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10話 外遊?いいえ視察です ②

 




 路地に入り、魔法を解いたアルガナスはアルエルを両手で抱きかかえ跳躍する。


 本来の大きさに戻るわけにはいかず、あいからわず小さいままだが開放感は格別だ。

 外套は飛行の邪魔になるため脱ぎ、アルエルに渡してある。



「あの姿は肩が凝る」


 澄んだ空気と冷たい風が強ばった翼を心地よく撫でていく。




 身体を変化させる魔法だというのに、無くなった翼まで痛む気がするのは何故だろう。




 魔法の成り立ちや現象について事細かく検証する者がいる。


 四天王の中ではルフタルがいい例だが、奴ならこういった理由を解明しているはずだ。



 ただその探究心もアルガナスにしてみれば、暇なんだなという感想しかない。


 何を燃焼させると何が起こるだとか、転移するときの法則性がどうとか。


 発動すればこうなった、だけで落ち着けないものか。



 昔からルフタルとは性格から行動まで相容れぬ関係ではあったが、その溝が埋まることは無いだろう。





「ま、どうでもいい」



 晴天、微風という旅にはもってこいの気候に、ようやく包帯も取れ体調は万全。

 不相応な思考を吹き抜ける風と共に彼方へ追いやる。





 眼下には豊かに流れる運河と扇状に広がる美しい街並みが広がっている。老眼のため細部までは見えないが、大まかな色合いだけでも美しさを感じ取れる。


 雑多な色使いにも関わらず、全体で見れば調和しているのだから不思議だ。まるで虹を思わせる。


 この都市を作り上げた職人の腕と感性は賞賛に値する。





 味気なく「転移魔法を使えば早く着くのでは?」と言ってきた合理主義の秘書は無視し、アルガナスは翼へと力を込める。


 確かにアルエルの言う通り、転移魔法を使えば一瞬で二区まで行ける。



 転移魔法は使用した魔力量によって移動距離が変わる。アルガナスの魔力量ならば魔界からハーフバーグまでの8000km程の道のりすら容易く、時間をかけてまで空での移動にこだわる理由は無い。


 ハーフバーグの地形を瞬時に記憶したアルエルからしてみれば、そもそもここまで来るまでに飛んできたのだから更に無駄な時間を費やす必要はないという結論になるのだ。




 だが旅の醍醐味はその道中にあるとアルガナスは考えている。


 確かに時間は有限だが、長寿である魔族にしてみれば一日二日と時間をかけたところで大した差は無い。



「魔王様、もう少しゆっくりと飛べませんか?」


 ふと声の主を見るととアルエルのスカートが外套もろとも捲れ太ももが大きく露出していた。


 膝上に位置するはずの裾は本人の手で押さえていなければ下着が見えそうな位置まで上がってしまっている。


 黒のタイツが太ももの曲線によって艶を変えている。大岩を粉砕する膂力を持つとは思えない女性的な膨らみの先に別の生地が見えた。



「ススススマンッ!」


 アルガナスは慌てて速度を落とし、アルエルはいつもの表情を崩すことなく手早く外套の乱れを直していく。



 女性的な肉体はファナールで見慣れていると思っていたのだが、アルエルに対しては何故か見てはいけないように感じてしまう。




 大っぴらにされているものは見てもなんとも思わないが、普段隠されているものを見てしまった時のなんともいえない羞恥心といったら。




 親子関係に等しい自分がそうなのだから、他の魔族がどんな劣情を感じるかわかったものじゃない。


 今回の件は不可抗力だが、やはりスカートの裾が短すぎるのではないか。


 自分だったから良かったものの、これが他の魔族の場合襲われていた可能性だってある。無論、文字通り叩き潰せる腕力があることは知っているが、とにかく不安だ。



 アルエルは気にしていないようだがもう少し危機感を持って欲しい。



 二区の端まで来たアルガナスは速やかに着地し、予備で持ってきていた外套を、これでもかとアルエルに巻き付けた。
















「…………暇ですね」


 商業ギルド受付嬢エスタは隣の窓口に座る同僚へと声をかけた。



「それ何度目?もう聞き飽きたんだけど」


 同僚は爪に色を落としつつも答えてくれる。突き放すような言い方は気になるものの、この持て余した時間を思えば可愛さすら感じる。





 ハーフバーグ商業ギルド。


 五つあった窓口の全てに行列が出来るほど栄えていたこの場所も閑古鳥すら逃げ出すほどの場所へと変貌した。



 人類が敗北したという速報から最初の一週間は、情勢不安に陥った商人や職人の相談で終わり、二週間目になると相談は要望に、そして殺意の込められたクレームへと変わっていった。




