誰が想像できる!?未だかつて成しえない……そう!!前人未到の大業だ!!もしそれを成したならば、アルガナスという名は魔界のみならず全世界で最も偉大な王、全能の王として世界史に!全種族の脳裏に!永遠に刻まれ誉めたたえられるに違いない!!」
「そ、それは……つまり…ただの……承認欲求では?」
ありえないといった表情を浮かべるガイアスにアルガナスは首を傾げる。
「それのどこがおかしい?貴様には無いのか?」
「世界平和を掲げるならもっとまともな理由があるだろ!なんというか…大義とか…そういう、もっと納得のいく答えが!」
「無いわそんなの」
アルガナスはつまらなさそうに鼻の頭を搔く。
もし一度でも世界平和が実現されていたのなら、今の目標とは全く違う物になっていたという確信がある。
「ふざけるな!あまりに幼稚すぎる!!発想が五歳児のそれだぞ!」
「それの何が悪い。では聞くが大義名分が無ければ善行をしてはいけないのか?魔族が平和を願ってはいけないのか?たとえ動機が不純でも結果的に平和になればそれでいいじゃないか。貴様に何か不利益があるのか?」
「ぐっ………たしかにそうだが」
「貴様の言うまともな理由というのがわからん。尊敬されたい、認められたい、誰よりも偉くなりたいというのは知性生物の持つ理想の根源だと思うぞ。そしてその賞賛を受けるのは全世界でワシだけが相応しい」
ガイアスは瞳を更に広げアルガナスとアルエルを交互に見ている。
先程の痛みは既に忘れている、というよりそれどころじゃないといった様子だ。
「傍若無人な考え方だとはワシ自身、理解しておる。しかしな…魔族が放つ口当たりの良い言葉よりもよほど納得のいく答えではないか?」
「言っておきますが魔王様は本気でそう思われてます。理解し難い内容ですが、四天王の方々にも同じ事を申しておりました」
思わぬ援護にアルガナスの尾が跳ねる。
この野望を打ち明けた時には難色を示していたが、協
力はしてくれるようだ。
突然吹いた風が、肌を撫で消えていく。
アリエルは顔にかかった髪を耳に掛けなおし、ガイアスは表情を悟らせまいと拳で口元を隠している。
その瞳は、あの日、決闘の舞台で対峙した頃を彷彿とさせる決意の籠った光で輝いている。
言葉を重ねるのは得意では無いし、これ以上の言葉は無粋に思える。
だが、最後に一つ。聞いておかねばならないことがある。
「さぁ代表者ガイアスよ、今この場で決めよ。この手を取り平和への一助となるか、その拳を魔王へと向けるか、だ」




