12話 知っているような
あの空き教室で出会った黒髪が印象的な男子生徒はどうやら伊澄達と同学年で隣のクラス、そして何やら有名人のようだった。あの教室を出た後、焦るように話し出した亜梨沙が何も知らない伊澄と壮に彼について知っている情報を一通り教えてくれたのである。
「格好良いって女子から人気だよ、うちのクラスの子達も噂してた。確か名前が四鬼くん…四鬼 宵人くん。一応隣のクラスなんだけど、授業もサボりがちな上に教室にいてもゲームばっかりしてて殆ど喋らないし会話しても超冷淡!って感じらしくて…まぁ、そういうミステリアスっぽい所も女子には響くんだろうね」
今まで亜梨沙が周りの女子の会話に入れなかった分聞き耳を立てていた為得た情報だと言う。確かに整った外見はしていたが噂になる程人気と知り伊澄は驚いた。持ち得る情報を全て伝えてくれた亜梨沙本人は実際に見た最初の彼の様子に今は恐怖しか感じないとの事だったが。確かに最初のあの突き放すような態度は亜梨沙には恐怖の対象でしか無かっただろうと伊澄も頭の中で納得した。
「だからって人の事見て笑うなんて有り得なくない?」
外見に気を使う伊澄にとっては実に腹立だしい出会いから時間は過ぎ、伊澄は途中まで帰宅方向が同じである壮と一緒に帰り道を歩いている。尚、亜梨沙は全くの反対方向で電車通学の為この場には居ない。
「別に顔が変だって面と向かって言われた訳でも有るまいし、俺は別に気にならないけどなぁ」
「押切は気にしなさすぎなんだってば。本当にあいつ、自分がイケメンで騒がれてるからって何様?って感じ!」
「確かに同じ男だけど綺麗なやつだったよな〜」
どれだけ言っても壮はやはり何も気にしていないようだった。学年でそれなりに騒がれていたらしい彼の事も何も知らなかったので、本当にマイペースな性分なのか、はたまた自分の興味の無い事には関心が無いのかもしれないと伊澄は考えた。
「まぁ、休んでた所を邪魔したのは俺達かもだし」
「あんたって本当にお人好しだよね、昔から…」
そこまで口にして、伊澄はぴたりと固まった。
今自分は何と口走っただろうか。もしかしなくても“昔から“と言ってしまったのでは?伊澄は頭の中で自分の言葉をもう一度再生し、表情には出ていないがじわりと汗が滲むような心地がした。
伊澄にとっては生まれ変わる前の自分自身の事も、そして過去の押切壮についても思い出しつつ有るが、その相手の壮本人は恐らく記憶も何も残っていないのだ。つい最近初めて出会ったと言うのに“昔から“などと言われてみれば相手にしてみれば奇妙で不審な上に恐怖心すら抱くのでは?声に出していればかなりの早口であろうスピードで言葉の羅列を駆け巡らせた。
「い、今のは!特に深い意味はなくて、つい?流れで昔からとか言っちゃって…!」
ーー 伊澄様、誤魔化し方下手すぎませんか?
普段の自分とは明らかに違う様子に伊澄は自分自身でも戸惑っていた。もっとナチュラルに会話を続けていれば会話として流して貰えたかもしれないのに…と言った後に落ち込む。そして伊澄にしか聞こえていないであろう一番の声でも、あまりの慣れない様子に突っ込みの言葉が飛んできた。
「あは、そんな焦んなくても大丈夫だって!そういう時も有るよな」
「うっ…!」
ーー 弁解の為に捲し立てたのに相手は気にしていなかった時の恥ずかしさたるや…
一番の言う通り、いや、よくよく考えてみれば予想通りなのかもしれない。壮はこれまた一切気にしていなさそうだった。何も言わなくても恐らく何も言及せずに流してくれたであろうに、逆に弁解を連ねた為に生まれる不審な様子もあるだろう。
焦りを通り越して少し落ち込みすらしそうな伊澄に、壮は真逆の様子で楽しそうに笑顔を浮かべながら会話を続ける。
「でも、何となく俺も巳城がそう言っちゃうの、分かる気がする」
予想外の返答に、伊澄も一番も疑問符を頭に浮かべながら続きの言葉を待つ。
すると、身長からいつも伊澄よりも少し目線の高い壮は膝を曲げ、伊澄と目線を合わせるように屈んだ。普段よりも近い距離感、一切逸らされない視線に、自分を見ながら考え込んだような表情を浮かべる壮に伊澄は戸惑う。反射的に足が一歩後ろへと踏み込む。
面白いがる様子で眺めて嘲笑とすらも取れそうな笑いを浮かべた四鬼宵人という彼とは違い、壮は至って真剣に視線を向けて来るので伊澄にも思わず緊張が走る。頭の中は冷静に「今、ファンデーションよれて無いかな」などと考えていた。
「分かる気がするって…何処かで会った気がする。とか?」
「でも巳城は転校して来て初めてここに来たんだし、俺も地元から出た事ないし…絶対初めて会ってる筈なんだよな…何でだろうな…」
伊澄の質問に今度はうーん、と言いながら悩んでいる様子だった。
もしかして壮にも何か前世に関する断片的な何かがあるのでは無いか。伊澄が彼に初めて出会ったあの瞬間も、まず最初に感じたのは既視感のようなものだった。
ーー この男にも記憶は無かろうと、魂に染み付いた何かがあるのでしょうか。実際に会った事は無くても、心が覚えているのかもしれませんね
静かに壮の様子と言葉を聞いていた一番がそう言った。伊澄はその言葉に返答はできないが、自分だけが覚えている訳では無いのかもしれないと思うと、それが嬉しくも感じられるのであった。
「ん〜…。分かんないけど、巳城って話してて何か面白いし同世代の子で初めて俺と同じ“他の人に見えないものが見えた“っていう共通点もあるし。単純に他人事じゃない気がしてるだけなのかも」
「そういえば、あんたもあの黒い蝶が見えてたんだっけ…。結局あの時以降、その話について聞くの忘れちゃってたけど…」
鬼である憂子との出会いや、ここ最近の文化祭の準備に追われ伊澄の中でも忘れかけてはいたが、あの誰にも見えていなかった憂子の使いの蝶も彼には見えていた事をふと思い出した。
確かにあの時の壮は、幼い頃からこの体質なのだと言っていた。マイペースで他人の目を気にしない性格では有りそうだが、それでも同じ境遇の人物が居ないという事は、周りに理解されずに苦労した事も多々あったのだろう。
「…まあ、何よりこんな綺麗な子と会ってたら忘れてないと思うしさ」
「き…?!」
これまた予想していなかった壮からの言葉に伊澄は声を上げた。伊澄の驚きと戸惑いをそっちのけに壮はけらけらと笑い出す。
「巳城、綺麗じゃん?子供の頃でも会ってたら絶対覚えてると思うんだよな」
「一応聞くけど、か、揶揄ったりしてないよね…」
「揶揄う必要無いだろ?あ、もしかして照れてる?」
「押切が急に変な事言うから!照れてない!」
壮のあまりにもまっすぐで純粋な言葉に伊澄は疑ってかかってしまった自分自身を申し訳なさすら感じていた。
他人から外見を評価されて褒められる事には慣れてきたつもりだった伊澄だが、純粋な壮からの褒め言葉にはどう反応して良いのか分からなくなってしまう事を今回伊澄は学んだのであった。