 彼らは商業ギルドを自分勝手に罵り、無能と喚き立てた。


 財閥長や商業ギルド、冒険者ギルドのマスターと区長らは全力でことにあたったが、結果は言わずもがなである。



 こちらがどれだけ身を削ろうとも、彼らは欲しいのは望む結果だけ。


 休憩すら取らず日夜クレーム対応する受付嬢の心情など気にもならないらしい。




 商業ギルドの代表者マスターはもう数週間すれば元の街並みに戻ると言っていたが、本当にそうなるだろうか。


 あれは従業員を安心させるためについた優しい嘘なのだろう。



 明日には魔王軍がハーフバーグへと侵略を開始するのではないだろうか。そう考えてしまうほどに、不安な日々が続いている。


「忙しかったのが嘘のようですね」


 同僚は答えずに次の指へと筆を伸ばした。 薬指から小指へ、薄ピンクが乗せられていく。


 化粧をバッチリとしている彼女は服装から髪型まで余念が無い。性格はさておき美人看板娘として有名だ。




 その様子をじっと見ていると、舌打ちをつき同僚は立ち上がった。


「休憩貰うわ」


「え、でもまだ時間じゃ──」


「別にいいでしょ、どうせ人なんて来ないし。てかアンタ暇なんでしょ丁度良いじゃない」


 そういうと同僚は奥の部屋へと行ってしまった。


 昼食の休憩は90分間与えられているが、彼女の場合それ以上になることがざらだ。

 特にマスターが居ない日は休憩時間が倍近くになる。




 彼女のようにサボれればどんなに楽だろう。


 カウンターに肘をつき、愛読書とコーヒーを片手に───────────なんてどう考えてもできない。


 だからこうして、暇な時間は掃除や書類整理、それが終われば受付に座るだけの一日が始まる。








 今日もそうなると思っていた。




 扉を開けて入ってきた二人。

 一人は腰の曲がったお爺さんともう一人は────女性だろうか。


 外套をこれでもかと巻き付け、みの虫のような格好になっている。



 家族と伴侶以外に肌を見せない国もあると聞くがその出身なのだろう。




「ようこそ商業ギルドへ」


 見たところ商人ではないだろう。道に迷った旅人が最有力な気がする。

 お爺さんは、覚束無い足取りで真っ直ぐこちらへ向かってくる。


 用意されている椅子に乱暴に座ると口を開いた。


「店を開きたいのだが」


「え!?お店ですか?」


 瞬間、自分の発言を悔いた。


 お爺さんは唇を尖らせ、不機嫌な顔付きに変わった。



 人を容姿で判断することは禁止されているものの、汚れた外套を見て浮浪者ホームレスと決めつけてしまった。




「し、失礼しました。少々お待ちください」



 エスタは立ち上がり、必要な書類と客人用の茶を用意する。


 一般的には水を出すものの、ここではマスターのこだわりの緑茶を出す決まりになっている。



 同僚が日常的につまみ食いをしているため、湯の準備は万端だ。


 お詫びの意味も込めて見栄えのする和菓子も合わせて出すことにしよう。

 



