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17話 勘違い


 静寂を割き、進む馬車があった。

 

 御者台で手綱を握っている冒険者が1人。そしてアルガナスとアリエル、デリクともう1人の冒険者は荷台に直接腰掛け、幌に背を預け互いの顔を見合っている。

 

 デリクが移動用に、と用意した馬車は輓馬が2頭で引く四輪の幌馬車だ。車輪は大きくそして厚い。最大積載量10tを誇り、商業ギルドが持つ最大級の荷馬車らしい。

 年季の入ったそれは修復跡があるものの、丁寧に整備されているのが一目でわかる。

 

 

 それを牽引する馬も一般的なそれとは一線を画す。凹凸がはっきりと見えるほどの筋肉が全身を覆っており、丸太を思わせる足は短く、故に力強さを感じさせている。この輓馬を成獣とするなら乗馬用の馬は仔馬にしか見えない。それほどまでに差がある。

 

 

 

 「無理して着いてこなくて良いのだぞ?」

 

 「………いえ、そういうわけにはいきませんので」

 

 

 そう言ったデリクの表情は青ざめていて、ときおり吐き気を抑えるようにハンカチで口を覆っている。

 そのたびに護衛についた冒険者が帰るように促しているが、本人は頑なに首を振る。

 

 「魔王様、こんなものに乗らずとも転移魔法を使えば良かったのでは?」

 

 「ワシもそうしたかったが…恩には報いなければな」

 

 肉食であるワイバーンの胃から出た内容物。そして臆病かつ群れで活動する習性を無視した異常行動。

 その真相を突き止めるべく動き始めたアルガナスであったが、これもまた時雨によって制止を受けた。

 

 曰く、ワイバーンの巣は危険区域に指定されており、旅行客や一般人の立ち入りは禁止されているとのこと。

 

 小憎たらしい笑顔で「そこはなんの見どころもありませんよ」と。言外に『大人しくしていろ』と伝えてきた。

 

 だからといって引き下がる気など無い。

 

 

 魔物は魔王の所有物である。

 

 魔王のための道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。繁殖しようが絶滅しようが、目につかない範囲であれば気にもならない。どうでもよい存在ではある。

 

 だがそれは魔王がそれを『良し』とした場合だけだ。

 

 ワイバーンに起こっている異常事態。このまま見過ごせばここ一帯のワイバーンは死滅するだろう。そのまえに確かめたいことがある。

 

 放置して壊れかかった道具がたまたま目に付いた、そして気まぐれに修理するような、ただそれだけのことだが。

 

 都市の治安維持を担う時雨や冒険者からすれば、アルガナスの行為はただの犯罪だ。

 立場上、目の前で違法行為へ及ぼうとする者を見過ごす訳にはいかない。

 

 対してアルガナスも実力行使も辞さない構えであり、一切折れる気は無かった。

 

 

 そんな一触即発の空気を和らげたのは、やけに神妙な面持ちのデリクの発言だった。

 

 デリクはその場で自身の護衛任務を冒険者ギルドへ依頼。

 名目はワイバーンの巣の調査。そしてワイバーンの生態に詳しい専門家2名ほどを連れ立つと言いのけたのだ。

 

 

 これには時雨だけではなく、アルガナスでさえ当惑した。

 

 何か圧力をかけたのか?という時雨の訝しんだ視線にアルガナスは両手を開き潔白を示す。

 

 時雨はそれ以上何も言わず、手続きをすっ飛ばしてその場で了承した。

 

 

 デリクの提案がなければ今頃冒険者を薙ぎ倒していたに違いなく、未だ出店を諦めていないアルガナスにとってこの提案は渡りに船であった。

 

 嫌厭(けんえん)な態度であった彼が何故このような行動に出たのか、思い当たる節はあるが確かではない。

 重要なのは助けられた事実だ。

 

 中立的な思考を持つ人間は貴重だ。これからの良好な関係性を構築する上で彼の意見は最大限尊重するつもりであるし、些細な移動方法にこだわる理由もない。

 

 

 ただこの場で吐こうものなら転移魔法で即座に移動するつもりではあるが。

 

 

 

 微弱ではあるが、アルエルの気が立っていることにアルガナスは気付いた。

 

