10話 ガールズトーク
憂子が家にやって来た日の夜、伊澄は久しぶりに夢を見た。景色は今までもよく見てきたあの湖の周り。その場所に水神としての自分と、隣に居るのは押切 壮だった。そして周りがざわざわと騒めき始めたかと思えば、やって来たのは鬼の族長である憂子だ。
「あんた最近よく来るわね、暇してんの?」
「あっ、憂子さんだ!」
憂子が歩く周りは生物が道を作るかのように彼女を避けていた。それだけ鬼という種族は恐れられている事が分かる。
「お主達は今日も今日とて仲良しじゃのう、羨ましくなるくらいに」
「べ、別に私は仲良くしてるつもり無いんだけどこいつが入り浸って…」
「そんなこと言いながら神様もいつも話に付き合ってくれるじゃん?良い人だよな」
「人じゃなくて私は神だから!立場を弁えてよね」
そんな2人のやり取りを見て憂子はくすくすと笑いを溢している。
「そうだ憂子さん、さっきまでここにーーが居たんだけど…」
「えぇ?儂も会いたかった…。もう少し早く来れば良かったのう」
「あんたの気配を察知して逃げたんだと思うけど…相変わらず避けられてるのね」
伊澄の一言に憂子の表情はしょんぼり、という文字が周りに見えるのではというくらい落ち込んだ。その様子とは真逆に壮は、あはは!と笑っている。
「憂子さんは本当にあいつの事大好きだよな、やっぱり身内だから?」
「当たり前じゃろう、愛しておるよ。…ーーは家族なのじゃから」
先程から所々言葉がぼんやりとしか聞こえず、聞き取れない所がある。言葉にされているのは誰かの名前なのだろうか。その言葉を口にしている時、憂子が心から慈しみや愛しさを込めた表情をしているのが夢の中にしてはやけにはっきりと分かった。
そしてそこで伊澄は夢から目が覚め、周りは朝を迎えていた。一応説明しておくと、ここは湖でも何でも無い自分の部屋だ。あの夢での出来事も前世でも記憶なのだろうが、昨日会ったばかりの憂子が登場していた事は勿論、夢の中で押切の姿や声がはっきりと映し出されていたのも初めての事だった。
一番、そして押切壮に憂子。前世で関わりのあった者との交流が増えた分思い出される記憶が夢とは言え、以前よりも鮮明になっているのが伊澄にも分かった。
そして気になるのはやけに部分的に聞こえない「何か」の単語。憂子は家族だと言っていたが、まだ思い出すには至っていないのだろう。
伊澄は昔に比べて、夢の続きが気になってしまっている自分に内心驚きながらも気を紛らわす為に朝のストレッチを始めたのだった。
―――――
「巳城さん!おはよ〜!」
学校へ登校し、教室へ辿り着くと元気に声を掛けてきたのは後ろの席の亜梨沙だ。朝からはつらつとした声を掛けられ、その相手が初めは大人しそうだった亜梨沙な事も有り、伊澄は目を丸くして驚いた。
「お…おはよう、通さん朝から元気だね…」
「最近体調悪い日が続いてたからさ。朝から快調で嬉しいんだ」
驚きからしどろもどろになってしまっている伊澄に対して、亜梨沙は本当に嬉しそうににこにこと笑っている。転校初日の会釈をしただけで、それ以降は昨日まで会話も無かった彼女とは今は別人のようにすら見えた。
「通さんて、こんなに明るい人だったんだね。第一印象でてっきり大人しい人なのかと」
「あー…、えへへ。私初対面の人とか会話した事ない人への人見知りが異様にすごくてさ…ごめんね、吃驚させたでしょ?」
「まぁ、驚きはしたけど…。でも昨日も話したし私はあんまり気にしないけど」
聞けば、自分から他人に声を掛けると言う事が人の何倍も苦手なのだと言う。相手から話しかけてくれたり、必然的に会話になるようなきっかけが無いと亜梨沙自身から人に声を掛ける事は殆ど無いそうで、昨日は伊澄の方から声を掛けた為一気に心を開いてくれたようだ。話してみればこんなに人当たりの良い子なのだから、勿体無いと伊澄は思った。
「このクラスになってからこんなに喋れる子、巳城さんだけだよ。本当にありがとう」
「…席近いし、話くらいするわよ」
「あっ、さては照れてる?可愛い所もあるんだね」
このクラスにやってきて、というかこの学校にやって来て会話を出来る人は押切のみだった伊澄にも亜梨沙の言葉は刺さった。人付き合いに関しては彼女よりもレベルが低そうな所に居るので思わず素っ気ない返しをしてしまったが、亜梨沙は伊澄が照れていると汲んでくれた様だ。
―― 伊澄様も、私も友達になれて嬉しい!くらい言ってみては?同性から遠巻きにされがちな伊澄様には有難い存在ですよ!
脳内に響いた一番の言葉に返事が出来ない伊澄は「余計なお世話」という意味を込めて彼の扮したマスコットを手の平ででギュッと握ると、グェ、と潰れたような声が聞こえた。
「あれ、2人いつの間にか仲良くなってる」
隣の席にがたり、と音を立てて腰掛けたのは席の主である押切。先程まで楽しそうに会話していた亜梨沙は少しばかりぎこちなさそうに固まってしまったので恐らく彼とも会話をした事は無かったのであろう。
「別にいいでしょ、女の子同士なんだから仲良くお喋りくらいするし?」
「巳城さん…!いや、伊澄ちゃん…!」
「な、名前…!?」
押切に対し、強がって勢いで「仲良く」と言ってしまった為伊澄は一瞬、臆したが亜梨沙にとっては友達の証として嬉しい一言だったようだ。親しげに伊澄を名前で呼ぶ彼女は目をきらきらと輝かせている。そして何の疑いも斜に構えた視線も無い圧倒的な行為に慣れない伊澄本人は照れも相まってしどろもどろになっていた。
そんな2人の様子を眺めながら押切は突然仲良くなった女子に驚きつつも興味深そうな眼差しを向けている。
「2人ともお互い友達居なさそうだったし良いと思う、良かったな!」
「薄々勘付いてたけど押切って、結構失礼な事言うよね」
所々悪態をつきながらも、自分に対して何の先入観も無く噂も気にせず会話してくれる2人はやはり嬉しい存在なのだろう。
机の横から耳を傾けている一番は主人の微笑ましいその様子を「楽しそうでなによりです」と、そっと見守っていた。




