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18話 迎合

 

 馬車を降りると樹冠のはるか先に巨大な岩壁が見えた。


 濃い灰色の岩肌は棒のように突出した凹凸が多角的な形を保ったまま下方へ伸びている。

 岩壁は上方へいくほど前傾しており、くり抜いたような穴が無数に広がっている。



「あれがワイバーンの巣か」


 どこからか渓声が聞こえる。空気は水気を含み澄んでいて心地が良い。

 運河からは離れた場所にあるため、地図に描かれていない渓流のひとつなのだろう。


 ハーフバーグの都市内では埃や油、石炭や香油などの匂いが入り交じり、奇怪な香りで包まれていた。

 現在の閑散とした状態であれほどの匂いがこもっているのだから、最盛期はであれば────そう考えるだけで鼻が曲がりそうだ。



「どうですか、なかなかのものでしょう?」


 地に足を付けたことで、胃のむかつきが楽になったらしいデリクが問う。


「うむ、まるでデカイ洗濯板だな」


「……そのように例えた人は初めてです」


「そうだろう、そうだろう」


「魔王様、褒められてないです」



 我ながら上手く例えたと思ったが、デリクはそうは思わなかったらしい。


 聞けば、この一帯は自然公園としての開発を予定しているようだ。『土柱』というこの風景は世にも珍しい神秘的なものなのだそうだ。


 そう答えるデリクの目には、集客効果による経済的な見方よりも郷里を誇るような愛情を強く感じ取れる。



 アルガナスはもう一度、土柱を眺める。


 岩石の質、色、サイズ。

 自然が作り出した芸術をこれ以上ないと言い切れるほど入念に眺めて。





 そして─────────








「やはり洗濯板だな」 と結論付けた。





 アルガナスは盛り場より自然を好むが、それは居住地としての善し悪しを含んだ視点からであり、美しさは二の次、三の次だ。





 魔界ならばその地を統べる魔王に相応しい壮大で絢爛、かつ畏敬の念を抱かせるものであるべきという理由からその思考から外れるが、それ以外に例外は無く、寝食に支障が無ければ一切がどうでもいい。



 居住地として審査すると、木々が多く開けた場所もない。手入れさえすれば住めなくもないがワイバーンの手垢付きの物件という大失点は如何ともし難い。


  美的観点で審査してみても、色彩が豊かなわけでもないただの凹凸の激しい岩肌。

 このような景観が自然に生まれたと聞いた時はたしかに驚いたが、それだけである。



 5分も見れば、見飽きてしまう。


 これ以上口を開けば本音が出ることを直感したアルガナスは感情を抑え込むように唇を噛み締めた。




 冒険者たちは馬を荷車から離し短く手綱を掴んだ。

 輓馬は暴れることなく従い、デリクの手に顔を擦り付けている。


「荷車はそのまま置いておくのか?」


「えぇ。中身も無いですし、このサイズものは盗まれませんから」


 確かに巨大な輓馬が二頭でようやく引けるサイズともなると、人の手には余りある。素材も一般的な木材に防水加工がされた幌。デカデカと商業ギルドのロゴマークが描かれており、宣伝と盗品対策を兼ね備えている。


 商業ギルドひいては冒険者ギルドにまで敵に回すことを考えると労力に対する利益は無いだろう。




「馬はどうする?」


「ええ、この子達は船荷を運ぶのが役割で、魔物には慣れていないんです。……アルガナス殿、本当にワイバーンは襲ってこないのですね?」


「そう命令したからな。今、この地上で貴様とその馬を攻撃する魔物はいない。それよりも盗賊のほうが危険じゃないか?」


「盗賊もワイバーンを恐れてますからね、この辺りには出ないでしょう。」



 ワイバーン、野盗に住民と。それぞれに住み分けはできているらしい。


「ワイバーン程度に大袈裟なことよ。………ところで人間が1人、こちらに向かってきているようだが知り合いか?」

 


「え?」



 デリクと冒険者達が顔を見合わせる。




「魔王様、私が確認してきましょうか?」

 


