22話 提案と引き抜き②
有史以来、空は魔王軍の勢力圏の一つであった。
理由は至極単純で、魔族や魔物には先天的に飛翔能力を持つ個体が多かったからである。その能力は人類に対して存分に振るわれ、世界連合軍を大いに苦しませた。
世界連合軍は地対空手段を構築しつつ、空への進出を急いだ。
だが航空技術は海上技術に比べ求められる技術が高い。 さらに魔族は制空権を支配し続けるため、大量の魔物を人間界へと送りこみ続けた。
そうして航空技術の開発は大いに難航することとなった。
その難局の中で求められたのは一般兵でも使用できる航空兵器であった。
魔法、魔道具、ガス、鉱石。
それらは様々な道具や機械、兵法へと転用され、実戦へ場を移した。
しかしその努力は、どれひとつとして実を結ぶことはなかった。
魔法は個々の練度によって差が大きく開く。
飛行魔法の習得自体は容易だが、能力の使用中は永続的に魔力を消費するため、継戦能力は低い。
魔道具は誰にでも使用することができるが、動力である魔石は衝撃に弱く戦闘には向かない。
ガスや鉱石を用いた機械は飛行速度が水準に満たなかった。
それぞれの欠点を補うためにそれらを組み合わせた機械も生み出されたが軍需品へと昇格するには至らない。
敵は機動能力に優れ、継戦能力も高く、耐久力もある。そしてなにより技術、開発コストはかからず繁殖だけで済む低コストぶり。
どの視点から見ても世界連合軍に勝算などなく。
そうして────────
いつしか、人は空へ向かうことを諦めた。
アルガナスが提案した航空輸送は革命的ではある。
陸上と違って空には遮るものは無く、目的地まで直線的に進むことができる。
動力はワイバーン。魔道具や鉱石といった外部的動力に頼る必要もなく、食物をエネルギーへ変換するだけで運用できる。
老化による経年劣化は繁殖による代替品で対応できるだろう。
人類が長年悩まされてきたことが一転してメリットに変わる。
これまでも魔物を捕獲し転用する計画は各国で行われた。
そうした努力の結果、生まれたのが『召喚士』である。
主に戦闘、索敵といった軍事面において活躍した。
だが血気盛んな精神性、戦闘に特化した生物的構造から駄獣としての運用は難しい。
魔物の生態についてはまだ未解明な部分も多く、家畜化計画は頓挫した。
馬やロバなどの駄獣は社会性があり、御しやすく従順である。
陸上においては運搬、運送はては農作まで幅広い分野で利用可能であり、食用としても重宝されてきた。
強靭ではあるがひと握りの人間にしか扱えない魔物とそれよりも劣るが誰でも扱える駄獣。
どちらが世間に求められるか は言うまでもない。
そもそもワイバーンは落城を目的に生み出された魔物だと言われている。
コウモリのように折りたためる羽根は複雑な空中機動を可能にし、猛禽類を思わせる鉤爪は胸壁にいる弓兵を襲うために進化したそうだ。
その攻城兵器を駄獣化させようなど誰が思いつこうか。
いや思いついても実行には移さない。本来の用途とはかけ離れた使用方法であるし、転用計画は頓挫した。そんな苦々しい前例もあるからだ。
もし魔物が生来持つ加虐性を取り除けるならば。
航空産業進出への懸念であった魔族や魔物による損害を回避できるとすれば。
可能性に満ちた素晴らしい事業案だ。なにより空路は競争相手がおらず市場を独占できる。
ただ、それは内容が伴ってこそである。
「いやぁ中々オモロい話でしたわ」
呆気にとられるアルガナスをよそに時雨は笑う。
その熱意に結果が伴っていないことを残念に思いながら。
「何故断る!?魅力的な提案ではないのか!?」
「内容はともかく、着眼点はええとは思います。でも────」
時雨とアルガナスの視線が交差し
「────中身がペラッペラ過ぎて賛同できませんわ」
「どういう意味────」
「まあひとつずつ確認していきましょ」
