1話 決闘の果てに
人類史の始まりから今日に至るまで続く戦争があった。
世界の支配者を名乗る魔王と、その配下である魔族に従属する魔物たちによって構成された『魔王軍』そしてエルフ、ドワーフ、人間の三種族による同盟で建軍された『世界連合軍』による戦争である。
魔王軍の布告無き侵攻により勃発した戦争は、あらゆる兵器、魔法によって地平を湾曲させるまでに至った。
更に放たれた魔物が本来の生態系と交わり異様な種を産み出したことによる戦災の発生。
魔王軍との直接戦闘と野生化した魔物による被害は世界総人口の三割を喰らい尽くしてもなお留まることを知らない。
生物的能力に勝る魔族を世界連合軍は圧倒的物量と人海戦術によって撃攘することに成功。その後、休戦協定が結ばれるも魔王によって一方的に破棄。
こうして争いは激化の一途を辿ることとなる。
世界連合軍は少数精鋭による魔王暗殺を謀り、これに成功。一時的な勝利を収めた。
そして現在────開戦から2400年。
三度の魔王討伐と二度の敗戦を刻んだ人類史は未だ厚みを増し続けていた。
もはや世界連合軍に前線を維持するだけの物資や人員は無い。
ならば、と世界連合軍は魔族にとある提案をする。
『代表者同士を争わせ、勝者側の陣営が支配権を獲得する』と。
これに現魔王も同意。綿密な話し合いの末、決定した条約を元に決闘が行われた。
世界連合軍代表
剣士オールアイ
魔術師クルス
回復術士エルメ
武闘家ガイアス
聖騎士ジャンニ・レテツィア
狙撃手ユー・フルミスト
召喚士クリストフ
魔王軍 代表
魔王アルガナス
数時間にも及ぶ死闘の末───世界の支配者が決定した。
「愚かな人間どもよ!このワシに勝てるとでも思ったか!」
魔王アルガナスは拳を振り唸り声を上げた。
魔王城───旺盛な執務室を飾る装飾品と美術品の中に動く人影が二つ。
一つは城主であるアルガナス、黒い鱗に覆われた雄の竜である。
頭部にある角は右側だけ折られており、身体中に巻かれた包帯も先の闘いの苛烈さを物語る。
後脚を組み柔らかな背もたれに身を預けているものの、本来の姿は山を思わせる巨躯の竜だ。
四足の竜であるアルガナスが、二足歩行が可能な人型へと形態変化させているのは居住区である城の設備が全て一般的な魔族のサイズを元に設計されているからであり、決して本意からではない。
アルガナスのように長寿の竜は古代竜と呼ばれ、魔力や能力において右に出るものはいない。今の姿も魔力を使い身体を縮めているに過ぎないが、元の姿と比べ能力も制限される。
その金の瞳は4000年という年月で白く濁っており、加齢による視力の低下が伺える。そして日頃の暴飲暴食により、蛇腹の主張が激しくなっていた。
「魔王様、もう少し落ち着いてください」
動くもう一つの影、魔王秘書のアルエル・ヴォン・エルカトル。
彼女は魔族と人の間に生まれた混血種であり、その有能さ故にアルガナス専属の秘書まで登りつめた逸材である。
家系上、人の血は一度しか交わっていないはずだがその容姿は人間にしか見えない。
腰まで伸びる赤い髪を編み丸く纏めている。大きく開いた瞳は青く、右の目尻の先に小さな黒子がある。
白いブラウスはシワひとつなく、本革のコルセットベルトが彼女の女性的なラインを強調している。
滑らかな腰つきよりも膝を惜しげも無く晒したスカートのほうが目のやり場に困る。
一度、それとなく服装について話をしてみたのだが「セクハラです」と一蹴されてしまった。
彼女の笑顔は久しく見ていない。職務上必要ないと言い切っており愛想笑いすら浮かべることも無い。まるで鉄面皮のようだが、口を開けば全方位に毒舌な女である。
「さて、これからどうしてやろうか」
アルガナスの顔がご馳走を前にした肉食獣のように歪む。
膨れ上がる感情を抑えきれず、尾の先が左右に揺れる。無遠慮な尾が執務机を叩くのも気にはしない。
アルガナスは感情を抑えるのが苦手である。ある一定の基準を超えると爆発的に感情が動き、その起伏は主に尾に表れる。
「魔王様、まだお考えは変わりませんか?」
アルエルの表情は一切変わらないが、不安と疑問が混ざった視線をぶつけてくる。
「もちろんだ。そのために闘ったのだからな」
代表者達を倒し、一ヶ月。アルガナスは人間界への比較的平和な進出を目論んでいた。
世界連合軍が魔族を根絶させようとしていたのに対して、アルガナスは和平を結ぼうと考えていた。
だが、その提案を受け入れる者は誰1人としていなかった。
そもそも魔族は自分より弱い者には従わない。特に魔族以外の生物を見下しており、同等と扱われることに対して強い拒否反応を示している。