 曲げた両膝を寝かせた姿勢が片膝を立てたものに変わっている。スカートの裾は広がり、内奥が露わになりそうな格好にアルガナスは慌てて外套をかけた。

 

 「警戒せんでいいから足を伸ばしなさい」

 

 「…あやしいと思われないのですか?十中八九、これは罠です」

 

 聞かれようがお構い無しの声量にアルガナスは焦りを隠せない。

 対面にいる冒険者と視線がぶつかり、一瞬よりも長く気まずい時間が流れる。

 

 冒険者は「そんなつもりないです」と首を振ったがアルエルは冷たく見据えたままだ。

 

 「罠でなければ魔王様なんかに優しくする理由なんてないじゃないですか」

 

 「今の一番傷付いたわ」

 

 

 アルガナスは言葉の棘が突き刺さるのを感じながら、諭すようにアルエルを見つめる。

 

 「見よ、彼らは冒険者の中の選りすぐりの人材だ。そんな卑怯な戦法を使うこともあるまい」

 

 「B級冒険者がたった二人で何ができるというのですか。ワイバーンに手も足も出ない連中ですよ」

 

 アルエルは手当り次第に心傷を負わせて行く。

 

 護衛任務に抜擢されたのは二人。

 アルガナスから見ればキース以外の冒険者の程度の違いなどわかるわけもないが、円を描くように囲んだ冒険者達が話し合い、出てきたのがこの二人だった。

 

 その際、握った拳を何度か振り下ろすという奇妙な行動をしていたが、あれはなんだったのだろう。

 振り下ろす度に、人数が減っていたが呪い《まじな》の一種か能力を計る類のものだと思われる。

 

 

 アルエルの発言は、選抜された二人に対して失礼極まりない。

 

 「すまんな、これは人間嫌いな気があって。悪く思わないでくれ」

 

 先程の大立ち回りを見れば、たった二人の護衛ではワイバーンからデリクを守りきることは不可能なのは明白。にも関わらず護衛任務が敢行しているのはひとえにデリクのおかげだ。

 

 デリクは本能的に警戒はしているが、我々が人間を害する気がないことを理解してくれたらしい。

 

 冒険者達はデリクを信用している。そのデリクが信用しているなら、という考えをアルエルは納得できないようだ。

 

 たしかにアルエルの言うように何故か我々は嫌われている。

 敵対意識を持っていた彼らが急に態度を変えれば警戒もするだろう。

 

 

 だがアルガナスは彼らが翻然悔悟(ほんぜんかいご)に至ったわけがなんとなくわかる気がした。

 それを察しの悪い秘書にも教えてやらねばならない。

 

 「アルエルよ、例えば……そうだな。ワシがお前に贈り物をしたらどう思う?」


 「下心を感じます」

 

 「そうではなくて!慰労からくる善意の物であればどうだ?」

 

 「魔王様が…善意ですか?」

 

 「うん、例えが悪かった。ワシではなくルフタルならばどうか」

 

 「頂きます」

 

 「涙出てきた」

 

 アルガナスは咳払いを打つ。善意などという魔界では存在しない感情を教えることの難しさと何本も刺さった棘が胸を痛める。

 

 

 「何故ルフタルが良くてワシがダメなのか。それはだな信頼とか尊敬だとか感情的な側面があるのではないか?」

 

 「そうですね」

 

 わかっていたが言い切られると悲しい。

 傷跡がどんどんと広がっていくのを感じながらもアルガナスは続ける。

 

 「人間たちもワシにそういう感情をかんじているのだよ。例えば…そう!畏敬の念というやつだ」

 

 「それはないと思います」

 

 「そうでなければこの状況にはならんだろう。彼らはワイバーンとの死闘を通してワシが唯一絶対の魔王であることを再確認したのだよ。だからこそ無料で馬車を貸し出し有識者たるワシを同伴しようというのだ」

 

 

 アルガナスは鼻を鳴らし、同意を求めようと冒険者とデリクを見つめる。

 

 

 

 冒険者は即座に目を逸らし、デリクはアルエルとアルガナスを交互に見た後────────小さく微笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中から離れると、舗装されていない道路に出た。

 左右の木々の感覚は狭くなり、人の手が入っていない領域へと進んでいく。

 

 時折、車輪が石を噛み車体が浮いた。

 

