2話 蛇の声
「巳城伊澄です、よろしくお願いします」
新しい学校、そして通された新しい教室は2年2組だった。担任に挨拶を促され簡単な自己紹介だけして言われた通りの席に着く。
周りの生徒は転校生というイレギュラーな存在に加えて、東京から来たらしい、綺麗な子、でも性格キツそう、遊んでそうなど思い思いの噂を立てている。まだ話した事すら無いのに勝手な物だなと思わず舌打ちをしそうになる。
担任に言われて辿り着いた隣の席は恐らく男子生徒なのであろうが、惰眠を貪っているのか授業が始まるにも関わらずずっと顔を伏せたままでどんな人物なのか全く分からなかった。後ろの女子生徒は控えめな子なのか、席に着くときに小さくお辞儀をしただけで話はしていない。伊澄は交友関係を築くのがあまり得意では無かった。
友達と言える存在が全く出来ない訳では無いが、「美人は性格が悪い」という印象が先行する事もあってか、話しかけにくいとされる部類のようだ。それに加えて彼女本人も思った事は口にしてしまう気の強さもあった。気兼ねなく話せる友人は欲しいが、どうせこの人にも嫌われてしまうのでは…とこういった場面ではどうもネガティブになってしまい中々自身から交友関係を広げていく事が出来なくなっていた。
ここの学校でもダメかもなあ…。
これから先の自分を考えて気が滅入る。ふぅ、と溜息を付いて次の授業の為にやって来た教師の声に耳を集中させた。
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「それじゃあ、お願いしたい書類はこれだけだからまたお家で書いてきてね」
「はい。ありがとうございます」
転校生のお決まりなのだろうが、やはり今日は休み時間の度に誰かしらに声を掛けられるハメになった。巳城さんって彼氏とかいるの?東京のどこに住んでたの?芸能人とかによく会う?から始まり、小さい話題で会話を繋ぎたいのかという印象を受けた。
一つやってしまったなというのは、髪も肌も綺麗だしスタイル良いよね!という集団でやって来た女子生徒達への返答に「まぁちゃんと気を使ってるから」と返してしまった事かもしれない。口では凄いね!意識高いね、などと言いながら離れた後には褒めてるの否定しないんだね、自信ありますって感じ〜?とケラケラ笑っているのが聞こえてしまったのでこれはダメだった。
綺麗でいたくて努力してそれを保っている事の何が悪いのか。何も異性に好かれたくて頑張っているわけでも無いし、自分の為に好きな自分で居たいのは当然の事だろう、と思い出して少し腹が立って来た。
あの女子生徒達からある事無い事広まっていくのかも知れないと自分のそう遠くない未来を案じずにはいられない。
朝の高揚感とは裏腹に、マイナスな気持ちで帰宅路を歩いている所だった。
「…なんでまだいるわけ?」
伊澄は思わず声にしてしまうくらい驚いていた。朝通学時に見かけた蛇がまだその場所に居て此方をじっと見ているではないか。
この時間まで誰にもちょっかいかけられる事も、追い払われる事も無く此処に居たと言うのだろうか。
「ずっと待っていたよ」
その刹那、やけに大きく響いたようにそう聞こえた。
辺りを見回しても下校時刻で人通りが多い時間だろうに、何故か通行人は誰も居ない。町の放送として流れた音声でも無さそうだ。
「長い時間を掛けた。掛かってしまった。でも貴女は来てくれた」
再び同じ声が聞こえる。いや、声はどんどん二重三重と重なって聞こえるようにすらなってきていた。
「…もしかしてこの蛇が喋ってるの?私に?」
とんでも無い空想かもしれない、自意識過剰かもしれない。しかし、そう思う他無い状況だ。
「本当はずっと声を掛けていた。でも届かなかった。此処なら貴女にも私達の声が届く」
返答が返って来たと言う事は本当にこの蛇が話しているという事だ。待っていただとか、ずっと声を掛けていただとか、信じ難い事しか言っていない上にまずこの状況が未だに信じられなかった。
これも夢なのでは?私は学校の何処かで仮眠を取っていて、そこで見ている夢なのでは?
伊澄の鼓動が早くなっていた。合わせて暑くも何とも無いのに汗すらかいているような心地がした。
「貴女をあの場所へお連れしなくては」
そう聞こえた瞬間、蛇は踵を返すように背向けて動き出した。向かう先はその奥にある草の中のようである。
「えっ、ちょっと!どういうこと!?」
伊澄が周りを気にせずに声を上げる。何と、蛇が進んで行く方に勝手に足が動いて居た。
勿論比喩表現などではない。本当にどれだけ腕で足を押さえようとも足だけが勝手に蛇の後を追って進んでしまっている。蛇が進むスピードに合わせて歩幅も大きく、速足になり自然と息が上がっていた。
「どこ行くつもりなの、ねぇ、聞いてんの!?」
草村を掻き分けて周りには最早人工的な建物や施設は見えない。頭の片隅ではこんな道歩いて変な虫にでも刺されたら嫌だなという呑気な事を考えている余裕は少しあるようだ。
「大丈夫、貴女も知っている場所のはず」
ガサガサと無理に周りを掻き分け体が勝手に歩いて行く。結構なスピードで進むものだから、既に相当歩いてきてしまっているだろう。此処は何処だ、怖い。気が強い伊澄でも率直にそう思う。勝手に動いていない腕が震えて止まらない。
何故ならこの道乗りを、この風景を見た事がある。あのいつもの夢の中で。この道の先に続く場所が何処なのかを恐らく知っている。
あの湖に続くと、伊澄は知っている。




