4話 知らない筈の知人
「変な道入ってくなぁと思って勝手に追い掛けてきちゃった、転校初日で道にでも迷ったか?」
そう言ってあはは!と笑う男子高校生はよく見れば伊澄の学校の制服を身につけていた。伊澄に面識は無かったがその口振りから恐らく学校の生徒なのであろう。
「え、えっと…」
「あっ、もしかして何か怪しまれてる!?まぁ自己紹介とかもしてないしなぁ…しょうがないか…」
先程まで声をあげて笑っていたかと思えば次はうーん、と唸った。よく表情が変わる忙しい人だなと伊澄は呑気に考えた。
「同じ学校の人って事は分かったけど」
「やっぱそこ止まりか〜!んじゃ改めて言うと俺、転校生の隣の席!」
「えっ?そうなの?…朝寝てたから顔みてなくて分かんなかった…」
「起きたら隣に知らない子いるし、話し掛けようにも他の人に質問責め受けてるしちょっと可哀想かな〜って話しかけなかったんだよ。ごめんね」
「いや、こちらこそ挨拶とかしてなくてごめん…」
朝は寝て居る上に会話も無く、気付けば席を外していた様なので凄くクールな人物なのではと学校に居る間は頭の端に考えていた。
しかし。一瞬呆気に取られて伊澄も忘れかけていたが今はそれ所では無い。
「っていうか!…此処に来るまでに何か見たりとか、聞こえたりしなかった…?」
「…?例えばどんな?」
キョトンとした表情で青年はそう問い掛けた。伊澄の言葉が詰まる。あの出来事を彼に話して良いのだろうか、頭が可笑しい子だと思われやしないだろうかと。
「…もし、意味分からないって思ったら私が頭可笑しい奴だって笑って流して良いからね」
思わずそう言って予防線を張ってしまったが、今はどんな表情をしていただろうか。先程までのあの得体の知れない出来事を思い出して伊澄はまた身体が震えた。
「何で?転校生そんなタイプに見えないしちゃんと聞くよ」
彼はキョトンとした顔のまま何も笑ったりせずそう真剣に言った。
―― …私と一緒に居ない方が身の為だよ。
―― 何で?神様、良い人だもん、そんな事しないよ。
彼の言葉を聞いた瞬間伊澄の頭の中に知らない光景が流れる。流れた声は伊澄と、そして目の前にいる青年と同じ声だった。
あの蛇達が言っていた事も同時に思い出し、頭が痛くなりそうだった。
「…まず、此処に来るまでに何か私以外の声とか聞こえなかった?」
「うーん、聞こえてないなぁ」
「そう…。じゃあ、蛇とか見掛けた?」
「蛇?あぁ、あれかな?」
蛇の事に対してそう問いかけると彼はそそくさと周りの草むらに走り出した。そして何かを持って戻って来たその姿を見て伊澄は驚愕する。
「はぁ?!ちょっと、あんた危ない!」
「危なくないよ、こうやって持てば良いって昔爺ちゃんに教えて貰ったよ」
そう、彼はあの伊澄に声を掛けて来た白蛇を何処からか見つけ出し、あろう事か素手で掴んで持って来たのである。恐らくあの白蛇で間違いないだろうが、蛇自身もこれは困惑しているのでは無いだろうか。身体をうねうねさせて逃れようとするが頭をしっかり掴まれているので動けずに居るようだ。
「離せ!頭を掴むな!この男は今回も人間の癖に相変わらず無礼な!」
そしてそう叫ぶ声はやはりこの蛇のものである。どうやら蛇は伊澄だけでなく、この青年の事も知っているらしい。蛇の言葉が彼にも聞こえているかもしれないと期待を込めて様子を見るが彼は変わらずに頭を掴んでいるのみで反応は無い。
「この蛇がどうかしたの?色とか確かに珍しいけど…もしかして噛まれた?」
「いや、噛まれてはいないけど…」
「さては蛇の言葉が分かるとか?」
「えっ!?」
「あ、当たり?」
当たり前のようにその言葉が返ってくるものだから伊澄の驚愕の声が思わず裏返った。
「さっき"誰かの声が聞こえたか"って言ってたからそうなのかなって思ったんだけど」
「いや、それでも普通そんな事あるはずない…じゃん?おかしいもん、蛇の言葉が聞こえるなんて…」
思わず空笑いを零す伊澄を見て青年はケラケラとまた笑った。
「おかしくないし、おかしくても良いじゃん?世界には動物の言葉が分かる人だっていっぱい居るかもしれないし、居たら楽しいじゃん」
不思議な人だと伊澄は思った。普通の人間であればドン引きする所だろう。彼は当たり前のように笑って言いのけた。そしてずっと頭を掴んでいた蛇をそっと地面に降ろした。蛇は地面に着いた瞬間にささっと草むらの中へ消えた。
「それに、俺何となく転校生の事は信じても良い気がするし。何でかは分からないけど。」
「…は、はは。あんたほんと、変な奴」
「まぁ、よく言われるよ。…そうだ、俺朝寝てたから転校生の名前知らないんだ。教えてよ」
「巳城伊澄。あんたは?」
「俺は押切壮!改めてよろしく!」
気が付けば辺りには蛇達の姿も、禍々しい空気も何も無くなっていた。