 街中では至る場所から海鳥の声が聞こえてきたものだが、進むにつれ鳥はおろか虫に至るまで、あらゆる生物の気配が消えた。

 

 小石や倒木が多くなり、木々が鬱蒼と茂る。


 木々の隙間から見える河川も茶色く濁りゴミも浮いている。そのせいで魚影どころか川底すら見えない。ここ数日の天気は快晴だったそうだが、どうすればそこまで汚れるのか。

 

 

 

 見るものも無く、アルガナスは暇つぶしに思考を巡らせる。

 

 

 先刻、出店条件の説明を受けたがその中で幾つか気になった点がある。

 

 そのひとつは鑑定魔法についてだ。

 

 

 『書き込まれた情報を元に、それに当てはめて判断するツール』だとデリクは言った。

 

 それを聞いたアルガナスに浮かんだ感想は「それただの図鑑じゃね?」である。

 

 情報が組み込まれているのが、魔法陣か紙かの違いしかない。持ち歩く必要が無いことは利点だろうが年2回の更新手続きをするほどの価値があるのかは甚だ疑問だ。

 

 そして『当てはめて判断』という単語から察するに魔法陣に組み込まれる情報の元になった物体と、同一または似た物体が複数存在する。そんな前提ありきの魔法ということになる。

 

 そこで更に疑問は深まる。

 

 

 まだこの世界で発見または開発されていない未知の魔法を綴った書物があったとする。それはこの世界にたった1つ存在する、唯一無二の魔法書であり、魔法の理論形態が現存するどの理論形態とも合致しない。

 そんな場合、鑑定庁はその情報を正しく認識し魔法へ組み込むことができるだろうか。

 

 

 答えは否────と、思われる。

 

 

 『鑑定魔法は職人による目利きを素人でも行えるように簡略化したもの』とも彼らは言った。

 

 とすれば、大元である鑑定士が書物の内容を理解できなければ鑑定魔法に組み込むことはできないはずだ。精々、本の材質と年代測定が関の山だろう。

 

 

 この仮定が正しいとすると、鑑定魔法は鑑定庁の知識、判断力に大きく依存した魔法であり、不完全な代物であると言わざるを得ない。

 

 それでも鑑定魔法というものが存在し実用されている事実が、人間はこれに全幅の信頼を置いているということを表している。

 

 となれば、鑑定魔法を指標としている国は少なくないだろう。

 

 

 つまり鑑定庁への申請は世界規模で行われることになり、集まった申請書は膨大な量になるはず。

 

 

 顧客の求める需要に答えるならば求められるのは流行りを見極め正確かつ手早く組み込む必要がある。

 

 そんな中、比較対象の存在しない物質を────魔法を使う必要性が皆無であるにも関わらず、それをわざわざ調べ上げ魔法陣に組み込むことをするだろうか。

 

 業務上、申請を受理し遂行はするとしても優先度は極端に低く見積もられるだろう。

 誰だってそうする。

 

 

 これが1年もの時間を要する理由だ。いやもしかするともっとかかるかもしれない。

 

 

 まだまだ鑑定魔法への疑問は尽きない。

 

 一部の製法や原料を変えた場合は鑑定は正しく反応するのか?

 それを逐一申請しなければならないのか?

 一族、師弟間という閉鎖的に継承された技法であれば何を持って善し悪しとするのか?

 

 

 ここで列挙したところで答えがでるわけでもなく、アルガナスはこめかみを押さえ目下の問題へ思考を向ける。

 

 

 

 『鑑定魔法の登録が無い』という欠点、そして申請書の優先度の低さをどう対応すべきか。


 アルガナスは深く、短く思案しそして思いついた。

 

 正規の手段が困難であれば、非正規、非合法な手段を取れば良いのではないか。

 違法行為というものは巻き込む相手の立場が高ければ高いほど露見しにくい。

 

 そう、どんな物事にも必ず抜け道というものが存在する。

 

 アルガナスの野性的な勘が件の問題を解決する手立てがデリクにあると告げている。

 

 鑑定庁への口添えができるであろう権力と教養を持ち合わせ、かつ足抜けしにくい立場を有した都合の良い顔見知り。

 こちらが求める商業的権利を融通できる唯一の人物────それはこの男しかいない。

 

