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23話 提案と引き抜き ③

 

「トゲのある言い方だな」


 アルガナスは両手を組み、そう返す。

 茶は冷めきり、渋みが増していた。それと同様に前に座る時雨の表情も、どこか冷ややかだ。



 この2日間で人間が魔族をどう思っているか、身に染みて感じた。

 それは、顔を付き合わせ決闘したガイアスよりも、会ったこともない冒険者────主にキースだが────のほうが怒りは大きく、根深さも感じ取れる。




「依頼は断れないんじゃないのか?」


「確かに」と時雨は頷く。


「依頼の受注は可能やで。やけど冒険者がそれをやるかどうかまでは僕らは強制できまへん。依頼主と冒険者、どっちもwin-winの取引じゃないと」


「なるほどそうきたか」


 考えてみれば冒険者とは荒事必至の職業だ。

 危険性が伴う職業故、選択の自由はあって然るべきだ。


 それを仕事だと割り切る者もいれば、そうでない者もいる。

 ハーフバーグの冒険者は困窮している者しかいないが、それでも断られる可能性もあるということか。





 彼らにとって、これは言い訳にしか聞こえないだろうが人間も魔族に劣らず暴力的だと思う。


 彼らは魔族だけが悪だと決めつけるが、魔族だって人間に殺されている。

 殺し、殺され。それが戦争であることを、魔王であるアルガナスは誰よりも理解している。


 だが彼らは自分たちだけが被害を被っているかのように語る。規模だけなら世界連合軍のほうが被害が大きいとはいえ、魔王軍に被害が無かった訳ではない。



 ただ戦争を吹っかけたのは初代魔王である。

 アルガナス自身も魔王に即位してからは望むままに力を振るってきた。そんな過去がある以上、強くは出られない。



 若気の至りとはいえ、やり過ぎたという自覚はもちろんある。

 だからこそ、こうして人類と魔族、双方が納得の行く形で取引ができるよう尽力しているのだ。



「選ばれない依頼はどうなる?」


「掲載期限があるものは、それが過ぎれば取り除かせてもらってます。まあその前に別のギルドや事業所を紹介しますけど」



 なるほど。

 魔王討伐の依頼が取り除かれないのは、期限が設けられていないせいか。


 アルエルは嫌がるだろうが、自分の顔が世界中に貼り出されていると思うと気分が良い。



「依頼したとして受けてくれる者は実際どれぐらいいる?」



「そうやねぇ、若い子らはやるとは思います。それよりちょっと上の子らは難しいんとちゃうかな」



 上の子ら────中堅の冒険者たちのことか。

 どの業界であれ、年齢や経験を重ねた者のほうが選択自由度は広がり、自負心もそれに比例する。



 そう、アルエルだって小さい時はあんなに素直でニコニコと笑う子供であったのに、今では鉄面皮と化している。




 責任感や矜持があることは利点ではあるが、魔王を相手にしたときの彼らは、それらが面倒臭いほうへ働く。



 世界中の冒険者を見たわけではないが、ハーフバーグの冒険者の有り様については、こちらも思うところはある。



「そもそもなんで全員なん?少しずつ増やしてけばええのに」


「ワイバーンの数が多くてな。タダ飯を食わす気はない」


 ワイバーンの餌については、ヤツらが好む豚や羊を数匹買取り、回復魔法をかけることで永久的に精肉製造を行う予定だ。



 ただ短期間で回復魔法を掛け続けた個体の味は極端に落ちる。これはアルガナス自身で実証済みであり、回復回数が10回を過ぎた辺りからは吐き出すほど不味くなる。


 栄養素が不足すれば仕事の効率が落ちることを加味し、精肉化は交代制を導入するつもりである。



「求人が欲しいだけなら僕んとこ来なくても、普通に募集したらええ話やないですか?」


 魔物は本能的に自分より下のものには従わない。


 たしかにアルガナスが命令すれば『特定の人間に従う』ように設定できる。

 業務上はそれでも差し支えないだろう。



 だが、それは上辺だけの関係性だ。


 互いを信用することなく、道具として扱い合う。

 これのどこに魅力があるというのか。


 その程度で満足できるのなら、さっさと支配権を行使し、人間に命令をするだけで済んでいる。


 そんなものなど、かつて世界征服を成し遂げた魔王たちと何が違いは無い。


 魔王アルガナスは全ての生物に尊敬され崇められるような、そんな存在になるべきであり、事実そうなるのだ。



「貴様らは仕事が無くて困っていたのだろう?」


「……ん?あ、あぁたしかにそうですけど、別にアルガナスはんが気にすることじゃないし」


「たしかにな。だが考えてもみろ、貴様らは仕事にありつける。ワシは念願の事業を起こせる。互いに利があるわけだ」



 アルガナスは茶を一口含む。

 渋くはあるが、それはそれで美味い。


 ただ温かいほうが好みの味ではある。



「断言するが、ワシはこれから世界中の魔物による被害を取り除くつもりだ」



 ハーフバーグのように人間と魔物の対立が生じている場所は多くあるだろう。


 普遍的な平和を目指すアルガナスにとって、目的遂行を果たすための障害は、最優先で対応すべき案件だ。


