2話 対面
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次話は 6月3日 7:00 に投稿いたします。
「魔王様、こちらです」
むき出しの螺旋階段を降り、秘書のアルエルと共に予定の場所に向かう。
魔王城の北端にある塔の最下部。収容施設と拷問部屋が併設され、迷宮のように入り組んだ造りに無数の罠が張り巡らされた───『蓮華池』という名の場所へ。
魔界らしからぬ名を付けたのは初代魔王だとされている。
空間を池、螺旋階段は茎であり、魔王城は花。広がる迷宮は根を表していると何かの文献で読んだ記憶がある。
その予備知識をもってしても理解の及ばぬ考え方だ。
星座しかり、蓮華池しかり、何をどう見ればそう見えるのだろうか。先人たちの思考回路と想像力には驚かされる。
蓮華どころか草の根すら死に絶える場所で花だの池だのと、そんな華やかさとは対極の地につける名ではない。
アルガナスは茎の先─────階下へと視線を向けた。
アルエルの持つランタンの光でさえ見通すことのできない闇が辺りを包んでいる。
淀んだ空気は侵入者を寄せ付けまいとしているが、深みのある闇が手招きをするかのようにこちらを誘っているようにも見える。
「アルエルよ、ここは対話に相応しい場所とは思えないのだが……」
顔にまとわりつく霊魂を払いながらアルガナスは問いかける。
決闘後に捕虜は全て解放したはずだが、すすり泣くような声や断末魔の悲鳴が未だに聞こえてくる。
収容され死んでいった者達の魂が呻いているのだろう。
人間であれ魔族であれ深い念を持って死んだものは、魂が死ねずその場に留まることがある。
目には映らない幾万もの怨霊の気配だけが、この場所に満ち鬱憤を晴らす機会を伺っている。
叫び声なんて魔界の背景音楽に等しいが、聞いていて心地良いものではない。
それにこの異臭。血肉と汚物が混ざりあった刺激臭が壁に染み付いている。
鼻腔を殴りつけ目の奥まで響いてくる悪臭に耐えながらアルガナスは口を開いた。
「そもそも何故地下牢に入れる必要があった?」
「実は、魔王様が勝利された直後に単独で攻め入ってきた不届き者がおりまして」
「ほう!つまりは侵入者か!」
「喜ばないでください」
魔族は自己こそが唯一絶対であるという自負を持って生まれる。
その過信は資質と共に膨れ上がり、差はあれどある着地点を求める。
それが魔の頂きたる王──────魔王である。
そういった反逆者がでないように尽力してきた身としては大変に喜ばしいことではあるのだが、王へ挑み玉座についたアルガナスからしてみれば一縷の物足りなさと物悲しさを感じている。
安全、衛生的観点から全くの別物に変わってしまった催事を見ているかのようだ。
そんなアルガナスからすれば侵入者という忌むべき言葉も甘美な響へと変わる。
アルガナスが魔王として君臨し、久しく聞かなかった言葉だ。
たとえそれが人間であっても王へと挑まんとする者への敬意は変わらない。
「しかし単独とはなかなかに命知らずの愚か者だな」
「そのようです」
単独で敵陣に攻め入る胆力は認めるが誰が見ても無謀な行動だ。
こちらが手負いの今が最も確率が高いと踏んだのだろうか。確かに傷は完治していないが、それでもどこぞの馬の骨──それもたった一人の人間に負けるほど弱ってはいない。
かなりの自信家か、それとも自殺志願者か。どちらにせよ普通ではないだろう。
「だから喜ばないでください」
アルエルは左右に揺れるアルガナスの尾を怪訝そうに見つめる。
「四天王のルフタル様が捕獲に成功し幽閉したとの連絡を受けまして」
「うわぁ、よりにもよってアイツに見つかったのか……可哀想に」
アルガナスの配下で明確な階級を与えられているのはたった五体の魔族だけだ。
一人は魔王秘書のアルエル。
アルガナスが巻き起こす無理難題から細事に至る全てを解決する敏腕秘書。
そして残りの四体────戦闘能力が突出しているが故に魔王軍に強制加入させられた魔族達だ。
件のルフタルは魔族の中でも最も魔王に近い実力を持ち、 最も残虐で知られる。スライム種なのだが四天王の中では序列一位の実力者だ。
『人間を殺してはならない』というアルガナスからの命令が無ければ、捕獲されることなく死んでいただろう。それも凄惨なやり方で。
「魔王様、そちらではございませんよ」
その一言でアルガナスは我に帰る。 いつの間やら隣の道に入っていたらしい。
「ふぅ、危ない危ない」
「はぐれないでくださいね。見つけるの面倒なので」
「面倒って言うな」
螺旋階段を降りた先──────アルエルは更に深い闇の中へと迷うことなく進んでいく。
2、3度角を曲がったところでアルガナスの方向感覚は失われており、帰る道順すらわからない。
これはアルガナスの記憶力の問題もあるが、主に等間隔に配置された照明のせいだ。
右の通路も左の通路も、まるで鏡に映されたかのような精巧な作りが思考能力と記憶力を容易く奪い取る。
修復の魔法が全域にかかっているため傷を付けることは出来ず、侵入者は記憶力のみで脱出しなければならない。もしくは修復魔法を上回る物理、魔法的な脱出手段が考えられる。
製作者曰く、思考を凝らしたものよりも単純なほうが良い効果をもたらす事が多いのだと言う。
「んー、もっと……こうトゲトゲとか落とし穴とかあってもいいよなあ。あっ、転がる鉄球や酸の雨とかいいのではないか?」