 例え鑑定庁への口利きが出来なくとも、ハーフバーグ内での申請の順番を最前列に変えてもらう。それだけでいいのだ。

 

 

 

 デリク(これ)を使わない手はない。

 

 「体調が優れないのだろう?今日はもうワシに任せて休んでおくといい」

 

 アルガナスは下心を満載した気遣いの言葉をかける。

 この移動時間を無駄にする気はさらさらない。時雨の監視もなくデリクに接触できるまたとない機会だ。

 長ったらしい移動時間は全て好感度を上げるために使わせてもらおう。

 

 

 「いえそういう訳にはいきません………責任の一端は私にあるので」

 

 

 「責任?それはいったい何のことだね?」

 

 

 「それは……」

 口元を抑えていたハンカチが下ろされ一層強く握りしめられた。

 

 「無理に話さなくてよいのだ。だが…聞かせて貰えば何か力になれるかもしれんなぁ」

 

 

 親が子を慰めるような笑顔でアルガナスはなるべく丁寧に問いかけた。

 視界の端でアルエルが真顔のまま吹き出しそうにしているのが見えたが、構っている暇はない。

 

 「ほら話すことで楽になることもあるだろう?貴様らにはこれから一宿一飯の世話になることだし、気にせず話してくれたまえ」


 体裁は気遣い溢れる友人だが、内心は欲に溢れている。その醜い心情がアルガナスの表情を歪めていく。

 

 わざとらしく両手を広げ、全てを受けとめるように。この姿勢はいつか滅ぼした教会にある石像を真似たものだ。

 

 

 デリクは何やら逡巡し「──アルガナス殿なら」と呟いた。

 そうしてようやく重々しく口が開かれた。

 

 「…………彼らの生活を奪ってしまった」

 

 そう言ってデリクは頭を抱えるように項垂れてしまった。それは懺悔をするような、許しを求める罪人の行為そのものだ。彼の態度がそれが心からの言葉であることを如実に表している。

 

 

 「…………………………………………………………ん?」

 

 

 アルガナスの脳内再生で盛大に疑問が浮かぶ。

 

 

 「待て待て待て!彼らとはワイバーンか!?アレに同情しておるのか!?博愛精神というやつか!?」

 

 

 「そんな高尚なものではなく、ただの自己嫌悪と言いますか……」

 

 「ジコ……ケンオ…?」

 

 「魔王様には一生縁の無い言葉ですね」

 

 「人間が魔物を憐れむだと!?全くもって意味がわからん」

 

 

 デリクは同情どころか後ろめたさすら感じている。

 

 そもそも魔物は経済動物として人間に駆られる存在だ。冒険者は剥いだ皮や切り落とした爪を戦利品とばかりに身につけ、町娘さえ魔物の肉を食らう。略奪は勝者の特権とはいえ、やってることは蛮族に等しい暴挙。

 そんな生物の発言とは到底思えない。

 

 商業ギルド長ならば現物取引は日常茶飯事だろうに、何があればこんな言葉が飛び出るのか。

 

 

 「どういうことか詳しく聞かせてもらえるかな?」

 

 

 デリクは頷くと、真横に絞った口を開いた。

 

 魔王がハーフバーグに攻めて来るという情報が流れたこと。そこから買い占めや民衆の大規模な移動が起こったこと。

 

 元々、開発事業により生活圏を脅かされていたワイバーンが狩りができなくなったこと。飢えを満たすために商人を襲ったこと。

 

 商業ギルド長として未然に防げたはずの観測も含めて、そうして連鎖的に起こった全てを、震える手を抑えながら語った。

 

 

 「なるほど…………それはつまり────」

 

 アルガナスはそこでようやく、思い違いを悟った。

 

 

 デリクが時雨に口添えしてくれたのはアルガナスに対する畏敬の念からではなく、ワイバーンへの同情心からだ。

 

 

 

 「理解できません。貴方たちは魔物を殺し食すことが日常でしょう。何を今更そんなことを────」

 

 「まあまあアルエル、少し抑えよ」

 

 

 好んで肉を食うが屠殺を見れば食欲を失ってしまうような。愛玩動物が他国で食肉扱いされていることに嫌悪感を示すような、曖昧で揺蕩いやすい感情がそうさせるのだろう。

 

