不幸への共感
「……幸福より不幸に共感する人が多いって事? 本当にそうかな?」
「共感と言うより、正確にはそっちの方が印象に残ると言った方が正しいだろうな。人間は本能レベルで不幸や恐怖と言った感情に対して敏感に出来ている生き物なんだよ。自分に対してどころか、他人のそれに対してすらな」
「……それ、怖い話とかそういうこと?」
「ん? ……まあ、精神構造としては似てるのか? だが、少しだけ違うな。怪談ってのは仲良しグループでするコミュニケーションとしての要素が強いからな。俺が言ってるのはもっと繋がりの薄い他人に対する人間観察とか状況判断とかそういうのだ。そもそも心理的恐怖じゃなくもっと物理的な恐怖の話でもある」
ミーシャの指摘する怖い話というのはかなり鋭い表現だ。しかし、あえて言うなら怖いの意味が根本的に違う。
「わかりにくいね。つまりどういう事?」
「例えばだが、お前、海とか泳いだことあるか?」
「何? 突然」
俺からの不意の質問に、ミーシャは不思議そうに聞き返して来る。
「無いならイメージして欲しいんだが、例えば海水浴をしている時に、誰かが突然大声で『サメが出た』と叫びながら陸に上がるのを見たら……お前ならどうする?」
「……まあ、逃げるんじゃないかな?」
「だろうな。普通はそうするだろう。だが、これは少し変な話だ。何故ならお前はサメが出た『らしい』という話を聞いただけで、まだサメを見ていないからだ。自分の目で確認する前に行動するというのは……少し合理性に欠ける」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
俺の言葉に、ミーシャは何か言い返したげな言い方をしながら言いよどむ。
「それだけじゃない。仮に本当にサメが泳いでいるのを目撃したとしてだぞ? それが人を襲う種かどうかなんて一瞬じゃわからないハズだろ? もっと良く観察する必要がある」
「……サメが出たなら逃げた方が良いでしょ」
ミーシャは今度は明確に自分の意見をぶつけてくる。
「そしてもっと言うなら、人を襲う事例があるサメを目の当たりにしたとしても、空腹でもない限りは襲って来ないハズだ。という事は、実際に襲われるまでは海水浴を満喫すべきだとは思わないか?」
「思わないね」
「その通りだ。これが不幸に対する共感性の高さの根拠だ。もしこれが、ギャンブルで当たったとかの話だったら、まず共感する事は無いだろう。自分も試してみようだなんてな。だが、恐怖は違う。サメが出たという話に対しては事実確認もせずに行動する。つまり危機意識の高さと言い換えても良い。これはもう人間が本能で備わってる能力と言わざるを得ないものだ」
つまり、他人の負の感情を読み取る事で生存に有利になる場合があるわけだ。表現の良し悪しを無視するなら、人間は他人の不幸に対して強い関心がある生き物と断言しても良い。当然これは逆もまたしかりだ。幸福にも当然興味がある。しかし問題なのは幸運は逃しても次またチャンスがあるかもしれないのに対し、不幸は次が無い場合があるって事だ。これがどっちに強く共感するかという比率に関わってくるわけだな。