「おぉ、これはなかなか美味い」




 一口、茶を飲んだお爺さんの頬が緩む。


 和菓子の方は喉に詰まらせないか心配していたが、その必要は無さそうだ。




 窓口業務はお客様の要望を聞いて必要な案内をすることが求められる。


 今回のような出店希望の場合、個室での相談となるのだが、その個室は同僚が休憩に使っているのと、自分がここを離れてしまえば窓口に誰も居なくなるため動けない。



 同僚を呼べばいいのだが、彼女は昼寝を邪魔されると一日中不機嫌になる。


 幸いこの場で話をしても盗み聞きされる心配も無く、ことなかれで済ますことにした。



「出店希望とのことですが、問題がありまして」




 今のハーフバーグでは空き店舗も無ければ、新規の露店の許可すら下りない。



 空き店舗が無いのは、一等観光地の店舗を手放そうという商人がいないためだ。


 店舗を閉め、人件費を削る。契約料や家賃を払い続けるのは痛手だが、競争率の高い好条件の立地を手放す気はないのだろう。




 露店の許可が下りないのは、最近よく出没する野盗のせいだ。


 閉店した店舗には商品が無いため、野盗が狙うのは露店商人や住民達だ。

 冒険者や警備隊がいるものの、逃げ足が早く捕まえるまでには至っていないようで、被害者は日に日に増えている。




 危険性を考慮してのことだが、お爺さんは納得がいかないらしい。



「ワシは大丈夫だから許可してくれ」


 中年を越えた男性に多い、謎の自信。


 ちょっと押されただけで折れるような細腕で何が大丈夫なのか。襲われればひとたまりもないだろう。




 ただエスタは知っている。


 この手の老人はこちらの話を聞かない。とりあえず処理だけして帰って頂こう。




「え~、ではこちらに記入をお願いします」


 お爺さんは隣で立っていた女性へと代わりに書けというふうに手で指示を出している。


 女性は何層もの袖を捲ると細い腕を伸ばしペンを取った。



「代表者様は……ア、アルガナス様ですか!?」


「何か問題があるのか?」


「い、いえ、かの魔王と同じ名前でしたので驚きまして」


「ワシがその魔王だからな」


「…………アハハハハーーーー」


 エスタはなんとか愛想笑いを返す。


 どう贔屓目に見ても魔王には見えない。噂では魔王は山のように大きな竜だと聞いたことがあるが、枯れ木のような身体で何を言うのか。



 よしんば本当だとして、魔王がわざわざ人に化けて店を出す理由が思いつかない。


 冗談のつもりだろうが、ここまで笑えない冗談は初めてだ。





 魔王アルガナスと言えば、討伐リストの史上最高額を叩き出し、世界中の冒険者と国家権力から狙われて続けている存在なのだから。



 討伐報酬は年々上昇し、その額は国家予算を超えている。そんな金がどこから湧いているのか、ただの受付嬢には知る由もないが冒険者ギルドを通して発行された依頼なのは間違いない。




 魔王の配下を名乗る愉快犯に死刑判決が出た例もある。例え老人でも刑罰は免れないだろう。



「失礼ですが、偽名だと判明した場合審査に響くことがありまして…本名を書いていただいたほうが」



「だから本人だと言うのに」



「アハハ、ソウデスヨネー」



 こういう老人も何度か対応したことがある。


 歳を重ねると自分が曖昧になり、別の何者かであると信じ込んでしまうのだ。



 本人に罪は無い。悪いのは老いと病気だ。




「えー、で、では販売する品をここに」



「品はまだ決まっておらん。売れそうな物を調べてから決めようと思っておる」


「……えっ、とそれは…あの~」



 どうしよう。久しぶりに大物が来た。



「それが決まりませんと、こちらとしても許可が出せませんので」



 露店が多く出回るハーフバーグでは販売する商品は全て申請しなければならない。


 都市のど真ん中で火薬製品などの危険物を扱われては困るからだ。



 扱う品によっては資格を必要とするものもある。製造元が不明な製品はもちろん扱えないし、原料の生産地証明書の提出、施設構造や設備の図面の提出も義務付けられている。



 それで終わりではない。



 商業ギルドお抱えの鑑定士による審査や職員立ち会いの元、建築基準、衛生環境などの検査が行われる。


 その他業種ごとに定められた検査や試験の実施。


 そして財閥長、商業ギルドマスター、冒険者ギルドマスターを交えた面談と書類選考を全て突破した者にだけ営業許可証が与えられるのだ。


 


 

 一見して忌避されそうな検査と試験の山に思えるが、逆に言えば、それだけ品質と安全が約束されているということになる。


 ハーフバーグ公認というブランドは、多大な労力と資金を消費しても、それを補って余りある。だからこそ商人達はこぞってこの都市に集まり、それを目当てに旅行者が舞い込むのだ。


 