そして世界連合軍側は、魔族に対して絶対的な猜疑心を抱いており和平交渉など行える雰囲気ではなかった。
「まあ、無理もないが…」
2400年───今更手を結ぶには、積み重ねた歴史と失ったものが大きくなりすぎた。
八世代もの魔王が及ぼした影響、そしてアルガナス本人が世界へと与えた被害を考えれば仕方の無いことと言える。
事実アルガナスが終戦を望み始めたのは、ここ100年での話だ。
暴虐の限りを尽くしてきた魔王が握手を求めたところで、一体誰が応じるというのか。
決して口には出さないが、魔王軍内でも今回の決定に否定的な者が多い。 アルエルの質問もそういった者達の総意だろう。
敵も味方も、賛同者が居らず、完全に手詰まりだった。そんな現状を打破するきっかけは、思いがけず世界連合軍からだった。
戦闘という、最も得意かつ単純な勝負内容にアルガナスが考えなしに飛びついたのはいうまでもない。
「代表戦であれば一対一の決闘だ」と勝手に思い込むほどには楽観視していたのだ。
指定された戦場に着くと、大砲を乗せた10の大型帆船に5000の兵士、200の魔術師と出で立ちの異なった7名が待ち構えていた。
歴代魔王最強を自負するアルガナスであったが「なんか多くない?」と声が漏れてしまうぐらいには壮大な出迎えであった。
「そちらが約束を反古された場合の備えであり、代表者は7名だから問題ないだろう」との言い分ではあったが、あの件に対してはまだ納得はしていない。
確かに代表者数についての指定や言及は無かったし、何人いてもやる事は変わらないのだが騙し討ちに等しいのではないか。
そうアルエルに愚痴を零せば「考え無しに行動するからです」と吐き捨てられた。
「ともかく勝ったから良いのだ、勝ったから」
正直、何度も肝を冷やした。
アルガナスが使う魔法の大半は広範囲に影響を与えるもので自由に使えば代表者のみならず、その場にいた全ての者を殺していただろう。
そうなれば終戦など絶対に実現しない。
得意な魔法は使用不可。そして人の脆さに配慮した物理攻撃を主軸に炎の息で体力を削る。
本気を出せば一瞬で片がつく勝負に数時間もかかった理由がこれだ。
「して、アルエルよ。返事はどうなった?」
「いくつか届いております」
勝利後、アルガナスは終戦記念と称したパーティーの開催を計画していた。
世界連合軍に属する国と民族、その数32ヶ国と14部族。その全てに参加の可否を問う書簡を送っていたのだ。
アルエルはアルガナスの前に丁寧に並べる。
様々な色調で飾られた書簡は上等な金属の筒に入っているもの、紙を紐で纏めただけのものや、石板を掘ったものまで多種多様だ。
人の国は種族によって文化が違うと聞いていたが、書簡1つでさえこれだけの差異が生まれるものなのか。
芸術には明るくはないが、細部にまで込められた装飾はどれも美しく目を奪われてしまう。
アルガナスはその中から一際目立つ装飾の書筒を取る。
筒の先にある突起のような装飾を回すと、中から王印を押された羊皮紙が飛び出した。
「え~~と、なになに…このたびは───文字が小さいなコレ」
アルガナスは一度視線を外し、目頭を強く揉みこんだ。
こういったとき、酷く老いを感じる。
歳を重ねるにつれ、異様に蓄積する疲労感と倦怠感。最近ではそれが目にくる。
薄らと白みがかったこの目では、筆圧が強くそして字間、行間を広めにとっている文章でなければ見ることが難しい。
引き出しを開け、拡大鏡を取り出す。
羊皮紙と拡大鏡を適度な位置で固定し、首を前後に動かすことで焦点を合わす。ときおり視界がぼやけるもなんとか読みといていく。
一時間ほどかけ、ようやくひとつを読み終えたアルガナスは肘を立てた左手に頭をもたれさせていた。
魔王軍の勝利を讃える書き出しから自国の現状へと移り、地理的観念からの断念と謝罪。そしてアルガナスの体調を気遣う言葉、魔界の発展を祈ったところで終わっている。
「長ったらしい書き方もそうだが………なによりこの申し訳なさそうな雰囲気が腹立つな」
「全てに目を通しましたが、他も同様でした」
「全部!?32ヶ国全てがか!?」
アリエルは表情を崩すことなく淡々と頷く。
「連合軍非加盟の国からは友好的な書簡が届いておりますが、如何しましょう?」
「……人間社会にも闇があるのだな」
世界連合軍と名乗っていても、その実加盟国は3分の2程度だ。
魔界から遠く離れた地域───とりわけ戦火の及ばない国は連合に加盟するデメリットのほうが大きいのだろう。
少なからず政治的制裁はあったようだが、自国で賄える国であれば痛くはない。
