27話 倒せ!ワイバーン
暗転した視界が開け、目の前に広がったのは鬱蒼と広がる緑。
それが森であることに彼らが気付くには、転移魔法独特の不快感が邪魔をしているようだ。
「ここは──────」
「キースとやら、貴様の察しのとおりだ」
ハーフバーグ自然公園予定地──────またの名をワイバーンの巣。
この場所に訪れたことのあるキースだからこそ、いち早く気付くことができたようだ。
冒険者と時雨は打ち付けた尻を労りながら、周囲を確認している。
「さて試験内容を説明する」
アルガナスは指を弾き、ワイバーンを呼び出す。
無数の穴からワイバーンが姿を現し飛び上がった。
翼をたたみ、急降下したかと思えば地表直前で浮き上がる。
重力を感じさせないような鮮やかな着地だ。
土煙さえ上がらないのは隠密、奇襲に特化した魔物であることを思い起こさせる。
ワイバーンは全快とはいかないが、体力は戻っているらしい。皮膚には艶が戻り、異様に突き出た腹も元通りになっている。
これならば試験内容的にも申し分ないだろう。
「貴様らにはこの中からパートナーとなる一匹を選び闘ってもらう。もちろん殺すつもりで挑んでもらって構わない。倒せた者を合格とする、以上だ」
魔物は自分よりも弱いものには従わない。
その習性を逆手に取り、彼らが上位者であると植え付けるのが目的だ。
アルガナスの命令で無理やり従わせるのは簡単だが、それでは人間に敬意を持つことは無い。
一人と一匹が小さな群れとして機能しなければならない。互いに信用し協力し合う。それこそがアルガナスの理想であるからだ。
アルガナスは無作為に割り当てるのではなく、冒険者自身に選択させ闘わせる方法を選んだ。
勝利はもちろん大前提。
だが、その勝利を導くまでの算段を立てれるかどうかを見ている。
自分が勝てそうな個体を選ぶのか。または業務に適した大きな個体を選ぶのか。御し易そうな性格を選ぶのか。
三者三葉、選択は自由だ。
その選択でどんな人間かなんとなくわかるだろう。
はっきり言うと、キース以外の冒険者は誰一人として覚えていない。
キース以外の冒険者は軒並み平凡かそれ以下の者ばかりで特筆すべき点は見当たらない。
選択だけでも目を見張るものがあれば良いのだが。
「俺はアイツにする」
一番に動いたのはキースだ。
一際身体の大きいワイバーンを選択したようだ。
本人は知ってか知らずか群れの長である雌個体。
おそらく統率していた雄が亡くなり、番である雌が群れを引き継いだのだろう。出産歴は無く、気性は荒そうだ。
「ほれ、貴様らもさっさと選ばんか」
見ていただけの冒険者達も慌てて選び始めた。
これはスポーツでは無い。開始の合図なんてものは存在せず、選ばれた瞬間ワイバーンは牙を向いて冒険者へと向かっていく。
「しまった、何か食い物でも持ってくれば良かった」
選ばれなかったものを巣へと誘導しながらアルガナスは呟く。
「そう言うと思って持ってきとりますよ」
「おお、気が利くな」
アルガナスは時雨から渡されたサンドイッチを咀嚼しながら、冒険者達を眺める。
ワイバーンには全力で冒険者を倒せと命令している。殺すことはないだろうが、だからといって甘くみれば大事故になりかねない。
ワイバーンの武器はなんといってもあの鉤爪だ。
生身の人間であれば簡単に引き裂けるほどの鋭さと握力を持つ。
一対一での勝負は空を飛べるワイバーンの方に分があるだろう。それだけ冒険者との実力はかけ離れている。
「アルガナスはん、ちょいと賭けでも──────」
「のった!!」
「はっや!ちゃんと内容聞いてから返事したほうがええで」
好奇心を刺激され、アルガナスの尾がピクリと跳ねる。こういったものに目がなく、勝負事は三度の飯と間食よりも大好物だ。
「して、内容は?」
「そうやねぇ、あの子らが何人受かるか、でええんちゃう?」
「了解した。勝てば何を貰えるのかな?」
「相手の言うことなんでもひとつ聞く、ならどうやろか」
あっけらかんと提案する時雨に対してアルガナスは全身の血が沸き立つような感覚に陥った。
この人間は自分が何を言っているのかわかっているのか。
一国の王であるアルガナスと小さな事業所を構えるだけの人間では応えられる願いも変わってくる。
不平等な賭物であり、口約束でしていい範疇を超えた大勝負となる。
そしてその勝負内容は『何人が受かるか』
試験を受けているのはキースを含めて8名。その全員が時雨の手の者である。
随分と時雨に有利な賭けである。
アルガナスが手を加えようにもただの魔物であるワイバーンでは細かい命令はできない。
操作感で言えば0か100。殺るか殺らないか程度の選択しかない。
それでも必勝法はある。
例えば全員が受かるように賭け、ワイバーンに全力で手を抜かせばアルガナスは勝つことができる。
だがそれでは時雨の思う壺である。
時雨の狙いは冒険者達が新たな生き方を見つけることであり、賭け自体に意味は無い。
アルガナスにとっても冒険者達が何人受かろうが計画に支障は無いので賭けの勝敗は対して気にはしていない。
ただ全力で向かってくる冒険者に対して礼を欠く行為であり、それはアルガナス自身が最も嫌悪する行為である。
ただこのままでは十中八九アルガナスに勝ち目は無い。まあ、だからこそ面白いのだが。
勝敗よりも時雨の願いというものが気にはなる。
分不相応な大願を求めるのか、それとも些細な願いを叶えるのか──────見物である。
「3人だ」
「ならボクは全員で」
かなり豪胆な選択だ。
操作しようのない尋常の勝負をお望みらしい。