「前から思ってましたが魔王様ってなんでも増やせば良いと思っている節がありますよね」
「いやそういう訳ではないんだが」
「あんな部屋に住まわれて、ご自覚無いのは少々驚きました」
確かに魔界産の鉱石やアイテム。差出人不明の人形や木彫りの竜、よくわからない絵画で自室の大半は埋まっている。
ただこれはアルガナスが好んで集めた訳ではなく、戦利品や貢物を部屋の隅に投げ捨てていたらできあがっただけだ。
「今度片付けに参ります」
「そ、それは必要無い!」
「何故でしょう?たまには掃除しないと目も良くなりませんよ」
「貴様はそう言って寝床を捨てるだろう」
「あれは寝床とは言いません。ただのゴミです」
アルガナスが好むのは干し藁を大量に敷き詰め踏み均したもので見た目は鳥の巣に近い。それも使い続けてしなびた藁であれば尚良く、徐々に変化していく過程も楽しみの一つだ。
干したばかりの藁に身体を擦り付け、形が合うように潰していく。一ヶ月もすれば黒く色付いた藁から独特の匂いが発生し、ようやく完成となる。
段々と自分好みに育っていく寝床を眺める。これに勝る喜びがあるだろうか。
だがいつも完成と同時にアルエル主導の清掃が入るため、現在ではダイアル付きの7つの南京錠と9つの反撃魔法を組み込み施錠している。
「悪臭が酷いと上階からクレームが来ておりますので」
「そんなの無視しろ、これは命令だ」
「拒否します」
「ワシ魔王ぞ!?」
アルエルの反論がアルガナスの体臭にまで移ったところで、ようやく目当ての場所に着いた。
大きく広がった部屋の中央には一人分の背もたれの無い椅子が置かれてある。
その周囲には拷問器具が丁寧に並べられており、ネジ回しや鋏、15cmを超える杭などが宙に浮き緩やかに旋回している。
照明は通路に対して異様に明るく、拷問器具の錆びたバネまではっきりと見えるほどだ。
牢はどの部屋からでも拷問器具が見えるように円状に広がっている。一部屋の最大収容人数は30人だと聞いてはいたが、この狭さでは座ることもままならない。
より一層と濃くなった臭いの元は拷問器具からではなく、牢屋の中から発せられている。
姿勢の強制。それがこの場で行われる最初の拷問のようだ。
決闘から一ヶ月経とうというのに、当時の面影は一切褪せずに残っている。主の帰りを今か今かと待っているのだろう。
「こちらがその不届き者です」
アルエルが一つの牢屋を指し、アルガナスの視線が移る。
鉄格子の先にやせ細った人間の姿が見えた。皮しかない背中から骨が飛び出している。
頬は痩け、眼球が飛び出し、皮膚の上から血管が見える。
口はだらしなく開いており、舌が力無く垂れている。
事前に人間だと聞いていなければ肉が多めに残った屍人にしか見えなかっただろう。
その男の人間らしからぬ虚ろな瞳とアルガナスの視線がぶつかった。
「なんか見たことある気がするぞ…」
どこか見覚えのある顔付きと横一直線に伸びた顔の生傷。後ろ手で縛られた手は幾つもの拳ダコが潰れ膨れ上がった巨拳。だが表面がひどくただれており、骨が覗いている。
そして耐久性よりも動きやすさを追求した軽鎧は無惨にも融解している。
既視感のある見た目もそうだが、なりよりもこの生命力。
アルガナスには魔力や生命力を感じる特殊器官が備えられており、識別した相手は大抵記憶している。
「あぁっ!!貴様!武闘家ガイアスか!!」
死闘を繰り広げた人間側の代表者、武闘家ガイアス。その以前の姿は見る影もないほど変わり果てていた。
「では対話をどうぞ」
「いやできるかぁ!!今にも死にそうだぞ!」
ガイアスは筋骨隆々で生気溢れる男だった。
闘いでは先頭に立ち、手加減していたとはいえアルガナスの攻撃を受けながらも生き残った人間だ。
大抵の人間なら尾を一振するだけで絶命するが、ガイアスは炎の息も生身で耐える偉丈夫だった。
それが、今では見るも無惨な姿に変わってしまっている。
「……お前、魔王………アルガナスか。ずいぶんと小さくなったな…」
声に力が無い。耳を澄ませてようやく聞こえる程度の声量で、死んでいないのが不思議なほど衰弱している。
「何故こんなに弱っておるのだ!?」
「それが……ルフタル様は幽閉後、コレの存在を忘れたらしく、つい先日報告を受けた時にはこうなってました」
「まさか飲まず食わずか!?」
「床や壁の一部が綺麗になってますから、染み出る水滴を舐めていたんでしょう」
言われて見ればこの牢屋だけ、壁に生えた苔が無くなっている。
縛られた手を使った形跡は無いものの露出した肌は擦れて血が滲んでいる。芋虫のように這いながら移動したのだろう。
頬が酷く擦れていることから、壁に顔を這わせながら食べたのだ。
ガイアスの舌は汚れと栄養失調から黒く変色しており歯型が浮かんでいた。
惨い仕打ちだ。
ルフタルの『忘れていた』という発言がどこまで本当かはわからないが、アイツの性格なら意図的にやりかねない。
「早く鍵を開けてやれ」
「よろしいので?」
「抵抗する力もあるまい」
アルエルは鍵を取り出した。錆び付いた扉が不快なきしみ音を上げ、緩やかに開くと、アルガナスは首を傾け扉を潜る。
ガイアスの瞳が一死報いようと輝くも、身体は限界を訴え横たわったままだ。
「ぜったいに…ころし……やる」
「わかったわかった」
何がこの男をそこまで駆り立てるのだろう。
決闘の傷も癒えていない身体で、何を思いここまで来たのか。
「ともかく今は治療だ」
アルガナスはガイアスとアルエルを小脇に抱えると転移の魔法を発動させた。




