21話 提案と引き抜き①
アルガナスとアルエルは、正気に戻ったデリクに誘われるがまま、ハーフバーグ四区にある旅館へ招かれた。
時雨の出身国の伝統建築らしいそれは、遙か昔アルガナスが見た木造建築そのものであった。
くり抜いた地面に加工した石材で固めた巨大なお湯溜まり────温泉というらしい────に傾斜のついた筒から湯が流れ続けている。ししおどしと名のついたそれは湯を一定量溜めたあと小気味よい音を鳴らした。
湯は半透明でとろみがついている。
生涯、水浴びしかしてこなかったアルガナスにとっては『湯に浸かる』という行為自体、初めての体験であった。
どことなくアルエルの肌の透明感が増しているように思える。アルガナスも肩こりが緩和したような気がしていた。
そのどちらも魔法の効果では無いらしいが、ただの湯にそんな効果があるとは疑わしい。
異国料理に舌鼓を打った二人は床に直接敷く厚いベッドに身体を預け眠りについた。
そうしてハーフバーグでの一日を終えた二人は、翌日、二区にある冒険者ギルドへの扉を開いた。
今度は催促された訳でも飛び込みで伺った訳でもない。
互いの合意の元、時間を決め訪問している。
受付嬢に案内された先は初日に通された部屋と同じ。ただあの時とは違うのは、明確なビジネスプランがあるという点だ。
「よう来てくれはりました、アルガナスはんと美人さんも」
時雨はアルガナスの入室と同時に立ち上がり、着席を促してきた。
アルガナスはズカズカと進み、粗雑な態度で腰掛けた。アルエルはいつものようにアルガナスの隣に腰掛ける。
「いやぁ、デリクはんから聞いた時はホンマに驚きましたわ。ワイバーンの対応してくれはったみたいで」
時雨はそう言いながら丸盆の上に準備されていた黒い筒を手に取った。
盆の上には黒い筒、茶釜と人数分の湯呑み、そして陶器質のすり鉢とすりこぎがある。
隣には食籠という丸く平たい筒もある。
食籠からは甘い菓子の匂いがしていたので、アルガナスの視線はそれに固定されていた。
「フッフッ、まあワシにかかればあんなもの────」
「対応したのはアクスレイ様ですけどね」
「そういう事は言わない約束だろ」
「まあまあ、とにかくボクら感謝しとるんよ、あの子らには手を焼いとったからねぇ」
時雨は黒い筒から取り出した細い茶葉をすり鉢に入れた。
完全にすり潰して粉末状にするわけではなく、原型が留める程度に何度か押し潰している。
「あぁ、コレはボクん家の茶で、正しいやり方とは違うんやけどこうした方がええ香りするんよ」
「それはそれは、さぞお茶請けに合うのだろうな」
アルガナスの尾が期待で揺れる。
旅館で出された料理は全て絶品であった。
普段の食事のように決められた献立ではなく、ありとあらゆる料理が分類ごとに並べられ、選択できる仕組みだった。
目の前で焼く鉄板料理は火炎の柱が上がり、水槽に泳ぐ魚介類は注文通りに調理してくれる。
職人の技と食材の質が織り成す作用は、胃袋だけではなく目や耳、そして心まで満たす最高のひとときとなった。
驚いたことに、宿泊費や食事代などの経費は全てデリク持ちらしい。
アルエルが言うには「人間社会では、遠慮はときとして無礼と受け取られる場合がある」とのことだ。
そうして提供された全ての食材は、貝殻から骨まで文字通り余すとこなく頂くことにした。
商業ギルド長があれほどの料理を提供してくれたのだ。必然と冒険者ギルド長への期待値も上昇する。
「そんな見られると穴が空いてしまうわ」
「気にするな、存分に腕を振るえい」
アルガナスは喉を鳴らしながら食籠を注視する。
潰した茶葉を茶こしに入れ、その上から湯を注ぐ。
そんなもので旨みが抽出されるかはわからないが、口を挟むようなことでもない。
「それでアルガナスはんの要件はなんなん?店開きたいなら僕のとこじゃのうて、デリクはんのところやで」
「心配するな、ちゃんと貴様に用があってきたのだ」
アルガナスは目の前に出された茶と食籠を交互に見合う。
察した時雨は「先にお茶だけで楽しんでもらえたら」と催促する。
菓子の存在に後ろ髪を引かれながら、アルガナスは渋々茶を啜る。
鼻に抜ける茶葉の香りを追いかけるように渋みが顔を出す。だというのに後味は残らず清涼感も感じさせる。
「もう一杯!」
「そんなカポカポ飲むようなもんちゃうんやけど、まあご馳走させてもらいましょ」
時雨は、また同じ手順で茶を入れたあと席についた。
「……………………………………………茶菓子は?」
「要件を先に聞かせてもらいましょか」
「むう……」
アルガナスは食籠からなんとか視線を逸らし時雨を見る。
「それに答えるには、まずこちらの問いに答えて貰わねばな。冒険者ギルドへの依頼するにはどうすればいいのだ?」
