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15話 お茶会③

 


 時雨とデリクは、ただただ呆気に取られていた。


 目の前で高らかに宣言した魔王アルガナスは、気後れする様子もなく言い放った。


 対してデリクの脳内では様々な疑問が飛び交っている。


 ちゃんと話を聞いていたのか?

 こちらの意図が正しく伝わっていないのか?

 別の目的があるのではないか?


 時雨との事前の打ち合わせでは、ただいつものように仕事をすればいいと聞いていた。


 魔物や魔族の対処は彼の専門分野であり、その決定に異論を挟む余地は無い。そして自分は商業ギルド長としての仕事をこなすだけでいい。ただそれだけで良かったはずだ。


 だというのに、何故このように拗れる結果となってしまったのか。


 確かに今提示した条件は売買において適応される。アルガナスが言ったような事業については、また別の規定によって判断が下される。


 そのどちらも山のような手続きが必要で、思いつきで始めれるほど簡単なものではない。


 この魔王は、それをわかっていないのだ。


 時雨の予想では、魔族特有の気の短さから別の国に行くとの見立てだったが、どうやら火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。


 アルガナスはハーフバーグから撤退する気はないらしい。それも魔王でもなく観光客でもなく、事業主として。


 であれば、ここからは商業ギルド長である私の領分だ。


 

 デリクは吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出した。


「新事業……ですか」


 

 デリクは差別主義者ではない。


 誰であれ挑戦する権利はあって然るべきものだと考えている。それがエルフであれ、ドワーフであれ、魔族────規律を重んじ、法に違反しない人格者────であれば、その決定は重んじられるべきものだ。


 だが、魔王は駄目だ。


 彼は全世界が持ち得るべき権利を強奪した簒奪者であり、懸賞金を掛けられている指名手配犯だ。


 確かに過去に実刑判決を受けた犯罪者が魔道具を開発し特許を取得した実例もある。

 犯罪者だろうと、そのような基本的な権利は守られるべきだと思う。


 だが、それでも。そうはわかってはいても────13桁を超える懸賞額をかけられた男の影響を容認できるわけがない。


 

 冒険者の引退と移住、それによる人材不足の影響で野盗とワイバーンの対応が後手に回っている。

 そのため都市の治安は過去最悪。情勢の不安定さから旅行者は減り、商人達は別の国に移動した。


 集客数の激減による観光業への影響は大きく、減収による雇用契約の解消や倒産。職を失った住民の数は右肩上がりだ。


 

 こんな不安定な状況化で爆薬に等しい魔王アルガナスを受け入れる余裕なんて無い。


 

 更には、アルガナスの懸賞金目当ての戦闘が始まる可能性も生じる。


 懸賞金の増額に伴い、幾つもの冒険者ギルドが連盟を結び組織化────いや軍隊化しつつあるギルドもあるという。

 これが人材流出に喘いでいるハーフバーグが、他のギルドへ援助要請ができなかった最大の要因だ。


 皆、賞金額と名声に目が眩んでいて、理解していないのだ。


 懸賞額はそのまま危険度を表す。アルガナスの懸賞額が留まることなく、ここまで膨れがあった理由。


 それは単純明快。誰も彼を殺せなかったからだ。


 人類が魔王アルガナスの存在を認知してからというもの、世界連合軍は暗殺部隊を組織し、時には軍隊を送り込んだ。


 だが、その度重なる奮闘も虚しく、多大な犠牲を払っただけに終わった。


 

 皆、この100年余りでその事実(きおく)が薄れてきている。


 誰しも数が増えれば強くなった気がするものだ。新人はギルドの意向のまま、ただ流れに身を任せ、S級冒険者は更に名を挙げようと躍起になっている。


 


 もしここに魔王がいると知れば血気盛んなギルドが大挙し押し寄せるに違いない。



 

 アルガナスは思っていたより────魔族にしてはという前置きありきだが────理知的だった。

 今はまだ理性的に話せているが、自分を殺そうとする冒険者が押し寄せてくれば、彼が取る行動とその結果。そしてハーフバーグが受ける被害は想像に難くない。


 

