25話 エンカウント②
それは連鎖的に起こった。
手のひらから滑り落ちた剣が石畳とぶつかり硬質な音を立てた。
ひとつ落ちれば、ふたつめが続くのに時間はかからない。
にわか雨のように広がり始める落下音。局所的な激しさをもたらし、冒険者の頭を垂れさせる。
抵抗や反発を選ぶものは誰もいなかった。
彼らにできたことといえば、身を震わせ武器を捨て降伏を示すことだけだ。
「それが真意であろうが」
アルガナスは吐き捨てるように言った。
目の前の脅威から顔を背け、武器を捨てる。
冒険者だ、魔族だ、などと宣うがその実考えていることは自己保身のみ。
何が冒険者、何が裏切りだ。
たった一撃すら見舞う勇気も無いクセに笑わせるな。
過去に対峙したどの冒険者も、この程度で戦意喪失する者は誰1人としていなかった。
腕がちぎれようと、足が吹き飛ぼうとも、絶命するその瞬間まで闘い続けた。
それが今や見る影も無く─────この程度の人間が冒険者と名乗ることすら腹立たしい。
「時雨よ、依頼は取り消す」
アルガナスは時雨にそう言うと、魔法を使い身体を縮める。
時間の無駄だった。
彼らにとって冒険者という職業は外観を取り繕うための道具でしかない。
現状を変える努力もしないクセに不平不満は人並み以上。
実力は低く使命感も無く、ただ漫然と日々を過ごす。
そんな彼らにとって今のギルドはさぞ居心地良かったことだろう。
己の不甲斐なさを時代のせいにして、時雨から与えられるおこぼれをただ喰らうだけの日々は。
アルガナスは床に転がった武器を眺める。
矢筒から零れた矢の羽根はふたつに割れている。抜け落ちたのではなく手入れを怠り放置し続けた結果なのだろう。
長剣は刃こぼれを起こし、柄の革紐は今にも切れそうだ。
鉱石が不足しているとは聞いているが、仕事道具の整備すらままならないらしい。
環境は常に変わり続ける。
それは天変地異であったり、気象変化であったり、または人災から引き起こされる場合もある。
生物は種を繋ぐために、それに立ち向かい続ける。
取り入れ、進化し、適応する。
それが『生きる』ということなのだとアルガナスは思っている。
冒険者パーティの大半が解散し、市民は新天地を求めて移動を始めたと聞いた。
それは理解できる。
群れを変えることもナワバリを変えることも、適応するための手段であるからだ。
だがこの場にいる冒険者達はそれに立ち向かうこともなく、停滞を選んだ。
それも自らの手で環境改善に取り組むこともなく、ただいたずらに留まっただけだ。
適応できない種を待ち受けるのは─────絶滅である。
自滅に向かう怠慢さはアルガナスにとって理解不能である。
そしてそれをギルドへの裏切りだと理由付ける精神性も。
アルガナスが魔族ではなく人間であれば、彼らは誘いに乗っただろうか。
いやおそらくそれはない。
魔族が猛威を振るう世界では冒険者は羨望を集める職業である。
事実、冒険譚の主人公は王子や冒険者に集約される。
冒険者に階級というものが存在するのもその権威を可視化するためだ。
彼らはその権威を捨ててまで魔王の下で働こうとは思わないだろう。
アルガナスはこれから世界平和のために躍進する。
そうして冒険者という職業は必ず衰退していく。
そのとき彼らは何を思うのか。
いや、もう考えるのはよそう。
彼らが微睡みの中で息絶える───そのときまで。
アルガナスは剣を投げ捨てた。
そして冒険者を一瞥することなく場を後にした。
「どいつもこいつも辛気臭せぇ顔しやがって」
ハーフバーグ5区 酒場『三本槍』
冒険者で埋め尽くされたテーブルを見て、店主は嘆きながらそう言った。
「なんら文句あんのやマスター?」
「そうら!金落としてやってらから!」
冒険者達は既にできあがっている。
紅のように染まった顔から不明瞭な言葉が漏れる。
「お前らのどこにそんな金あんだよ」
酒場の店主はそう言って木製のゴブレットを取り上げた。
普段なら酒に合わせ提供方法を細かく変えるが悪酔いしそうな相手にはゴブレット一択だ。
木樽ジョッキやエールジョッキは金属部分を歪められた過去があるため、こういった場合は提供しないことにしている。
