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アーモンドミルクなるものが世の中にはある

 メテムはそれからちょうど二週間過ぎた頃に越してきた。

 彼女の家の様子から想像できた通り、(そして今どきの女の子とは思えない)少ない手荷物での引っ越しだった。

 幾つかの服、そして下着(黒いシンプルなものばかりだ)、あとはカバンとパーソナルコンピュータ、幾ばくかの家財、それぐらいだった。


「前あった家具とかはもう古いから捨ててきたよ」


 さらっと言う辺りに、あまり拘りのない性格が見える。

 まあ良い、僕たちの生活は今から構築するのだ。

 なにもない方が楽だろう。


 メテムと暮らす事になり、僕の生活は激変した。

 ある程度は予想していたが、それは想定を遥かに超える度合いだった。

 まるでアメリカ人がベトナムに住み始める様な変容だ。

 まず、朝にはけたたましく目覚ましがなる。

 当然メテムが横で起きるのと同時に僕も目は覚めるのだけれど、僕の用事は大半が15時以降なので二度寝を試みる。

 が、やんごとなき姫君はそれがお気に召さないようで、必ず僕から布団を奪った。

 それでも必死に抵抗していると、次は枕が奪われ、さらには寝間着まで剥ぎ取られ、最後に残るは哀れな姿の僕だった。


「私が起きて仕事行かないといけないのに、お前がそこで寝てるのが気に食わない」


 彼女の強烈なセリフは未だ持って忘れられない。

 そのようにして朝起きることになると、今度は朝食を二人で摂ることになる。

 僕は食事に関しては無頓着であまり拘りがない。

 だから大半はコーヒーにトーストだけとか、パスタや冷凍うどん(冷凍うどんはどのようにして食べても美味い)を食べていた。

 そんな僕とは逆に(そして意外な事に)、メテムは朝食をキチンと用意していた。

 基本的にフルーツグラノーラとアーモンドミルク、それにフルーツとコーヒーの組み合わせだった。

 フルーツグラノーラを皿にいれ、それにアーモンドミルクを注ぐ。

 僕はこの年までこの世の中にアーモンドミルクなるものがあるのを知らなかった。

 メテム曰く、牛乳や豆乳よりカロリーが少なく、体質に合っているとのことだった。

 そんなものだから、家の台所の棚は、あっという間にフルーツグラノーラとアーモンドミルクで埋まった。

 哀れなパスタは肩身が狭そうに端っこで鎮座することになった。

 バタバタと騒がしくメテムが出かけると、それからは平穏な僕の時間が始まる。

 といっても目が覚めてしまったので致し方なく仕事に取り掛かることになる。

 久方ぶりに陽の光を浴びながら仕事に取り掛かると、幾分調子が上がってることに気づく。

 夜型の僕には面白い発見だった。

 夕方頃になると僕も仕事先を周りはじめる。

 ここに関しては大きな変化はない。

 家の場所が変わったと言うだけで、仕事場には変わりはないのだ。

 そうこうして夜になると、メテムから食事の連絡が入る。

 流石にメテムも夕食を作ることはほとんどなく、大半の場合、御茶ノ水のレストランを開拓することになった。


「だからな、そのフードトラックのビニールが駄目なんだよ」


 インドカレーの店でスプーンを握りしめて熱弁している。

 おそらく仕事先のデザインについて彼女は憤ってるのだ。


「あのな、フードトラックってのはデザインが全てでな、トラックのデザイン、ボードメニューのデザイン、容器のデザイン、そして持ち帰り用のビニールのデザイン。ここまで拘らないと今どきは売れないわけ。分かる?」


 正直デザインとは程遠い場所にいるコンサルタントの僕には全くわからない話だったが(ビニールのデザインなんてものを生まれてから注視したことはない)、経験則から僕はさも分かったように仰々しく頷いた。


「なのに、あいつときたら、妙なところでケチりやがって。だから売れないんだよ、あのパエリア」


 そう言いながらメテムは、パラクパニール(ほうれん草とカッテージチーズのカレーだ)の中にあるチーズをフォークで強めに刺した。

 まるでそのチーズがあいつであるかのような力の入れ方だった。

 それからラッシーを一口飲み、またくだを巻いた。


 食事をすませると二人で仲良く家路へと向かう。

 途中気の利いたスイーツを買うこともあれば、そのまま手ぶらで帰ることもあった。

 家に入って一息つくと、各自シャワーを浴びた(もちろんその間のトイレは下の階のを使うことになるのは言うまでもない)。

 さっぱりした後は、上階の奥にある隠れ家のようなベランダへ行き、二人でコーヒーを飲み、ゆったりとした時間を過ごした。

 今はまだ何も無いスペースだが、近い内に椅子二脚とテーブルを買おう。

 ついでにランターンでも設置したら薄暗い二人だけの洞窟が完成する。

 そこには鳥も熊もいない。

 静かな二人だけの冬眠だった。

 夜二十三時を過ぎると、きっちりメテムは寝室へ向かった。

 僕も囚われの奴隷のように後ろについていき、ベッドに入る。

 正直まだ眠気はないのだけれど、部屋中の明かりが消され、そして僕の大切なパーソナルコンピュータの電源も落とされる。

 そこには完全な闇が訪れ、しばらくすると僕も溶け込むようにして消える。


 この様にして僕らの一日は過ぎていった。

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