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26話 待ち人来る

 

 勧誘に失敗してから1日が経った。


 遠くの空は白んできたが都市を包む影は未だ濃い。

 灯台の光は境界線が生まれ始めた海を照らしてはいるものの、それを頼りにする船舶は確認できない。



 都市全体が霧に包まれた早朝──────

 アルガナスは怒り冷めやらぬまま商業ギルドに向かっていた。



 未だ腹の中はふつふつと煮立っている。



 冒険者から見れば、長年争ってきた相手からいきなり呼び出され脅迫されたのだから反発は必至である。

 


 そう考えると、アルガナスの怒りは理不尽極まりない。

 自滅的思考とはいえ本人がそれを良しとしたのならば他人が口を挟む余地は無い。

 それは本人も自覚しているが、へりくだることを知らぬ魔王は怒りの冷まし方もわからないでいた。


 



 アルエルが運んでいる荷車が小石を噛み鈍い音を上げた。



 荷台に載せているのは魔界から持ち出した鉱石と植物である。

 植物は食用に適した物を、種、苗木、実と分けて持ち込みそれぞれを提出する予定だ。


 事前に人体への影響の有無は確認しており、あとは登録を待つのみとなっている。

 どこで確認したのかは不明だが、アルエルがそう言うのだから問題は無いと言い切れる。



 並行して商業ギルドで人材募集の張り紙をする予定もある。


 業務内容、募集人材数、報酬と。必要最低限のみを記載したそれを500部ほど用意してある。


 五指を持つ魔族を総動員し徹夜で仕上げさせたそれを商業ギルドだけではなく、酒場や人の集まりそうなところにも満遍なく張り出すつもりである。


 もしこれでも集まらなければ事業計画自体を見直す必要があり、ハーフバーグからの撤退も視野に入れるつもりだ。



 アルガナスはふと、先行するアルエルの荷車が止まったことに気付いた。



「ここは商業ギルドのはずではなかったかな?」



正解(おうとり)ますよ。ボクらは個人的にアルガナスはんに用があってん」



「ワシは無い、去れ」


「いけずなこと言わんと話ぐらい聞いていいんとちゃいます?」


 アルガナスは時雨から顔を背け、商業ギルドの扉に手をかけ──────



「今までの非礼を詫びに来たんだ」



 ──────キースの一言で静止した。



「改めて、俺がアンタにしてきたこと謝罪させてほしい。本当に申し訳なかった」


「……謝罪も何もあれが真意であろう?魔族と人間、相容れぬことは珍しくもない」


「たしかにそうだが…俺の場合個人的な問題をアンタにぶつけてた」


 キースはアルガナスの手が扉から離れたのを確認し、深々と頭を下げる。

 遅れて冒険者達も頭を下げた。



「本当に申し訳なかった」


「謝罪は受け入れよう。……で?気は済んだだろう。なら何処へでも行ってしまえ」



「魔王様がスネても可愛くないですよ」


「スネとらんわ」


 アルガナスは大きなため息を吐いてから冒険者へと向き直った。


 彼らの視線は昨日までの虚勢と見栄に溢れたそれではなく、野心と決意に満ちた色をしている。


 それは遙か昔に相対した冒険者達を彷彿とさせる充分な輝きがある。


 たった一日で何があったというのか。

 心変わりにしては早すぎる。


「俺達にもう一度チャンスをくれないか?」


「断る。貴様らも雄なら自分の発言に責任を持て」



 雇い主を気にしない失業者ぐらい、この都市に溢れているだろう。商業ギルドから正式に募集をかければ直ぐに人員は集まると推測している。


 人材としては彼らのほうが適性だが、必ずしも彼らである必要はない。


 それに『一度は断ったけどやっぱり働きたい』とふざけたことをぬかす。

 はっきり言って心象は悪い。


「なぁアルガナスはん。ちょいとええかな」


「次は貴様か、さっさと要件を済ませろ。ワシは忙しい」


 時雨は袖から出した2枚の紙をアルガナスに突きつける。表面にある紙にはワイバーンの部位が事細かく描かれ、丸の付いている箇所に引かれた線の先に金額が書かれてある。


「ワイバーンの料金まだ貰ろうてへんのやけど」


「そ、それは換金が終わり次第払うと言っただろ」


 換金所での査定はその日のうちに終わったが、額が大きくなりすぎて準備に時間がかかった。


 アルガナスはそれを待つ間、一度旅館に戻り夜食を楽しむつもりでいた。しかしヤケ酒に走りそのまま眠り落ちてしまった。