ゴブレットは店主の手製である。
木こりのツケ代として徴収した木材を加工し作った愛用品である。
ゴブレットはワイングラスに比べて持ち手が短い。酔いどれ共に相応しい耐久性と安定性かつ自作により安価で手に入る。
今ではその数は20を越し、装飾に凝るまでに至った。
「たくっ、揃いも揃って押しかけやがって」
この不況で、どの冒険者も酒に費やす貯金など無いはずだ。
だというのに、A級からC級までそろい踏みだ。
長年カウンターに立ち続けると、酒の飲み方で大抵のことはわかるようになってきた。
祝い酒、絡み酒、ヤケ酒─────
表向きは笑顔でも腹の底に抱えてるものまでは明かさない奴だっている。
飲み方は好きにすればいい。
酒はそのためにある。
ただ最後には、笑って明日を迎えれるようにするのなら『三本槍』は歓迎する。
だというのに、ここにいる奴らは総じて現実逃避のために酒を飲んでいる。
明日のことなんて考えてない。破滅的な飲み方だ。
そんな冒険者達の中にあって、ただ1人キースだけが出された酒に手を付けていない。
「テメェらにゃ酒はもったいねぇ!その水飲んだら出ていきやがれ!」
冒険者は口々に文句を言い始めたが店主が睨みつけると、そそくさと酒場を後にした。
「たくっ!営業妨害で通報してやろうか」
店主はゴブレットを指の隙間に挟めるだけ挟む。
両手合わせて13個のゴブレットをカウンターへと戻し、丁寧に洗っていく。
チラリと、カウンター席に座ったままのキースを見る。
キースは両腕を膝の上に置き、ただグラスを眺め続けている。
酒場に入ってきたときから様子がおかしい。
普段であれば携帯している武器も無いようだ。
「テメェもそのままなら追い出すぞ」
ここは酒場だ。
飲まない奴もまたお断りなのである。
キースは何も言わず、ただグラスを見つめ続ける。
いつもであれば軽口を叩きながら、愚痴を零して飲んでいたはずなのに。
どうやらパーティが解散したとき以上に重症のようだ。
「ナンパ待ちの女じゃねぇんだからよ」
「そんなつもりじゃねぇよ」
「お?ようやく喋りやがった。いつもの軽口はどうしたんだよ」
「るせぇ」
「ハイハイ」
店主はゴブレットを片付けると、一本のワインボトルを取り出した。
その後、出入り口へと向かい看板に『閉店』と書かれた立て札をかける。
そして一つ分スペースを空けて、キースの横のカウンター席に座った。
カウンターに背中を預けながらワインボトルに口をつける。
キースは正面を向いたまま、嘆声を零す。
「店主が酒飲むのかよ」
「あん?これは俺の酒だ。売ろうが飲もうが俺の勝手だろ」
そういって更にワインをあおる。
高級ワインはどう飲もうが美味い。
値段を気にせず飲めるのであれば、だが。
「無口になるぐらい鼻っ柱がへし折られたか」
「なんでアンタが知って───」
「おいおいここがどこか忘れたか?」
キースの顔が羞恥心から真っ赤に染まる。
「くそっ」と呟くと、ようやくグラスに手をかけた。
と言っても知ってることといえば魔王がやってきて冒険者と一悶着あった、ということぐらいだ。
魔王と誰が揉めたかまでは知らなかったが、その当事者本人が教えてくれることになるとは思ってもみなかった。
「若いねぇー」
店主はそう言ってクックッと笑う。
A級冒険者とはいえ青臭さはまだ健在らしい。
「それで何があったんだ?」
あの盛況ぶりを見ると、キース以外にも何かあったらしい。冒険者達の根底を揺るがしかねない何かが。
ただ、反抗もせずこんな場所で飲んだくれるぐらいには元気なようだが。
キースは口を開いては閉じ、逡巡する。
そしてグラスをあおり、口元を袖で乱暴に拭ってからポツポツと話始めた。
「────なるほどな。それで?お前はどうするんだ?」
「どうするって何をだ」
「誘われたんだろ?行くのか?」
「行くわけねぇだろ!!」
キースはカウンターに両手をついて立ち上がる。
途端に酒が周り、ふらつきそうになるのをなんとか堪えている。
「酒弱ぇんだから急に動くなって」
店主はキースを椅子に座るよう促してから続ける。