「いや……」


 アルガナスが知覚したのは、か細く点滅するような生命力とそれに完全に重なり移動する生き物だ。



 下の個体は生命力ははっきりしているが人間ではなく動物のそれであり、点滅している個体はその動物に

 騎乗した人間だとわかる。

 


 その個体以外に反応はない。


 逃げているわけではなく、明確な意志を持ってこちらへと向かってきている。




「この感じ…見覚えがある」

 

「左様で」



「デリク様、こちらに」


 冒険者はデリクの前に出て抜刀する。


 自己防衛能力の無い者を守護する。そう考えて選択、もしくは無意識的な行動なのだろう。


 だが彼らの仕事は『雇用主と専門家らの守護』その視点から見ると彼らが守護すべき対象にはアルガナスとアルエルも含まれる。



 今までもそうだったが彼らの仕事ぶりは随分と怠惰なものに見える。



「期待はしておらんかったがな」


 一連のやり取りを含め全体的に程度が低い。選抜されたメンバーがこれでは他も期待できない。


 実力は言うまでもないが、なんといってもその精神性が幼く感じる。


 一定量の役割をこなすことが精一杯で、それ以上のことを行おうとも、現状が間違っているとも思っていないようなそんな気がする。






 蹄鉄の音が届くようになると道の先から見知った風貌の男の姿が現れた。



 腰に下げた長剣が馬上で揺れる。青ざめた顔には無精髭がやけに浮かび、頭部に巻かれた包帯が痛々しい。



 男が手綱を引くと馬が大きく鳴いた。



 青ざめた顔は血色がないが怒りの故かどこか赤黒い。その視線はアルガナスへのみ注がれていて、恨みの深さを物語る。



「おかげさまで8針も縫ったぜ」


「ふん。その程度で済んだのだ。ワシの手心に感謝しろ」




 一行は、けもの道すらない薮の中を進む。



 蔓や枝、岩などに邪魔され思ったように進めない。

 捕食者がいなくなり縦横無尽に伸びた葉は境界を争い合っている。



 避難民の移動の形跡が所々に現れていて、廃棄された家財や道具。手折られた枝が剣のように突き出している。


 まるで今までに踏み荒らされ続けた自然が、逆襲とばかりに牙を向いているようだ。



 前方にいる冒険者が2人がかりで剣を振り枝を折り、足元の草葉を踏みしめ、なんとか道を作り出す。その後にアルガナス、アルエル、デリクが続く。



 そしてアルガナスの背後に、合流したキースが立つ。



 背中に刺さる視線は獲物を狙う蛇のように絡みついて離れない。


 アルガナスの一挙手一投足を監視し、今にも斬りかからん勢いだ。



「貴様さっきから鬱陶しいぞ。前へ行け前に」


「後続の守備も必要だろ?」



 正論だ。


 アルガナスの知覚範囲内には気配は無い。

 それはキースもわかっているようで隊列を乱さないために最後尾についている。



「ぐうぅ、口だけは立派だな」




 デリクの服装はシャツに革靴。着替える間も無かったとはいえ、山間を移動するにはこの上なく不適応である。


 袖を捲り上げ、ベルトを緩めたりと試行錯誤しているが、運動不足な点も含め装備の差は縮まらない。


 根や枝に足を取られ、隊列が徐々に伸びる。


 キースはその度に前衛に声をかけ、隊列を正す。


 デリクは申し訳なさそうに手を挙げ、取り出したハンカチで汗を拭っている。




 時間がかかりすぎる。


 やはり魔法での移動を敢行しておけば良かった。

 そんな思いがアルガナスの胸中を埋めつくす。



 より良い対人関係を構築するためには忍耐力と譲歩が必要らしい。そのどちらの特質もアルガナスにとって難関である。

 


