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12話 外遊?いいえ視察です ④

 


 


 アルガナスは目の前に立つ男を見据える。


 軽鎧の下に着込んだ服は汗で変色して肌にまとわりついている。ズボンの裾は茶色く汚れてはいるが、叩けば落ちる程度の土煙しか付いていない。

 数瞬とはいえ、アルエルとの攻防を交えたとは思えないほど身綺麗なままだ。


 キースの息は既に整っており、吹き出していた汗も止まっている。


 

 戦闘だけではなく、一流は休息一つとっても一流なのだ。よくもあの短い時間で心肺機能を回復してみせたと褒めてやりたい。


 

 それでこそ、アルエルの成長の機会を奪ってまで交代した意味があるというもの。

 


 未だ残っている理性的な部分は、過剰防衛になる可能性に警笛を鳴らしているが、それも徐々に薄れていく。


 理性や信条は、やはり本能には勝らないのだろう。


 


 

「魔王というのは本当か?」


 キースは怒りがこもった目で問いかけてきた。

 ただそれは静かな怒りで、思考の邪魔にならないよう適切に管理されている。


 

「無論。ワシこそが全世界を統べる魔王、アルガナスである」


 

「あぁそうかい。探す手間が省けたぜ」

 キースはそう言って長剣を持ち直した。


 


 その時、アルガナスの知覚探知に複数の気配が出現した。


 それは一定方向から真っ直ぐにここへ向かっている。

 おそらく、追加の冒険者か警備隊といったところか。

 時間をかければ面倒事が増えてしまう。そうわかってはいるものの、キースへの好奇心には勝らない。


 


 

 アルエルとの攻防は本当に素晴らしかった。


 

 弱者が強者を喰らうために編み出した技術とそれを実行してみせた精神力。

 キースと言う男の半生を圧縮して見せられた気分だ。


 

 アルガナスの口角が上がる。


 

 だが、まだ足りない。まだ出せるはずだ。

 たったそれだけでは竜は満足はしない。


 

 熟練した手品師の芸を眺めるように、全ての技を出し切ったその先を見続けたいのだ。それも最前列で、かぶりついて。

 


 

 キースは警戒しているのか、はたまた増援を待っているのか、アルエルの時のような積極性が無くなってしまった。


 戦略としては正しいが、勝手ながらその判断はこちらが困る。


「ではこちらから行かせてもらう」


 アルガナスは首をもたげ、大量の空気を吸い込み─────────炎を交えて吐き出した。


 

 空気をより多く含ませた炎は赤くそして射程も短い。

 直撃したところで重度の火傷までは至らないはずだ。せいぜい肌が爛れる程度だろう。


 


 炎は扇状に広がりながらキースへと向かう。


 

 周囲の家を燃やさぬよう配慮したつもりだが、壁に触れた炎が這うように波打っている。燃え移るような心配はないが、家主には怒られてしまいそうだ。


 

 キースは炎の先、舞い上がり空中に霧散する位置を的確に見極め、その際を平行に走り抜けた。


 炎を吐き終わり、息を吸いこもうとした瞬間にダガーナイフが迫る。


 

 狙いは眼球。


 アルガナスは羽を広げ、風圧でそれを弾き落とす。そして──────────眼下に迫ったキースの逆袈裟斬りをすんでのところで躱した。


 


「なるほどそういう技か」


 

 生物的な能力値において有利であるはずのアルエルが遅れを取った理由がわかった。


 


 この男は意識の死角を縫う技術に傑出しているのだ。


 


 瞬きの瞬間、重心の移動のような、行動と行動の継ぎ目にある本人すら気付かない僅かな隙間。


 

 初撃は感知させない必殺の一刀。

 呼吸の継ぎ目に向かってくるダガーナイフ。


 

 キースはその刹那とも言える瞬間を的確に読み取り、攻撃を行うことで実力差を埋めている。


 

 それは生物であれば必ず起きる無意識の生理現象や反応の類であり、意図して変えることはこの上なく難しい。


 


 


