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19話 参戦


 「あの阿────アルガナス様は皆様に迷惑かけておりませんか?」

 

 ワイバーンの処置が半ばに差し掛かったころ、アクスレイは揚々と口を開いた。


 その目的はもちろん、アルガナスの計画を頓挫させるためである。



 

 人間なぞと和平を結ぶという、ふざけた思想を実現させるわけにはいかない。


 あの阿呆アルガナスの思想も行動も、その全てが癪に障る、癇に障る。


 挙句の果てには、こんな末端がやるような糞の処理を押し付けてくる始末。

 



 あぁ、あの醜い竜の首を掻き割いてやれればどんなに気持ちが良いだろうか。



 

 アクスレイはそれが不可能だと誰よりも理解しているので、嫌がらせに全力を尽そうと心に決めていた。

 


 それだけが積もりに積もった今までの鬱憤を晴らす唯一の手段であると確信している。それには個人的な趣向が大いに含まれており、そのためにはいかなる労力を惜しむつもりはなかった。

 

 


 ただそれに自分が関わっているとは知られてはならない。


 もし裏切りがバレれば、待っているのはアルガナスとの死闘。いや処刑といったほうが適切だろう。

 



 それだけあの阿呆の力は突出している。



 

 徹底的に隠匿し、可能なら他の四天王に罪を着せることができれば尚良い。だがファナールとルフタルはそんな隙を見せないだろう。

 

 ブロスであれば可能だろうが、あの牛に身代わりにするほどの価値はない。


 何度も使える手ではないだろうし、ブロス程度いつでも殺せる。馬鹿は馬鹿として正しい使い道は他にあるだろう。

 


 

 

 「いいえ、そんなことはありませんよ」

 デリクという人間は一瞬驚いた顔を浮かべた。

 


 それは何を言うべきか考え、当たり障りのない言葉を選んだ結果だということは直ぐにわかった。


 

 アクスレイの口角が直角に吊り上がる。

 

 やはり上手くいっていないらしい。

 


 人間と魔族という相反する種族が理解し合うなんてそもそも不可能な話。


 それを無知蒙昧の暴君であるアルガナスが行おうという。あの阿呆は同族のことすら理解しないくせして異種族とは仲良くできると思っている脳内お花畑野郎だ。

 


 それはそれは、鬱憤が溜まっているに違いない。

 

 


 「いえいえ隠さずともよいのですアルガナス様は崇高なお考えを持つお方。四天王われわれも理解が及ばないことも多々ありますし」

 


 あの阿呆が人間界に向かおうとしていることは事前に察知はしていた。



 だがあの忌まわしい腕相撲大会で手首から肩までの骨が軒並み粉砕骨折していたため同行は叶わず、完治したときには既に出発した後だった。


 

 この件に対しファナールは黙殺し、ルフタルは我関せずと放置。ブロスは治療中ときた。

 


 今思えば、魔法を使用し即座に完治させるべきだった。


 あの阿呆に傷を見せつけて引け目を感じさせようとしたのが間違いだった。


 詫びるどころかむしろ『え、めっちゃ重傷じゃんやべぇ』と小馬鹿にする始末。

 

 


 「……絶対に殺してやる」

 

 「何か言いましたか?」

 

 「いいえ、なんでもありませんよ」

 

 四天王のなかでも危機意識の欠如が見られる。

 


 アルガナスの目的がなんであれ成功体験を積ませる訳にはいかない。


 成功事例が生まれてしまえば、あの阿呆は有頂天になり騒ぎ散らし、魔界全土に自慢し、密かに執筆させている自伝に誇張を存分に含めて描くに違いない。

 


 そして出版まで漕ぎ着けた暁には魔界全土に配布し、感想文の提出を余儀なくされるだろう。

 


 

 要は、かなり面倒くさいことになるということだ。

 

 

 

 

 

 あの阿呆の目的を探ろうにも、四天王が直接動けば直ぐにバレる。部下を動かすのも同様だろう。


 なぜならハーフバーグには魔族は一体もおらず、めぼしい魔物もいない。


 

 木を隠すなら森の中というが、木どころか雑草すらないただの地平である。

 


 これでどうやってあの阿呆のバカでかい知覚範囲から逃れろというのか。

 

 何かやりようはないかと手をこまねいていたが、あの阿呆に呼びつけられたことで人間界に降り立つことができた。



 

 この機会、存分に利用させてもらおう。


 


 「あの方は少々周りを見えていないことがありますから。皆様方に多大な迷惑をかけているのではないかと思いまして────」

 

 

 他人と距離を縮めるために必要なものは『共通の敵』だとアクスレイは思っている。

 

 


 四天王の薄氷のような団結力もアルガナスへの殺意あってこそだ。


 さすがにこの短時間で殺意を抱くまでは至っていないにしろ、言いたいことのひとつやふたつあるはず。いや無ければおかしい。

 


 

 やり取りをみるにキースという人間が最も適しているが、まずは上位者であるこの男からだ。

 

 