 それに加え人間の度重なる蛮行がそれを加速させる。


 罵声に強襲、強制退去等。凡そ世界の支配者に対する言動とは思えない。



 爆弾に結ばれた導火線には、とうに火が着き。

 残り半分を切っていた。





「前に集中してくれ」


 キースのその一言で、手を止めていた冒険者達は向き直る。



 ただ淡々と剣を振り下ろし、道を作る。

 周りを気にする必要もなくなり、藪漕ぎのスピードは格段に上がり道幅も広くなった。



 ようやく巣へと辿りつけそうだ。





 アルガナスが胸を撫で下ろしたのもつかの間─────────そんな思いは5分が経った頃にたち消えた。




 目的地は見えているのに距離が縮まらない。そんなじれったさを我慢できればアルガナスは暴君として名を馳せてはいなかったろう。



 アルガナスの尾が不機嫌を示すように地面に叩きつけられ土煙を上げる。


 すかさずデリクはアルガナスの気を逸らそうと声をかけた。



「先程命令と言いましたが会ってもいない魔物を従えれるのですか?」



「んん?……何を当たり前のことを。現存する全ての魔物はワシの思いのままよ」



「はぁ!?」



 後方より届いた吃驚に気を回復させたアルガナスは続ける。


 デリクはもちろんのことキースまでも目を見開き口を開閉させている。




 心地が良い。


 驚嘆と畏怖。それこそが魔王に向けられるべき感情だからだ。



「これが面白いのは、種が交わり変化しようとも命令系統が維持されるという点でな。魔物の血を含んだ生物は全てワシの思うままにできるのだ!」




 定期的に聞こえていた斬撃音が止まっていたことをアルガナスは遅れて気付いた。



 冒険者は剣を振る手を止めて、こちらを振り返っており、その顔は驚愕で満ちていた。



「何してる、さっさとやらんか」


 冒険者は謝罪の言葉を述べ元の作業へ戻った。心なしか剣を振るスピードが落ちたように思える。



「それはいったいどうやって、どういう原理で───」


「ワシも詳しくは知らん。ただ念じればそうなるだけだ」



 考察好きのルフタルじゃあるまいし、とアルガナスは心中で呟いた。


 魔法の原理を知ったところでどうなるというのか。

 こうすればこうなるとだけ知っていれば充分だ。今までもこれからもそれでいいと思っている。



「なるほど……だからか」



 デリクは顎に手を当て、一人で納得するとアルガナスへ向き直る。



「ソレでワイバーンを別の土地に移そうというのですね」



「いや違うけど」


 アルガナスはきっぱりと否定する。



 魔界に移すことも考えたが、多数の魔族が生息する場所では繁殖するのは難しい。


 魔界ではワイバーンはただの餌だ。捕食者の多い魔界ではスナック感覚で絶滅させられるだろう。



 そしてアルガナスの命令が継続したままでは人間界での生活も不可能。どこへ行こうとナワバリ争いに勝つことはできない。




 今、必要なのはテリトリーを変えることではなく、人間との相利共生を構築することだ。


 なにも珍しいことではない。


 イソギンチャクで暮らすクマノミのような、互いが互いに利益を与える存在にすればいいのだ。




「時雨がなんと言うかによるがな」


 アルガナスができるのは提案だけ。



 これが通れば、当初の予定とは少し異なるがハーフバーグでの開業も、ワイバーンの問題も、冒険者ギルドの不況も全て解決できる。



 ──────────のではないだろうか。




「やはりワシって天才なのでは?」




 自己完結と自己賛美に至ったアルガナスとその一行らは岩壁を目指し、尚も歩き続けた。















「降りてこい」



 アルガナスがそう命令すると、岩壁に空いた穴の奥から次々にワイバーンが姿を現す。


 数にしておよそ30頭ほど。そのほとんどが成体であり幼体の数は少ない。