 ここを戦場にさせる訳にはいかない。


 

 既に箝口令は敷いたが、人の口に戸は立てられないものだ。

 このまま隠す努力を必死に続けるよりも、露見した時にどう対処するかを考え、傷が浅くなるよう手を打つべきだ。


 

 どうにか秘密裏に対処し、お帰り頂かねばならない。それも比較的速やかに。そして穏便に、だ。


 


 

「それは素晴らしい考えですね。どういった事業計画かお聞きしても?」


 

「ある程度のプランは既にできておるのだが、文字に書き起こすとなるともうしばらく時間がいるのだ。ここまではできあがっておるのだ、本当だぞ」


 アルガナスは鋭い爪でこめかみを叩きながら憮然と答えた。


 

 無いんだろ、そんな計画。

 そう言えればどんなにスッキリするだろうか。


 デリクは、そうとは気付かれないよう配慮して溜息を吐いた。


 


 あぁ、早く帰って仕事を片付けたい。


 まずは社員のメンタルケアだ。社員のほとんどが先行きの見えない不安に襲われている。彼らを安心させ、休息を取らせる。もちろん、別途手当を支給し金銭面でも支援しなければ。

 その次は本部に提出する書類と助成金の増額を求める申請書の作成。まだ資金面では余裕があるが、貰えるものは貰っておかなければ。

 そして露店の区画整理と財閥長との今後の打ち合わせ、それが落ち着いたら、ワイバーンのせいで遅れている開発事業の再開だ。



 デリクは前かがみになり両手を組んだ。


 

 ここ1ヶ月で体重が5キロも減った。



 足は痩せ、いつの間にかあばら骨が浮かぶようになった。 

 痩せた身体を悟られないよう、シャツの内側に布を被せ、大きめのベストで覆っている。こけた頬は家内に教えてもらった化粧術でなんとか隠せている。


 その甲斐あってか、時雨以外には知られてはいない。


 あんなに苦しんだ胃痛も最早無く、「臓器は痛覚に慣れる」と言っていた前任者の姿を思い出す。


 あぁ、今思えばあの時はまだマシだったのだろう。

 『魔王による事業計画』なんていう予期せぬ事態(イベント)が発生していなかったのだから。


「では詳細が決まりましたら、またギルドまでお越しください」


「あぁなるべく早く提出しよう」


「また会える日を楽しみにしています」


 これが今生の別れになることを願うばかりだ。


 

 三回、扉を叩く音が響いた。


 等間隔、そして明確な意志を伝えるそれは非常事態を知らせる音だ。


 

「ちょいと失礼」


 時雨は立ち上がり扉を開けた。小さな隙間から受付嬢の顔を確認した彼はこちらを見てニコリと笑った。


「何かトラブルかな?」


 やけに楽しそうな声でアルガナスが言う。野次馬根性溢れる顔色は振れる尾よりも顕著だ。


「ちょいと諸用で抜けさせて貰います。デリクはん、後はお任せします」


 時雨はそう言って出ていった。


 あぁ最悪だ。今、この瞬間に全ての予定を変更することが確定した。


「ところで本日の宿はお決まりでしょうか?」


 早く彼の気を逸らさねば。


 アルガナスは座ったままだが、首は伸び扉の方へ傾いている。全神経を集中させているのか、眉間にシワが寄り不気味な顔になっている。


「あの、アルガナス殿?」


「ん?あぁそれはまだだが」


「でしたらこの都市一番の宿をご用意させて頂きます。とても素晴らしい宿でして、何より海鮮料理が人気です。アルガナス殿もきっと気に入りますよ」


 一刻も早くハーフバーグから出ていって欲しい。だがアルガナスの性格上、それは叶わぬ願いだ。


 ならば好き勝手に歩き回られるよりも、適切な場所で動向を把握できるほうが良い。


 一区ならば一般人の立ち入りが禁止されており、人目に付く心配がない。そして迎賓館もある。既に受け入れの準備は終わり、食材も掻き集めた。


 見れば食い意地が張っている様子。ならばありったけの美食で良い気分になって頂こう。


 