 こうしたブランドは商人達の努力、区役員やギルド職員達が積み重ねた信頼によって支えられている。




 どんな人種であろうと分け隔てないのがハーフバーグだが、この老人のように思い付きで商売を始めようと考える者に寛容な訳では決してない。






「むぅ…ならば仕方ないな」



 早めに終わった、と胸をなで下ろしたのもつかの間。自称アルガナスは、くしゃっと皺を寄せながらこちらを見つめて──


「この街は何が売れると思う?」と聞き始めた。


 知らんがな。


 そう言いたい気持ちを堪えていると隣にいた女性が口を開いた。



「魔王様、市場調査をされたいのでしたらあの場でも良かったのでは?」


 お前ものるんかい、と心の中でつっこむ。


 今日ほど受付嬢であることを悔やむ日は無いだろう。



「あの凶悪顔と飲んだくれからマトモな話が聞けると思うか?」


「ですが人間の大半は下層階級の身ですから、低所得者の情報も必要かと思います」


「確かに、一理あるな」


 エスタはゴホンと咳払いを打つ。このままでは話が終わりそうにない。


「市民が好むのは一般生活用品です。旅行客でしたら日持ちのする土産物になりますね。あとは冒険者や旅人なら武器や魔導書、薬草などのアイテムでしょうか」


「その一般がなんなのか知りたいのだ。人間が日常生活で必要とするものとは餌以外に何がある?」



「ええと…」


 二の句が継げないでいると、自称魔王はため息を吐いた。


「もうよい。世話になったな」


 エスタは今世紀最大の営業スマイルを披露しつつ、自称魔王とその愛人?を見送る。




 二人の姿が完全に消えたのを確認すると「あーーー」と声が漏れた。



 壁に掛けられた鳩時計を見ると、三十分しか経っていない。


 体感では二時間を優に超えるほどの労力だったのに、現実は非情だ。





「お疲れ様でーす」

 小憎たらしいこの声。同僚が戻ってきたようだ。



 予定よりも早い帰りに、なんとなく察しがつく。

 扉の向こうへ視線を投げれば、質の良い服で身を包んだ男が現れた。



「マスター、おかりなさいませ」


 立ち上がり深々と頭を下げると商業者組合マスターであるデリク・ローレンが「ただいま」と返した。



 もう四十を過ぎていながら、年齢を感じさせない彼の気品と佇まいは、上質なワインを思わせる。


 後ろへと撫で付けた白髪からは香油の良い香りがする。

 そしてハーフバーグに住む大多数の女性の初恋を奪ってきた罪深い男でもある。



「変わりはなかったかい?」


「特にはありませんでした」


 あっけらかんと答える同僚に殺意が湧く。


 だが、この三十分で愛想笑いがこびり付いた顔は容易くソレを隠し通した。



 いっそ、奥で一人サボってましたと告げ口しようかと思ったが、それができればこうはなっていない。



「おや、その紙はなんですか?」


「あ、えっと、これはなんでもないです」


 こんなもの見せる訳にはいかない。

 慌てて後ろに回し隠したが、デリクは小さく笑いながら手を差し出してきた。


「エスタさん、見せてください」


「ひゃい……」

 この声と顔に迫られて断れる女がいるだろうか。

 言葉にならない声を出しつつ紙を手渡すと、デリクは考え込むように顎を撫でた。


「この……アルガナスさんとはどういった人物でしたか?」


「90を越えた方でした。その…加齢による(ほう)けがあるようで、自分を魔王アルガナスだと…もう一人女性?の方を伴っていましたが、そちらの方は外套を何重にも巻いていまして、顔までは…」



「なるほど。では急いで冒険者ギルドに連絡を」


「えぇ!?ただのお爺さん相手にですか!?」


「姿形なんて魔法でいくらでも変えることが出来るのですよ。まあそのお爺さんより素性を隠している女性の方が気になるんですが」


「しかし…」


 エスタは困惑した。


 警備隊ではなく、冒険者を選ぶということは荒事になる可能性が高いということだ。


 直接、顔を付き合わせた人が怪我──年齢を考えるとそれだけで済まない可能性がある。


 脳裏に浮かんだ不安は、より現実味を増していく。

 自分がきっかけとなってしまったことを悔いながら、エスタは意を決して口を開いた。



「ただのお爺さんだと思いますが」


「エスタさん」


「は、はい」

 真っ直ぐな瞳に晒され、体温が上昇していく。こんな内容で無ければ何時間でも見つめて欲しい。


 口調は物柔らかだが、商業ギルドの長としての確固たる意思と指示がそこにはあった。


 そしてなにより耳から脳髄に響く艶のある声が無駄な思考を彼方へと追いやってしまった。




「冒険者ギルドに連絡を。いいですね?」



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