 原理自体は至極単純なものだ。

 相手の隙をついて一撃を放つ、ただそれだけなのだから。


 だが言うは易しとはよく言ったもので、鋭い洞察力と爆発的な瞬発力が両立して初めて有効打に成る離れ業だ。



 そしてその技の成功率を上げるために極限まで気配を遮断する技法を編み出したのだろう。

 魔力すら感じないのはキースの魔法適正が皆無であるからに違いない。本人が望んだことかは知る由もないが『無才』も有利に働くこともあるようだ。


 


 相対した時にアルエルが反応できなかったことも、知覚探知に反応しない理由もはっきりとした。


 

 アルガナスは足元に落ちたダガーナイフを手に取る。


 隙を生み出すための直接的な手段。

 炎の有効範囲の判断もさることながら投擲の精度も素晴らしい。


  「返すぞ」

 アルガナスはダガーナイフをキースに向かって投げつけた。


 無遠慮に投げたナイフは放物線を描きながらキースの手に収まった。


 

「随分と余裕だな」


「魔王だからな」


 努力と才能を用いた素晴らしい闘い方だとは思うが、ここが限界点だ。

 


 


 意識の隙間を縫う闘い方は確かに強力だが、その戦法は一対一を想定したものではないだろう。


 

 対象の視点が自分のみに集中していては、技の効果は著しく低下する。それを直接的な手段で埋めてはいるが、いかんせん効果は薄い。



「ところで貴様の仲間(パーティ)はまだ来ないのか?」


 

 アルガナスの問いにキースの肩が震えた。


「いるのだろう?三人いや四人か」


 キースの能力を最大限に発揮するにはパーティによる支援が必要不可欠だ。

 そもそも冒険者が個人(ソロ)で活動することは滅多にない。例に漏れずこの男もそうだと決めつけた発言ではあるのだが、少なからず確証はある。


 

 確証に至った理由のひとつ目はキースは魔法適正が無いことだ。そうなれば魔法に対抗する手段は味方の補助呪文か魔法道具の使用に限られる。


 だが、それらを身につけている様子もなければ探知にも引っかからない。


 であれば後衛に少なくとも一人、魔法の扱いに長けた仲間がいたことになる。



 

 ふたつ目は5mというキースの戦闘範囲だ。長剣という近接武器にも関わらず、対象との距離が離れている。


 素手のアルエルと竜のアルガナス。どちらに対してもその距離を保っていたのは前衛ありきの戦法が身に付いていたからではないだろうか。


 人間が一人で前衛を張るのは心元ない。せめて二人いれば多数相手でも安定するだろう。


 そしてキースは中衛に配置。視野の広さから戦況の変化に対応しやすく、そして能力を最大限発揮できる位置取りとなる。


 後衛は魔法に長けた支援職。これがキースのパーティ編成だと思われる。


 もう一人に至っては存在の確証は無いが、中衛もしくは後衛が増えれば更に対応の幅も広がると考えてのことだ。



「なんなら来るまで待ってやるぞ」


 残念だが、こちらに向かってくる増援の中にはいないだろう。


 キースは感情を正しく抑えることができる。そんな男が仲間を待たずに特攻するような阿呆とは思えない。


 待たされるのは嫌いだが、群れとなって完成された技を体験できるのであればそこまで苦ではない。


 その間増援の対処でもすればいい。


 

「────せいだろが」


「ん?なんて?」


 キースは全身を激しく震わせながら呟く。何を言ったのか聞き取れなかったが、怒りと絶望が混ざったような声だった。


 

「てめぇのせいだろうがぁっ!!」


 

 戦闘範囲をかなぐり捨ててキースが肉薄する。



 どうやら逆鱗に触れたらしい。


 

「何故っ、ワシのっ!せいなのだっ!」


 

 上下左右に振られた剣撃を避けながらアルガナスが問いかける。

 答えは返っては来なかったが、その怒りは充分に伝わってきた。


 

「死別でもしたか?」


「黙れっ!!」


 キースの顔が怒りで燃える。

 どうやら当たりのようだ。


 

 アルエルとの戦闘で見せた誘導と裏路地の喧嘩のような戦法は一人という不利を覆すための試行錯誤の結果なのだろう。


 

