5話 忠誠
あたりは夕暮れに染まり、住宅街にはあちらこちらから晩御飯の美味しい匂いが漂う頃。伊澄はあの不思議な出来事から無事生還し帰宅した。ちなみに、あの場所からの帰り方は勿論分からなかったので、土地感のある壮に道案内をお願いし送ってもらったところである。
「伊澄おかえり。学校どうだった?」
バタバタと小走りで出迎えにやって来てくれた母が本人よりワクワクした様子で伊澄に問い掛けた。
「ただいま。…学校《《は》》まぁ、普通だったよ」
「初日だもんね、疲れたでしょう?ご飯までまだ時間有るから休んでてね」
「うん、そうする」
最早学校での事なんてどうでも良い、『よくある』普通の事だから全然なんて事無い。それよりも頭を整理したい事が多すぎる…。
そう思って伊澄は自室の扉を開け、部屋に入った。
「あ、伊澄様おかえりなさいませ」
自室の真ん中に置いた、最近流行りの北欧家具を模したミニテーブルの上。朝出かけ側にそこに置いたのは携帯の充電器と化粧品のみだった。何故か今日出会ったあの白蛇がそこに一緒に乗っているではないか。しかもフレンドリーに声をかけて来るという妙なオプション付きである。伊澄は無言のままそっと部屋を出て扉を閉めた。今見た光景が疲れから来る幻覚と幻聴だと信じて、再び扉を開ける。
「酷いですよ何故無視するのですか!せめてただいまくらい言いましょうよ!」
「いやいやいやいや。普通に部屋に蛇いるのおかしいでしょう」
自身で思ったよりも冷静な声と返しが出来た事に伊澄は内心驚いた。
「そもそも部屋戸締まりした筈なんだけど?何処から入ってきたのあんた!」
「お気づきかと思いますが私は普通の蛇では無いので…。これでも神の使いですから、妖や霊体のような存在なので実体は今の所ないんですよ、壁なんて関係ありません」
「侵入方法を説明しろと言ったわけじゃ無いんだけど…」
得意気にそう述べる白蛇は場所が自室と言うのも相まってか、最初に話しかけて来たあの時より砕けてフレンドリーに聞こえる。
「先程は我々の勢力を持って貴女を強制的に神に戻してしまおうと思っていたのですが、あの後の彼との様子を見て…徐々に思い出して貰えればそれでよいのではないか、という結果に落ち着きまして」
「何で最初からその選択肢無かったわけ?こっちはめちゃくちゃ怖い思いしたんだからね!?」
「いやはや、貴女に我々の声が届いた事が嬉しくてつい…。これはもしかしたらワンチャンあるのでは、と思って強硬手段で行ってみた次第です」
「古い神の使いがワンチャンとか現代用語使うのやめなさい」
もしやこの蛇、私が居なくても現代もそれなりに楽しんで生きて来たしこれからも別に過ごしていけるのでは?と伊澄は白い目で蛇を睨んだ。
「我々は貴女に、神に忠誠を誓い使いとしての契りを結んだ身ですので。伊澄様のお側にお支えできるのであれば、それでも良いのかと思いまして」
「…じゃあ、もう今日みたいな事しないって今約束できる?」
白蛇は恐らくポカン、とした表情(蛇なので本当かどうかは不明だが)で伊澄を見つめた。
「今日、あんた達に色々言われて。今まで夢に見てた事が本当に前世の私の記憶だった事とか、今日会ったあの押切も夢で見た事あるってのも、正直分かりたく無いけど何となく理解したつもり」
伊澄はテーブルの上に居る白蛇と目線を近付けるかのように、テーブルの前に腰掛けた。そして蛇の目を見て言葉を更に続ける。
「自分の事も前世の事も、あんた達の事も否定しないから。だから、もうあんな事私にも、私の周りの人にもしないって約束して」
今日の引け腰で不安だった昼間の様子とは打って変わって、強気に伊澄はそう告げた。そんな伊澄に対して、白蛇は少し間を置いてから持ち上げていた頭を下げる。
「御意。その代わりとは言いませんが、どうかこれからも貴女のお側で仕え、行動を共にさせては頂けませんでしょうか?」
「これからも?一緒に生活するって事?」
「はい。今日あの男、押切壮と出会って気付かれたかもしれませんがあの者も伊澄様と同様、前世と同じ姿そして名前を持って転生しています。それも前世の貴女とも関わりが深い男です」
押切の姿を思い出す。身に付けて居る衣類などは時代が違う為勿論異なってはいるが外見や声は夢の中やあの瞬間、伊澄の頭の中を巡った記憶と違い無かった。
「確かにはっきりとは思い出せない。…けど知ってる奴なんだなって事は流石に分かったよ」
「向こうは貴女の事も含め前世など覚えていないようでは有りましたが、実体の無い私を目視し手で掴む事もできたのですから…。そう言った力は本人も意識して居ない内に今世でも備えているのでしょう」
確かに言われてみれば蛇の言う通りである。あの時はこの蛇に実体が無いなど知らなかった為伊澄も何とも思っていなかったが、それを知らされた今、押切も《《ただの》》人間では恐らく無いのであろう。
「昔、同じ時代を共に生きて関わった者同士が、命を変えて尚この時代を共にしている。余りにも珍しい事では有りますが過去の貴女と今生きている貴女との間で困惑する事もあるかと思いますので、その時は私が何かお助けできればと想うのです」
「まあ…、そう言われれば全部知ってくれてるあんたが近くに居てくれるのは良い事なのかもしれないけど…」
伊澄はこれからの新しい環境での生活を隣で蛇が過ごす事、しかもそれが周りには見えないものである事を想像して頭を抱えそうになる。
「私、ただでさえ学校で浮きそうなのに更に変な目で見られそう…」
「その辺はご安心を。私、外出時や人目がある時は何かに化けましょう」
例えば…と蛇はしばらく考え込んだ後、しゅるりと身体を円にさせたかと思えばポン!と音を立てて姿を変えた。
動物園やファンシーショップなどで販売されていそうなヘビのマスコットだ。
「これなら何かに身につけて貰えば怪しまれませんから。どうですか?」
「私の持ち物に全然合わないんだけど」
「強気な美人が持つからギャップがあるのですよ、お友達作りのきっかけに」
それを言われてしまっては伊澄は言葉を詰まらせる他無かった。