 「確かに我々との違いに驚くことはありますし、それはこれからもあるでしょう。ですがこちらの申し出を受け入れて下さる方に思うところなどございません」

 


 「何も無いわけがないでしょう!?あぁ!もしや私が告げ口するとお思いですか?ご安心を我が王には一言も漏らさぬことを誓いますよ」

 


 「お気遣い痛み入ります。ですが本当に何もないのですよ。むしろ私どものほうがご迷惑ばかりおかけして申し訳なく感じております」

 


 えらく業務的なやり取りだ。

 機械を思わせる返答はよどみなく発せられる。予め用意していたというより、経験からくるお決まりのセリフを述べているだけのように感じる。

 


 そしてなにより、それ以上に何も語るつもりがないというはっきりとした意思表示を感じ取れる。

 

 


 まるでガイアスのような覚悟を決めた殉教者のそれだ。

 


 アクスレイは火花を散らす勢いで歯噛みする。


 笑顔だけは崩さぬようギリギリのところで持ちこたえながら。

 

 


 何故こうなる。

 何故人間はこうも易々とあの阿呆に与する。

 

 庇護や打算ならまだ理解できる。

 だが阿呆はまだ何も与えていないだろう。

 

 


 ワイバーンごときをどうこうしたからといって一体何になるというのか。


 損得勘定もまともにできないほど人間は愚かなのだろうか。それともあの阿呆にしか知りえない魔法を使ったか、だ。

 

 

 「なんとなく…ですがアルガナス殿は良き隣人になってくださるのではないかと思っております」

 


アクスレイの脳内を埋め尽くすほどの疑問符が浮かぶ。


この人間は何を言っているのか。


 良き隣人?

 人間ごときが?我々と対等に?

 



 「きもっ」



 しまった。声に出てしまっていた。

 アクスレイは慌てて口を抑える。

 

 「それが本音ですか?」

 

 アクスレイは答えない。

 


 もうどうでもいい。


 人間一匹から得られる情報なぞ、対した価値はない。ろくでもない情報を掴まされるより自分で仕入れたほうが信頼できる。

 


 

 デリクは最後のワイバーンの開腹を終わったと同時に短刀の刃を持ち柄をこちらへと向けてきた。

 

 「貴方もそうなってくださると良いのですが」


  アクスレイは処置が済んだワイバーンへと回復魔法をかけた。

 ワイバーンはくるりと起き上がり、群れの元へ歩いていく。

 


 

 「………お近づきの印にそちらはお譲りします」

 

 人間が触れた(よごした)物に触れるわけがない。

 特にあの阿呆の賛同者ともなれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「陰気くさいところねぇ」

 

 「別に着いてこなくて良いのだぞ」

 

 「いいえぇ。アタシもアルガナス様のお力になりたくてぇ」

 

 「どうでも良いからくっ付くな、クサイ」

 

 「臭くないわよ!!」

 

 騒がしい声にアクスレイは顔を上げる。

 

 空間の隙間から現れたのはアルガナスとアルエル。大量の肉を積んだ荷車をアルエルは運び、アルガナスはその隣を歩く。



 アルガナスの蛇腹は大きく膨れ、口元は食べかすで汚れている。

 そしてアルガナスの腕に身体を絡めた女と目が合った。

 


 「貴女も来たのですか、ファナール」

 

 「えぇ、アルガナス様のお願いでねぇ」

 

 「頼んどらんぞ」

 

 ファナールが愛嬌らしいものを必死に振りまく様子をアクスレイは鼻で笑う。

 


 傍観するつもりだったくせに、と。

 

 

 気になるのは心変わりの理由だ。

 この女のことだ、言葉通りの意味なわけがない。

 

 アルガナスへの妨害なのは明確だが、そこに私の排除が目的に含まれているかどうかが重要だ。

 

 

 「心配しないでぇ、アンタと一緒よぉ」

 

 ファナールは赤く染った唇を開き、耳元でそう囁いた。湿り気を感じさせながら鼻孔に甘い香りが漂う。

 


 「それはそれは。心強い言葉ですね」

 

 「でしょう?仲良くしましょうねぇ」

 

 なるほど徹底抗戦の腹積もりらしい。

 

 隠れてやればいいものの、敢えて宣戦布告するのは彼女のプライドの高さゆえだろう。

 

 目に見えて邪魔をすることはないだろうが、そっちがその気なら考えがある。

 

 「アルガナス殿、この美しい女性はお知り合いなのですか?」

 

 ファナールの瘴気にあてられたらしいデリクがアルガナスへと駆け寄る。

 

 「美しい?目でも腐ったか」

 

 「さっきから失礼ね!!」

 

 冒険者らはうっとりとファナールを眺め、デリクは視線を泳がし続けている。

 まるで初恋を奪われた青少年のような初心さだ。

 

 「ワシの部下のファナールと言う。ワイバーンのことはアクスレイとコイツに任せる」

 

 「以後お見知り置きを、素敵なオジサマァ」

 

 「よ、よろろろろろろ────」

 

 ファナールはデリクの反応を楽しんでいるようだ。

 彼女が能力の末端でも出せばデリクはさかりのついた犬のような醜態を晒しているに違いない。

 