 巣材なのか、身体から藁や乾いた土がポロポロと落ちている。


 ワイバーンはデリクたちを一瞥するが、威嚇することなく整列し、次の命令を待っている。


「信じられない……」


「なんなら芸でも見せてやろうか?」


 アルガナスが指を回すとその動きの真似するようにワイバーンが首を振った。


「わ、わかりましたから!もう結構です!」



 デリクはアルガナスを慌てて制止し、改めて『魔王』という異次元の存在に恐怖した。


 似た能力に『召喚士』という職業がある。契約した魔物を魔法陣から出現させ使役することができる。


 魔物と意思疎通ができる、もしくは強制的に従わせる。

 その両方のスキルがあることが望ましいが、どちらか一方だけでも契約魔法で縛り使役することができる。



 一般的な召喚士が使役できる魔物の平均は3種。多くて5種ほどだ。

 世界連合軍の代表者であった召喚士クリストフは四十種もの魔物を使役できたという。



 人の────いや世界の最高到達点が四十種そこだった。



 『世界中の魔物を自由にコントロールできる』


 そう聞いた瞬間、恐怖で胸が一杯になった。


 何千、いや何万種の魔物を使役できるというのか。




 その能力に制限がないのであれば、もちろん平和的に使用することだってできるだろう。


 年々、魔物の出現率が減少していることもアルガナスの思想上、無関係ではないと推察できる。




 それでも頼もしさよりも恐ろしさを感じてしまう。



 散々人を殺した続けてきた兵器が『実は生産的な使い方もできる』と言われたところで受け入れることは難しい。



 デリクは急激な喉の渇きと不安感をどうにか押しとどめる。



 落ち着け。彼を信じると決めただろう。


 ワイバーンの死体を買いとろうと言ったあの姿。


 横取りに等しいその一言は冒険者との対立を煽る。にも関わらず、生き残っているワイバーンを救うために、身体が血にまみれようが構うことなく行動したのだ。


   魔物をただの道具扱いしていればあのような行動はできない。



 そう慈愛がなければできない行動だ。



 生きた竜を間近で見たことはなく、鱗状の顔は人と違って表情も読みにくい。


 だが人のような『心』を持ち合わせていることはわかる。


 長年癖の強い商人を相手に交渉を続けてきた経験と直感が、この選択が正しいのだとそう言っている。





 ただ、ハーフバーグの権利者の1人として、この問題を他者に委ねることに思うところはある。


 武力行使、その解決方法しか選択肢がなかったとはいえ、もう少しやりようはあったのではないだろうか。


 理知的な人間が暴力と剣で行ったことを、魔王が平和的に解決しようなど、皮肉が過ぎる。



 だが餅は餅屋。


 魔物のことは魔王である。



 デリクは一匹ずつ丁寧にワイバーンの身体を確認する。


 やはりどの個体も痩せている。


 噴水広場で見た個体よりも飢えているように見える。骨と皮だけの身体で腹が突き出て、立っているのもやっとの状態だ。




 彼らの胃にも同じようにガスと植物が詰まっているのだろう。


「アルエル、城からワイバーンが好みそうな食料を持ってこい」


「構いませんが……このままですとまず間違いなく死ぬかと」


「あぁ、そうか。まずは胃洗浄からだな。ん〜〜ゲロ処理と回復できるのは……あっ!アイツにやらせよう」



 アルガナスが指を弾くと空中に亀裂が浮かび、中から叫び声が上がった。


 瞬間、亀裂から飛び出してきた人影が「へぶぅ」と情けない声を上げて顔から地面に着地した。


「……事前連絡して下さいとあれほど」


「よく来たなアクスレイ」




 アクスレイと呼ばれた人物。

 人の顔と金色の髪を持ってはいるが、背中には三対の翼が生えており、手足は猛禽類を思わせる鉤爪がついている。


「来たくありませんでしたけどね」