連合という目の上のタンコブが敗戦した今、彼らの友好的な態度の理由は想像にかたくない。
ここまで下心を隠す気がないと逆に清々しいとすら感じる。
むしろ、アルガナスが理解できないのは加盟国の行動に対してである。
程度の差はあれど、敗戦国の末路はどれも悲惨なものだ。
魔界であれば皆殺しは当たり前、血を絶やし国があった痕跡すら消し去ってしまう。
相手を絶滅させて初めて勝鬨をあげるのが魔族だ。
アルガナスが連合国に対して、そういった行為をする気が無いと見越しているのか。
はたまた同調圧力により足並みを乱せないのか。
どちらにせよ悠長なことだ。
アルガナスは拡大鏡を投げ出し背もたれに体を預けた。
「あー、人間って面倒な生物だ。なんか…頭痛が痛い」
「魔王様は戦闘以外ポンコツなんですから、あまり考えないほうがよろしいかと」
「そんなことないわ!」
頭痛の原因はわかっている。参加を断られたことによる心的動揺からくる偏頭痛だ。
「魔王様、支配権はこちらにあるのですから、従わない者は武力で言い聞かせれば良いのでは?」
首を傾げるアルエルを横目にアルガナスは溜息を吐いた。
歳のせいか肩を回せば骨がバキバキと鳴り、痛みが走る。周りをほぐせば一時的に緩和するものの、数分後には元通りだ。
「それだと意味がないのだ」
アルエルの言う通り命令するのは簡単だ。武力で抑圧し形だけの友好関係は築けるだろう。
だがアルガナスが目指すものとは違う。
抑圧した世界では必ず反発する者が生まれる。その感情はいつか群れになりこちらに襲いかかってくる。
そうなれば元の木阿弥──いや修復不可能なほどに悪化するだろう。
魔族は圧倒的な個による絶対王政だ。
『力あるものが正義』という思想が根付いており、強者の発言は、それがどれほど理不尽なものでも正しいと見なされる。
それが最も力ある者──魔王の発言ならば逆らえる者はおらず、その大小に関わらず勅命と遂行が必至であった。
とはいえ、生存戦略に直結した強迫観念が根底にある思想であるが故に魔王の座を狙う逆臣には当てはまらない。
連合軍に倒された魔王よりも同族に殺された魔王の方が多いぐらいだ。
魔族とは常に野心を持った獣であり、首輪をかけ紐で結ぼうが主人の首を狙い続ける習性がある。
魔王として長く君臨する為には手綱を緩ませることなく、信頼関係を結ぶことが重要であるとアルガナスは考えている。
定期的に配下の様子を視察することはもちろん、気遣いと激励の言葉をかけることを忘れない。
その甲斐あってか、弑逆が起こることなく比較的平和な統治を行えている。
そんな───歴代魔王最強でありながら、敗戦国にも多大な慈悲深さを示す王の誘いを断る存在がいるなどと、いまだに信じられない。
「しかし……困った」
決闘に勝てば全て丸く収まるものだと思っていたが、そうではないらしい。
アルガナスを前にした生物が取る行動は少々の差異あれど『服従』か『反発』に収束する。
服従を選んだ者には王に傅く権利を与え、反発を選んだ者には相応の痛みを。
アルガナスは常にその二択から自身が適切と思える対応をしてきた。
だが『傍観』という未知の一手を繰り出され、次の出し手が浮かばない。
「行きたいけどたぶん無理」などという断り文句の対処法など、どこで習えというのか。
「そこまで悩まれるのでしたら、いっそのこと滅ぼしてしまえば良いのでは」
「それはせぬ。平和的にいくと決めたのだ」
これまででわかったのは、人間と魔族には隔絶した思考体系があるということだ。
それを理解しない限り、歩み寄るのは不可能だろう。
非加盟国ならば友好的に話し合えるのだろうが、世界連合軍を刺激するような行動はなるべく避けたい。
となれば、個人あるいは小規模な集団との対話が相応しい。
「アルエル。その…人間の知り合いはおらんか?居たらで良いのだが…」
「いません」
アルエルの顔は変わらないままだったが、どこか不快そうな色を滲ませた。
「そうか…いらぬことを聞いた」
人間の血が混じったアルエルであればアテがあるかと思ったがそう上手くはいかないらしい。
「お望みとあれば捕獲してきますが」
「そういうことじゃない。何度も言うが友好的にいきたいのだ」
「では………誰でも良いのであれば、一人心当たりがあります」
その一言にアルガナスの尾が高く吊り上がった。
「本当か!!その者はどこにいる!?」
「地下牢です」
お読みいただき感謝いたします。
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第2話は 6月2日 7:00投稿になります。