時雨はアルガナスの発言を遮るように、まず左手の人差し指を立てる。
「まず大前提として、アルガナスはんは銭は持っとるん?あれやで金目のものちゅう意味やなくて────」
時雨は袂から、がま口財布を取り出す。
取り出した硬貨は6種類、紙幣は3種類。取引されている全ての通貨をアルガナスの前へ丁寧に並べる。
これは『世界通貨』と呼ばれている。
世界連合が発行している通貨であり基軸通貨だ。
ここハーフバーグでも使用されている通貨である。
「そういえばワイバーン一匹分の料金も貰おてなかったなあ。……まあこれは後日きっちり貰いますんで、そのつもりで」
「………換金所で用意するつもりだ」
「何を変えるつもりか知りまへんけど、魔界独自のもんはあきまへんよ?」
時雨は念を押す。
「ふん。そこは問題無い」
「ただ……冒険者全員を雇い入れるほどの金額となると、ふつーの換金所では無理ですわ。一応、事業主用の換金所もありますから行くんならそっちやね」
金や宝石などは違法採掘や窃盗による転売の可能性を考慮し、身分証の提示が必須になる。
更に鉱石なら採掘許可証と土地の権利書。加工された貴金属なら鑑別書の提出も求められる。
要は、正式な所有者であることを証明できれば良いのだ。
「また書類か……」
アルガナスは舌を突き出し、眉をひそめた。
何をするにしても付き纏ってくる書類の存在に、辟易しているようだ。
アルガナスが魔王であることは組合の記録と照合し確認が取れたので必要はない。
「産地証明など、どうしろと」
「転移魔法で魔界にお連れしたらどうでしょう」
アルガナスは口元を抑え、アルエルを指さす。
「ソレだ!じゃなくて、拉致やでそれ。心配せんでも鑑定で人間界の物じゃないってわかれば大丈夫やから」
当然だが人間界に魔族を守る法は存在しない。
たとえアルガナスが盗品を換金しようとも、被害者が魔族ならば誰も罪に問われない。
魔族の遺体や所持品は鹵獲品として扱われ、世界連合軍は積極的に買い取り運用しているからだ。
それらが鑑定魔法に組み込まれていない理由は想像しない方が良さそうだ。
ともかく魔物も魔族も魔王にも基本的人権は適応されない。
倫理的には限りなく黒よりのグレーな対応ではあるが、現時点ではアルガナスには追い風になる。
アルガナスはよくわかってない顔をしているが、悪用される可能性を鑑み、教えないことにした。
「冒険者にワイバーンを制御させる言うたけど、具体的にはどうさせるん?」
「基本的には馬と同様だ。行くべき道へ導き、依頼人とやり取りと自衛だ」
「てことは騎乗してってことやね。なら────」
時雨は2本目の指を立てた。
「────そのための道具は準備してはります?」
アルガナスの白みがかった網膜が空中を泳ぐ。
「乗るだけなのに道具が必要なのか?」
「そこはちゃあんと調べんと」
ざっと考えてみても
騎手用の鞍に鐙、そして手綱。
馬のように頭絡や馬銜が必要かは不明だが、馴染みのある道具があったほうが騎手はやりやすいだろう。
あとは防寒具やゴーグルといった騎手用の装備品も準備する必要がある。
そもそも、ワイバーンのどこに荷を積むつもりでいるのか。
鞍の横に吊り下げるのか。それだと小回りは利くが騎乗者の体積分、積載量は少なくなる。
ロープを用いて吊り下げる方法なら大量の荷を運ぶことができるが、速度は極端に下がるだろう。
荷用の固定具や防寒、防水具も必要だ。
空輸という不安定な搬送経路を使用するのだから、荷の品質維持における対策は必須となる。
まあこれはアルガナスがどのような販路を予定しているかによるのだが────
時雨はアルガナスを眺める。
アルガナスは首を捻り、うんうん唸るだけ。
────────まだ何も考えてなさそうだ。
さすがに昨日の今日で発案から発注までできるわけがない。
ただそれを差し引いても、無計画過ぎるとは思うが。
「アルエル、必要だと思うものを準備しておけ」