「冒険者の仕事は魔物討伐や護衛、探索だろう?もし魔物の被害が無くなれば貴様らの仕事はどうなるだろうな」 



「脅してはります?」



「いや?ただ事実を述べたまでのことよ」


 アルガナスはそういって口角を上げ、唇の隙間から鋭い牙が覗く。

 妖しい笑みは、見るものを萎縮させる魔王然とした姿だ。



 魔界へ移れる魔物は移動させ、

 そうできないものは人間と相利共生を目指す。


 そうして平和になった世界で、果たして『冒険者』という役職は必要になるだろうか。


 需要が無くなるわけではないだろうが、依頼数は確実に減るだろう。


 ならば慈悲深い魔王として、救ってやろうという訳だ。


「アッハハハ!いやぁホンマ、アルガナスはんはオモロいなぁ。他の魔王さんも同じような感じなん?」


「ワシに比肩する者などおるはずなかろう」


「アハハハハハッ!あ〜〜お腹痛ぁ……。」

 時雨はひとしきり笑った後、指で涙を拭いながら「それでも────」と続ける。



「冒険者ギルドは無くなりません。たとえ依頼人がいなくとも、何があろうと、ずっとここにあり続けます」


 アルガナスは目を見開いた。


 それは覚悟を決めた男の顔だった。


 武器を持っていないのに切っ先が喉元に突きつけられているような、そんな錯覚。


 たった一言、ただそれだけなのに。


 立ち振る舞いは長としての威厳に満ちており、その迫力は、アルガナスがこの土地で見たどの人間よりも苛烈で輝いて見えた。




 飄々としたふざけた態度の男だと思っていたが、こんな顔もできるのか。



「まあ!経営難は事実ですし、いつ見限られてもおかしないなぁ。辞める言われたら止められへんし、頭痛いでホンマ」



 もしかすると時雨は、我々が来るよりも前から冒険者ギルドの将来を予見していたのかもしれない。



 思い返せば、時雨の質問は不足箇所を補えるように誘導していたように思える。



 資金、装備、土地、計画に至るまで。

 何が重要で何が足りないか。ひとつずつわかりやすい仕方で教えてくれた。



 ただ依頼を受け、依頼者本人(アルガナス)が依頼を取り下げるその日まで、黙して待つだけで良かったにもかかわらずにだ。



 そうしないのは、時雨は現状を変えるための何かを待っていたということにならないだろうか。



 さすがにそれが魔王によってもたらされるとは思ってはいなかっただろうが、彼の対応がそれを肯定している気がする。





 『辞めていくのは止められない』ではなく『止めるつもりは無い』これが本意なのだろう。



 たとえアルガナスが冒険者を引き抜こうとも、それで冒険者ギルドの経営が難しくなっても。




 強い人間だ、とアルガナスは思った。


 テリトリーを侵されるのは、どの生物も嫌う。


 侵略者は追い出すもしくは服従させることが魔族の普通であり、対等に接するどころか部下を引き抜こうとする相手を受け入れることは、もってのほかである。


 アルガナスはそれを理解していたので『依頼』という形で提案した。


 だが時雨は問題点を挙げ、アルガナスを誘導する。それは長として不名誉な、かつ己が身を顧みない暴挙であると言える。



 子を守る親なら理解できるが、ギルド長と冒険者はただの業務上の関係であるはず。

 そうであるのに身を切ってまで、他の幸福を想うなど人間の中でも稀有な存在なのではないか。



 一泡吹かせてやろうと思うべきではなかったかもしれない。


「まあそんなスッカスカじゃ逆立ちしても人なんて来んやろうけど」


 突き出した唇から息が抜けるような音を立てながら時雨は大袈裟に笑う。



 前言撤回。やはりコイツは嫌いだ。




 時雨が許可したからといって計画が進んだわけではない。

 冒険者としての有り様が変わることを、彼らが望むとは限らない。


 反対する姿はいくらでも想像できるし、解決にはまだ程遠い。



 それでも、アルガナスの胸中は未知の感情で満たされていた。


 初めて覚えるその感覚に、アルガナスは驚きを隠せない。


 いや初めてではない。

 ガイアスのときも微かに感じていたし、それよりもっと以前に感じた気もする。



 未知の感覚に支配されているが、不思議と不快感はない。


 陽だまりに身を預けたような心地良さすらある。





 アルガナスはかぶりをふり、その感情について考えるのを止めた。


 まだやるべきことは残っていて、こんなものに振り回されている状況ではない。



 アルガナスは頼み事をした後椅子から立ち上がり、食籠の中にある和菓子を時雨から受け取った。



 和菓子は持ち運べるように包装されていて、袋の中から甘い香りが漂ってくる。




 アルガナスは冒険者ギルドを後にし、袋を開ける。


 黒い棒状の菓子だ。ゼリーよりも固く弾力があり、そして何よりも香りが強い。



 それを一口放り込んだ。



 口内に広がった甘さは強く喉を乾かせる。

 なぜだか先程飲んだ熱い茶が無性に欲しくなってくる。




 帰り際に持たせる意地の悪さと後を引く甘さに舌鼓を打ち、アルガナスは歩きだした。


 

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