「…………それは楽しみだ」


 生返事だ。


 顔はこちらを見ているが、意識は完全に扉の奥へ向かっている。


 時雨は既に階下に移動しているはず、どれだけ耳を立てようと聞こえるはずもないのだが。


「アルガナス殿、聞いておられますか?」


 アルガナスは口元で指を立て、静かにするように促してきた。そして────


「ワイバーンが出た!?」


 

 何故この距離で聞こえるんだ。おかしいだろ、おい。


 

 その瞳が輝いたかと思うと、アルガナスは興奮した様子で立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 デリクは立ち上がり、慌てて扉の前へ移動する。


 まずい、非常にまずい。


 会って数十分の関係だが、この竜の性格は理解した。


 食い意地が張り、反骨精神が強く、そして何より野次馬根性が凄い。


 ワイバーンが出たということは、商人か住民が襲われたのだろう。

 昨今、冒険者とワイバーンの大立ち回りは珍しいことではないが、そんな衆目を集める場所に魔王が出向けば、どこかで話が漏れる。


 

 行かせてはならない。絶対にだ。


 

「これは我々の問題ですので!アルガナス殿はどうかご遠慮下さい」


 

「いや魔物が出現したのだろう。ならば魔王ワシが出向くのが筋というもの」


「ですが────」


「そもそも不思議だったのだ、魔物には『人間を殺すな』という命令を飛ばしている。だというのに何故わざわざ人間を襲うのか」


 

 商業ギルド長という職業柄、魔物を目にしない日は無かった。


 魔物の身体は食用肉や武器、防具、そして薬に変わるため、商業ギルド内でも多種多様な魔物を処理し、販売している。


 専門家ほどではないが、デリクは魔物の解体から鑑定に至る一通りの知識を持っており、技術力も職人からのお墨付きだ。


 

「無論、ここは貴様らの領地だ。ここでの出来事は貴様らが対処するべき問題だろうが────」


 アルガナスは心からの笑顔を浮かべ


 

「喜ぶが良い。友好の証としてこの魔王アルガナスが解決してやろう!」


 

 そう言ってデリクの肩に手を置いた。




 デリクはその時、初めて理解した。


 

 自分の前に並ぶのは、いつだって魔物から素材へと変貌した物質だったのだと。

 知識も経験も、現実に勝るものでは無いのだと。


 


 生きた生物から発せられる湿った呼吸音とすえた体臭。

 肩に乗る確かな重量。硬く、そして弾力があり、生物の体温よりも冷たく感じる。

 黒く伸びた光沢のある爪が痩せた肩甲骨に触れた。ベストの繊維が引っ張られ、千切れる音が小さく聞こえる。


 骨を噛み砕くための牙も、血肉を求めるような口臭も、皮を割くための爪も、それら全てが生々しく、そして何よりも恐ろしい。


 

 それはただ友好的に、上司が部下を安心させるような仕草で手を置いただけ。ただそれだけだった。それだけだったにも関わらず、デリクを萎縮させるには充分過ぎた。


 


 

 結構です────とそう言えればどれだけ良かったのだろう。


 だが不敵に笑う魔王を前にして、そう言える人間がどれほど居ようか。


 口は開閉を続けるだけで、声が出ない。


 消えたはずの胃痛がする。口内に酸味が広がり喉が閉まる。視界が狭まり、焦点が揺れる。


 逃げたい。逃げてしまいたい。

 だがそれは許されない。ここで引けばハーフバーグ10万の民と商人、旅行者を含めた関係者全員が危険に晒される。


 

 では何を言えばいい。何を言えばこの竜は止まるのか。


 デリクは目の前に立つアルガナスの不敵な笑みを見てかぶりを振る。


 

 いや無理だ、止められない。下手に動けば先程と同様、油を注ぐ結果にしかならない。


 ならばこちらができる行動は、できるだけ傷を減らすことだけだ。


 

「────では、ひとつだけ条件があります」

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