 

 いやはや、全く理解できないが。

 

 

 「アルガナス殿は理解して頂けるでしょう?」

 

 「ワシは────」

 

 アルガナスがワイバーンの腹を割いたのは、ただの知的好奇心からだ。

 

 全身が痩せているのに腹だけが出た異常な身体。精神的変化による単独行動、それは何らかの進化及び退化が起きたのではないかと気になっただけだ。

 

 

 事の次第を知っていればワイバーンの巣へ向かうこともなく、時雨や冒険者が思うままにしていただろう。今頃は準備された宿でタダ飯を食らっていたに違いない。

 

 

 「────うむ!貴様の気持ち良くわかるぞ!」

 

 いとも容易く嘘が出た。

 

 

 人間はつくづく不思議な生き物だと思う。

 

 昨日まで殺していた相手に勝手に同情し、自分を戒めようというのだから。

 

 魔族には到底理解できない感情だ。

 

 だが、これはまたとない好機。

 

 

 「しかし、ワイバーンも哀れよの。食う物も寝る場所も人間に奪われた挙句、ズタズタに引き裂かれ殺されてしまうとは」

 

 アルガナスはここぞとばかりに責め立てる。

 

 「その言い方はあんまりではないですか!」

 「やめてください。アルガナス殿は間違ったことはいっておりませんよ」

 冒険者が非難の声をあげるが、デリク自身の手によって遮られてしまう。

 

 あぁ、なぜこうも責任感の強い男は自虐的なのだろうか。あろうことか味方の助力も突き放す始末だ。

 

 とても愚かで、なんとも有難いことだ。

 

 思い違いをしていたのはアルガナスだけではなく、デリクも同様だ。

 

 

 アルガナスは支配権にいる魔族、魔物全てに『人間を殺してはならない』という命令を下していた。

 

 それこそが、今回の問題の根底であることをデリクは知る由もない。

 

 たとえ民衆の移動によって野生生物が一帯から居なくなっても、人間を食えば済んだ話だ。

 そうしなくとも、同じように商人を襲い商品を略奪できてさえいれば飢えることもなかっただろう。

 

 しかしアルガナスが放った枷が『不殺』という無理難題がワイバーンに重くのしかかった。

 

 実力が拮抗している相手に枷を付けて勝てるほどワイバーンは強健な生物ではない。

 

 人間に生息域ナワバリを奪われたこと。民衆による大移動。それはアルガナスの思考、行動により生じた弊害である。

 

 虚偽情報の流布、この点に関してはアルガナスに非はないが、世界連合軍が勝利していれば生じなかった事象と言える。

 

 

 つまり事の全てはアルガナスに起因する。

 

 

 アルガナスは後頭部を搔いた。

 ワイバーンそして人間に対して、負い目は一切感じない。

 

 「そうだったんだ、大変だね」とは思うが自分が悪いとは思わない。

 

 だからこそ、アルガナスはその責任をデリクに押し付けることに決めた。

 

 

 「なに気にする事はない。この世界は弱肉強食。弱いものは淘汰され強いものが生き残る。そう考えれば悪いのは弱者であるワイバーンだ、貴様が心を痛める必要はない。ただ……彼らにも守るべき子、番があっただろうが!なぁに!貴様は何も悪くない!気にする必要はないさ!」

 

 こう言えば、デリクは更に思い詰めると見越して。

 

 案の定、デリクの顔色は次第に悪くなり、吐き気も酷くなっているようだ。

 

 アルガナスは風向きが変わったことを確信する。

 強烈な逆風が今、凪に変わり、そして追い風に変わろうとしている。

 

 

 「そこで、だ。貴様にひとつ提案がある」

 

 「…………提案ですか?」

 

 アルガナスはデリクの横へ移動し、友人がするような態度で肩に手を置いた。

 

 

 笑顔を崩すことはない。だがそれは先程までの友好的なそれとは違い、勝利を確信した邪悪な笑みだ。

 

 それでも悔恨の念に包まれた男から見れば、救いの手に等しく、それが例え魔王からのものでも掴まざるを得ない。

 

 

 「あぁ、貴様らが手をこまねいているワイバーンの問題を全て解決してやろう。ただし、その見返りはちゃんといただくがね」


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