 

 他人の情交など見たくもないが、能力を制限したままではファナールもストレスが溜まるはずだ。

 

 いやそれは皆、同様に感じている。

 

 人間程度のちっぽけな存在が、我々と同等に会話し、あろうことか同じ目線に立っているのだ。

 

 私ですら耐えきれるかわからないこの状況で、毎年生理不順のような精神性の女では、いつ爆発してもおかしくない。

 

 アルガナスという抑止力があるため行動に移すことはないが。頭ではわかっているが、我慢にも限度がある。

 

 

 

 「しく────────」

 

 

 デリクの頭から沸騰した鍋の蒸気のような煙が出たかと思うと、その場でひっくり返ってしまった。

 冒険者は全く意に介さずファナールを見つめ続けている。


 

 「これだから貴様を呼ぶのは嫌だったんだ」

 

 「美しくてごめんなさぁい」

 


 デリクの鼻からは大量の血が流れている。脳が沸騰して血管が切れたらしい。

 


 アクスレイはその様子を見て、いい気味だとほくそ笑んだ。


どんな崇高な願いも健気な決意も蓋を開ければこの程度。自分の意思すら貫き通せない生物が同等を願うとは片腹痛い。


 

 「ワシはコイツらを連れて一旦戻る。貴様らはワイバーンの世話だ。いいな?」

 


 「お任せ下さい」

 

 「はぁい」

 

 「では行くぞアルエル」

 

 アルガナスはデリクとアルエルを脇に抱えると足元に転移魔法を発動さた。同時に冒険者の姿も亀裂の中に消え、その直後キースのものと思われる悲鳴が響いた。

 


 

 残された2人は直立したまま周囲を警戒する。

 


 ここで気を抜いてはいけない。


 あの阿呆は歳のせいか「あ、ひとつ忘れてた」と転移魔法を再起動して戻ってくることもある。

 


 実際、それで部下の1人が死んだ。

 

 10分という長く苦しい時間をかけ、ようやく2人の硬直が解かれた。

 

 

 「アクスレイ、抜け駆けはズルいじゃない」

 

 「私は拉致された被害者ですよ?」

 

 「どうだか、アンタの言うことは信じられないわぁ」

 

 「おや、それはお互い様でしょう?」

 

 二人はお互いの顔をしばらく見合い、それから甲高く笑い始める。

 『信用』とは、これほど魔族に不釣合いな言葉もない。

 

 「さて貴女はどうするつもりですか?」

 

 「んーそうねぇ……あの阿呆の鼻っ柱をへし折れたらなんでも良いんだけどぉ」

 

 ファナールは指を振り、ワイバーンへと命令を飛ばす。

 ワイバーン達はうっとりと目を零したまま、荷台に載せられたままの食材にかぶりついた。

 

 「下品極まりない」

 

 

 ファナールは『夢魔』の能力を使いワイバーンを魅了した。

 これによりワイバーンはファナールの従属下になり、彼女の命令を忠実にこなす犬へと変貌する。

 

 「アンタの仕事を変わってあげたのよぉ、感謝しなさい」

 

 「ええ、それはもう」

 

 アクスレイは絶対に謝辞など述べてやるものか、という気概で曖昧に応えた。

 

 『ありがとう』や『感謝』などといった実際的な言葉を使わないように配慮した上で。

 


 「来たのは貴女だけですか?」

 

 「ブロスはまだベッドの上ねぇ。ルフタルは出かけるとか行ってたわ」

 

 「出かける?あの男が?」


 

 四天王の会議とアルガナスの呼び出し以外に支配地域から動かないルフタルが外出だと。

 

 四天王最古参でありながらアルガナスへの実際的な敵対行動を取らない男だ。


 二重スパイの可能性はとうに消えているが、ルフタルが動いたとなれば、何かしらの余波が生じる可能性もある。

 

 互いの監視が弱まった今 動き出すとは余程知られたくない事情があるらしい。

 

 

 「良いですねぇ、こう来なくては」

 

 アルガナスの鼻を明かし、ルフタルの手の内を探る機会など何百年来の大チャンスだ。

 

 「いやらしいこと考えてるでしょ?」

 

 「ええ、それは貴女もでしょう?」

 

 停戦協定などという甘ったれた行動など取る気はない。


 ハーフバーグ(ここ)でアルガナスもファナールもルフタルも、全てを踏みつけのし上がる。

 



 不意にファナールとアクスレイの視線がぶつかる。

 それは火花が散りそうなほど熱を帯び、そして刃のように鋭い。

 

 

 アクスレイは大きく手を広げ好敵手を歓迎する。

 


 これから始まるのは

 自分の命は決して秤には置かず、敵とその他を乗せて争わせるだけの楽しい遊びだ。

 甘美であり破滅的であり、そしてなにより魔族的であるそれを。

 

 

 


 「正々堂々やりましょう」

 

 「神に誓うわぁ」

 





 こうして────────中心人物(アルガナス)の預かり知らぬところで戦いの火蓋が切って落とされた。

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