「身分証の提示をしてもらって、依頼内容の確認。それでお金の話させてもらって依頼板に張り出しって形やね」
「ほう、それで依頼人の種族には制限はあるかね?」
時雨の肩が跳ねる。
ハーフバーグは多様な種が入り乱れる都市と聞いている。ならば人間以外が依頼をすることもあるはずだ。
「………何が言いたいん?」
「つまり、魔王が依頼を出すことは可能か?と聞いているのだ」
時雨は目を開いてこちらを見つめてくる。
その応戦的な視線にアルガナスの尾がせり立つ。
「前例はありませんねぇ」
はぐらかした返答にアルガナスは勝利を確信する。
予想していたとおりだった。
出店について話し合ったときは、あの手この手でかわされたが利用を禁止されたわけではない。
受理されなかったのは商品の安全性や品質について証明する手段が無かったからであり、経営者として不適格であったわけではないのだ。
もし魔族お断りならそれを争点にして断ればよかったはずだ。
そうしないのは、そうできない理由があったからだ、とアルガナスは結論づけた。
そう『魔王』であることはなんの弊害にはならない。
商業ギルドがそうならば、冒険者ギルドも同じ可能性が高い。そう踏んでの質問だったがどうやら当たっているらしい。
「前例が無いということは断る法律も存在しないということだな?」
魔王軍にとって冒険者ギルドは敵対組織である。
そんな組織に金を流すことは利敵行為であり極刑に相当する。
人間を貶めるための計略としてもまどろっこしいことこの上ない。
人間界の金を奪う、もしくは偽造する。
魔族だと露見しないように注意を払い、それらしい依頼内容を捏造する。
さて────────────
人間相手にここまでする魔族がいようか?
魔法の一発でも放つほうが楽で、なにより被害も大きくできる。
魔族側に前例が無いことは確信を持って言えるが、人間はどうだろうか。
人間も『冒険者ギルドは魔王の依頼を受けてはならない』などというふざけた法律を組み込むようなことはしないはずだ。
もしワシが人間で魔王軍との戦時中に『魔王の依頼は受けちゃダメだよ』なんて法律が制定されれば「もっと別のところに頭使え!」と叫んでいることだろう。
「そうやね、今のところは。………アルガナスはんが魔王ってことも正式に確認とれたし、依頼内容と金額さえ合たら問題はありません」
アルガナスは茶を一気に流し込む。
祝い酒には程遠いが、場の流れを支配できているうちは美酒のような味わいに変わる。
「どんな依頼でっしゃろか? 精査せなアカンからなるべく早く言ってくれると嬉しいんやけど」
「現在冒険者ギルドに在籍している全ての冒険者を借り入れたい」
時雨の目が大きく見開いた。
「全員、とは中々やね。そこまでして何を討伐する予定なんかな?」
アルエルによる調査によると現在、冒険者ギルドに在籍している冒険者の数は84名。
名義を残しているだけの者を除けば47名になる。
とはいってもそのほとんどが新人や出遅れた中堅層であり冒険者として扱っていいか疑問が残る。
能力は低く、判断速度も鈍い。
新たにパーティを組む積極性もなければ、お情けの日雇い労働に勤しんでいるという。
そんな彼らに頼める仕事は限られる──────魔王の力添えがなくしては。
「討伐ではなくワイバーンの制御役として使うつもりだ」
「詳しく聞いても?」
アルガナスは時雨と出会った時からずっと考え続けていた。
どうすれば時雨の鼻を明かし、あっと驚かせることができるだろうか、と。
ハーフバーグ以外での出店も考えたが結局は止めた。
それはただの敗走でしかなく、魔王としての看板、そしてアルガナス個人のプライドに関わる。
貿易航路の確保と出店は、長期的目標では可能だろうが時雨の鼻を明かすまでには至らない。
そして何より時間がかかりすぎる。
デリクに鑑定庁への口利きを打診するつもりだが、彼の対応は業務的なもので、お堅い印象を受ける。
別の機関に働きかける、そんな特別待遇を許す事はないだろう。
だが受けた恩を返さないような薄情な人間でもない。商業ギルド長としての裁量に関わることなら融通を効かせてくれるのでは、と踏んではいる。
例えそうではなかったとしても、その借りは必ず何らかの形で回収するつもりではあるが。
人間界の製品を卸売することも考えたが、それはただ人間界の販売経路に乗っかるだけの二番煎じである。
それも魔王が人間を真似るなど、あってはならないことだ。
魔界原産品の申請は随時行うつもりだが、このままただ出店するだけでは花がない。
目標は時雨が腰を抜かし、魔王の威光に恐れおののくような、そんな事業案だ。