「かしこまりました」
アルエルはただそれだけ返事をする。
表情は一切崩すことなく、了承だけを伝える彼女から察するに、こういったことは日常的なのだろう。
「で、仕事はどこで貰ってくる予定なん?」
3本目の指が立つ。
「そ、それは……この都市には商人が多いのだろう?待っていれば自ずと────」
「んなわけあるかい」
ダメだ。
この竜、何も考えてない。
黙っていれば仕事が舞い込むと本当に思っている。
海路、水路、陸路と、輸送路は既に開拓されている。
海路や水路で使用される輸送船は時間がかかるが一度に大量の荷を運ぶことができる。そして輸送船には護衛が常駐しており安全性は高い。その分金額は張るが最も利用率が高い。
これは大手の貿易事業所が運営しており、保証の手厚さや安全性の面で他の追随を許さない。
陸路は幌馬車が運行しており、個人から業者まで大小入り乱れる激戦区だ。
冒険者ギルドも輸送護衛や周辺の魔物退治に勤しんでおり、輸送船よりも安く済むが安全面に懸念が残る。小規模事業者が多く保証は無い。
ワイバーン一頭の積載量では海上の販路に食い込むことは不可能だろう。
となると販路は陸上に限定される。
新規顧客を得ることは、ほぼ不可能だ。
販路は開拓され尽くし、顧客を奪い合っている。
そんな中で営業のノウハウも無い新規参入者が勝てる見込みはない。
アルガナスが成功するためには、空路という独自性を如何に活かし、顧客のニーズに応えるかに尽きる。
「全員を雇うって話やけど、それも現実的やないなぁ。費用もそうやし、なにより独占させると他が滞ってまう」
「依頼が無いのにですか?」
「……美人さんは手厳しいわ」
急な毒舌に胸を押さえる。
その通りなのだが、彼女に手心というものは無いらしい。
依頼主が冒険者を雇うには2つの方法がある。
一つは自由依頼。
依頼板に張り出す形式で、基準を満たしている冒険者であれば誰でも受注できる。
もう一つは指名依頼。
依頼人が冒険者を指名し、双方の合意の元契約される依頼である。
アルガナスは依頼人数に上限を決めず『在籍する冒険者全て』といった。
となると、この場合は指名依頼となる。
当然だが指名依頼の場合は指名費が上乗せされる。
「それに独占するようなやり方、法律が許さへんからなぁ」
有事以外で冒険者を独占するような依頼の仕方は法律で禁止されている。
これは過去に同業他社への営業妨害を行う事業者が多かったための措置である。
「今は何も言い返せへんけど、そのうち元通りになるわ────まあ、人間ってそういうもんなんよ。」
大手事業主による圧力や戦争による経済被害は、いままでも起こってきた。
人の適応能力は高い。
我々は問題が起こる度に耐え、対策し、行動してきた。
いままでも、そしてこれからもそうだ。
時雨は容赦なく4本目の指を立てる。
「事業所の場所は決まっとる?ワイバーンを置いとく場所はあるんかな?」
現在ワイバーンの巣があるところは開発予定地だ。
ワイバーンの退去が完了次第、止まっていた開発事業は再開される。
大量の魔物を飼育するための場所はハーフバーグには無い。
土地を買うにしても借りるにしてもそのための費用と準備が必要になる。
「……場所が決まるまでは魔界に移動させる予定だ」
「なら安心やね。……あとは、冒険者と言えど空を飛ぶ魔物に乗るなんてしたこと無いから、慣れるまでは時間がかかりまっせ」
時雨は5本目の指を立てた。
細かく言えばまだまだ問題は出てくる。
それでも最低限必要なものはこのぐらいだろう。
本格的に仕事を始めるなら、商業ギルドの出番になる。
様々な問題点を挙げたが、それはアルガナスがきちんと考え、資金や時間をかければ全て解決可能だ。
それよりも
一番の問題点は────
「アルガナスはんは、金さえ出せば何でも言うことを聞くって思っとります?」
────冒険者の心情だ。