 アクスレイが不満を述べながら立ち上がると身体中の装飾がじゃらじゃらと音を立てた。



「で?何用で御座いますか?」



 表情こそ笑顔だが、笑っていないのが見て取れる。熟睡中に叩き起されたような不機嫌さが声に上乗せされていた。


 アルガナスはそれを知ってか知らずか、表情を変えることなく続ける。



「ワイバーンの腹を割いて中身を取り出せ。その後回復させ飯を食わせろ」



「………意味がわからないのですが」


「ん?何故わからん、ワイバーンを殺さぬように腹の異物を取り出し全快するまで面倒を見ろと言っている」



 アクスレイは開いた折り曲げた指で自分の額に触れた。そして頭を左右に振ると目を見開いた。



「ち!が!い!まぁす!!何故この私が汚らしいワイバーンの介助をしないといけないのですかねぇ!?」


「魔族で回復魔法を使えるのは限られておるからな」



「魔王様だって使えるのでしょう?」


「だって汚いし」


「私もそうなんだよ!!いい加減てめぇ───────」




 瞬間、場の空気が凍る。


「いい加減……なんだって?」


 冷気の源はアルガナスであり、その不機嫌な態度を隠す様子は無い。

 アクスレイはそれを察知したようで、咳払いを打つと深々と頭を下げた。



「魔王様の従僕たるこのアクスレイが!直ぐに対応させてもらいます」


 頭を下げる直前、呪詛の声が聞こえた気もする。



「最初からそう言え。ではアルエル、食料は任せた」


 アルエルの姿は足元に生じた亀裂に吸い込まれるようにして消えていった。


 それから一呼吸おいて、ただ呆然と成り行きを見守っていたキースはアルガナスの腕を掴む。


「何する気だ!?」


「何って……人命───じゃないなワイバーン救助だ。見てわからんか」


「そうじゃねぇ!」


「キース君待ちなさい!」


 デリクはキースの腕を払いながら二人の間に割って入る。


「デリクさん!なんでアンタが魔王なんかの肩を持つ!?」


「なんかってなんじゃい。失礼だぞ」



 デリクは必死でキースを宥める。

 彼の考えは痛いほどよくわかる。



 魔物との戦いに身を委ねてきた彼のことだ。魔物、そして魔王の危険性を誰よりも正しく理解している。



 魔物を自在に操れるという情報を聞いた今、その危険度は更に増しているはずだ。


 兵器に等しい存在を回復させようというのだ、何か企図があると勘違いしても仕方がない。




「いいから落ち着いて下さい。この件は彼らに託す。私がそう決めたんです」



「俺らが望んでるのはワイバーン《こいつら》が消えることだろ!!」 


「人権────いや魔権侵害も甚だしいな」


「てめぇらにそんな権利があるわけねぇだろ!」


 キースは今まで気を失っていた。

 アルガナスの目的や思考について知っているのは私と時雨だけだ。


「キース君、もう黙りなさい」


 魔王という存在に私も時雨も気負っていたのは確かだ。


 周りを見る余裕もなく、アルガナスに振り回されるまま流れに身を任せていた。


 キース含め冒険者の感情を蔑ろにし、説明責任を果たさずにいた。

 今思えば、なんて愚かな行動をしてしまったのだろう。

 


 アルガナスから見れば彼らの言動は顰蹙を買うものだったろう。


 だがキース達は忠実に命令を遂行してくれただけだ。


 咎められるべきは商業ギルド長である私であり、彼らを誤解したままでいてほしくはない。

 


「なんで────」



「この件についてアルガナス殿に委託したのは私です。アルガナス殿は私の要望に応じて下さっただけ、主張があるなら、この私だけに言いなさい」



「こいつらは魔族だぞ」



「えぇ、魔族については私より貴方達のほうが理解が深いこともわかっています。その上でお願いします。どうか私を信じていただけないでしょうか。そしてアルガナス殿、彼らの非礼は全て私の責任です。どうか彼らを許してください」