「このご時世仕事があるっていい事だぞ?しかも向こうから声かけてくれるなんて滅多にないぜ」
「相手は魔王だぞ……」
「はっはっは。それこそ光栄じゃねぇか。しかも空飛べるってんだ、おもしれぇと思うがね」
俺も若ければなぁ、と呟く店主にキースは問いかける。
「魔族が憎くねぇのかよ」
キースの視線が右手に集中する。
魔物に食いちぎられたときのことを指しているらしい。
たしかにあの時は不甲斐ない自分に腹が立ったし、怒りの矛先をあろうことか仲間へと向けたこともある。
だが、魔物に怒りをぶつけたことはない。
店主は右手を撫でながら、当時を振り返る。
依頼内容は『白狼の討伐』
斥候による下調べでは群れの数は10頭。周囲には他に魔物の姿は無く、簡単な仕事かに思えた。
だがそれは罠だった。
白狼の群れはふたつあった。
片方の群れを囮に使い、もうひとつの群れで挟撃する。
パーティの隊列は崩れ、死が迫っていた。
依頼はなんとか達成することはできたが、俺は右手の一部を失い、仲間の一人は左足を失った。
それでも魔物を恨む気持ちはこれっぽっちもない。
おかしな話だと思われるだろうが、あれは尋常の勝負だった。
俺と白狼。生き残るために互いが全力を出した結果であり、それ以上でもそれ以下でもない。
魔族に親しい人を殺された人もいるだろう。
そうした人が魔族を憎むのは当然だし、その感情は正しいとも思う。
ただ俺はそうは思わなかった。ただそれだけだ。
「どうしたら良いかわかんねえんだよ」
キースはカウンターに突っ伏した。
水は手元にないので、ワインボトルの酒をグラスに注いでやる。
丸く削った氷はまだ残っており、ワインには合わないことはわかっている。
だが下戸であるキースが飲むのなら薄まったぐらいが丁度良い。
「どうすべきか、じゃなくてテメェがどうしたいか、じゃねえのか。仕事なんてもんはそう決めたほうが続くもんだぜ」
何を勘違いしているのか、自分がギルドを背負ってると思い込んでいる。
最近の若者は皆そうだ。
冒険譚だの、噂話だの、そんなものに振り回されて冒険者という職業を何か特別なものと思い込んでいる。
冒険者なんてただの仕事を斡旋されている個人事業主となんら変わりはない。
立派な職業だが、美化し過ぎるのも間違っている。
「なあ、知ってるか?冒険者ってのは最初は農民の集まりだって話」
「…………聞いたことも無ぇ」
「今みてえに世界連合軍ていう対魔王軍組織が無かった頃、魔物や魔族の対応は全部そこにいた民衆がやってたんだ」
キースは顔だけをこちらに向け、話を聞いている。
「始まりは小さな自警団だったそうだぜ。そうした取り組みが徐々に広がってデカイ集団になったらしい。んで、国のエラい人達がその脅威を恐れて組織化したって」
店主はボトルをカウンターに置くと、天井を見上げた。
染みと紙タバコで汚れた天井は様々な模様を作り出している。
「それだとやるべきことやった結果じゃねぇか」
「まあな。だがよこの話で大事なのは農民が武器を取ったところだ」
店主は懐から取り出した紙タバコに火をつける。
白く上がった煙は天井に届く前に消えてしまった。
「つまりな、何にだってなれるってことだ」
自警団が結成された時はまともな武器なんてなかった。
武器と男手は国に取り上げられ、残っていたのは年老りや傷痍兵、女と子供だったそうだ。
そんな逆境の中でも立ち向かうことを止めず、生きることを選択し続けた。
鍬や鋤を片手に防具は鉄鍋を使い。農具が足りなくなれば木を加工しただけの槍を持って女も子供も闘った。
人間は強い。
どんな相手だって、どんな環境でさえ、闘い抜く強さを持っている。
環境がどれだけ厳しくなっても
時代がどれほど変わろうとそれだけは変わらない。
キースは黙って立ち上がった。
グラスに入ったワイン──氷で薄くなったそれを飲み干すと、揺れる足で歩き出す。
年季の入ったスイングドアが不快な音を立てながら彼を見送る。
キースの姿が完全に見えなくなると、店主はワインボトルを手に取り高く掲げた。
「─────若人の新たな門出に、乾杯」