 その涙ぐましい努力は痛いほど伝わってくる。


 伝わってくるのだが


 

「ワシ悪くなくない!?」


 

 何度考えても己の過失は見当たらない。


 手当り次第に記憶を辿ったが、思い当たる節はない。直近での戦闘は代表者だが、死者は出ていないはずだ。


 

 それよりも前となると捕虜の線が濃厚だが、アルエルに命令し然るべき手順で解放したはずだ。


 

 初めて来た土地で出会った人間に間違いない。それが、なんの因果があればここまで憎まれるのか。


 

「ええいっ!うっとおしい!!」


 アルガナスは尾で剣撃を振り払い、キースを睨みつける。


 


「アルエルよく見ておけ。こういう闘い方もあるのだとな」


 


 アルガナスは何をする訳でもなくただ悠然と歩を進める。


 キースは目を見開き、詰められた歩数分の距離を離した。


 

 もう炎による挑発は必要ない。


 技のタネは割れ、手札も尽きたはずだ。

 仲間が居ないというならば、後は個人即興劇(アドリブ)に期待させてもらおう。


 

 アルガナスは離された距離を再度詰める。


 両手は力無く垂らし、羽も閉じている。何もせず緩やかに、ただ目標に向かって歩いていく。



 圧されるまま後退するキースの背が壁についた。


 左右には道があり風が吹いている。


 

 アルガナスはそこで歩を止めた。


 挑発的な金の瞳は変わらずキースを射抜く。


 戦うか、それとも逃げるか。無言の圧力がキースを圧迫する。


 

 先に動いたのはキースだった。


 投げつけてきたダガーナイフは身体の中央を狙った一投。

 アルガナスはそれを尾で難なく叩き落とし、一文字の剣撃を腕で逸らした。


 

 鱗と長剣が摩擦し、激しい火花が散る。


 剣が目の前を通り抜けたその瞬間、アルガナスはキースの体勢が崩れているのを見逃さなかった。


 加減をしながら踏みつければ、壁の一部は倒壊し土煙が立ち込めた。

 肉の感触はしない。転がるように横に移動したことで避けたのだろう。


 

 アルガナスは空いた壁の穴に尾を差し込み、残った石畳をキースに向かって吹き飛ばす。


 先程見た散弾の真似事だ。


 石畳はほとんどが勢い余って粉々になってしまったが、ひとつだけ形を保ったまま飛んで行った。


「ぐあっ」


 キースの呻き声が周囲に響く。


 頭部に直撃したようで割れた皮膚から血が流れている。


 

「もう手は無いのか?負けを認めるなら、ここらで終わりにしてやるが……」


 

「黙ってろ!!」


 血はキースの顔へと流れ顎に伝っていく。目に入った血を拭うこともなく、飛び上がり長剣を振り下ろす。


 アルガナスは剣の歯を噛み付いて砕いた。口内に散らばる破片を吐き出しながら、キースがダガーナイフに持ち替えたのを見逃さない。


 ダガーナイフが蛇腹に触れるよりも速く、キースの身体を尾をが横なぎに払った。


 

 キースは石畳にぶつかりながら二度跳ねて、ゴミの山にぶつかり動かなくなった。


 

 少し、いやかなりやり過ぎたかもしれない。


 

 慌ててキースの元に向かい、ゴミ山から突き出た両足を掴み引っ張り出した。


 キースと共にゴミが散乱する。丸めた紙や生ゴミ、空き瓶と様々だ。

 アルガナスは腐敗した生ゴミ臭に皺を寄せながら、膝を折りキースを注視する。


 白目を向いているが、小さく胸が上下している。

 アルガナスはホッと胸を撫で下ろした────と同時にキースは起き上がり割れたガラス瓶の先をアルガナスの首元に押し付ける。


 

「素晴らしい、まだ戦意があるとは」


 

「テメエなんかに…負けてたまるかよ」


 

 キースの手は焦点が定まらず左右に震えている。握力が限界にきているらしい。これでは突き刺す力も残ってないだろう。


 例えキースが全開だとしてもこんなガラス瓶程度では傷一つ付かないが。


 