「ふむ、だが次はないぞ」


「うるせぇ!!テメエさえいなければ俺は─────」


「キース君!」


「わかったよ!!」


 キースは地面を蹴り上げると、どこかへ行ってしまった。責任感が人一倍強い彼のことだ、遠くに行くようなことはないと思うが。


「アルガナス殿。キース君のこと再度お詫び申し上げます。彼は悪い人ではないのですが職業柄荒事が多くて」


「もう慣れてきたが……キースとやらは特別、ワシへの当たりがキツイ気がする」



「実は冒険者パーティの解散が相次いでおりまして、冒険者ギルド全体の空気が悪く……」


「か、解散!?……もしやキースとやらも────」



 デリクは無言で返す。


 アルガナスは何かを察したように、身体を背けると

「やべぇー、パーティ組めって煽っちゃったよ」

 とブツブツと呟いた。



 そしてバツが悪そうな表情を浮かべると───


「ワ、ワシもなんだか腹減ってきたから一旦帰ってもいいか?」


「え?」


「直ぐに戻ってくるから、心配するな。では」


 アルガナスの行動は素早かった。返事を聞くよりも早く魔法陣が開き、アルエルの時と同様に、足元に亀裂が浮かぶと落ちるように消えていった。








「……いってらっしゃいませ」


 デリクはアルガナスを見送ると、てきぱきと働くアクスレイに向き直る。



 アクスレイは仰向けに寝るワイバーンの腹を自身の指で切り裂くと胃と腸を引きちぎるようにくり抜いた。


 その行為は医学的なものではなく、粗雑的に機械を分解して新しい部品を取り付けるように見える。



 取り出した臓物をほおり投げると同時に魔法陣がワイバーン全体を覆う。



「次」


 まるで工場のレーンのようにワイバーンが次々と処理されていく。


 作業自体はかなり雑に見えるがワイバーンは痛みを感じていないのか声を上げることもなく、静かに横たわっている。




「くっさ、…あの阿…が…絶…ころ……やる」


 アクスレイは何か呟いているがその言葉は小さく不明瞭だ。


「あの何か手伝えることがあれば───────」


 デリクが声をかけるとアクスレイの首を傾けこちらを睨みつけてくる。


 糸のような目は閉じられていて笑っているように思える。が、あの顔は明らかに睨んでいる。



「て、つ、だ、うですかぁ~!?さすがは人間様ですねぇ。アナタ達程度の能力でどう私を手伝えると言うのでしょうかあ?」



「私は商業ギルドで長く務めてまいりましたので、解体の経験ぐらいは───────」



「解体ぃ?そんなレベルで私を手伝うなんておごがまし───────いや……そうですね!是非お願いします!」


 アクスレイはそう言うと、腰をずらし隣に座るように促す。


「あぁ、失礼します…」


 急な心変わりに呆気に取られつつ、促されるまま腰を下ろす。



「いやいやいや本当に助かりますよぉ~。貴方はこれで腹を割いて頂けますか?」


 アクスレイが手渡してきたのは、宝石がこれでもかと散りばめられた短刀だ。刃は細く果物を切るような短さしかない。



 魔物を解体する時は、部位によって道具を使い分ける。


 頭や尾などといった硬い部位を落とすなら大きく厚みのある長刀や専用の機械を使う。


 首を落した後は肉から皮を分離させる。


 大抵の魔物は皮膚が固く脂肪が厚い層になっているため長物で皮を割き、皮の隙間へ短刀を潜り込ませ脂肪を剥がしていく。



 魔物の臓器は脂肪の奥のさらに深い場所にあるため、ここでまた道具を変える。


 脂肪の厚さは個体により差が激しく、熟練の解体人は経験でそれを判断する。




 デリクは目の前のワイバーンを観察する。


 このワイバーンには皮下脂肪は無く、皮膚の真下は膨張した胃袋だ。脂肪が無いからといって作業が簡単になるわけではなく、むしろ難易度は上がる。



 刃先が胃に触れてしまえば内容物が勢いよく飛び出し全身汚れてしまう。



 肉食の魔物の胃は強烈な酸が分泌し、人間の肌ぐらいなら簡単に溶かしてしまう。十二分に気をつけねばならない。



 刃先を指でなぞると薄皮が剥げた。



 長さは心もとないが、切れ味は充分。

 これならば余裕で処理できる。




 撫でるように刃を差し込み、開腹する。


 血が出るよりも早くアクスレイが手を差し込んだかと思うと胃と腸を引き出し、魔法陣が浮かんだ。



「中々お上手ですね」


 デリクの警笛が激しく鳴り響いた。

 友人を思わせるその距離は腹の底に溜めた悪巧みを感じさせる。



「さあ、次もお願いします。このまま協力してやっていきましょう」

 

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