 目覚めたときには深夜。

 星が空で煌めいているのを確認したアルガナスが二度寝に走ったのは言うまでもない。


 こんな早朝では商業ギルド、冒険者ギルド以外の店は開いていないだろう。換金所はおろか酒場だって店じまいしている。それでも時雨は完全に取り立てる気だ。



「……そこの荷台の中から────」


「価値のわからんもんは嫌や。それにアルガナスはんがおっきくなって壊した広場の分も出して貰わんとアカンし」


 時雨は紙の上下を反転させる。

 そこには被害総額と補修工事の明細。そして完成日時と契約会社のサインが書かれており、宛名の欄にはアルガナスの名がデカデカと書かれてある。



「直ぐに換金所に行って金を用意する」



「アカン、今!この場で耳揃えて払って貰わなあきまへんわ。ボクに冒険者(みんな)を呼び出してってお願いするだけして、ボクのお願いは聞いてくれへんのやなぁ」


「それは貴様にも利があるから──────」



「ボクの可愛い子らを引き抜こうとしといて、そういうこと言うんや。悲しいわぁ、アルガナスはんってそういう人なんやなぁ」



 やはりこの男は嫌いだ。


 さっさと要求を言えば良いものの、わざわざ周りくどい言い方で責め立ててくる。

 子供の駄々のような台詞や態度は無性に腹が立つ。


 たしかに支払いが遅れたのは事実だが、言い方ってものがある。


「………要件はなんだ」


「さっすが魔王さん話が早くて助かるわ。ボクの望みはこの子らにチャンスを与える、ただそれだけや」



 アルガナスは後頭部を掻きむしる。



 別に恩情を与えるぐらい簡単なことだ。



 計画は何も進んでおらず、募集すらできていない。

 荒事に慣れた冒険者のほうが適性は高く、望んでいる人材であることは間違いない。



 それに──────

 彼らがさっきまで座っていた場所だけは湿っていない。

 霧が濃く底冷えするこんな日に、いつ来るかわからない相手を待ち続けていたのだろう。


 彼らがいつからここに居たのかは知る由もないが、その健気な行動に報いてやってもバチは当たらないのではないか。



 ただ時雨に言われるがまま行動するのが、なんとなく癪に障るというだけで。




「魔王様、一度くらいならば良いのではないでしょうか」


 予期せぬ方向からの支援にアルガナスの目が瞬く。


 人間を嫌っていたはずのアルエルが言うセリフとは思えない。

 心境の変化に驚いていると彼女は続けて───



「そのほうが私の手間が減りますので」


「あ、そういうこと」



 普段の秘書業務──────四天王からの報告書の確認、魔王城の管理に加えて装備の発注、鑑定庁への申請と彼女が受け持つ業務が増えている。


 新人教育と事業の運営も頼む予定であるし手間を減らせるのであればそうすべきだ。


 アルエルのためというならやぶさかではない。


「……あーわかったわかった、アルエルに免じてチャンスをくれてやる」


「感謝する!」


「さすがは魔王さん、寛大やわ」


「その代わり採用試験を設けさせてもらう。いいな?」



 彼らの装備は一新されており決意も充分。

 ようやく冒険者らしい生き生きとした顔付きになった。

 であれば魔王の新事業に相応しい人材となるのではないか。



 それに認めるのは気恥しいが、挑戦する彼らの姿がやけに眩しく心惹かれているのも事実だ。


 障害に立ち向かおうと奮闘する姿はどの種族でも美しく見える。こういった若者に弱いのはきっと歳のせいに違いない。


「次は無いからな、その気で挑め」


「ああ!!」



 謝意を示す冒険者を他所にアルガナスは思考を回転させていた。


 そうは言ったものの採用試験の準備なんてしているはずもなく──────今すぐに思いつかねばならない。




 人間社会ではどのような試験を実施しているのだろう。そして配送業務に相応しいのは何だろうか。



 まず思い浮かべたのは地理学。

 だが配送場所も決まっておらず、人間界の地理に疎いのはこちらのほうだ。


 ならば学力はどうだろうか。

 これも却下だ。人間社会の平均学力など知っている訳がなく、問題の準備にも時間がかかる。


 考えても埒が明かない。

 とりあえず魔界流の採用試験を受けてもらうことにしよう。







 汝──────その力を示せ、だ。

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