だがいくら考えても代替案は出ず煮詰まっているアルガナスの前に現れた救世主。それはワイバーンであった。
アルガナスが狙いを付けたのは、商品の生産や加工製造などの一次、二次産業ではなく三次産業────────
「ワイバーンを使っての空輸を考えている」
アルガナスは鼻を鳴らす。
ワイバーンの成体は大体全長8mに達し、翼開長はおおよそ13m。
積載限界値など測ったことはないが、重要なのは量ではなく小回りと速度だ。
「アルガナスはんは自由に魔物を動かせるんやろ?そんなら人を使う必要はないんちゃいますの?」
荷を決まった場所に運ぶだけならそれでもいいだろう。だがアルガナスはもっと多角的な事業を考えている。
「業者だけではなく、個人間での輸送も行うつもりだ」
当たり前だがワイバーンは言葉を話せない。
配送品について受取人が事前に把握できない場合はどうなるか。
ある日突然ワイバーンが向かってくれば、十中八九襲われると勘違いする。
人間が乗っていればその可能性も減り、もし問題が発生してもその場で誤解を解くことができるのではないだろうか。
魔族と人間のわだかまりが消滅するまでは人間の存在は必要不可欠であるとアルガナスは考えている。
「利点もあるぞワイバーンは小回りが効く」
アルガナスはここぞとまくし立てる。
急旋回急加速が可能であり、更には冒険者を含め自衛能力を搭載している。
能力に差はあれど飛行能力というアドバンテージを覆せるような人間はほとんど存在しないのではないだろうか。
商人が隣町へ移動するには隊商を組むか冒険者などの用心棒を雇う必要がある。
大多数の冒険者はパーティを組んでいる。平均人数までは把握していないが5人ぐらいと過程しよう。
依頼主は5人の冒険者を納得させるだけの金額を払う必要がある。
もしかするとそこに手数料や紹介料などの諸経費が加わってくるかもしれない。
この合算が安いか高いかはわからないが、5人分もかかった人件費が、単純計算で1人で済むようになったらどうだろう。
もちろんワイバーンに給金を与える必要はない。
諸々の経費を差っ引いたあとの金額は冒険者1人が独占できるとすれば。
ワイバーンに荷物を積載し、同時に依頼人を目的地へに運ぶ。
速度や安全性、依頼金、報酬。どの面から見ても利点しかない。
さすがに貿易船ほどの規模での輸送は不可能だが、貿易都市と名高いハーフバーグでの需要は多いはずだ。
懸念すべきは事業許可が下りるか、その1点に尽きる。
────────が、そこまで心配はしていない。
例えばデリクが使用した幌馬車。
あれは商業ギルドの備品らしい。
運送において重要なのは『誰が運ぶか』『どう運ぶか』であり『何が運ぶか』では重視されないのではないだろうか。
先に挙げた幌馬車で考えると
誰が運ぶか────商業ギルド
どう運ぶか────幌馬車 である。
あと重要なのはどのルートで運ぶか、いつ届くかぐらいだろう。
期日内に届き、かつ品質に影響が無いならば、馬で運ぼうが船で運ぼうが、ワイバーンで運ぼうが、どうでもいいのではないか。
魔物を利用したために事業許可が降りないなんてことはまず無い。
何故ならこれも前例が無いからだ。
いや待てよ、魔物を使役する職業があるのだから、魔物による運送業があってもおかしくはないのか。
ただその前例は時雨の思惑とは逆にこちらに有利に働いてしまうのだが。
アルガナスはいやらしい笑みを浮かべた。
気持ちがいい。
口論で相手を打ち負かせたときの満足感と達成感は全身を刺すような強い快楽を感じさせる。
アルガナスは食籠の存在を完全に忘れ去っていた。
魔王としての征服欲が優先され、食欲は身を潜めている。
「これがワシの新事業!ワイバーン空輸便だ!!」
アルガナスは万能感に包まれたまま、事業計画について意気揚々と語った。
時雨は敗者に相応しく終始黙って聞き続けている。
冒険者達が困窮していることは酒場で聞いた。
パーティは瓦解し、低賃金の日雇い労働に身をやつす。
時雨にとっても傾いた冒険者ギルドを立て直す大チャンスだ。まさに彼らにとっての救世主────いや神になってしまう。
アルガナスは自分の優秀さに低く唸った。
まあ、崇拝したいと言われたら許してやらんでもない。自分達がどれほどの相手と会話ができていたのか思い知るいい機会になったろう。
今なら────この都市で受けた度重なる蛮行も、全て許せる気がする。
「さあ!返答を聞こうか!?」
時雨は一口茶を啜ると、湯の熱が混じった吐息を吐いた。
喜ぶことも焦る様子もなく、ただ茶を嗜んでいる。
そうして湯呑みを置いた時雨は友人に向けるような笑顔で
「お断りします」
とだけ答えた。