 


 瞬間、空気を一新するかのような、両手を叩く音が響いた。


 

 キースから視線を離してそちらを見ると、一人の男を中心にして鎧や魔道具を身につけた集団が横一列に並んでいる。


 

 先頭の男は淡く焼けた顔色に猫のような笑顔を貼り付けている。

 短い髪を厚めのヘアバンドで止め、袖の短い紺色の着物に黒の羽織りを身につけた男は、アルガナスとキースを交互に見て柔らかい表情に変わる。


 

「ほらなキースはん言うたやろ、一人で行くなーって」


 口調は柔らかいが、どこか責めるような圧力を感じる。

 周りを囲む人間の首に認識票(ドッグタグ)が光る。鈍い色合いはC級冒険者を示していた。




 

「……うるせぇ、手ぇ出すな」


 

「手も口も出させてもらいますよって、それがボクの仕事やからなぁ。ほらそんな血みどろになってもうて、強がらんでええで────ってもう聞いてないわ」


 

 男の言葉に視線を戻せば、キースは白目を向いて倒れ込んでいた。手に持っている空き瓶を離さないのは最後の意地なのだろう。


 

「では改めましてやね」


 

 男は変わらず猫のような愛想を浮かべたままだ。

 周りの冒険者は緊張しているのか、互いを見合っている。


 

「ボクはハーフバーグの冒険者ギルドの長やってます、紺屋時雨(こんや しぐれ)と言うもんです。あ、ちなみに苗字(ラストネーム)が紺屋で名前(ファーストネーム)が時雨です」


 

「ほう。冒険者ギルドの長か……随分と若く見えるが」


「おおきに。ところであんたさんのお名前は魔王さんで間違いない?」


 

「だったらどうするかね?先陣はこの通りだが」


「あっはっはっ。ウチのもんがえらい迷惑かけたようで」


 そう言って開いた瞳が淡く輝く。視線は足先から角まで撫でるように動いた。

 それは冒険者達から向けられたものとは少し違う。侮るような悪意は全くなく、美術品を見定めるかのような品のある視線だ。


 



聞くまでもなく互いの印象は最悪だろう。


先に礼を欠いたのは向こうだが、それはこちら側の勝手な解釈であり、彼らには彼らの法と秩序、そして文化がある。


それらを何も知らない状態での、あの対応は相応しいとは言えないだろう。


もしかしたら人間というのは高圧的な生き物かもしれない。

生物の威嚇には自分を大きく見せることを生存戦略としているものもいる。自分が強い存在だと口頭で主張することが人間の威嚇行為なのだとしたら、申し訳ないことをしたのかもしれない。



高波が引いた後のような冷静な頭が思考の着地を決めた。


アルガナスは生まれて初めて自身の行動に後悔し──────────そうになったが、思い直した。


 

「いやいや全く相手にもならんかったわ。もう少しまともな人材を勧誘したほうがいい」


やはりあの行動は間違っていなかった。蔑むような態度には相応の対価が付きまとうものだ。


たとえこの騒動が原因でハーフバーグから退去するよう命じられたとしても、数ある国の1つに過ぎず、そこまで痛手はないのではなかろうか。


そしてなによりも暴力行為によって得た心の平安は、夏の空よりも澄み切っている。



「耳が痛いなぁ」


「して、ワシに出頭命令が出されているらしいが、生憎多忙の身でな応じるつもりはない」


力関係はこちらが圧倒的に上。下手に出る必要はない。ただ向こうの出方次第では話を聞いてやってもいい。



「それはしゃあないなぁ」



 あっけらかんとした言い方にアルガナスの肩が落ちる。


 時雨と話していると気が抜ける。まるで雲のように掴みどころがなく自由気ままだ。



 いままで会ったことのない、なんとなくだが苦手な部類である。


 そんなアルガナスの胸中を他所に時雨は楽しそうに目を細める。



「ほな、ひとつ提案があるんやけど────」


 

 まるで友人に話すような態度で、両手を交差させ首を傾けた。


 


 

「ちょっと茶ぁでもしばきましょ?」

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