この男がなんの準備をせず望むはずもなく、それほど自信があるということだ。
一番乗りをあげたのは、やはりキースだった。
装備に変化はない。防御力よりも動きやすさを追求した軽鎧ではワイバーンの鉤爪が接触すれば中身ごと引き裂かれる。
それでもキースの表情に恐怖は無い。
空中から襲いかかるワイバーンの攻撃を皮一枚で避けてからの一刀。
鞘に差したままの剣を頭部に叩きつけた。
ワイバーンは勢いのまま地面に接触し轍を作りながら失速した。
本気でやればワイバーンの頭蓋骨を容易く砕き即死させることもできただろうに、脳震盪を起こさせる程度に留めている。
やはり一対一の勝負であればキースの技能は活きる。
単純に向かってくるだけの相手ならまず負けることはないだろう。
順当な勝利であり彼が負けるとはそもそも思っていない。
それでも綿密に打ち合わせされた観劇を見ているかのような見事な一撃に、アルガナスはつい感嘆の息を漏らす。
「何故殺さぬのだ?ワイバーンなら蘇生も容易いが」
「これからパートナーになる奴を殺すわけにはいかねぇだろ──────です」
「ふむ。なかなかに人間らしい考えだ」
アルガナスにとって魔物は道具にほかならない。
用が済めば使い捨てるだけの存在だが、彼らにとってはそうではなくなったらしい。
とって付けたような敬語はさておき、他の冒険者へと視線を移す。
アルガナスの予想に反して冒険者達は意外にも善戦している。
周囲の建物や人的被害を最小限に抑えねばならなかったあの時とは違って、今は守るべき市民はいない。
ハーフバーグの観光名所予定地である土柱は傷付けるわけにはいかないだろうが、元々ワイバーンの巣で穴の空いた状態だ。
多少傷が増えたとて誤差の範囲だろう。
残った冒険者達もそれぞれの戦い方でワイバーンを攻略していく。
ある者は木々の隙間を利用することで動きを制限させている。
選択したのは翼の大きな個体のようだ。木々の隙間があれだけ狭いといくら翼を折りたためるといっても限界はある。
見失った対象を再度視認しようと高度を落としたその瞬間──────身を潜めていた冒険者は取り出した小瓶をワイバーンの顔に叩きつけた。
中に入っていた緑色の液体が飛散する。
液体のほとんどはワイバーンの口や目に付着し即座に硬化した。
視界と呼吸を同時に奪われパニックに陥ったワイバーンが別のワイバーンと激しく衝突した。
体勢を崩し重なるように倒れ込んだ二匹に冒険者の追撃が迫る。
またある者はボーラという先端に重りのついた狩猟武器を使っている。
さすがに人間が振り回せる程度の質量では完全に拘束できないが、2個、3個と確実にボーラを命中させ自由を奪っていく。
片翼と両足を捕われたワイバーンは墜落しうめき声を上げた。
できるのなら最初からそうしろ、とツッコミたくなるが、今のワイバーンは命令によって『攻撃』を選択させられている。
巣に餌を持って帰るために『回避』し続けていたあのときとは状況が違って戦いやすいのだろう。
武器といい、対策方法といい、この結果は入念に準備して手繰り寄せた勝利だ。
おそらくこうした試験を設けることも、それにワイバーンを使うことも予見していたのだろう。
時雨が『広場の損傷』について言及したのも、戦闘場所を市街地から外すための布石だったに違いない。
さすがに借金を背負っている状態で市街地戦をさせようとは思わない。
なんとまあ強かなことだろう。
最後の一人がワイバーンを倒すと歓声が上がる。
その一人は全身傷だらけで見るからに痛々しい。骨折はしていないようだが、打撲に裂傷と内出血とあらゆる傷が満遍なく広がっている。
だがその表情は怪我をものともしないほど明るい。
その男が涙を浮かべながら拳を突き上げると、歓声と咆哮がまた巻き起こった。
一匹としてワイバーンは死んでおらず、五体満足で無力化されている。
殺す方が幾分か楽だろうに。
殺すための道具を殺さないために用いるのは人間にしかできない使い方だ。
「どやボクの子達も中々やるもんやろ?」
「………まあ及第点だ」
こんな手緩いやり方では効果は薄い。
彼らとワイバーンの間で完全な上下関係が構築されるまでは、まだ時間がかかるだろう。
だから及第点。
それ以上のことはこれからの彼らに期待させてもらうほかない。
「……それで貴様のお願いとやらはなんだ?」
治療に移っている冒険者達を見ながらアルガナスは問いかける。
時雨はアルガナスを見つめ恭しく腰を折ると──────
「どうかあの子らをよろしくお願いします」
とだけ言った。
支配権を取り戻すことも、魔王の命を奪うこともせず、ただ人の幸せを想う。
千載一遇の機会を棒に振るうなんと酷い選択だろう。
だがアルガナスは時雨がそう選択することを予想していた。
なんとなくだが人間という生き物についてアルガナスは理解を深めつつあった。
弱く愚かで情けないだけの人間もきっかけがあれば変われるのだと。
そして血の繋がりが無く、自分に利が無くとも他を思いやれる不思議な生態を持つその生物に。
アルガナスが惹かれつつあるのも、また事実である。
自分の威光を示すために始めた世界平和は達成するには未だ程遠い。
それでも感情を揺さぶる何かがアルガナスの胸中を満たしていた。
なんの拘束力の無い口約束を全力で果たすと心に決めて──────
「我が名において約束しよう」
いつの間にか空は明るくなっており、太陽が姿を現している。木々の隙間から絶え間なく陽光が差し込み夜露に反射して一層美しく輝いている。
それはまるで彼らの門出を祝福するかのように輝き続けた。




